宇沢弘文のレビュー一覧
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夢中になりました。
現代社会の課題に対する考察は、どれも共感できるものでした。むしろ今まで意識していなかったことを、不意に気付かされた印象です。
中でも特に大事にしたいと思ったのは、教育と都市造りに関する論考です。
教育に関する部分では、子を持つ親としてこれまでの認識を改める必要性を感じました。親はもちろん、教職に付く全ての人に知ってもらいたい内容でした。
都市造りに関する論考は、言われてみれば納得の内容でした。ではなぜ今まで認識できなかったのか?それは自身で考えることを疎かにしていたから。そして他人の意見を鵜呑みにしていたからだと思います。
素晴らしい読書でした。 -
Posted by ブクログ
この本にある経済学的な思考は誰にでも備わっているべきである。我々は、社会的な価値判断を前提として生きている。しかし、その社会的価値判断は一度下されると、再び検討されることがない場合がある。それが問題となるのは、本書の主題となっている「自動車通行に伴う社会的費用の発生」といったような、社会的価値判断が結果的に我々に被害を及ぼしている場合と言って良いだろう。
1973年という、高度経済成長の盛りに上梓され、世に送り出された本書の提言は今もなお現実的なものとして、目の前で繰り広げられている我々の価値判断に伴う社会的活動を考え直すきっかけと、その際に必要な思考の土台を読者に対して提供している。
当時、社会問題となっていた「公害」も、今日における「気候変動問題」も本書の射程である。
本書を読むことによって、「自らがどのような社会に生きているか」「どのような社会に生きるべきか」が見えると同時に、いかに、「日本社会における都市構造と自動車交通」を含めた社会人インフラストラクチャーが「非人間的」かつ「環境不適合」なのかが自ずと感じられることだろう。
21世紀が始まって、20年を迎えようとしているが、度重なる自然災害に、凶悪事件、自殺、交通事故、原発の問題など、様々な社会的価値判断が引き起こしてきた問題が眼前に山積している。
新型コロナウイルスという「社会的脅威」が我々を脅かしている今日こそ、本書を読み、ありうべき社会とは何か、そしてそれはいかに造られるべきかを考えることは有益である。 -
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現実の社会問題と経済学の理論とが、斬り結ぶさまを学ぶことができた一冊。
自動車という、それなしには考えられない事柄に対しても、批判理論を展開し、同時に理論的な枠組みを越えた社会規範についても論じられている。
社会経済における自由と公正に関する議論では、”応益負担””応能負担””応分負担”それぞれの方法の適応が課題となっている。最適な解はおそらく一つではないし、また、不変とも限らない。常に社会的な議論と合意形成の努力が必要であろう。
その際には、本書で示されているような、実際の課題を正面から論じる勇気、その理論と規範とを論じる知性が欠かせない。
今日、自動車に関して、新たな技術的、社会的状況も生まれている。どのように論じることができるだろうか。Jane Jacobs『アメリカ大都市の死と生』も合わせて参照したい。 -
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「世のため人のために」、という言葉があるが、宇沢氏ほど、
これを実践した方は、稀だろうと思います。
世界的な経済学者でありながら、どこまでも、社会的弱者のために行動され、
社会的矛盾と闘い、そして、悩み苦しみぬいた生き方は、
後世を生きる私たちにとっては、かけがえないメッセージとなっています。
どうやったって、社会は良い方向に変わらないし、やはり、お金が幸福になる上で、
もっとも、確実な手段だと、小学生でも思うようになりました。
まさに、消費者です。
ソニー生命が2017年3月21日~3月27日の7日間全国の1000名の中高生に対し、「
中高生が思い描く将来についての意識調査」をインターネットリサーチで実施した結果、
「日本の10年後の将来のイメージ」の調査で、
「明るい」と答えた中学生は39%、高校生は、わずか31%です。
かなり衝撃的な結果ではないでしょうか。
過半数以上が、日本の将来に対して、悲観的な予測をしている。
そして、「将来の夢」に対しての回答は、
中高生の第一位が、「安定した毎日」です。
平和な世界を実現するなら、おお!なりますが、
将来の夢が、安定って、、、今の日本社会は、病的だということでしょうか?
宇沢氏が、この結果を見たら、どう思うのでしょうか?そしてどう行動するのでしょうか?
