コンラッドのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
アナキストを自称する主人公のヴァ―ロックは、しっかりシークレット・エージェントの職務を遂行していると自負していたが、新しい上司のヴラディミル参事官から叱責を受け、グリニッジ天文台のダイナマイト爆破事件を起こすよう命じられてしまう。爆弾を仲間から入手したヴァ―ロックだったが、予期せぬ出来事が起こってしまう。それはグリニッジ・パークで一人の男が爆死したことに関連することだった。
本書に登場するアナキストたちは声高に議論を重ねる口舌の徒であるし、法と秩序を守るべき警察官たちも必ずしも正義を体現する存在ではない。
ところで本書で最も面白く感じたのは、爆死した人間が誰なのかの真相を知った妻に対し、それを悟ったヴァ―ロックがほぼ一方的に話しかける言葉が見事なまでに妻の気持ちからズレていて、両者の感情の懸隔が精細に描かれている場面(第11章)で、その後恐ろしいことが起きてしまう。 -
Posted by ブクログ
読みにくじゅうはち
読みにくいのがコンラッドじゃハゲぇ!
言われたらさいですかとしか言いようがないんだがね
コンラッドはポーランド出身で英語は船員時代に習ったので読みにくかったらしいのだが、そんなところを忠実に訳さなくても…っていうね
そしてもうね
登場人物ひとりひとりを掘り下げ過ぎっす
いやもう掘るわ掘るわ
二言くらいしか喋らんやつとかもめっちゃ掘るからぜんぜん進まん
結局誰が主人公やねん!っていうね
しっかーし!なんか凄いの読んだって気にはなった
あとこの作品はテロ小説の先駆けみたいな評価で近年見直されてるみたいなんだが
うーん、なんかそれは違うでしょって思いました
どう考えても主題そこじゃないもの
じゃあどこかって聞かれてもめんどくさいから特に言及しないけど
なんかあれじゃね主観て怖いわー的な
あとハゲてへんわ!(# ゚Д゚) -
Posted by ブクログ
解説を読むと、この光文社古典新訳版で、なんと四人目の訳者になるらしい。それだけ、魅力のある作品だということなのでしょうが、読者それぞれに想像させる描写が多く、物語の筋は分かるけど、そこから何を問いかけているのかが、難しく感じた。
初読で私が感じたことは、単純だけど、改めて植民地の概念って何だろう? ということです。
いきなり、知らない国の人たちがやって来て、特産品をいただくので、ただ働きしてくださいみたいな、現地の人にしてみたら、何言ってんの、ってなるであろうこの感覚は、私の理解の範疇を超えている。それなのに、見た感じでは、当然に受け入れたかのように働いている現地人の姿の描写が痛々しく感じた。
物語でクルツが、最後に何を見たのかは今でも分からないが、マーロウが感じた畏怖めいたものは、原初の自然の奥深くの見えない部分に、これまで経験したことのない常軌を逸したものを知覚したのだろうと思っています。改めて日にちをおいて、再読したい。 -
Posted by ブクログ
ロンドンのブレット・ストリートで雑貨商を営み、
若い妻ウィニーを娶り、彼女の母と弟を同居させ、
穏やかに暮らすアドルフ・ヴァーロックの正体は
某国のスパイ、コードネームΔ(デルタ)だった。
雇用主から
長い間まともに本来の仕事に精を出していないと
叱責された彼は、新たな任務を負ったが……。
19世紀のアナーキー・イン・ザ・UK
……と言いたいところだったけれども(苦笑)。
序盤はヴァーロックの日常と、
そこから著しくかけ離れて見える本業との対比や、
上司との皮肉の応酬が黒い笑いを誘い、
アイロニーとブラックユーモアで
ストーリーを引っ張っていくのかと思ったが――
実は、背景となる当時の
霧と煙に覆われたロンドンの雰囲気そのままに
重苦しい物語だった。
タイトルのagentは通常「代理人」「仲介者」「スパイ」
などを表す語なので、
そのままヴァーロックの活動を指していると思って
読み進めたのだが、
後半でギョッとする展開に(ネタバレ厳禁!!)。
そこで少し検索したところ、
他にも「行為者」「反応などを起こす力」
といった意味があるとわかって、なるほどと頷いた。
これは、人間は表に出す面と
他者の目に触れさせない部分の両方を持っているという話。
表面の利害によって寄り添ったり離れたりするが、
内心がその動きに合致しているとは限らない、と。
例えば、軽度の知的障碍があると思われる
スティーヴィー(ヴァーロックの妻の弟)も、
