宇沢弘文のレビュー一覧
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ヴェブレンの「制度主義」の発想を継承しながら、「私的資本」と区別される「社会的共通資本」の重要性をわかりやすく解説している本です。
著者がさまざまな機会に発表した文章をもとにしているようで、農業、都市、教育、医療、金融、そして地球環境といった多様なテーマをとりあげ、社会的共通資本を重視する立場から、人類社会のどのような展望がもたらされるのかということが説かれています。
著者は「制度主義」の基本的性格を説明するさいに、「私たちが求めている経済制度は、一つの普遍的な、統一された原理から論理的に演繹されたものでなく、それぞれの国ないしは地域のもつ倫理的、社会的、文化的、そして自然的な諸条件がお互いに交錯してつくり出されるもの」であると述べています。さらに、「農村の場で形成される人間的な雰囲気からは、私がかつて受けたような強烈な印象を与えるような若者たちが比較的多く育つのではないだろうか」といったロマン主義的な発想が表明されてもいます。その一方で著者は、「制度主義」がデューイのリベラリズムの立場を継承するものであると説明しており、一人ひとりが異なる資質をもつ人間を尊重し、それぞれの可能性を十全に引き出すことのできるような社会を求めています。
この二つの主張は、かならずしも折りあいがよいとはいえないようにも思えるのですが、著者のなかでどのように調停がなされているのか、本書を読んだだけではあまり明確に理解することができなかったように思います。 -
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宇沢弘文は、数理経済学から社会的共通資本への急な転向により、ある種の奇矯な人として受け止められているところもあるかと思う。この本を読んで、宇沢が1970年代の「反ケインズ経済学」をどのように眺めていたのかよく分かった。解説することもしたくないのだが、避けても通れないのでイヤイヤ解説すると言明するくらい。学問としての理論がどうこうではなく、歴史的・社会的背景を無視した前提の置き方、そしてそこから演繹される理論を格差などの問題に対する免罪符として用いる姿勢が我慢ならなかったのだろう。もちろん宇沢自身も1960年代のベトナム反戦運動などの文化的影響から自由ではない(多分、日本からアメリカに来た人間には特に眩しく見えることもあったのでは)が、2021年時点の感覚で言うならば、宇沢の問題提起には当時よりもうなずく人が増えているのではないかと思う。
必ずしも紹介される学説の論理をきっちり追わなくても読める本ではあるが、宇沢先生は読者のレベルを想定するにあたり現代の感覚で言えば手加減がない。ワルラスの一般均衡理論を数式とグラフで解説してくれるのだが、「これまでの議論からただちにわかるように、この供給関数は賃金Wと財の価格Pjとにかんして零次同次である」なんて急に言ってくる。ただちにはわかりませんってば。だいたい零次同次の意味を知らなかった。 -
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ケインズ経済学
①希少資源の私有制
②所得分配の公正性
社会的共通資本
・一つの国ないし特定の地域に住む全ての人々が、ゆたかな生活を営み、優れた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置
・自然環境、社会的インフラ、制度資本
・職業的専門家によって、専門的知見に基づき職業的規範に従って管理維持されるべき
政府による官僚的管理、市場的基準に従っておこなわれるものではない
・新自由主義はケインズ経済学の反動を受けたもの。市場原理主義。制度主義とは対比的。
・自動車の社会的費用。所有者なしは運転者が負担しなければならない費用を、歩行者あるいは住民に転嫁して、自らはほとんど負担しないまま運転。社会的費用が少ないから、大きな利益を得ることができ、自動車の需要は限りなく増大。社会的費用の内部化が必要。
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社会共通資本
◯社会的共通資本とは
・制度主義は資本主義と社会主義を超えて、全ての人々の人間的尊厳が守られ、魂の自立が保たれ、市民的権利が最大限に享受できるような経済体制を実現しようとするもの。
・社会共通資本はこの考え方を具体的なかたちで表現したもので、社会的装置を意味する。
