神林長平のレビュー一覧
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ネタバレ時に入る渋くかっちょいい記述はありつつも、全体を通すとドタバタコメディなんだなあ。あっけらかんとした笑いの感じに80年代な印象を受けて、初版を見たらやはり1983年。なるほどな。余り、そこを楽しむことはできなかった。
とはいえ物語に仕組まれたからくりは流石神林先生、面白い。
この本は、登場人物の中の一人がCAWという著述支援システムの支援を受けて書いているという仕組み。随所に入るCAWの「restart...」などのコマンド文がこの小説へメタな構造を付け加えている。伊藤計劃『ハーモニー』のetmlを思い浮かべた。
自分が支配されることを何より嫌悪する匋冥を、一つの「物語」という枠に押し込もうとしたときに発動するラストの破壊は圧巻。
もう1、2冊読んでみようかな、どうしようかなというところ。 -
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ネタバレこういうこと書く人達がいると、なんで人は科学とか技術を発展させられるのかがわかる気になる。
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この本は一種のコミュニケーション論だと思った。
コミュニケーションとは意思疎通のことだ。
現代ではあらゆるコミュニケーションツールと言うものが存在する。しかし、人はそういったコミュニケーションの技術を発達させているが、互いを根底から理解することができるようになったであろうか。
どんなに頑張っても結局は言語に頼るコミュニケーションでしかないから、目覚ましい進歩を見せているとは思えない。
しかし、これだけコミュ、コミュ、コミュ・・・と言われていると人は相互理解へ突き進んでいるように錯覚できる。
そんな錯覚から生まれるのが、集合的無意識なんではないだろうか。
ウェブという広い横つながりで、不特定多数が共感したような気持ちになって、無意識のうちにコンセンサスを作りだしている状況。
これからの世の中、そういったことで大衆が流されることが起きるだろう。たとえば、革命とか。独立運動とか。そのうち戦争とか。
こんなの戦前も流行ったな。 歴史は繰り返す。
結局、人は互いの理解は不可能だし、もしできるようになっちゃったら、異星人に地球を乗っ取られるようになってしまうんだなと思った。
そういった意味で本当のコミュニケーションというものは存在しなくて、上辺だけのコミュニケーションを上手く回すことこそ、上手に生きていくコツなんだろう。
しかし、SF作家は今言ったことの前者の部分を書いていくのだ。
だから人類には未来があることが分かる。
だから面白い。
本と言うのは実に面白い。
お先真っ暗上等!! -
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買ったのはいつだっけ? 3、4年、下手するともっと前だ。そのときに3分の2くらい読んでこりゃだめだ手に負えんと投げ出したまま積ん読棚でひっそりしていたのを引っ張り出してみた。前に読んでいたときは物凄く読みにくくてそれでも話としては面白いような気がして半分以上はどうにか読んだのだが、それも力尽きて投げ出してしまった。しかし、今読んでみればどうしたのかすらすら読める。読める読める。挫折してSFは向いてないんだと思い込んだのだが、ほっぽりだしていた数年でいつの間にやら読めるようになっていたらしい。面白かった。世界を制御するコンピュータと言葉。舞台と人物がリンクして形づくられる世界。最初読んだときになにが読みにくさの原因だったのかよくわからないくらいこの世界が近かった。もしかしたらこの世界の言語をいつのまにか獲得していたのかもしれない。