日本は戦後、奇跡的な経済成長で確かに豊かになりました。その恩恵を少なくない人が受けました。
しかし、それと引き換えに宇沢氏が提言した社会的共通資本(森林・大気・水道・教育・報道・公園・病院など
産業や生活にとって 必要不可欠な社会的資本)を崩壊させていった過程でもあります。
儲けの論理で、これらを考えると、確かに社会が歪むだろうということは、誰だって理解できます。
この著作を読むと、氏がいかに日本を愛していたかよくわかります。
自分の才能を自分のためだけに使うのではなく、社会の健全な発展と弱者救済のために使う。
今、「普通」でいることさえ、厳しいですし、明日、経済基盤をなくす自体も当たり前になりましたが、
個人、個人が、動かなければ、結局の所、社会は健全にはならないと、
当たり前なことを、この著作から学びました。 -
Posted by ブクログ
経済には滅法疎い私だが
一昨年、宇沢弘文さん
という偉大な経済学者がいらしたことを
NHK「クローズアップ現代」で知った。
同僚であったミルトン・フリードマンと激しく対立し
市場原理主義の考えには全く相容れなかった。
常に人間のための経済学を追求し続けた。
だから何度もノーベル賞の有力候補に挙げられながら
果たせなかったのかもしれない。
この本は宇沢先生のエッセイ集だ。
だから人としての先生の姿がよく見える。
「社会的共通資本」を読む前に
この本を読んでおいてよかった。
いま
アメリカ的な社会をひたすら目指す日本、
格差と分裂、混乱が益々拡大していく世界を
宇沢先生はどんな思いで見つめているだろう。
その目は哀しみに満ちているに違いない。 -
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宇沢弘文氏がケインズ経済学を中心に経済学の成り立ちと考え方について丁寧に論じている。
いろいろと目からウロコで感動的でさえあった。
高校生の頃、読んでいたらきっと経済学を専攻していただろう。
(きっとケインジアンになっていた)
が、高校生の頃、読んでいたら何が書かれているかわからなかったに違いない。
社会に出てからの日々の生活や仕事通じた蓄積によって理解できたのだろう。
この本は30年前に書かれたものだが、現在の課題を予言している。
いや、現在はその予言すらも越えてしまっている。
宇野氏が論の中でこきおろしている新古典主義の系譜につながるマネタリズムを中心とした反ケインズ主義は
その大前提として、雇用の流動性、必要な情報がいつでも必要なだけ入手できる環境、生産物AとBが時間を考慮することなくすぐに交換でき、またそのときに最大価値をもたらすものだけを生産できる仕組みだと述べられている。
これらについて当時は実現不可能と思われてきたが現代では技術革新によりある程度の実現性がでてきている。
・非正規雇用といわれる雇用制度の発達
・コンピュータの発達によるビッグデータの取扱い
・インターネットをはじめとする情報ネットワークの
高速化によるクラウドビジネスの発達
そういう意味ではその状況を踏まえた新しい「経済学の考え方」というものもあるのかも知れない。
しかし、
本来、経済学は経済現象を通じて人の幸せを追究する学問と考えるなら、それこそが経済学の本質だと考えるなら、
上記の現在の経済はその「経済学の考え方を使って」、人がいかにホモ・エコノミクスであるべきかを追究するものになってしまっている。
数値化・定式化できないもの(幸福感や生きがいといったような人の感情やいわゆる文化に関する活動)は除外される。逆にそういったものさえ数値化・定式化しようとしている。
それは、かつても今も科学技術がその非人間性の部分を増大したことで
公害をはじめとする環境破壊を引き起こしたのと同じように、経済学が科学技術化することで非人間的な社会を作り出そうとしているように思われる。
宇沢氏はそういった経済学の課題への対応として「社会的共通資本」を提言しているが、3.11の地震と福島原発事故を経験した今、それすらも、もう間に合わなくなってしまっているのかも知れない。
しかし、それでも現代の課題を解決していくのはこれら過去の思考の積み重ねの上ににしかないのだと考える。
この本を読み終えた上で中途で積読状態となっている「人類が永遠に続くのではないとしたら」加藤典洋著を読みなおしたいと考えている。 -
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ネタバレたしかにそうだと思われることが多い。
日本の道路行政の現実を鑑みても、無計画で適当になされているような気がしないでもない。
確かに幹線道路沿いにも狭い歩道、申し訳程度のガードレール、至近に建てられている住宅。幹線道路でなくても、踏切があれば渋滞が起き、そういう道路には路側帯しかない。
歩道橋も車が優先されていることの、証左にほかならない。
ましてや歩道に合わせて道が造られているのではなく、車道に合わせて道が造られている。これを人権と合わせて考えると、基本的人権の侵害と言えるかも知れない。全部変えるのは非現実的ではあるだろうが、一つの考え方では確かにある。
昔は交通戦争と云って年間3万人以上交通事故(事故発生から24時間にん以内に死んだ人)が発生していたが、今では4千人前後まで減った。しかしそのうちの3分の2は、65歳以上の高齢者である。
東京という街は、若い人に合わせて全てが設計されている。再開発され、少しずつ変わってきてはいるのだろうが、どこまで進むのだろう。立体交差や信号の時間の設定など、挙げるべき点は多々ある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
自動車は現代機械文明の輝ける象徴である。
しかし、自動車による公害の発生から、また市民の安全な歩行を守るシビル・ミニマムの立場から、その無制限な増大に対する批判が生じてきた。
市民の基本的権利獲得を目指す立場から、自動車の社会的費用を具体的に算出し、その内部化の方途をさぐり、あるべき都市交通の姿を示唆する。
[ 目次 ]
序章 (自動車の問題性;市民的権利の侵害)
1 自動車の普及(現代文明の象徴としての自動車;自動車と資本主義;アメリカにおける自動車の普及;公共的交通機関の衰退と公害の発生;一九七三年の新交通法)
2 日本における自動車(急速な普及と道路の整備;都市と農村の変化;非人間的な日本の街路;異常な自動車通行)
3 自動車の社会的費用(社会的費用の概念;三つの計測例;新古典派の経済理論;社会的共通資本の捉え方;社会的コンセンサスと経済的安定性;市民的自由と効率性;社会的共通資本としての道路;自動車の社会的費用とその内部化)
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