吉田利子のレビュー一覧

  • 火星の人類学者──脳神経科医と7人の奇妙な患者

    Posted by ブクログ

    どなたかの本棚で面白そうだったので、ずっと気になっていた脳神経学者オリヴァー・サックスの一冊目はこちらに。

    利き腕を怪我した場合、反対の手や足でできることが増えることがある。脳の内部でプログラムや回路が変化して、異なる行動様式を習得したのだ。
    このように欠陥や障害により潜在的な力を発揮して躰が再構築されることがある。
    このように、人間の脳や身体の病から別の機能が発達する症例に接して、脳の機能だとかそこから構築される人間の個性とかを感じるドキュメンタリー。

    『色盲の画家』
    65歳のジョナサンは交通事故の頭部損傷で目の認識が変わった。視力は鋭くなり遠くの物が認識できる。しかし色が全くわからなくなった。一時的だが文字も認識できなかった。
    色や文字を知っている人が、その認識機能を失くすとどんな感覚になるのか、言葉で説明できます。「アルファベットはギリシャ語かヘブライ語に見える(一時的な障害だった)」とか「赤も黒も真っ黒に見える」とか、元の物を知っているので説明がわかりやすいですね。

    そして色盲になったことは、見えない以上の影響が出る。見えるもの全てが醜く感じられ、食べ物も汚らしく思える。明るいところでは見えるものが暗いところにいくと見えなくなる。人間の色も見えないので人付き合いもしづらくなる。自分の感じていることを伝えられずもどかしさも募る。
    しかし次第に機能も感覚も順応する。彼は画家なので、独自オンスタイルを持つ絵を描くようになった。(絵は冒頭に収録されている)頭部損傷後の不快感や喪失感を元に新たな感じ方をするようになった。色をなくしたために物事の形を感じるようになった。自分の感覚が研ぎ澄まされるようになった。
    医学的には、脳のどこがどのように損傷したのかはわからない。それがどんな変化をもたらせたのかもわからない。それでも人間は順応してゆく。

    『最後のヒッピー』
    グレッグは思春期の激しい反抗から、ドラッグ、宗教に嵌まり込んだ。やがて視力の衰えや精神の静謐さを併発する。教団は宗教的な高み〜とか言っていたので治療が遅れた。どうやらグレッグは脳神経に巨大な腫瘍ができていたのだ。グレッグは盲目で記憶障害、精神障害で施設に入る。
    なんといっても奇妙なのが、自分が盲目だとわかっていない!そんなことあるの!?医師が物を持って「これは何?」と聞くとグレッグは自分が見えていると思っているものを答えるので、見えていないという自己認識がない。テレビがついていれば音を聞いて画面を想像する。グレッグには視覚という認識がなくなっているのでそれが普通だと思っている
    グレッグは時間が経過する認識がないので、「この次」がない。例えば両親が毎週見舞いに来るとしても「さっきまでいた。」と思って時間の感覚が持てない。次にいつ来る、も認識できない。認知症とかで「いつ食事をしたか覚えていない」ってこんな感じなのか!
    昔の友達のことは覚えているが、例えば幼馴染のAさんと今眼の前にいるAさんが同一人物だと認識できずに「Aさんという名前の人が二人いる」認識。
    最後は、コンサートの最中はとても楽しむのに、翌日には全て忘れているというちょっと切ない終わり方。

    『トゥレット症候群の外科医』
    わめいたり、痙攣したり、他人の言葉や動作を真似したり(反響)、顔をしかめたり、奇妙な行動をしたり、無意識のうちに口汚い言葉や冒涜的な言葉を吐く(汚言)トゥレット症候群。
    患者自身も、意志とは違う衝動や脅迫に突き動かされるので自分とは外部の「それ」に強制されている(一種の取り憑かれた)と感じることもある。
    しかしは1000人に一人の割合でいると考えられるこの症状は割と身近で、細かい作業に着いている人もいる。著者はそんななかの一人の外科医ベネット博士を密着観察する。
    ベネット博士は結婚して子供もいるし、車も小型飛行機も操縦する!助手席の著者は「よそ見してる!?」と気が気でないが、ベネット博士も本当にヤッてはいけないことはわかっていてやらないようだ。そして「空は広いから多少外れたって問題ない」という広大さもなんか良いな。
    外科医としての腕も確かだ。どうやら愛する外科医の仕事に没頭するときはもっと深い部分での自分自身になるので、トゥレット症候群が消えるのだそうだ。人間の意識って不思議。
    症候群のために読書は難しい。音や文字やレイアウトがきになってしまう。それでも本を楽しむことができないぶん、医学部の教科書は暗記するくらいに覚えられた、という効果にもつながったみたい。そして運動しながらの勉強も別のことに集中できるので良いみたいです。
     私は自分自身も何かあるよなーと思っているのですが、ここに書いてあるトゥレット症候群はちょっと心当たりあるんだよなあ。常に独り言を言ったり、一人のときに勝手に口から思わぬことが出てくることは日常です。成長して自重できるようになって人前ではまずいことは言いませんが、ぼーっとして歩いているといきなりよろしくないことを口走りそうなので、常に何かを考えて独り言をコントロールしたり、音楽を聞いて意識を自分に向けるようにしてます。