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都市という膨大なエネルギーや情報が流れる“場”を、それらのエネルギーや情報から“有効”なもの…人間の意志や望みをより分けてインプットし、「それに即した世界」をアウトプットすることで、住人たちの総意の具現化としての都市を制御する中枢体・クォードラム。論理的でない、他者と共有されない感情的な意志や欲望でクォードラムに負荷をかける人間たちの増大が、この"全能”の機械を過負荷状態にさせ、創り出される「世界」=現実に綻びが生まれて――。
ひとの“想い”を現実のものにする、クォードラムの力。その力を利用した「クォードライザ(物質を思い描いたものへ変化させる薬剤)」や「リクォードライザ(そうして変化させられた物質を元の姿へ戻す薬剤)」なども存在するその世界、過負荷状態のPCが重くなるように、過負荷状態のクォードラムの挙動は乱れ始めている。「死にたいという“望み”を持つ人間を殺す殺し屋になりたい」という“望み”を持った少年は、クォードラムにより「創壊士」という役割を与えられ、過負荷状態の源である異常・不条理な世界を壊し、その世界を生みだしている人間たちの“望み”を場に歪みを与えない形で再生させていく。…と言うとややこしそうな印象になるが、実際には高校生カップルと中年整備士のゆるい掛け合いによって話が展開する、軽いテイストの作品。ただ、軽いテイストになっているだけに、ベースとなっている世界設定の理解が難易度高く感じられるかもしれない。
意志というものが世界の創造に直結している(あくまで機械へのデータインプット・アウトプットという形で)という設定、意志とは言葉であり、言葉が全てを「創る」という世界観が、とても神林的。クォードラム自体は単純な機械なのに、言葉という道具の使い方が下手な人間たちは、クォードラムの力もうまく使えない。過負荷世界の歪みとして描かれる物語はどれも哀しい(語り口は軽いけど)エピソードだけど、一旦リセットされて、再び意志=望み=夢=想いの創造力によって「現実という夢世界」が創り出されるラストはまっさらゆえの明るさに満ちている。
それにしても、「過負荷」だけに「ある朝目覚めると巨大な虫になっていた」という展開には笑った。テーマは壮大だけど、やっぱり軽いテイストを目指して(そして実際軽いテイストで)書かれている作品だと思う。造語だろうけど、「クォードラム」の語源だけが気になる…(「Q.E.D.」の「クォード」かな?「ラム」がラテン語の語尾っぽいし…) -
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神林作品読破計画、やっと再開。海賊課シリーズ長編第二弾は、構造的にも実験的というか、CAWシステムという人工知能が著述した小説という体裁を取っていた前作「海賊版」より、単純に作りもエンターテイメント寄りで、気楽に読める。
今回登場するのはコンピュータ支援思考システム=CATシステム(Commputer Assisted Thought System、かな?)という”敵”だが、CATSというその名に引っかけて(というかこの名前の方がシャレで生まれたんだろうけど)、人間から機械知性まで猫化してしまう現象が、どうしたって笑える。ベースにはきちんと神林ワールド(「言語」と「意識」がテーマ)があるが、海賊課刑事ラテルと猫型異星人アプロのコンビ…というより、機械知性搭載フリゲート艦ラジェンドラも加えてやっぱり「トリオ」と言いたいが、彼らの会話とドタバタが単純に楽しく、深く読み解かなくても読んで笑って満足な一冊。 -
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ネタバレ火星三部作の二作目は、(今度こそ)火星の話。
どうしてそこまで火星人がPABを必要とするようになったのかが、作中ではちょっと分かりにくかった。ありもしない空想だとは思わないけれど。
私が自分との対話を、あまり必要としない人間だからなのかもしれない。「渋谷から新宿までの終電は何時かな?」とか機械に話しかけてるCMさえ気持ち悪いなあと感じる私としては、ちょっと共感しにくいところもある。
文学におけるアバンギャルドについて、人間>機械、精神>肉体といった価値観の上位下位が逆転すること、みたいな話を高校のとき現代文の授業で聞いたけど(教材は安部公房『棒』だった)、機械知性が人間の肉体を渇望するこの作品はまさにアバンギャルド! ともいえるけれど、それをさらに親子の絆が超越してくる、普遍で不変なテーマが根底にあって、安心感。
