岩井克人のレビュー一覧
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三浦雅士という希代の知の達人をインタビュアーに迎え、岩井克人が経済学を超えた思想界の巨人であることを示した対談集。
現代思想の編集長時代に、岩井を発掘したのも三浦だった。
言語•法•貨幣の存立する根拠が、自己言及的循環論にあることを示すだけでも驚くが、資本主義(貨幣)、国家(法)を超える道を市民主義に見出す。
彼の論理構成が、柄谷行人のそれとあまりに似ていることに驚く。
自己循環論を根拠とすることから資本主義は、ハイパーインフレーションの危機を抱えており、国家は集団ヒステリーという自己崩壊(パニック)の危険を有している。
現代思想のもっとも重要な問題がどこにあるのかを明確に指し示す。 -
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岩井克人の文章は比較的わかりやすいというのが従来の印象だが、この『貨幣論』は難しくて理解の突破口となる「引っかかるところ」がないまま最後まで読み進んだ。マルクス理論独特の難解で抽象度の高い論理展開で、纏めるのには相当大変だろうが諦めずに、ここから再々度の読み込みでなんとか整理してみる。この作者をしてもこれ程の表現にならざるを得ないのは、マクロ経済学における「貨幣」というものが簡単に説明できるような単純なものではないということなのであろう。同時に本質的なものであると思う。
貨幣形態・価値形態論と交換過程論・価値・商品価値・価値実態論・等価労働交換・交換価値・価格・貨幣起源の商品説と法制説・労働価値説・恐慌論・ハイパーインフレ・・・。
これらの概念定義と論理的な組み合わせによる貨幣の解明がこの論考のテーマである。 -
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「われわれは今では価値の実体を知っている。それは労働である。われわれは価値の大きさの尺度を知っている。それは労働時間である。」
難しくて一回読んだだけではわからない。マルクスの貨幣論を修正しているようなんだけど、元のマルクスの貨幣論がわかってないから、どう修正したのかも当然わからない。でも恐慌が貨幣の存在によって起こるというのはわかった。
貨幣も商品であり、投入された労働量によって価値が規定されている、そんなことをマルクスは論じてるらしいけど、本当なのかはよくわからない。
それに対して、岩井先生は、貨幣の価値は「貨幣に価値があるのは、皆が価値があると信じているからである、なぜ皆は価値があると信じているかは、皆が価値があると信じているからである」という循環論法によって規定されていると言ってるように思う。
因果がそれ以上遡行しない地点として、因果の道の終着点としての循環論法で、線が円環に閉じているようなイメージか。
岩井先生の考えは、他の研究者からマルクスを誤読しているという批判もちらほら見かけた。マルクスの思想は、いまだ統一見解がされていないのかもしれない。 -
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二十一世紀の資本主義論
(和書)2009年05月30日 21:49
2000 筑摩書房 岩井 克人
この本は出版されてすぐに買って読まずにいました。なんだか読む気がしなかったんだよね。何故買ったんだっていうことだけど、何冊かこの著者の本を読んでいてそれなりに刺激を受けたからだけど、今回読んでみて言っていることはほとんど変わっていないなーって思う。ならどうしたら良いのかってことだけどそこが積極的に書かれていない。今はどうだか知らないけど兎に角、みんな中途半端って感じです。別に違うと思ったら意見を変えても良いと思う。柄谷行人なんて考え方が変わるからって言っていました。もっと前衛的に書いて欲しいなって思った。
アメリカ発の金融危機といわれGMなどが破産法適用とか言われているけど、著者がいうドルの危機・ハイパーインフレーションが起こるかどうかは知らない。なんだかそんなところに啓蒙する何かがあるとは思えない。通貨・貨幣についての考察はそれなりに面白いところもある。しかし交換様式などの考察は柄谷行人を読んだ後では残念ながら見劣りする。