    『「見えて」いても「見えない」』
    3歳の発熱(ボリオ?)で躰の麻痺と盲目になったヴァージルは、50歳の時に手術により見えるようになった、はずなんだけど、本人はどうも見えていないようだ。
    『色盲の画家』では「見えていた人が見えなくなったらどうなるか」でしたが、こちらは「見えるという感覚を失くしてる人が見えるようになったらどうなるか」です。
    自分が見ているものが信じられない、見ているものが自分が頭で認識していたものと結び具かない、見たのもを考える頭がついていかない、録画という概念がない。
    ヴァージルは、触ったり聴いたりでものを判断していたため、目が見えても自分が考えていたものとその実物が認識できずに苦労した。眼の前にあるものが人の顔だとわからず、それが動いて声が出るということがわからないとか。
    実際に見える物はわかるようになっても、写真では遠近感がつかめないし輪郭もわからない。町に立つ人の写真ではどれがビルでどれが人間かわからない。
    赤ちゃんの時は他の神経も発達していないから目で見たものを脳に認識する力ができてゆく。しかし見えない状態に慣れた大人が見えるようになるというのはすでにある認識を覆すのでまったく違う問題になる。
    ヴァージルは、目で見て、さらに触ることによって、「見る」ことができるようになった。
    しかしまたしても高熱を発して再度視力が悪くなる。このときは、目で見たものを説明はできるが、それがなにか認識できない失認症に近い症状になったみたい。

    私は自分や近しい人が「手術すればまた見えるようになるよ」と言われたら手術を勧めてしまうと思いますが、自分が作り上げた認識とそれで積み立てた人生がひっくり返ると言われたら、そんなに簡単なもんじゃないんだなあ…と思いました。

    『夢の風景』
    生まれ育った故郷を細部にわたり描き続ける男がいる。家の石垣もあらゆる角度から実物そっくりに描くくらいの精密さ。
    イタリアの村ポンティトはナチス侵攻で衰退した。フランコは少年時代を過ごした村を懐かしく思いながらも海外で暮らしていた。だが熱を出した時に夢でポンティト・ポンティト・ポンティトを見て、初めて絵筆を取ったら詳細に描けた。
    それからはフランコの話はポンティト・ポンティト・ポンティト。強迫観念に取り憑かれてしまったらしい。自分でも自分が描いた絵が、写真とそっくりで驚くくらいだそうだ。
    彼の場合は奥さんとか精神科医のお陰で「失われた故郷ポンティト」専門の画家としてメディアで取り上げられたり個展を開くようになれた。
    しかしフランコはポンティトには行こうとしなかった。「ポンティトの思い出が終わってしまう」ことを感じていた。
    そんなフランコもポンティトに訪れることになった。頭にどの角度からもはっきり映る夢のポンティトと、現在のポンティトの違いに混乱する。
    しかしその混乱も受け入れられるようになった。著者によると、ポンティト訪問前は「人の気配を感じない終末後の雰囲気」だったようだが、訪問して混乱が収まった後は「人はいないがちょっと出かけてる感じ」になったんだそうだ。

    この章では「記憶」についてだが、一般的に考えられる「記憶とは積み重なり」というものに疑問も湧いてくる。記憶は変化する。それなら「記憶」というものはなくて「思い出す」という動作があるだけだ。記憶には、見直されて新しく思い出されるものもあれば、いつまでもそのままの形で存在するものもある。