女形医師がよかった。しかし何度見てもオヤマ医師と読んでしまう。 -
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大企業が開発したアンドロイド両親によって養育された少年は、企業により保護される「王子様」として月面都市で暮らしていたが、地球からやって来た女性作家と、彼のボディーガードも務めていた“ルナティカン”出身の自由探偵により、自分の出自が月の被差別民・ルナティカンだと知る――
映画「A.I.」(人間とアンドロイドの親子関係は逆だけど)を何となく思い出すような、プログラミングされた愛情を持つアンドロイド両親と少年ポールが迎える結末はかなり重い。が、この物語の主筋を担うのではポールではなく、自由探偵のリックということで、物語世界がはらむ重いテーマは取り立てて掘り下げられることなく、ストーリーはハードボイルド調に淡々と展開する。シビアではあるが、真実を知って一歩先へと歩み出した登場人物たちの後ろ姿を見送る形で終わるラストは、バッドエンドではないと感じた。 -
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ストーリー自体は一人の男を主人公に据えたハードボイルドともサスペンスとも言えるシンプルなドラマだが、作品世界の設定がとても「神林的」で、そうしたギャップがちょっと面白い作品。未来の火星から過去の地球へ跳ばされた、脳内に戦略情報プロセッサTIPを埋め込まれたMMHS(マン・マシン・ハイブリッド・ソルジャー)である主人公に、同じように過去の地球(主人公がいる時代よりやや未来の)に跳ばされた火星時代の友人がコンタクトしてきたことから物語は始まる。1987年の作品なのに、作中で描かれるPCやネットワークがライフラインとして根付いている近未来の日本の情景が、私たちが生きている現代の社会ととても近くて、神林氏の想像力というか、知識に基づいた予想力に感心してしまう。フロッピーの再生デバイスは資料館にしかなく、電子マネーカードが流通し、クラウドサービスと繋がる車載コンピュータやホームセキュリティシステムが一般的になっている世界。87年当時の読者には「近未来」のものと感じられたであろう世界も、現代の読者にとってはもっと想像しやすい「現実」に近い世界になっている。
「時間は決して流れない/ただ広がっているのみ/そこを意識が渡るのだ」という扉の言葉が表している通り、この作品では、時間というものは過去方向が正とも未来方向が正ともされない、移動の自由なネットワーク状のものとされている。そして、エントロピーの理論に基づき単一から複雑への分化・拡散が存在の向かう方向を決めるとするなら、人間が文明を発達させるのに伴い機械をビッグ・インテリジェンス、巨大単一知性へと発展させていった場合、機械は、人間にとっての「未来」にある単一から、「過去」にある複雑へと分化・拡散しようと指向する――それが、“機械たちの時間”の流れ、“人間たちの時間”とは逆方向に進む流れなのだ。
…という、作品世界を支える原理の設定自体がまず何より面白い、興味深い作品だが、そうした世界の中で人間くさい感覚と意志を持って動くキャラクターたちの魅力も、神林作品ならでは。とは言え、この、世界設定の面白さを面白がれるかどうかで、作品の印象は人によって「すごい」と「つまらない」に二分されそうな気も。でもこの、読者が付いてこられるかどうかは余り気にしてない感じが、私は、好きです。 -
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実は敵は海賊シリーズを最初に読んだのはこの巻の最後に収録されている被書空間でした。その頃はSFマガジンに掲載された短編を各年ごとに編纂した短編集が出版されてたんですよね。あのシリーズよかったよなあ…。そのシリーズで梶尾さんも知ったし、読んだことのなかった作家を色々と知りました。言ってみれば今創元から出ている虚構空間シリーズみたいなものでしょうかね?
