四方田犬彦のレビュー一覧
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ゴダールをめぐるミューズたちを中心に展開されるゴダール論。
ジーン・セバーグとアンナ・カリーナの章の冒頭に、岡崎京子のイラストが使われている。
あとがきに、岡崎京子への献辞が、述べられているのが切ない。
正直な話、ゴダールの映画は、ほぼ半分くらい寝て観ているので、ストーリーのダイジェストを読むと、「あぁ、あれはそういう映画だったのかと」理解できるのはありがたい。『アルファビル』とか『女と男のいる舗道』とか。
著者は、近年のゴダールの作品に高い評価を与えているが、必ずしも映画に政治性や批評性を求めていない、自分のような怠惰な映画ファンには、なぜ敷居が高いのかも理解できた。映画に「セックスと政治」、「家事と労働」、「子供と高齢者」のような主題について、深い洞察や啓発は求めてないので。 -
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ガブのリアル本棚には1989年刊の『ストレンジャー・ザン・ニューヨーク』という本がある。大学生の頃『朝日ジャーナル』の連載を毎号楽しみに読んでいて、単行本として出た時すぐに書店に買いに走ったもの。1989年のこの一冊以来、著者の本を二十年余りも読み続けてきたのだから、思えば長い「お付き合い」になる。そんなわけで、今回このような本が出たと知り、帰国が待ちきれずすぐに購入ボタンをクリック!
本著に収録されているエッセイは、先人の言葉や古典作品を引用しつつ、著者本人の過去や現在をあれこれ綴ったものなのだが、四方田本の「忠實讀者」であるガブには、正直うち数編に書かれていたものは、すでにどこかで読んだ感じがぬぐえなかった。とはいえ、四方田本ファンとしては、まあそれが不満だというわけではないのだが・・・。
ただし帯の惹句を見て「むふふふ♪」とミーハーな興味や、『ハイスクール1968』のその後・・・的なものを期待してこの本を手に取った向きには、どこかしら、踏み込みが足りないような物足りなさを感じるかも。
ところで、タイトルのもとは「人到中年萬事休」である。ガブ自身すでに「人到中年」を実感しているのだから、著者はすでに・・・などと言うのは野暮というものか? -
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マンガ・アニメなど日本のポップカルチャーを特徴づける要素のひとつに「かわいい」があるのは間違いない。そして近年、世界に広まった日本語のなかでも、いちばんポピュラーなのが「かわいい」ではないだろうか。しかし、世界でこれほど人気の「かわいい」カルチャーを正面から論じた本は意外と少ないようだ。その意味でもこの本は貴重だ。著者は、比較文学などを専攻し、映画史などを教える大学教授だという。
著者によると、日本語以外のいずれの言語でも「かわいい」に相当する単語にはいくぶんか軽蔑的で否定的な含みがあるという。だから日本以外では、美しいと呼ばれるとうれしいが「かわいい」と言われると子供扱いされたような不満を抱くという。
逆に日本では女性が男性に「美しい」と言われるとふき出してしまうだろうが、「君はかわいい」と言われれば、それを相手の男性の真意と受け止めるだろう。「美しい」という言葉は日常の日本語の中でそれほどこなれていないのだ。
この指摘を読んで感じたのだが、元来「かわいい」は二人称的な関係の中での相手に対する主観的な感情を表すが、「美しい」は、より客観的な評価に近いのではないか。「かわいがる」という日本語は普通に使われる、「美しがる」という言い方はかなり不自然だ。「かわいがる―甘える」というような親密な関係が、元々「かわいい」の背景にはある。親しい関係を成り立たせる場の存在が前提となっている言葉なのだ。
そんな「かわいい」が世界に広まるとき、客観的な真理よりもその場の状況を大切にする日本的な感性も同時に広まっているような気がする。「かわいい」人とは、成熟した美しさの持ち主ではなく、どちらかといえば子供っぽく、隙だらけで、たとえ頭の回転はよくなくとも、素直で無垢な存在なのだという。これはそのまま日本人が大切にしてきた価値観ではないか。まさにそうした日本人の価値観や感性が「かわいい」カルチャーを通して世界にひろまっているのではないか。
「かわいい」文化の意味を深く考えるきっかけとなる本であった。 -
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[ 内容 ]
世界に冠たる「かわいい」大国ニッポン。
キティちゃん、ポケモン、セーラームーンなどなど、日本製のキャラクター商品が世界中を席巻している。
その市場規模は二兆円ともいわれ、消費社会の文化商品として大きな意味を担うようになった。
では、なぜ、日本の「かわいい」は、これほどまでに眩しげな光を放つのか?