    『神童たち』
    前の章と同じように、詳細な絵を描く話。自閉症の中でもサヴァン症候群と言われるのかな。

    知的障害の少年スティーブンは、風景をちょっと見たらその光景を記憶して絵を描くことができる。でも実際のものとところどころ違うところがある。どうやら本人なりに「ここにはあれがあったほうがいい」とか「あの時見た形に、違う時に見た色」を組み合わせるなどしているみたい。どうやら、見たものを覚えるが記憶は連続しない。
    その絵は芸術と評価もされるが、著者は「確かに個性はあるけれど、見て覚えたものそのままを描いたら創作といえるのか?」と考えてゆく。
    見て覚える能力が優れているので、物真似も上手い。ゲームとしてスティーブンが先生、著者が生徒になったときには、著者の特徴が模倣されていて著者を「甘く見てはいけない」と事故を戒めることになるんだって。また、絵を見たらその画家のタッチを真似することもできる。
    著者は「彼らが人の真似をするのは、自己というものを認識できないので、他者を取り入れて個を知りたいからなのか?」と推測しています。しかしその記憶、真似が、世界を表現して探索するというとになっている。

    『火星の人類学者』
    自閉症全般のことと、自閉症本人から話を聞く。
    1940年代に発表された研究ではレオ・カナーは「改善の見込みのない悲惨な状態」として、ハンス・アスペルガーは「きわめて独特な思考や経験は、いつか例外的な業績に繋がるかも知れない」としている。(自閉症という症例自体が、彼らが研究対象にしたよりももっと広範囲ではあるのだが)このころは「先天的なもの」と、「冷たい母親が要因な後天的なもの」という研究の両立だった(うちの子供の一人が「児童精神科診断のグレー」ですが、カウンセラーさんや周りの方々から「母親が悪い」はしょっちゅう言われたわ…(;_;) わたしの母親もなかなか特異なので、私自身も何かあるだろうなあと思ってる)
    その後も自閉症の生物学的要素が研究されている。

    著者は、重度の自閉症だが現在は食肉の動物行動研究をしているテンプル・グランディンから話を聞く。彼女は「自閉症に生まれて」をテーマの自伝も出している。
    自閉症本人が語るので、自分では何を考えているのか、どうしてそうするのかが分かりやすいんですよね。
    そして経験豊かな脳神経医師である著者自身も、このような多方面に渡る自閉症の人たちに面会してもまだまだ驚かされることばかり。
    表題の意味はテンプルが「自分には人間同士の微妙な感情を読み取るコミュニケーションができない。まるで火星人を研究する人類学者のよう」と言ったことから。

    0
    2025年11月24日
  • 火星の人類学者──脳神経科医と7人の奇妙な患者

    Posted by ブクログ

    原著は1995年刊。いまやメディカル・エッセイの金字塔。インパクトのある『火星の人類学者』というタイトルもいい。16ページのカラー口絵も彩りを添える。
    大脳性色盲、トゥーレット症候群、側頭葉癲癇、開眼手術、サヴァン症候群、高機能自閉症など、オリヴァー・サックスが出会った7つの驚くようなclinical casesを鮮やかに描き出す。
    最終章ではあのテンプル・グランディンを訪問する。自身の自閉症を説明するのに「火星の人類学者」というメタファーを用いたのは彼女だった。訪問の終わり、空港まで送ってもらい、別れ際に、許しをもらって彼女とハグする。なんという温かな終わり方か。

    1
    2025年09月08日
  • ニュー・アース

    Posted by ブクログ

    人生変わる。エゴが邪魔している時は
    とーってもむずかしく眠くなり、つまんない。

    読めない人はエゴが嫌がってる。ただそれだけ。
    悪くない、なにも貴方に落ち度はない。

    一貫して伝えたいことは一つだけ。
    ゆっくり自分のペースで読む本。

    読んだあとは、幸せな気持ち。
    FIREより人生アガりな気持ち!ツモ!