特に基本的に宗教の批判(マルクス)というものに関して、この著者が前提にしている認識が甘いように感じた。学者らしいと言えば学者らしいが、悟性のかけらのない学者(カント)にならないように気を付けなければいけないと感じる。でもこの著者は良い方なのかもしれない。そんなに詳しくないから知らないけど。 -
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北さんからの推薦。
貨幣論を返す時に感想を伝えたところ、新たに借りることに。
正直難しい。貨幣論の、ほうがまだ分かりやすかったか。。
個人的には、最後の解説にたいする解説が、一番面白かった。
たとえ「解説」という短い文章であるにせよ、付加価値をもったもののほうが同じ市場で安く売られるという事態は…。
秀逸な言い訳だ(笑)
以下メモ
利潤とは、2つの価値体系のあいだにある差異を資本が媒介することによって生み出される。
…しかし、差異は利潤によって死んでいく。…それゆえ、つねに新たな差異…を探し求めていかなければならない。
まさに企業の命題。
差異=ニーズ。
そして、現代ではイノベイションこそが差異を生み出す。
その先にあるのが顧客の創造か。
キャベツ人形
従来差異性を生み出すためにはそのたびごとに新たな商品を考え出していかなければならなかった…いわば極限的な、差異創造の方法…。
…どれほど多くの人が所有してもそのひとつひとつが持つ差異性という価値は必ずしも全部は消えてしまわない。もし人がひとつのキャベツ人形にもはや差異性という価値を見いだせなくなっても、その人はそれとは異なった人形としてのもうひとつのキャベツ人形を買うことになるかもしれない…。(本書85~86ページ)
これは、AKB 商法のことではないか。
極限的な、差異創造の方法。これがイノベイション。すばらしい。
知識とは、未来に起こりうる様々な状況の中での柔軟なる対応を可能とするための、現時点における備え…。
貨幣とは…不確かな未来に備えるための時間の買収という役割…。
われわれは、貨幣という流動性を保有するか、それとも、知識という流動性を保有するかという選択に…迫られている…。(本書223~224ページ)
知識を選択したい。 -
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本書は、マルクスの『資本論』における労働価値説と価値形態論との関係をめぐる考察から開始します。著者によれば、マルクスは労働価値を超歴史的な「実体」として理解する一方、超歴史的な価値の「実体」がどのようにして交換価値という「形態」をとるようになるのかという問題について考察していました。この両者の関係には、労働価値説を前提として商品世界の貨幣形態をみちびく一方で、商品世界の貨幣形態を通して労働価値説を実証するという循環論法に陥っているという批判が向けられることがありますが、著者はこれを「生きられた循環論法」としてとらえることで、貨幣についてさらに深い洞察を展開しようと試みます。
貨幣は、みずからの存在根拠をみずからでつくり出すという無限の「循環論法」によって、たえまなく自己を吊り支えていると著者は考えます。こうした観点から、貨幣の外部に、それを基礎づけるなんらかの根拠を想定する貨幣の起源にかんする議論を論駁します。たとえば貨幣商品説は、人間の主観的な欲望によって貨幣を根拠づけ、貨幣法制説は高官家庭の外部に存在する人為的な権威によって貨幣を根拠づけます。しかし著者によれば、貨幣はいったんその循環論法が作動しはじめると、その存在にかんして実体的な根拠を必要とすることなく流通します。こうして著者は、「貨幣とはなにか」という問いに対して、「貨幣とは貨幣として使われるものである」とこたえるほかないといい、さらにこうした貨幣の流通が交換可能性を未来へと繰り延べることによって成立していると主張します。また、貨幣の運動が実体的な根拠をもたないということから、ヴィクセルの『利子と物価』における不均衡累積過程にかんする議論を参照しつつ、ハイパー・インフレーションのような危機に陥る可能性の存在を論じています。
