青木祐子のレビュー一覧
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“(本当に下手な探偵ね、あなた。あたしは体を売ったことなんかない)
パメラは、ロンドンの『薔薇色』は知らない、と言っていた。
もしかしたら、パメラは――パメラとクリスが出会ったのは、この街だったのではないか。それは、母に利用されて働かされていた優しい少女と、たまたま美貌だったためにどこかから売られてきた賢い少女との、すがるような出会いだったのではないか。
パメラは少女にしては達観しているところがある。ときどき、つい年下であることを忘れてしまうほどだ。パメラを好きになる男性にはことかかないだろうに、恋人はいない。”
毎回毎回依頼人たちの抱えている問題の根本が巧みに隠されていて飽きない。
緩やかに二人の恋は進展中、と。
“「……きみの恋人になる男は、幸せだろうな」
話を変えると、クリスは首をかしげて、目をまばたかせた。髪がさらりと揺れて、片方の耳から首までを隠した。
「わたしのですか?」
「そう。きみといると、とても安らぐよ。そんなふうに誰かに言われたことはない?」
「ありません。あの――パメラは、男の方からいろいろ言われたりしているみたいなんですけど、わたしには」
だが、いずれ、あるのだろう、とシャーロックは思った。” -
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19世紀のイギリス。ロンドン郊外の町リーフスタウンヒルにある仕立屋「薔薇色」(ローズ・カラーズ)。店主クリスの仕立てるドレスは恋をかなえてくれると大評判。噂を聞いた公爵の令息・シャーロックは立つことのできない妹フローレンスのドレスを頼む。採寸のため屋敷を訪れるクリス。恋のドレスはフローレンスの心を映し出す。そこには思いがけない秘密が隠されていて・・・。婚約者アンディたちとともに晩餐会に出席することになったクリスは、そこで闇のドレスの威力を思い知る・・・。
身分差恋愛の王道っぽいけど、主人公が超受身で自分の気持ちになると分からなくなるってところが面白いです。これからシャーロックに対してだんだん心を開いていく(はず・・・!)だろうし、その辺はコバルト文庫だし心配ないし(笑)ドレスやら晩餐会やら、伯妖に似た世界観で、ヴィクトリア朝はいいですね。この時代の華やかな様子を思い浮かべると憧れを感じずにはいられません。次巻以降、闇のドレスについてまた事件が起こったりするのかしら。クリスの過去話もまだ出てきそうですね。気長に読んでいきたい。 -
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“パメラはため息をついた。
店の利益よりも人の想いを大事にするのはクリスのいいところだし、だからこそ『薔薇色』のドレスは恋のドレスとして有名になったのだ。ここで、仕事なんだから、もっと割り切っていきましょうよ、と提案することはできない。
ことにクリスはこのところ――青年貴族のシャーロックのことを意識しはじめてから――かなわない恋に身を焦がす少女に対してやけに同情するようになっている。
『薔薇色』の売り子兼経理担当としては困ったものだ、と思いながらも、親友としては、クリスの気持ちを大切にしてやりたい。
「ミスター・ミルトンが来るのは水曜日なのね。だったら、あたしが今度見てくるわ。ミス・ドロシーの話もきいてくる。どうせ買い物のついでだしね。大丈夫、あのおばさんとは仲がいいのよ」
パメラが言うと、クリスはほっとしたようにうなずいた。その顔をみて、ついよけいなことを言ってしまう。
「あんたは、シャーロックに訊いてみたらどう?ミスター・ミルトンは新聞社を経営しているんでしょう。シャーロックなら知っているかもしれないわよ」
とたんにクリスがうつむいた。
ペメラはあきれて紅茶を飲みほした。言うまでもなく、いちばん恋のドレスを着るべきなのはクリスなのだ。
ついでに、自分のことをどう思っているのか尋ねてみたらどう、と言ってやりたいのをぐっとこらえる。”
短編集。
「あなたに眠る花の香」が一番良かった。
ハッピーエンドすぐる。
パメラの過去がちょっと意外。
“「では、もしよろしければ、あたしに、花を飾らせていただけませんか」
ミルトンの足がついにとまり、ダイアナをじっと見つめる。ダイアナはそっと顔をあげた。やわらかな花の香りがたちのぼる。
