岩井克人のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「貨幣とは何か?」について丁寧に論じて謎を解いてくれます。面白いです。経済学の知識が無い私でも、「ヴェニスの商人の資本論」を読んだ直後だったのでそう難なく読むことが出来ました。
著者の岩井さんによれば貨幣について本質的に考えることによって、資本主義の本当の危機がデフレスパイラルのような恐慌ではなくて、世界的なハイパーインフレであるということが結論づけられています。
マスクスさんに興味があった折に、古典派経済学や新古典派経済学ともからめてマルクスさんの貨幣論を丁寧に説明してくれている本書を読めてラッキーでした。
本書の内容とは直接関係ないのですが、最後の文章を読み終わった時に感じたのは、人類が自然に手を加えてこれまで無限に作り出してきたあらゆるものが貨幣に姿を変えた途端にその額面だけが残存し、廃棄物として捨て去られた物やサービスのようにもう消えて無くなってしまっているものも、貨幣の額面としては勘定に入っているのかなぁ〜という感慨でした。
もしそうだとしたら、貨幣というものが存在し得た太古の昔から現在に至るまでの人の営みが全て現存する貨幣の額面として刻み込まれていて、それは現に動いている物やサービスをはるかに超える額になっているのじゃないかと。そんな膨大な幽霊みたいな実体の無いものを含み混んだマネーが世界中の金融市場を飛び回っているのじゃないかというような気がして、「幽霊の正体見たり枯れ尾花…」って感じでなんだかお金も大したもんではないのかもなぁ〜と思いました。まぁ…たぶん間違った想像なんでしょうけど…
ですがまぁ、そういうふうに思うことができてしまうと、確かにお金が無ければ資本主義経済社会では非常に生きづらいけれども、かなり相当に不便であるというだけで、絶対に生きられないわけでもないという気もします。やはり、生きるということはその時その時の生き物の営みそのものという風にとらえることが出来れば、生存の象徴である「富」の概念も変化して観念的、機械的で冷たいお金じゃない、もう少し人間的な手触りのよいものに変わっていくのじゃないかなぁと感じました。
そして、岩井さんによるとハイパーインフレによって引きおこされる資本主義経済の危機の本質はお金がお金として受け取ってもらえない状況なんだそうです。お金をお金として受け取らない人をこの本では「異邦人」と名付けています。変化した「富」の概念を採用する「異邦人」さんたちがたくさん増えれば、資本主義経済によるいろんな問題も解決の糸口が見えてくるのじゃないかと… -
Posted by ブクログ
著者の短篇集。
貨幣論、ヴェニスの商人の資本論で構築された
貨幣にたんする考え方を色々な視点の随筆としてまとめられている。
資本主義は自己崩壊的なシステムである。
それは予想の連鎖に基づく、ひとつの基軸通貨からなる生態系であるからだ。
ひとたび、その予想が裏切られると貨幣は実物以下の単なる紙切れとなる=インフレ
また、投機は悪とみなされるが21世紀において誰もが投機家である。
投機家=安く買って、高く売る人たち であれば彼らは必然的に誰かと誰かをつなぎあわせており、「予想の連鎖に基づき」そのまた買い手、売り手がまだ安く買える、高く売れると考える余地がある以上、経済合理性を求め彼らもまた投機家となるのである。
この必要悪を内包した経済循環こそが、資本主義であり、であるがゆえにバブルは生じ、収縮と拡大を繰り返すのである。
そして、別の視点から見ると収縮と拡大こそすれ、システムの破綻は起きえない。それが社会主義に優る資本主義というシステムだ。
しかし、我々は21世紀に向かうにあたって情報化社会に伴う、商品の複雑化(情報商品、金融商品)、グローバル経済への進展、電子貨幣など新しいフロンティアが拡大されている。
よって我々はますます依拠せざるをえないこのシステムを前に、その本質を見極め向きあう必要があるのだ。 -
Posted by ブクログ
書名への答えである「ポスト産業資本主義」が何も特別な新しい社会ではなく、「利潤は差異性からしか生まれない」という原理から導かれる当然の帰結、という解説がしびれた。毎日の会社の中で起きること、起きつつあることが描かれていてなるほど~の連続。これはビジネスマン必読と思う。
非常に読みやすくて、前半の「法人」の説明と後半の「ポスト産業資本主義」の説明をベースに、その前後半が「日本型資本主義」という今属している世界の話でもって滑らかに結びつけられていて、非常にしっくりきた。学者さんの本は理屈がしっかりしてて好きだな。
しいて言うならポスト産業資本主義を示すもっと明解な言葉があればよかった。 -
Posted by ブクログ
主に貨幣論をベースに展開される。各章が独立した形式をとっており、内容の重複が気になる。またギリシャ神話をベースにした経済論など筆者独特の語り口は魅力的である半面やや難解である。とはいえ、貨幣論に関しては終始一貫した論理を貫いており、これに基づいて全ての経済的側面が語られるという一貫性はある。「貨幣は人々が半永久的に価値を持つと考えるからこそ貨幣である」や、投機の問題に対して「ケインズの美人コンテスト」「アダムスミスの市場主義経済、見えざる手」の引用など非常に分かりやすく説得力を持つ展開もあり骨太な経済論の書といえる。時代によって陳腐化する内容ではなく、時がたってまた読んでみるに値する本である。
追記:2011/09/03現在、アメリカ、欧州のソブリン危機を契機にドルの失墜が現実味を帯びている。 -
Posted by ブクログ
昔吉本隆明さんと対談していたので、この人の名前は知っていた。
経済学に関する本だが、一般向けで、数式などは出てこないし、わかりやすかった。
特に貨幣論がおもしろく、(私の言葉で言うと)それが一種の記号として存在しているのだということが確認できた。
それと、日本の「企業=法人」という考え方が、アメリカあたりではむしろ否定されていて、企業は「(雇用者、労働者等を含む当事者間の)契約の束である」ということになっているとのこと、ああ、そういうことか、と思った。
しかしこの本は古い。個々の文章は80年代から90年代のもの。
リーマン・ショック以後の、「まさに、いま」をこの人がどう分析しているかを知りたいと思った。 -
Posted by ブクログ
日本を代表する経済学者、東京大学大学院経済学部教授、評論家、妻は作家の水村美苗・・・というのは著者の岩井克人さんのプロフィール。(最後は不要か?!でも、水村美苗さんも小林秀雄賞をとるほどの大物です!)