    0
    2025年07月30日
  • 火星の人類学者──脳神経科医と7人の奇妙な患者

    Posted by ブクログ

    きっかけは、Jordan Petersonのおすすめ書籍の中にあるのを見つけたこと。

    何かを知るためには、境界領域にあるものを詳しく調べるのが効果的、というようなことを考えた。脳になんらかの障害のある人々のことを知ることは、人間を知ることにつながる。

    自分とすごく異なると感じる人達もいるがー全色盲、健忘症、自分と変わらないのではないかと感じる人たちもいるートゥレット症候群のお医者さん、自閉症の動物学者の教授。

    自分はサイコパスなのではないか、と思う瞬間はよくある。多分、病気と健全の間は想像するよりずっと近いし、はっきりと線が引かれているわけではないと言うことだと思う。

    一章読むごとに、何か心にズンとくるような感覚がある、いい本だった。読んでよかった。

    0
    2025年05月04日
  • 火星の人類学者──脳神経科医と7人の奇妙な患者

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    私は脳科学系の読み物が好きで、ことに知覚で形作られる世界は個人的なもので、普遍的なものではないという見方に非常に興味を持っている。本書はまさしくその興味を揺さぶられる内容だった。
    本書に描かれている人のうち数人が、自身が障害を持っているということを自覚した上で、障害を消したいとは考えない、とコメントしていたところが印象的だった。それほど彼らが抱えているものが彼らのアイデンティティとして切り離せず渾然一体となっていること、そしてそれほどに彼らが彼らの知覚している世界を守りたいと感じるのだとわかった。
    健常者は、ハンディを抱える人に対して、「正常な知覚ができる状態にできれば感動的だろう」と考えることがある(本書の「見えて」いても「見えない」に出てくる妻もその考えだったのだと思う)。私もそう思っていた。もちろん、正常な知覚を得たい、取り戻したいという人もいるだろう。だが、そういった人ばかりではないということを知ることができた。そして、アイデンティティと知覚的世界を守りたいという気持ちは健常者と変わらないと思った。

    0
    2024年03月24日
  • ニュー・アース

    Posted by ブクログ

    基本一貫して同じことが繰り返し書いてある。
    「今に在る」という感覚以外の無意識はエゴに支配されている。で、私は〜というがそれは、私自身ではなくエゴだ。エゴというものにこれまでどっぷり浸かり(無意識のうちに侵され)、エゴという概念が分かりにくいので、これぐらいの何度も繰り返し気づき与えることが重要かもしれない。
    日常の中で、ハッと息をのむような感覚は気づき。
    こまめに無意識から気づきを得ること
    「私」は時間の感覚にある人生ではなく、生命
    全ての行動は、受け入れる、楽しむ、没頭するいづれか

    2024.2.20

    0
    2024年02月23日
  • ニュー・アース

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     導かれるようにして、本書を手にしました。
    わたしの中のホンモノのわたしが喜んでいる、解放されたいと喜んでいるのを感じ、ワクワクしました。
     しかし、読み進めるなか、リピートされる過去の出来事、妄想、などなど、これがわたしのエゴなんだ、と痛烈なパンチもお見舞いされましたが。

     長年、パーソナル障害と思しき人との関係に苦しみ傷つきましたが、近年やっと、理性で接することができるようになりました。つまり、わたしの中に、俯瞰する冷静なわたしが、出現してくれたのです。
     このタイミングで本書に出会えたことをとても嬉しく想います。 
     わたしには難しい内容もありましたが、『ほんとうの自分を見つける』べく、『抵抗しない、判断しない、執着しない』で、『あるがままのいまとひとつになる』。
     受け入れて、楽しんで、情熱を燃やす!
    そんな、" いま " を味わえたらと想いました。

     また、吉田利子さんの『訳者あとがき』が、とてもわかりやすく、実践の役に立つなぁ〜と、有り難く想います。

    0
    2023年09月26日
  • マネーセンス 人生で一番大切なことを教えてくれる、「富」へ導くお金のカルテ11

    Posted by ブクログ

    お金との向き合い方を正してくれる本。
    小手先のテクニックではなくお金に対する根本的な心理を知る事が1番大切。

    0
    2023年08月13日
  • 火星の人類学者──脳神経科医と7人の奇妙な患者

    Posted by ブクログ

    オリバー・サックスのこれまでの著書の中で最も素晴らしかった。世の中には「杉山なお(著) / 精神病棟ゆるふわ観察日記」のような心療内科患者・生理学的障害を持つ患者を動物園のように「観察」する書籍もあれば、この著者のように限界まで「一人一人としての人間」を理解しようと試みる本気が伝わってくる著書もあるのですね。やはり一番印象的だったのは映画にも成った表題「火星の人類学者 テンプル・グランディン」さんのお話でしょう。日本人なら誰もが「村田沙耶香 / コンビニ人間」「同 / 地球星人」を連想したのではないでしょうか。後者は正に「私達は地球星人ではなかったのだ」という視点で書かれています。本書は一冊通してあまりにも考えさせられる事が多く、感想が一言でまとめられません。