「ポプリなら、冬でも花びらを楽しめます。もし、あなたのおとうさまのお好きな香りを教えていただけるなら、あたし、いっしょうけんめい、つくります」
ミルトンは、ダイアナをじっと見つめていたが、やがて、答えた。
「実は……ぼくも、あなたにそうお願いできたら、どんなに素敵かと思っていました」
ダイアナは、にっこりと笑った。ミルトンが、照れくさそうに笑い返す。顔いっぱいに、笑いじわが寄った。” -
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“クリスはかすかに笑った。
この人は強い、それは事実なのだろうと思う。けれど、弱い、とも思う。
妹に対して、親友に対して、あるいは祖国や家、愛するものに対して――見せる弱さは誇りと自信の影に隠れて、本人さえ気づかないから、よけい、もろい。もろくて、優しい。
「何がおかしい?」
シャーロックの声がけげんそうになる。否定されることに慣れていないのだ。
「あなたが、おかしいのです」
クリスは素直に言った。シャーロックが心外な、といった顔になる。
「俺が?」
「そう。それに、わたしもおかしいんです。わたしはこれまで、ずっと、とても怖かったのに。男の人は、怖くて、ずるくて、女の人の心をさらっていくものだと思っていました」
地面を踏みしめる音が、幸せだった。シャーロックはクリスのために、歩調をゆっくりにしてくれている。怖いどころか、ただ守られて、安心するだけだ。
ああ、きっとシャロンと同じなんだわ、とクリスは思った。知らないから、怖かったの。怖かったから、見ないようにしてきたの。
必死の思いで目を閉じて、自分の心を隠してきた。恋をしないように。恋をしたら、わたしの心は知らない、怖い、醜い世界に行ってしまう。もう、恋のドレスをつくれなくなる、そう思って。
それなのに、今、目を開けてみると、この人がいる世界は、見たこともないくらい美しい。”
エドとシャロンが二人とも闇のドレスを着てしまった…の件がいまいちよくわからなかった。
うーん、読解力の低下?
パメラとイアン先生もっとくっつけばいいのに……とか。
他人の視線があると、クリスは駄目なのかな。
“「……期待していたのは、確かだね。問題は、ぼくが期待に応えられなかった、ってところだよ。一年たってもやっぱりぼくが小さくて、体も弱いってことを知ったら、きっとジョンはがっかりするだろうよ」
エドはうつむいて、くっと笑った。
「ぼくが、女の子だったらよかったんだよね。それで、シャロンが、男の子だったら。シャロンと、よくそう話したよ。……シャロンも、そうだったらいいって言ってた。わたしなら、ジョンの怖いおしおきなんかにも、耐えられるだろうって」
「おとうさまのことは――おとうさまのような男の人のことは、シャロンさまも、怖がっておられましたわ」
「シャロンは、ぼくがされたことを自分がされたように思ってしまうんだよ」
エドはそれだけ言って、ぐったりと背もたれに体をもたせかけた。
「どうして、ジョンのことなんか訊くの、クリス」
エドがぽつりと言った。” -
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“「怖がるなよ。『薔薇色』がロンドンからここに移転したってことは知っていたけど、来たのははじめてだ。リンダはどうなって?知らないのか?そんなことはどうでもいい。俺が頼みたいことはただひとつ」
「頼みたい――こと?わたしに……」
「あんたは、リンダの娘だろう。誰にも作れないドレスを作る」
頭がくらくらする。だけれど、今倒れるわけにはいかない!ああ、パメラ!
「パトリシアのドレスを、闇のドレスにするんだ。闇の布を使って、闇の心をとき放つ。リンダ・パレスの娘なら、つくれるだろう、クリス」
「つくれません」
クリスは答えた。あとずさりし、ひとり掛けの椅子の背を持つ。手がふるえて、椅子の脚がいやな音をたてた。
「いいや、できる。つくったことだってあるんだろう。なにも表だって頼んでいるわけじゃない。俺は口が堅い。だからあの売り子がいなくなるのを待っていたんだ」
「いいえ。――何のことを言っているのか、わかりません」
「まさか、ロンドンの『薔薇色』で、リンダがつくっていたドレスを、ミス・クリスティンが知らないとでも?」”
シャーロックは確かにクリスが好きで、でも侯爵としての自分の考えがそれを否定している……のか?