本書は、評論家デビュー作品。
これは1984年に書かれたもので、学生時代に読んだものの再読ですが、生彩を欠いていない、というより、益々輝いている、といったほうが正しい。ま、私の脳が少し成長したってだけかもしれませんが。
文学界を代表する名作も、世界的ヒット商品も、飛ぶ鳥を落とす勢いの業界も、岩井克人の手にかかれば、全てが「経済学」的に合理的に説明されてしまう。
この思考回路を追うだけで、脳トレになります。もちろん文章表現も余計な言葉ははぎとられており、刃物のような美しさ。アリストテレス、マルクス、アダム・スミス・、レヴィ・ストロース等、賢人達の名言の切り取り方、引用のタイミングも秀逸です。
「シェークスピアで経済する」「キャベツ人形で経済学する」「広告業界で経済する」・・・このギャップを跳び超える悦びは至福です!
読後、自分や友人の立ち位置を経済学してTALKするのも楽しそう♪
これ、意外と娯楽本かも。 -
Posted by ブクログ
ポスト資本主義の解説本といったところ。
法人とは2種類の顔がある不思議なもの
・「モノ」としての法人 株主にが支配
・「ヒト」としての法人 会社の資産を保有している
2種類の経営者
・個人オーナー等に委任された経営者 「任意代理」
・大企業等の経営者 「信任」
後者はまさに信任に支えられていることから、怠慢がおきやすい。
倫理性が必要。
→ エンロン事件
ポスト資本主義
差額性 → 差異性
法人という仕組みが私的な利益を追求する手段として使われ始めたのはまさに近代。NPOの仕組みは近代以前には普通にあったもの。
→ 都市、僧院、大学
これからの日本に大切なのは、リスクをとって勝負する個人を生み出す社会体制を築くことができるか否か。
個人としては、
カネをもっているかよりヒトのネットワークを築けるか。
さまざまな情報にアンテナを貼って機敏に反応できるか。
情勢が変わったときに変化に身を投じられるか。
多様な情報収集の中で、かつ専門性をもてるか。
ってあたりかな。 -
Posted by ブクログ
会社は株主の〈モノ〉でしかないという株主主権論は、会社と企業とを混同した、法理論上の誤りだという立場を標榜する著者が、「法人」がほんらいもつはずの公共的性格について考察をおこなっています。
会社とはたんなる企業ではなく「法人」化された企業だということを認識しなければならないと著者は主張します。近代市民社会は、〈モノ〉を所有する〈ヒト〉の権利を認めるとともに、誰かによって所有されることのないものとして〈ヒト〉を定めました。しかし「法人」は、こうした〈ヒト〉と〈モノ〉という二つの側面をもっています。ほんらい〈ヒト〉でないのに、法律上〈ヒト〉とおなじようにあつかわれる〈モノ〉が、「法人」なのです。
アメリカの株主主権論では、法人は〈モノ〉として理解されてきました。ところが、株をたがいにもちあうことで、ほかの〈ヒト〉に所有され支配されることのない、純粋な〈ヒト〉としての性格をもつようになったのが、日本型会社システムだと著者はいいます。それはアメリカ型の企業モデルとは異なるものの、「会社」のひとつのかたちとして認められなければなりません。
〈ヒト〉としての性格の強い日本型会社システムのもとでは、サラリーマンは会社への所属意識を強くいだき、ほかの社員や得意先とのつながりといった、会社のなかでしか役に立たない人的資産を重視する傾向が強くなります。いわゆる日本的雇用システムは、こうした会社のありかたとセットで成立しました。
こうした考察をおこなったあと、著者はあらゆるものを平準化してゆくポスト産業資本主義では、〈ヒト〉がもつ知識や能力が「コア・コンピテンス」としてますます重視されるようになるという見通しを示し、〈ヒト〉としての性格の強い日本型社会システムが今後進むべき方向についての展望をおこなっています。