    0
    2021年12月04日
  • ニュー・アース

    Posted by ブクログ

    最初読んだ時は、翻訳もややわかりにくく、意味が良く理解出来ませんでしたが、何度も読むうちに、頭でと言うよりか心で理解できた感じがしました。

    聖書のように、ことある事に何度も読み返す必要のある本です。究極的には、自己啓発的な本は、この1冊で十分と思えるほどです。

    自分の思考と意識の状態に「気づく」ことの大切さを教えてくれる1冊です。

    1
    2021年11月18日
  • ニュー・アース

    Posted by ブクログ

    言葉の選び方、話の展開、どちらも体に優しく染み込んでくるので、これがお人柄か、と思わされる。

    スピリチュアル系の本を立て続けに読んでいるが、多くは同じような事を言っているのだが、その表し方に差異がある。
    本書は、文中にも多く出てくる言葉の、静謐さ、そのものである。
    心静かに読むことが出来る。


    私がエックハルト・トールを読むのは2冊目。
    1札目では、
    今に在る、という感覚が具体的にどういう事を指しているのだろうか?
    という問いが残っていたのだか、本作ではかなり丁寧にそこが書かれていて、感覚的に自分の中に落とし込む事が出来た。

    ざっくりと読んでも心に残る一冊。

    0
    2021年07月12日
  • 引き寄せの法則 エイブラハムとの対話

    購入済み

    引き寄せの法則が一番理解できた

    あー、そうなのか!と腹落ちする。
    この本に出会えて引き寄せが一番理解できた。
    感謝します。

    0
    2021年05月09日
  • ニュー・アース

    Posted by ブクログ

    先日読み終えたラスハリスの書籍と、メッセージ性は共通していました。

    スピリチュアルなんて信じないよ、という方はまずラスハリスの本を。
    どちらもおすすめです。

    今まで自分が思っていた自己、思考や感情についての感覚が一転する思考。
    とてもシンプルで心地よく、自己肯定感を底上げしてくれるものです。

    スピリチュアル系と言ってしまえばそれまでですが、宗教の教えも、スピリチュアルも、引き寄せの法則も、宇宙のパワー?のような話も、皆言っていることは同じくくりなのかなと。そちらの能力が無いので何とも言えませんが、霊感も第六感もスピリチュアル性もありませんが、広く大きく共通している部分を感じます。言ってしまえば、そう言った人たちは目覚めた人…になるんだろうか…

    そんな思考、妄想?が飛び交うのを楽しみつつ。
    自分が自分でなくなるシンプルな感覚を味わえるのは今後の人生を穏やかなものにしてくれると思います。

    0
    2021年04月26日
  • 引き寄せの法則 エイブラハムとの対話

    Posted by ブクログ

    エイブラハム、大好きです。
    この赤本に始まり、青本、銀本、金本、瞑想CDブック、365日、そしてサラとソロモン三部作と、すべて私の宝物です。

    エイブラハムが話すことは一貫しており、私たちがやるべきことはただひとつ、「明るくていい気分でいること」。その理由は、望まない思考は嫌な気分に、望む思考はいい気分になるから。思考のエッセンスが引き寄せられるから、嫌な気分なら望まないことを、いい気分なら望むことを引き寄せる。

    けれど恐れることはないとエイブラハムは言ってくれる。なぜなら、いつだって感情ナビは正確に機能していて、今感じている感情に気づきさえすれば、そこからほんの少しいい気分になることを目指せるから。
    方法は思考を少しだけ転換する。出来なければ全く違う、確実にいい気分になれることを考えたり、実際にしてみたり。
    どうしてもいい気分になれない時は昼寝をする

    そういうふうに自分を少しずつ調整していけば、願いはいずれ必ず実現するし、そうならざるを得ない。

    いい気分で日々を過ごせたら、願いの実現なんてどうでもよくなる気もするけれど。だって私が願う理由は、幸せになりたいからだから。みなさんもそうでしょう?