闇のドレスと恋のドレス。二つのドレスは=なのか否か。
クリスが何を隠しているのかが気になって仕方ない。
“歩こうとして軽くよろけ、かたわらのサイドテーブルに手をついた。きっとパメラがブランデーを持ってきてくれるわ。そうしたら、もっと落ち着いて考えられる。クリスは自分をはげまして、サイドテーブルから手を放し、顔をあげた。
そこには、鏡があった。
パトリシアの好みなのだろうか、全身を映してもなおあまる、大きな、金の飾りにふちどられた鏡。
クリスは鏡の真正面にたたずみ、自分の姿を見た。避けられなかった。目を逸らすこともできなかった。
黒い髪が、肩を流れている。深い緑色の瞳。透きとおるような肌。白いドレスにつつまれた、華奢な体。見たことのある女。
彼女は、ママ――リンダ・パレスに、よく似ていた。” -
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“シャーロックはフリルの茶色い瞳を見つめる。フリルが両手を頬にあてた。
「……なんだかリル、おにいさまに見つめられたら死んでしまいそうになりましゅわ」
「ばかなことを言ってるなよ。このこと叔母上は――」
「もちろん知りませんわ。おかあさまも、ハクニール伯母様も。これからも言わないでいてさしあげてもよろしいでしゅわ。ただし、リルの条件をおにいさまがきいてくだされば」
最後のパンを食べ終わって、バスケットを閉めようとしていたシャーロックは眉を寄せた。この赤毛の伯爵令嬢は、この年齢にしてすでに知略というやつを身につけている。
「条件とは?」
「もちろん、リルも一緒に連れていってくださることですわ」
シャーロックは得意そうなフリルをしばらくながめ、しぶしぶうなずいた。
「了解だ、リル」
ケイパビリティハウスに行ったからといって何が変わるわけではないのはわかっていたのだが、そんな条件なら拒む理由はない。
シャーロックはかたわらにフリルがいるのも忘れて、ふう、と息をついた。
まさか、クリスがケイパビリティハウスにいるとは。
クリス――彼女には、言うべきことがある、と思った。とにかく、話さなきゃならない。だから俺はクリスに会う。それだけだ。
実のところ、自分が何を話すつもりなのかはさっぱりわからなかったのだが。”
シャーロックの心境がまったく読めない。気になる。
フリルが良い役すぎる。可愛くて好きだ。
パメラはイアンが好きなのかそうでないのか。
闇のドレスを作っているのはクリスの母親なの?
“「……リンダ・パレスのことを、クリスが話したっていうんですか?」
パメラは思わず真顔になった。
クリスは母親――リンダのことを、口にするのを避けているはずなのに。
「そうよ。でも、あたしはただ『薔薇色』のことを知りたかっただけなの。おかあさまの亡くなる前、ドレスはみんな『薔薇色』が仕立てていたって聞いたものだから、母娘が同じ店にドレスをお願いするなんて、面白いわ」
「『薔薇色』についてなら、あたしにきいてくださいな、アップルさま。クリスは仕立人ですけど、それ以外の店のことは、全部あたしがやっていますから」
アップルはじっとパメラを見ていたが、静かに口に出した。
「『薔薇色』のドレスは、闇のドレスなのか、恋のドレスなのか、どっちなの?」
「闇――のドレス?」
パメラの胸の鼓動が、高まる。頭に血がのぼった。
闇のドレス。いつもこの言葉は、思わぬところからやってくる。
恋のドレスの対極にあるドレス。人を不幸にするドレス。
闇のドレスをつくる店は、ロンドンの地下にある――という。
そして、その店の名は、『薔薇色』、というらしい。
仕立人の名は――リンダ・パレス。死んだはずのクリスの母親の名前。” -
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“「なんだよ、それは!」
「あれ、違うの?」
「違うよ。……違うよ!ただ……」
「ただ、何だ」
かたん、とグラスをテーブルに置き、シャーロックはひとりごとのようにつぶやいた。
「……止まっていれば追いかけて来るくせに、こっちが追えば逃げるというのが、わからん。追ってくると思って待ってたって、絶対に一定以上はちかよってこないのは、なぜだ」
ケネスは数秒、黙った。
それから、爆笑した。
「なんだおまえ……それ、近所の野良猫の話か。それとも、寄宿学校の初恋か!」
シャーロックは、さきほどまでのうしろめたそうな表情が嘘のように腹をおさえてげらげら笑っているケネスを見たが、酔いのせいもあってなぜ笑われているのかわからない。
「なにがおかしい」
「なにがって、おまえが気づいていないのがいちばんおかしいよ。そうか、おまえ、これまで女を追って逃げられたことがないんだな。というか、追ったことがないのか」
「あのなあ。そんなんじゃないんだよ」”
シャーロックへの恋を自覚したクリス。
シャーロックがクリスを好きなのかどうかいまいちよくわからない。
ママの心はもう死んだ。
ということは、体は生きてる?本当は、まだ生きてるの?