・自然環境、社会インフラ、制度資本(教育、医療他)の三つの範疇に分けられる。
・実質的所得分配が安定的となるような諸条件
・社会的資本はそれぞれの分野の専門家によって職業的規律に従って管理、運営される。政府の指示や市場原理によるものではない。
◯社会主義の失敗
・計画経済は、中央集権的な性格を持つものは言うまでもなく、かなり分権的な性格を持つものも例外なく失敗した。
・計画経済が個々人の内発的動機と必然的に矛盾することが根源的な原因
◯分権的市場経済の矛盾
・実質所得と富の分配の不平等化は止まらない。
・利潤動機が常に倫理的、社会的、自然的制約条件を超越して社会の非倫理化を極端に推し進める。
・世界恐慌後に出てきたケインズの一般理論は、マクロ経済学の枠組みを作り、その後の世界の経済成長を支えた。
◯農の営み
・農業は工業と比べると生産性に劣るため、放っておいたら縮小して行ってしまう。
・農村規模を社会的観点から望ましい規模に安定的に維持することが必要。そのため一定割合が農村にいる誘因を作る必要がある。
・農業は産業的範疇を越え、多様な自然と生態系を守り、人間的成長を促してきた。
・コモンズの管理は信託された人が行う
◯都市
・移動手段、輸送手段として自動車が爆増した。しかし社会的費用は添加されていない。これは道路の整備と保守、交通安全だけでなく、子供達が安全に使えなくなってしまったことによる損失も含める必要がある。人命や大気汚染も本来的に含める必要がある。
・日本は住める面積が狭いため、特に社会的コストが大きい。それでも自動車が普及したのは道路整備にも自動車産業にも雇用を生む力が強かったから。
◯教育
・一人一人の子供の特質を生かし、立派な社会的人間として成長き、個人的に幸福な実り多い人生をおくれるよう成長を助けるもの。
・大学に自由が必要
◯医療
・保険点数制度による診療報酬制度が問題で、医療的基準と経営的基準の乖離をもたらしている。物的なものに点はつくが医師や看護師の技術やホスピタリティにはつかない。この報酬だけでは全然足りないのだが、これを検査、投薬、輸血による黒字で補填している。
◯環境
・経済学では、ある一つのエリアでの自然資源(材木、魚の量)の推移で考えるが、実際には大気や流入物といった様々な条件関与している。
・伝統的社会では、自然は宗教の中に含まれて考えられていることも多く、自然資源を持続的なかたちで利用することは、文化であった。
・人の移動が自由になり、文化宗教環境の乖離、植民地化のプロセスによって資源の搾取が広範なエリアで行われるようになっていった。地域に根ざした知識は無視され否定されていった。
・キリスト教、哲学、経済学と、自然を人間がコントロールできるという論調を強めていった中で経済成長が重視されていった。
・環境と経済の両立 by ミル「経済学原理」
国民所得、相対価格体系、資源配分のパターン、名目所得の分配などが時間を通じて一定水準とする
・炭素税は有力だが、排出量あたりの税額を世界で統一すると途上国は大変厳しい。GDPで傾斜をつける必要がある。 -
Posted by ブクログ
社会を豊かに保ち続けるために大切な要素を社会的共通資本として定義し、国家の管理でもなく、市場に任せるでもないあり方を論じた本。社会的共通資本は自然環境、社会的インフラ、制度資本に分かれている。
「全て」を国家が管理する社会主義か、市場の自由競争に任せる新自由主義かという二項対立に対して、「一部」はまた新しい形でのありかたが大切だと説いている。
ともすれば、「全て」「二項対立」「0か100か」で語られがちな政治・経済に対して、「一部」「折衷案」「個性記述的」に考える視点を与えてくれる。
文章は当初の入りが平易でありながら、途中経済学的議論が展開され、少しついていきにくい部分はあったが、一方で説得的でもあった。経済学の知識をさらにつけてチャレンジしたい。 -
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経済学の観点も踏まえ、21世紀を生きる我々が持つべき、都市や学問、環境、政治のあり方についての考え方を教えてくれる。宇沢弘文さんの思想が、おそらく表面的、簡略的にではあるが、その一端を伺い知ることはできるのではないか。
戦中、戦後に生きて、欧州やアメリカなど世界を奔走した稀代の経済学者が宇沢弘文先生である。多くの歴史的な経済学者だけでなく、様々な分野の偉大な学者との交流もあり、スケールの大きな内容も多く、学生にとっても、興味深いのではないか。