    私は嫌な気分のことが多いから、せめて夜寝る前には、エイブラハム本をほんの数行でも読んで、ほっとした気分で眠りに就く。それで充分だから。

    0
    2021年03月22日
  • 火星の人類学者──脳神経科医と7人の奇妙な患者

    Posted by ブクログ

    26年も前なので、古さを感じる部分はある。
    それを差し引いても、一般読者に”当事者の世界”を触れさせる良書なので星5つとした。

    原著”An antholopulogist on Mars”が出版されたのは1995年、日本語版出版は1997年。
    現時点(2021年)からみれば26年間、精神医学、脳神経科学は日進月歩の進歩を遂げてきた。現代の最新知見を持つ読者からみれば、
    「四半世紀前はこんなものだったのか」
    と、落胆や不満も持つ内容である。

    とりわけ、当時よりははっきりしてきた発達障害への理解を踏まえると、

    「抱きしめが大事とかいう理論はお前のせいかぁあああ!」

    と、どなりたくなるようなエピソードもある。それがタイトルにもなった『火星の人類学者』である。
    著者および協力した人々の名誉のために付け加えるなら、『抱きしめが大事』は「ひとつのアプローチ」として提言されているものの、提言した当事者でさえ「それが万能」とは考えていない。

    しかし、親というものは、不安を抱きがちな生き物だ。

    「子供が障害になるのは、自分たちの育て方のせいでは?」

    と、藁にも縋る思いの人々を餌にする、偽科学が悪い。また、そういうのに公共サービスの保健師や助産師がはまるのも悪い。彼らには適切な医学知識と、職業倫理が欠けている。

    評者はとりわけ、『色覚異常の画家』のエピソードに感銘を受けた。自分でもイラストをものするので、色の感触が消えうせ、微妙な階調が見分けられなくなったらと思うと……正直、ぞっとする。
    だが、エピソードで紹介された画家は、確かに悲嘆し、非常な苦しみを受け、時間をかけながら、それでも新たな視覚と付き合っていくことを学んだ。
    これをコーンの分類「障害受容のプロセス」でいう

    『ショック→回復への期待→悲嘆→防衛→適応』

    といった一般化・抽象化した言葉で表現すると、大事なものが欠けてしまうだろう。大事なもの、それは『当事者の感情、経験』とでもいうべき、何かである。

    そして、自閉症には顕著だが、「余人には、全く存在ないように見える」感情や経験の内面化も、本書収録のエピソード『神童たち』からは感じられるのである。
    たとえ、筆者オリヴァー・サックスおよび定型発達で健常者諸君の世界からは、『不足』『不十分』『未満』であろうとも、だ。

    評者自身も、ASD的な側面をいくばくか持っているため、「火星の人類学者のような」気分はよく理解できる。人数が逆転していれば、定型発達で健常者諸君こそ
    「観察と治療と適応学習を促すべき世界」
    の住人だという思いを新たにした。

    この視点の有無は、ともすれば「まず、憐みありき」で人権を口にする人々への、よき試金石となろう。
    たんなる医学的のぞき趣味ではなく、自分自身に引き付けて読んでみることをお勧めしたい。

    0
    2021年02月26日
  • 引き寄せの法則 エイブラハムとの対話

    購入済み

    とても感動した!

    とてもわかりやすく実践できることばかりで感動しました!有難うございます!この本に出会えて感謝しています!!

    0
    2021年02月11日
  • 引き寄せの法則 エイブラハムとの対話

    Posted by ブクログ

    とても読みやすくて沢山刺激を貰えた本でした。
    これからの時代を生きていくにあたり
    知っておくべき知恵だと思いました。

    0
    2021年01月21日
  • 引き寄せの法則 エイブラハムとの対話

    Posted by ブクログ

    スピリチュアル系の本の中でもシンプルで実践しやすいと思います。

    文はとても長いのですが、興味深く面白くてすいすい読める本。
    「神との対話」みたいな高次元の対象との対話形式ですが、あくまでも個人的な経験のコントロールについて述べられており、例えば生命がなぜ生まれたかなどの話は少なめ。
    もちろん皆無ではなく、思考がいかに実現するのか、物質世界ではない意識の全てがあるところのあり方とか、そういう話も出てくる。
    でも、そこを信じきれなくても、この本の言わんとしていることを実践することは、自分が何を望み、何を目指すのかを理解する手助けになると思います。