うーん、伏線かな。
“パメラとノラは話しながら階段を降りた。クリスがどう判断するにしろ、お茶とお菓子の準備はしなきゃ、と思いながら店の中に入ると、中に客があたりを見回しながら入ってくるのが見えた。
「いらっしゃいませ、お客さま。すみません、席をはずしておりまして」
すかさずつくった笑顔から、なあんだ、と力が抜けた。
扉から帽子をとりながら入ってきたのは、シャーロックだったのである。続いて、もうひとりの男が入ってくるのを見て、すばやく笑顔を復活させる。
「いらっしゃいませ、お客さま。はじめての方ですわね」
「――お」
男が目をまばたかせる。
「――鼻の下を伸ばすな、ケネス。というか、ミス・パメラの見かけにだまされるな」
「だまされるとは失礼ね。お望みはお知り合いのご婦人のドレスですの?」
パメラはとっときの笑顔を見せたが、男の視線は自分でなく、後ろへ向かっている。
「ケ、ケネスさま」
ノラが男の名前を呼ぶ。パメラは本気で驚いた。まさか、ノラに!?
「ノラ……ということは、ファニーがいるのか?」
男が真剣な口調で言った。
パメラはケネスと呼ばれた男とシャーロック、それからノラを交互に見比べた。彼がファニーを呼び捨てにした、ということで、すべてが腑に落ちた気がした。” -
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“「舞台の役をお願いしたいのよ、パメラ」
マーガレットが言った。ゆっくりとひびく声だった。声をはりあげているわけでもないのに、言葉が胸に落ちていく。強気を装おうとしているパメラでさえ、なんとなくききいってしまうようだった。
「役――ですって?」
パメラがつぶやいた。
マーガレットの右手がつと動き、帽子のヴェールをゆっくりとめくった。
「あなたのような人を待ったいましたのよ、パメラ」
満足そうに、マーガレットは言った。むきだしになった顔は驚くほど白く、少女のように邪気がない。
「あなたなら女優になれるわ。あなたのための役があるの。ディモス――悪魔の役ですわ。そう、あたくしの新作、『楽園』の、美しい悪魔をあなたにお願いしたいのですわ」
石畳の道の上で、マーガレットの声がろうろうとひびく。濃い青い瞳が、好きなおもちゃを見つけた子どもの目のように、きらきらと輝いていた。
「……はい?」
パメラはらしくもなく眉の間をよせ、マーガレットに問い返した。マーガレットからは甘い蜜の香りがした。”
訪れる客の背景とか、心情とかもしっかりと深くまで描かれていてクリスとシャーロックのやり取りと共に楽しめた。
真相がなかなか読めないところが良い。
あきさんの繊細なイラストがすごく好き。
“クリスは青ざめる。とめなければ――とめなければ。気が遠くなる。ちかよりたくない。クリスはよろけ、テーブルに手をついた。それを見たアイリスがふと目をすがめる。
「……おまえにも、闇の気配はある」
「やめて!」
「黙っているだけでいいんだ、クリス。すぐ終わる」
「いや――いや、だめ!そんなことに、ドレスをつかったらだめ!」
クリスはよろけるようにしてアイリスの前にまろび出た。ドレスに手を伸ばす。アイリスはそれをすいと上にかかげながら、笑った。
「無駄さ、クリス――あんたじゃとめられない。役者はあたしで、あんたはただの縫い子だよ」
どすっ、と音がして、クリスは体をのけぞらせた。
「うっ」
胸にナイフの衝撃を感じる。
アイリスは、小さなナイフを隠し持っていたのだった。クリスの意識が遠くなる。くずおれる体を必死にささえながら顔をあげると、アイリスが仮面をつけ、黒い外套をひるがえすのが見えた。