デューイ、ヴェブレン、ケインズ、フリードマン、昭和天皇、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世、マッカーサー、歴代の日米首脳等々が端々に登場する。宇沢弘文先生は、こうした人物の多くと関わりを持っていて、彼の偉大さをより一層際立たせる。
ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世、昭和天皇との逸話は、彼らと宇沢先生の「人間的な素晴らしさ」を表していたように思う。
ウィットに富んでいるものの、辛辣さを隠しきれないマネタリストとしてのフリードマン批判には、宇沢弘文という経済学者の信念を感じた。
環境経済学についても、地球温暖化を生半可な知識をもって批判・誹謗する、ウィリアム・ノードハウス(2018年、「地球温暖化の統合評価モデル」の構築に大きな貢献をし、経済学賞を受賞した。)といった経済学者を糾弾している。スティーブン・シュナイダー博士(著作に『地球温暖化で何が起こるか』がある。)のような、理性的な考え方が、地球温暖化問題の解決には欠かせない。
ここが個人的に重要で、面白いと思ったのが以下の内容だ。
後半の19章「人間的な都市を求めて」と20章「緑地という都市環境をどう創るか」では、都市のあり方が、ジェーン・ジェイコブスの『アメリカの大都市の生と死』や、エベニーザー・ハワードの「田園都市」、ル・コルビュジェの「輝ける都市」等の考え方を挙げながら、論じられ、どのような都市が人間的、文化的でかつ、環境に優しい都市なのかがよくわかる。ここで重要なのは、人間的、文化的な都市と、環境に優しい都市が「矛盾しない」点ではないだろうか。
ル・コルビュジェの建築への貢献は大きいものだと思う一方で、その「非人間的な」建築と彼の描いて、現実化してきた(たしか、政治都市のブラジリアなんかが、ル・コルビュジェの理想通りに計画してつくられた都市であった気がする)都市計画が、今、我々を「呪縛」し続けていると思わずにいられない。
非常に有用かつわかりやすい「ジェイコブスの四大原則」を以下に紹介したい(基本的に、本書の249~250頁から引用しているが、一部、改変して引用している)。 ①都市の街路は必ずせまくて、折れ曲がっていて、一つ一つの区画が小さくなければならない。
②都市の各地区には、古い建物ができるだけ多く残っているのが望ましい
③都市の多様性が大切である。都市の各地区は必ず2つ以上の機能、働きを持っていなければならない。
④都市の各地区の人口密度が充分高くなるように計画した方が望ましい。
その詳しい内容については、本書を読んでほしい。もしくは、私に尋ねて欲しいところ。笑
総じてみると、「社会的共通資本」の考え方が、平易にまとめられており、「宇沢弘文入門」と位置付けて良い本だといえる。教育や医療、都市における緑地の重要性、格差と貧困、戦争という行為の愚かさ、総括すれば、本書のタイトルに似ているが、経済学という営みは人間を幸せにするものなのか?という宇沢先生が生涯考え、挑戦した問いの一端が垣間見れる。 「グローバル・チェンジ」を考察し得る、「人間主義的な」経済学のパラダイムの、一刻も早い確立が待たれる。 -
Posted by ブクログ
経済学者の権威である宇沢弘文氏が自身の提唱する社会的共通資本について自身の出自とともに書かれた一冊。
経済学に傾倒していくなかで影響を受けたアダム・スミスやジョン・スチュアート・ミルやソースティン・ヴェブレンなどの話から社会的共通資本について概略や環境面、学校教育や医療などの各項目についてまで氏の考えがふんだんに書かれており、非常に勉強になりました。
人々の生活基盤を構築し、基本的人権を尊重すべく公平に普及されなければならない社会的共通資本に対する氏の危惧する思いが本書の随所から伝わってきました。
特に自動車に関する見解は交通手段として欠かせないものとなっている現在において深く考えさせられるものでした。
また、学校教育の私立学校の理論は今まで考えてこなかった部分だったり、景観についての理論も勉強になりました。
誰もが公平に社会的共通資本が提供するものを享受できることが理想であり、そのなかで供給側がきちんとその質にあった利益を享受できる関係が理想であり、そのなかで環境に配慮した取り組みを行っていくべきであるということが大事であると読んで感じました。
21世紀で文明が発達するにつれて自分たちが立ち返るべきことを経済学の観点から書かれた一冊だと感じました。