なお本書の「後記」には、本書の貨幣論が後記ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論と対応していることを指摘していますが、この問題をめぐっては、柄谷行人の『マルクスその可能性の中心』や、『内省と遡行』に収められた論文「言語・数・貨幣」で、これとおなじ趣意の議論が展開されています。 -
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ネタバレギリシア、ローマ時代から19世紀末までの世界平均寿命は、25歳。20世紀に入っても31歳。2011年に70歳。
幸せな加齢の5条件
栄養、運動、人との交流、新概念への柔軟性、前向き志向
日本企業のCSRレポートは、「我が社を取り巻く社会にはこういう課題があり、それは我が社のこの事業と関連しているから、こういう事を実践するのだ」という能動的に統合性が語られる事が少ない。
企業調査をしてみると、会議で検討を重ねた企業の数よりも、具体的に実行している企業数の方が多い。これは、各社のCSRが「なぜ、どうして、今我々が?」という検討がないがしろにされている証拠。
5つのCSR重点課題
安心安全の提供
地球環境対応
人権尊重
女性地位向上
貧困対策
ISO26000は、解決すべき社会課題を、あらゆるステークホルダーの観点から、「中核主題」とその細目である「課題」に分けて整理している。
「企業には徳と力が必要。」損保ジャパン後藤康男
損保ジャパンでは、人事考課で使用するシートに「社会的責任への取り組み」の項目があり、上司と部下との対話において必ず採り上げるよう設計されている。
損保ジャパンの策定プロセス
1.ISO26000に基づく分析、アンケートの実施(重点課題分析)
2.有識者ダイアログの開催
3.CSR「5つの重点課題」の特定
検討プロセスを明示する事で、「今後もステークホルダーとの対話を継続して行い、会社の取り組みを見直していきます」と表明している。
社会の課題と解決への期待は常に変動している。
ロングレンジ(5-7年)のロードマップに基づいたKPIを策定する事。KPI作りのポイントは、
1.測れるか公表できるかを問わず、あるべき姿の旗を立てる。
2.データの取り方が判らないため、初めから全て用意できないが、進化するKPIでよい。
3.KPI自体のPDCAを回していく事。1回作ったら終わりではなく、ぶれずにしなやかに時代や社会の要請に応えるものにする事。
CSRは、企業価値を高めるものと守るものに二分できる。
「社会課題の解決への貢献」と「事業活動への貢献」を統合させる。
武田薬品のタケダイズムの中心には、「誠実」「公正」「正直」「不屈」があり、その周りに「ダイバーシティ」「チームワーク」「コミットメント」「透明性」「情熱」「イノベーション」がある。
武田のCSV本部には、1. CSV推進部、2.ブランド戦略部、3.コーポレートコミュニケーション部があり、「ブランドを基軸とした経営の実現」をミッションとしている。
「みんな」の多様な構成
聴覚障害者:36万人
視覚障害者:31.5万人
身体障害者:366.3万人
知的障害者:54.7万人
色覚障害者:319万人 (日本人男性の5%)
外国人登録:213万人
LGBT:666万人(出現率5.2%)
上記合計:1,686.5万人 (総人口の13%)
65歳以上高齢者:2,941万人(人口比41%)
曙ブレーキの統合報告書は、重要な読み手として社員を強く意識している。社員が会社の事を自分事として考え、行動できるよう、その手引きとして作られている。
障害者雇用率について、日本全国の平均実雇用率は1.76%、企業規模1,000人以上の企業でも1.98%。法定雇用率2%を達成している企業割合は42.7%。
法人の人格が社会から与えられている以上、会社はそもそも社会的な存在である。社会が「モノである会社」に人格を与える理由は、社会に何らかのプラスを与えてくれると考えているから。
会社が社会貢献を実現するには、「利益」を狭く、短期的なものとせず、広く、長期的なものと認識する事から始める。 -