    思考が実現するということ。
    望んでいないことや、思考の方向性が違うときは感情が教えてくれること。
    など、わかりやすく取り組みやすい。
    それに、自分が望んだ経験をしたいとプラスの方向に考えることは気持ちの上でも楽しいもの。

    個人的には、間違った創造かどうかの判断を、嫌な気分になるかどうか、感情を指標にするというアドバイスがとても参考になった。
    目の前の起こったことの欠落ばかり目に行くタイプなので。

    引き寄せの法則というと、うさんくさいものに思う人も多いと思います。
    引き寄せの法則は魔法のものではなく、自分の経験や感じ方をコントロールする一つの術。

    どうせ考えるなら幸せなことを考えたいと思っていたので、背中を押される気分でした。

    節目ごとの意図確認を実践して、なんとなく生きるのではなく、意図して生きる方向になっていきたい。

    0
    2020年10月11日
  • 引き寄せの法則 エイブラハムとの対話

    Posted by ブクログ

    引き寄せシリーズで初めて読んだ本。
    このシリーズは好きです。スピリチュアルな要素が多いですが、とてもいい刺激をもらいました。

    0
    2020年07月14日
  • ニュー・アース

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    「悟り」とはまったく別のレベルの存在への飛躍、そして何より大事なことに物資性の減少を意味する。

    あらゆる生命体はすべての源であるひとつの「生命」、ひとつの「意識」が一時的に形となって現れたものである。

    人間がある程度「いまに在る」という本質的な生き方ができるようになり、外界への静かで鋭敏な意識が芽生えると生命の聖なる本質、つまりあらゆる生命体に存在する意識あるいは魂を感じ取り、それが自分自身の本質でもあると気づいて愛せるようになる。

    だがそれまではたいていは外形的な姿ばかりを見て、内なる本質になかなか気づかない。自分自身の本質がわからず、肉体的、心理的な形が自分であると信じ込む。

    人間は条件づけられた鈍くて重い心の構造から脱却して、意識の光を透過させることができる。物質主義と物質性の重力を拒否し、エゴを支え一人一人を個としての存在に閉じ込めておく形への同一化から抜け出して飛び出すことができる。

    目覚めることができるのは準備が整った者だけである。まだ全員というわけではないが準備ができている者は多い。一人が目覚めるたびに集団的な意識のうねりは大きくなり、その他の人々の目覚めが容易になる。

    目覚めることによってのみ、目覚めるとは何なのかが本当に理解できる。わずかに垣間見るだけでも目覚めのプロセスが始まるには充分だし、いったん始まったプロセスは後戻りしない。

    目覚めに不可欠なのは目覚めていない自分を自覚することである。エゴイスティックに考え、話し、行動する自分と、そういう目覚めていない状態を持続させている人類に刷り込まれた思考プロセスを認識することである。

    自分のなかの無意識を認識するとき、認識を可能にするのは意識の覚醒、つまり目覚めである。

    ほとんどの人間の「ふつうの」精神状態には機能不全、もっと言えば狂気と呼べるような強力な要素が含まれている。

    人間たちは自分と全体の繋がりを理解せず、ほうっておけば自滅に繋がるだけの行動を今も続けている。

    もともとは高潔な理想から始まった共産主義の歴史は、人々がまず自分の意識状態という内なる現実を変化させようとせずに、ただ外部的現実を変えようと試みるときに何が起こるかを明白に示している。共産主義者はすべての人間が持っている機能不全の青写真を考慮せずに行動計画を立てた。その機能不全とはエゴである。

    人類にとって最大の成果は芸術作品でも科学でも技術でもなく、自らの機能不全、狂気の認識である。

    宗教は人々をまとめるよりもむしろ分断する力となってきた。生きとし生けるものは1つであるという認識を通じて暴力や憎悪に終止符を打たせるのではなく、イデオロギーとなり、人々が自分を同一化させ、間違った自我意識を強化しようと試みる信念体系となった。

    信念体系ー自分が絶対的真実だと見なす一連の考え方ーは、どのようなものであれ持ち主をスピリチュアルにはしない。それどころかその考え方(信念)と自分を同一化すればするほど、自分の中のスピリチュアルな面から切り離されていく。「信仰心篤い」人たちの多くはこのレベルに留まっている。思考を真実と同一視し、その思考に自分を完全に同一化しているので自分だけが真実を知っていると主張するが、実は無意識のうちに自分のアイデンティティを守ろうとしているだけである。彼らは思考の限界に気づかない。