素直でおとなしく、一見、周囲の目に無垢な少年と映るが、
暇なときは紙片に謎の図形を執拗に描き続けるなど、
余人に計り知れない熱情を持て余しているかのようでもある
……といった具合に。
おしどり夫婦と思われたヴァーロックと妻ウィニーが
共に仮面をかなぐり捨て、
本当は世間に対する体裁のため、
あるいは安定した生活を手に入れて肉親を安心させるために
結びついただけだったことが露呈するシーンは圧巻。
惜しむらくは、その後、
ウィニーが試行錯誤を経て幸福を掴む展開にならなかったこと。
そうなっていれば、一種のフェミニズム小説と
受け取るのも可能だったかもしれない……。
しかし、人は対峙する相手によって表情を変化させる
――つまり、上述した人物たちのあり様の方が普通で、
一貫して何ものをも恐れず、金品に執着せず、
媚を売らず、
ただただ素晴らしい爆弾を作るスペシャリストとして
生きていくだけという職人、
通称《プロフェッサー》の揺らぎのなさこそが
異様であり、ブレない狂気を感じさせるなぁ……
という読後感と共に本を閉じた。
ところで、『オルメイヤーの阿房宮』も、
この光文社古典新訳文庫から出ませんかねぇ
(と、言うだけ言ってみる)。 -
Posted by ブクログ
コンラッドは、自身が船長として、現在のコンゴ民主共和国のキサンガニ(スタンリー・フォールズ)に遡行した時の経験を基に、この小説を書いたとあとがきにあります。
主人公がアフリカの奥地で出会うクルツという人物の心の闇、そして19世紀当時のアフリカのジャングルの闇が不気味に描写されています。
このあたり、映画の「地獄の黙示録」は、この小説の雰囲気を良く伝えています。実際、フランシス・コッポラはこの作品の映画化を真剣に検討していたようです。マーロン・ブランド演ずるカーツ大佐の名前が、クルツに似ているのは偶然ではないでしょう。
異郷であれ、大都会であれ、そこに住む人間の寂寥を描く、というのは文学の一つ大きなテーマなのでしょうか。この小説が書かれた19世紀末、植民地の開拓への野心華やかりし時代にアフリカへと渡った人たちの懊悩が垣間見えた気がしました。 -
Posted by ブクログ
夏目漱石が愛読したコンラッドの代表作。
そして、オーソンウェルズ、スタンリーキューブリック、フランシスコッポラなど巨匠たちがこぞって映画化しようとしたけれども、実現には至らなかった。
という前情報〔千夜千冊1070話〕に興味をそそられて読み始めた。
しかし、読みにくかった。
けっして難しい文章ではないのだが、どうにもリズムが合わない。
読後に解説を読んでみると、色んな人が翻訳しており、今回手にしたのは新訳だとわかった。
そして、そこで、原文が読みにくいことで有名だということもわかり、それに対して、それぞれの訳者が色々試行錯誤していることもわかった。
うーむ、その結果が、こういう訳になるのか。
正直、なんだか直訳的なリズムで、肌に合わなかった。
機会があれば別の訳書も読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
コンラッド自身の経験が元になった小説ということで、
当事者目線から19世紀の奴隷貿易やその舞台となったアフリカが描かれた小説というのは歴史的に見ても貴重な作品。
原文が出版されたのはなんと1899年!まじか!
そんな作品を21世紀に読めるなんて単純にすごい!
「闇」とはひとつに「未開の暗黒大陸」=アフリカを象徴しており、誰も知り得ない暗黒大陸の奥=アフリカの実態を描いていると思いました。
もう一つ「闇」とは、そんなアフリカに住んでいる人間がどんどん孤独や寂寥に蝕まれて人間性が失われている様子を描いているのかなと思ったり。
誰か解説してくれー -
Posted by ブクログ
ネタバレ難解だった・・・。そもそもおれの読解力が稚拙なんだけど、テーマが抽象的なうえ翻訳のむずかしさも手伝って、ぜんぜんわからんかったです。
再読しなくちゃいけないとおもうけれど、とりあえず、今回の読書では「孤独」の重さを感じた。
自然、自然であること(おのずからしかるべく)は、少なくとも現代社会をいきる人にとっては、とてつもなく「孤独なもの=不明なもの、闇」であって、その闇は未開の自然の象徴であるアフリカの奥地だけでなく、ひとのなかにもある。
ホルクハイマー=アドルノらがいう「理性による同一化作用」と親和性がある気がしたんだが、そうすると、人は孤独=闇をもとめているということでもあるのかね。
やっぱよく分からん。もう一回よむ!