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20世紀の終わりに書かれた経済エッセイをなぜ今ごろ読んでいるのかといえば、単にそのときに読み損ねていたからにすぎないのだが、時間をおいて読むことで、また異なった感慨がある。
社会主義陣営が崩壊してからの世界の目まぐるしい変容を、私もまた、息を詰めるようにして見つめていたが、あれから20年近くの間に基軸通貨国がしかけた2度の悲惨な戦争とこの国で起きた原発事故を経て、私たちは今、ますます小さくなっていく成長のパイを追い求め、方向転換のきかない恐竜のような古い経済システムが転落へと向かっていくさまを、恐れとあきらめのうちに見守っている。岩井氏がくりかえし論じるように、貨幣を導入し資本制に組み入れられたときから、私たちはリスクを先延ばししながら大きなリスクを抱え込んでしまったのだが、それでもまだアジア通貨危機当時は、私たちはグローバル経済のリスクがこれほどのものとは実感していなかったし、よりよい経済統制システムをさぐろうともしていたのだ。このあとの岩井氏の議論の展開は市民社会論に引き継がれているので、遅ればせながら早く読まなくては。
にしてもあいかわらずエレガントなエッセイを書く方である。井原西鶴の小説やギリシャ神話の「黄金の林檎」を貨幣論で読み解いたり、売と買がもともと分離した概念ではなかったというエッセイなど、とても面白い。本筋の経済理論のみならず、こんな素敵な文章を書ける経済学者は世界でも少ないに違いない。もっと活躍していただきたい。 -
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以前読んだ『二十一世紀の資本主義論』は「貨幣」存在の独特さを描出してとても面白かったのだが、今回の本は少し様子が違っている。やはり貨幣なるものの存在を浮き彫りにしようとするのだが、そのために、何故かひたすらマルクスを精読・分析し続ける。そして、マルクスの「可能性」として、じぶんの貨幣論に通じる要素を引っ張り出そうというわけだ。
しかし柄谷行人といい、この人といい、何故そんなに無理してマルクスを救済しようとするのだろう?「マルクスの可能性」と言うが、結局はマルクスは古典派経済学の労働価値論(「価値は商品生産の労働時間によって決定される」)を抜け出すことができず、それを超えた理論を決して明言できなかった。マルクスが決して明言しなかったことを「可能性」などとして引きずり出そうなどという試みは、もはやマルクスを逸脱することになるのではないだろうか? そこまでしてもマルクスにこだわり続けるというのは不可解だし、無理に思える。
本書を読んでいてその点が非常に気になったものの、著者の貨幣論はやはり興味深い。
「貨幣が貨幣であるのは、それが貨幣であるからなのである。」(P70)
「貨幣という存在は、みずからの存在の根拠をみずからでつくりだしている存在である。」(P104)
意味内容を持たない、完全に非-意味である貨幣というシニフィアン。それの自己組織化運動である、社会関係のなかでの経済システム。
私はウェーベルンなどが切り開いた、情動/意味作用と断絶したある種の音楽を、このような「貨幣」性と考えてみる。貨幣としての音が、人間主体の意味体系とは別のところで、自己組織化運動を繰り広げる・・・。
こういう夢想を惹起してくれた岩井克人さんに感謝している。 -
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岩井克人の新しい本。「良い会社買収」を「良い経営者を選ぶこと」と定義し、「良い経営者」とは株主のみならず社会全体に良い影響を及ぼしていく経営者という観点から、M&Aの制度づくりを論じている。前提として、著者の「会社はだれのものか」「会社はこれからどうなるのか」を下敷きとしている印象があり、「会社は株主だけのものではない」という点からスタートしているようだ。
ハードカバーで分厚いものの、論点は明確。恥ずかしながら会社法や証取法などの知識が絶無なので、「ほぉ、そうなのか。そうかもね」程度の理解だったが、今後勉強を積んで読み返してみると示唆が多いのかもしれない。第5章だけを読んでも十分。あと、はじめは「国富論」という名前から右寄りな匂いを感じたものの、筆者は企業の社会全体への貢献という意味で用いているようである。