    意識の変容は多くの場合制度化された宗教の外で起こる。

    「スピリチュアルかどうか」は何を信じているかではなく、どんな意識の状態にあるかによって決まる。そしてそれがその人の行動や人間関係を決定する。

    エゴは解体される運命にある。

    人類は今、進化するか死滅するかという重大な選択を迫られている。

    変化は人々の心や思考よりも深いところで起こる。新しい意識の核心は思考の枠を超えたところにある。思考よりも高い場所に上り、思考よりもはるかに広い次元が自分自身の中にあることに気づく新たな能力である。そのとき人は自分のアイデンティティを思考の流れには求めなくなる。

    「自分の頭の中の声」が実は自分ではないと気づくとすばらしい開放感を味わう。自分とは思考する自分を見ている者である。思考よりも前にある気づきであり、思考や感情、知覚が展開する場所である。

    自分は全体と繋がっており、全ての「他者」及び「生命の源」と本質的に結びついていることを忘れること、それをある人は原罪と呼び、ある人は苦しみと呼び、ある人は妄想と呼んだ。

    この分離、分裂が全ての考え、言葉、行動の底流にあり、それらを律しているとしたら人はどんな世界を生み出すか?それが人類の歴史である。

    人間の心の構造が変化しなければ、私たちはいつまでも基本的に同じ世界を、同じ機能不全を繰り返し創造し続ける。

    「新しい天」とは人類の意識の変容の始まりのことで、「新しい地」とはその変容が反映される物理的な領域のことである。人類の生命と意識は本質的に地球の生命と結びついているから、古い意識が解体すればそれと呼応して地球の多くの場所で地理的にも気候的にも自然に大きな変化が起こる。その一部を私たちはすでに目にしている。

    言葉は発音されても、あるいは声にならず思考に止まっても、ほとんど催眠術のような力を及ぼす。言葉の前で人は簡単に我を失い、何かに言葉を貼り付けたとたんに、まるで催眠術にかかったようにそれが何であるかを知ったと思い込む。しかし、私たちが感知し、経験し、考えることができるのは現実の表層だけで、海上に出た氷山の一角より小さい。

    表面的な見かけの奥ではすべてが全体と繋がりあっているだけでなく、全てが拠ってきた「生命の源」と繋がっている。

    相手に言葉を付与したり、頭の中でラベルを貼ったりせず、ただ手に取ってありのままを見つめれば、驚異と畏敬の念が湧き起こる。対象の本質が無言のうちに語りかけ、あなたの本質を照らし出す。

    言葉やラベルを貼り付けないで世界をありのままに見れば、はるか昔に人類が思考を使うのではなく思考に縛られたときに失った奇跡のような畏敬の念が蘇る。人生に深さが戻ってくる。

    最大の奇跡は自己の本質を経験できることである。その本質は言葉や思考や知的なラベルやイメージに先行する。

    自己の本質を経験するには「自分」という意識、「在る」という意識を自分と混同されているすべて、自分を同一化しているすべてから切り離す必要がある。

    ものごとや人や状況に、言葉や知的なラベルを急いで貼り付ければ貼り付けるほど、あなたの現実は生命力を失って浅薄になり、現実を生き生きと感じ取れなくなってあなた自身の内側や周囲で展開されている生命の奇跡に対する感覚が鈍くなる。小賢しさは身についても知恵は失われ、喜びや愛や創造性や生き生きとした躍動感はなくなる。

    言葉はものごとを頭で把握できる程度に簡略化する。音の組み合わせだけであなたが何者なのか、宇宙の究極の目的とは何なのかを、いや樹木や石ころについてすら、その深みまで余すところなく説明することは出来ない。

    幻は幻と認識すれば消える。幻の認識は幻の終わりである。あなたがそれを現実と誤解している間だけ、幻は存続する。

    ほとんどの人は依然として、絶え間ない思考の流れ(大半が無意味な繰り返しである)や衝動的思考に自分を完全に同一化している。これはスピリチュアルな無自覚状態を意味する。

    自分の思考と自分自身とを切り離し、一瞬であっても、考えている心からその背景にある気づきに自分自身のアイデンティティが移行したことがある人は、その体験を決して忘れない。

    0
    2019年11月02日