日本の経済学界を代表する宇沢弘文氏による本であるということ、かつTPPでは経済学者では珍しく反対という立場で鮮明にしていたということで、彼の主張にふれておきたいと思ったので、手にとってみた。正直言うと、岩波でこのクオリティというのは頂けなかった。自動車社会に対する不安を考慮すべきという視点はそれなりに評価すべき点ではあったと思うが、議論の進め方がやや緻密さを欠いていた点で岩波らしさを感じなかった。なにより研究/執筆の契機となった問題意識の書き方が情緒的で具体的な論理に支えられたものではないところが好感が持てなかったのが、本書に対する強烈な感想である。感覚的に経済学に反感を持った人たちには非常に扇情的で共感は得られ、場合によってはバイブルとして位置付けられそうな本であるとは思うが、そこまでの思想的及び学問的含蓄はない。細かな点として、ホフマン法による統計的生命価値を批判しているところは、社会的/文化的価値を含めた生命価値に対する評価額を踏まえた現在の統計的生命価値の算出方法を知っている私にとっては的外れであった。仮に執筆時期において最新の統計的生命価値の算出方法がなかったとしても、著者の批判は建設的批判とは言えなかった。他にも必需品の価格弾力性についても現実味が不十分であると思った。なぜなら、必需品とはいいつつもその中身及び種類は多様であり、弾力性が低いと一様には決められず、むしろ牛丼などの現実ぼ例が示すとおり、価格弾力性は比較的高く、そしてデフレが問題になるほど価格が下がっているからだ。ただ負の所得税によるインフレ可能性については検討に値すべきである。最後に、あくまで自動車の外部費用を内部化すべきと主張している点で、留保という選択肢を持つ科学者としての姿勢を欠いて、推計の困難性のみを理由に物事に反対するといったことはなかったことに、皮肉にも安心した。また宇沢さんの後世の業績としては勿体無さを感じずにはいられなかった。