本書は、「かわいい」を21世紀の美学として位置づけ、その構造を通時的かつ共時的に分析する、はじめての試みである。
[ 目次 ]
第1章 「かわいい」現象
第2章 「かわいい」の来歴
第3章 大学生の「かわいい」
第4章 美とグロテスクの狭間に
第5章 小さく、幼げなもの
第6章 なつかしさ、子供らしさ
第7章 メディアのなかの「かわいい」
第8章 「萌え」の聖地
第9章 「かわいい」、海を渡る
エピローグ 「かわいい」の薄明
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
四方田犬彦さんの本って何冊か読んでるけどよくは知らず、韓国のこととか映画のこととか手広くやってるなという印象だった。親交のある方々も幅広いようで、しかも経歴からよくよく数えればもう70代のようで古今の女性たちとの思い出が書かれている。いろいろな女友だちがいるんだなあ。著者の自己満足本のような気もするが、取り上げられている「神聖なる女友だち」の思わぬエピソードを知ることができるのはそれはそれで興味深い。四方田さんの生きてきた歳月ゆえか、だいぶ亡くなっている方も多いのがこれまた感慨深いというか何というか……。
私のひいきの鷺沢萠も取り上げられているので読んでみたけど、全然「神聖」な取り上げられ方がされてなく冒涜されているかのようだった。しかも、本人をタイトルに挙げた章ばかりか別の人に関する章でまで冒涜の上塗りをされているような感じで悲しかった。せめて生きているうちにしてくれればいいのに。
四方田さんの神聖なる女友だちの名をメモしておこう。
佐伯順子、宮田まり子、カズコ・ホーキ、川喜多和子、岡田史子、弥水徒史子、真穂ちゃん、若桑みどり、合田佐知子、如月小春、生田綾乃、岡崎京子、四代德田八十吉、李香蘭(山口淑子)、山田せつ子、伊藤比呂美、重信房子、鷺沢萠、矢川澄子、岡田茉莉子、葉山三千子、水原紫苑、寮美千子、ヨンシル、神藏美子、石井睦美 -
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「かわいい」の文化史。清少納言が心を動かされた物体や事象をきっかけに、日本人が何を「かわいい」と感じるのか、「美しい」との違いは何か、また「かわいくない」「醜い」との境目は何なのか、追求している。
そのなかで、「かわいい」に対するポジティブ/ネガティブな受け取り方の男女差であったり、「きもかわ」という一見相反する2つの意味を並べた言葉の分析など本書の前半は「かわいい論」が展開していく。
かわいいと関連性の高い、「小さい≒不完全→気の毒→守ってあげたい≒きもかわ!?」という分析であったり、秋葉原・池袋・新宿(二丁目)の巡検記録、海外における日本産アニメキャラクターの人気に実は地域差・年齢差があったりなど、一通り研究の紹介があり、そのまま特に結論付けが無いまま終了。(ここまで「かわいい」の多様性を知ると、結論が欲しくはならない)
実は本書は20年もまえに発行されたものである。読み終わってから気づいたのだが、改めてところどころに挿入されているイラストや少女雑誌の表紙を見てみると、ちょっと高校~大学時代がちょっと懐かしくなった。もちろん、本書の内容は現代にも通じるものである。 -
Posted by ブクログ
いわゆるオタク文化の紹介ではなく、もう少し広い意味での文化現象としての「かわいい」現象の実態に、文化人類学的な観点からメスを入れる試みです。歴史的な考察や、学生たちへのアンケート、秋葉原などへのフィールド・ワークなどが含まれています。
本書の中で、「かわいい」という言葉についてフェミニストの上野千鶴子が放った批判が紹介されています。上野は、「かわいい」とは「女が生存戦略のために、ずっと採用してきた」媚態だといい、「かわいい」にまつわる言説が、女性を旧来の依存的存在に押しとどめておくためのイデオロギー的な役割を果たしていることを批判しています。
一方著者は、現在の「かわいい」現象を、フランスの批評家ロラン・バルトの「神話作用」として理解することを試みていると本書で述べています。「神話」とは誤認であり、不自然なものに自然の衣装を被せる意味論的体系を意味しており、うした観点に立つとき、上野のようにイデオロギー的な欺瞞を暴露するという戦術は効をなさないとされます。「かわいい」という「神話」が受け容れられるに際して、その受け手のほうからの積極的な働きかけが必要だと著者はいいます。この複雑な共犯関係に肉薄することが、本書の目標といってよいでしょう。
さらにエピローグでは、アウシュヴィッツの収容所内の壁に描かれたかわいい猫の絵を見たときのことが記されています。「かわいい」は歴史を無効にし、その享受者を永遠の多幸症というべき状態にいざなうと著者は考えます。このことは、「かわいい」という「神話」のヴェールを一枚取り除けば、そこには大量虐殺というおぞましい事態が存在しているということを知っておかなければならないということを、印象的に示しています。
かなり深いレヴェルに考察が及んでいるのですが、具体的な事例紹介とあまりうまく噛みあっておらず、議論が空転しているような印象もあります。