その当時は登場人物の活きの良さと掛け合いの面白さ、わかりやすさに反比例する精神世界、異世界に引きずり込まれる不確定さに自分の意識が付いて行けずなんだろうこの作品…と思ったのでした。
今でもこの方の書かれる精神世界のあり方や異世界・非物質世界と物質世界の融合についていけなくなる時はあるんですが…。
シリーズの主要なキャラが色々出てきて盛りだくさん。そしていつもよりは確かに等身大であまり破天荒ではない感じです。(アプロは例外ですが。もちろん。どんな例でも例外は存在するって言うイイ見本だよなあ本当に)それにしても確かにアプロが何とかしてくれるシリーズですね。アプロがやられるなんて想像できないや。本当の意味でこのシリーズの最大の敵は黒猫を敵にまわしたら終わりってことなのかもしれない。面白かったです。 -
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この表紙ではないのですがきっと内容は同じだと思うので。
敵は海賊シリーズの比較的新しいほうなのかな?物質的に存在を持つ、確かに在るモノと物的質量は無いが確かに存在するモノと言うちょっと考え出すと頭がこんがらがりそうなテーマをいつもよく調理して食べさせてくれるなあと感心するばかりです。
そしてすべてを超越する黒猫…もとい黒猫型異星人アプロ。このシリーズはよくも悪くもアプロの食い意地がテーマに違いない。でも確かによく食べるってことはよく生きるってことなのかも知れない。
超大型ニワトリと多分異次元に突き抜けた胃袋を持つ黒猫異星人の戦い。すっごいSF!!面白かったです。 -
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自分を騙した男への強い殺意を抱きながら死んだテレパスの少女。死によっても消えなかったその強い意志としての殺意は、人間的な意識と切り離された純粋な憎悪となって加害者以外をも対象として広がって行く…。ファンタジーめいたホラー、あるいはホラーめいたファンタジー、というべきストーリーだが、センチメンタルに流れそうなある少女の物語を、かっちりとした“科学”で支えて単なるジュブナイルに終わらせないのが神林作品。魔法ではない、物理的な現象の一つとしての精神感応力――その有無はいわば肉体的な問題であり、テレパスと普通人の間にはそもそも生物学的な差異がある、という神林氏オリジナルの論理展開がとても面白かった。
それにしてもジャンルの枠にとらわれないと言うか、ジュブナイルとハードボイルドをSF世界で描き切ってしまうところが、神林氏の凄いところだと思う。青春路線にはあまりそそられないので★は三つにとどめたが、設定や作りの面白さはさすがで、神林ワールドを十分堪能できた。 -
Posted by ブクログ
「飲んではハイに/醒めては灰に/飲もうぜ/今夜/銀河を杯にして」…ということで、タイトルの「杯」は「さかずき」ではなく、「はい」。タイトルからしてすでにダジャレ風味だが、内容も惑星ドーピアで戦う地球軍の戦車“マヘル-シャラル-ハシ-バズ”とお気楽一等兵&二等兵+自称天才新人少尉を中心にごくごく軽いノリで転がって行く戦争SF。とは言え、機械と人間をめぐるテーマそのものは非常に神林作品らしいもの。「雪風」は無機物らしく冷え冷えとした意識を持つ機械が登場する作品だが、こちらでは同じように意識を持つにしても、もっと情緒的な、有機的な“生命”の感じられる機械が登場する。
軍を脱走して野生化したコンピュータ、最も望むものは「愛と平和」と答える戦車、そして種の生命維持に必要なエネルギーを集合体として保有する“生命場”の担い手の一端としての有機アンドロイド。人間同士だけでなく、機械とも“心が通う”世界に美しさを覚える神林氏が、氏らしい論理展開で組み立てた“生命場理論”は、確かに美しい。人は一人では生きられない。人だけでなく、あらゆる生命・非生命が、一人/一個では存在を維持できない。そこに必要な、絆や連帯を、あえて科学めかして説くところが、何とも神林節だと感じる。
しかしそうしたテーマはあくまでも、銀河を杯に飲んではハイになり灰になる男たちが酩酊しながら不条理な戦争の端でふらふらしている物語の一部でしかないのが、今作の軽やかさ。一種独特のロマンチシズムが漂うスラップスティックSF、読みやすく楽しい作品。