「もうすぐ開幕の鐘<オープニング・ベル>が鳴る」
アイリスがつぶやく。ただよう百合の香りの中、クリスの意識が遠くなる。” -
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“「今は、いいピンクの生地が入ってないんですよ」
「まさか!ピンクがないだなんて」
バーンズ夫人は大げさに首を振り、目を見開いた。
「それはないのじゃありませんか?わたくしが何のためにこのお店にきたと思っていらっしゃるの。もちろん評判をきいたからですわ。思っていたほど、大きなお店じゃないけれど、『薔薇色<ローズ・カラーズ>』といえば、そのう、その――」
「『恋をかなえるドレス』を仕立てる店ですって――?」
「そうそう、そのドレスですよ!恋のドレス。わたくしのかわいいミラルダのデビューにこれほどふさわしいお店があるかしら。だからわざわざ、二頭立ての馬車を仕立てて来たんじゃありませんの。それなのに、恋どころか、十六歳の娘に茶色のドレスだなんて!」
「……お客さま」
口に出したのはパメラだった。バーンズ夫人がハンカチを握りしめてふりかえる。その間をのがさず、
「そこまで評判をきいているなら、知っているはずですわね。『薔薇色』でドレスを仕立てるなら、色や形に注文をつけちゃいけない。すべてはこの店の主人、つまりミス・クリスティンが決めるんですよ。お客さまの好きな色でドレスを仕立てたければ、最新のファッションプレートを持ってロンドンの高級洋装店にでも行けばいいんです」
「まあ、まあ、まあ!こんな娘に侮辱されるだなんて!」
「それに、恋をかなえるドレスだなんて最初からこっちは言っちゃいませんわ。お客さまが勝手にうわさしてくださるのは光栄なことですけれどもね」”
『薔薇色』の女主人であり唯一の縫い子でもある小柄で飾り気のない十六歳の少女、クリスティン・パレス。
『薔薇色』で働いておりスタイル抜群で宣伝役も兼ねるクリスの昔馴染みの少女、パメラ・オースティン。
二人が経営する『薔薇色』で作られるドレスは、恋がかなうドレスとして評判がある。
乱暴そうな仕草に隠れない洗練された物腰、はしばみ色の瞳に黒髪のシャーロック・ハクニールは、部屋に閉じこもる妹のドレスを頼むため、『薔薇色』を訪れる……。
クリスとパメラの関係が心地良い。
男性が苦手で、人が多いところに行くと失神してしまう。そんな繊細なクリスの気持ちがわからないでもない。
恋のドレスと闇のドレス。
服は着る人を際立て、着る人で服の表情も変わる、というものだろうから、設定にも別に無理は感じない。むしろ、納得できるような。
女性の恋する気持ちには敏感なくせに、男性と自分の気持ちは分からない。
自分の外見とシャーロックとの差に落胆して怯えて、それでいて自分を飾り立てることを怖がる。
そんなクリスがこれからどう変わっていくのか。
“「……わたし、自分のドレスをつくれませんの」
窓ガラスにはためくレースのカーテンを見るともなくながめながら、クリスは言った。
「恋する女の人の気持ちはわかるのに、自分の気持ちはなにひとつわからないんです。男のかたの気持ちも。自分がなにを思っているのかってこととか――なにを着たらいいのかってことも。考えると、なんだか変になってしまう……」
「――だと思っていたよ」
シャーロックは答えた。クリスが、自分の気持ちを口にしたのははじめてではないだろうか。
クリスがシャーロックの顔を見た。頬が少し赤かった。気つけのブランデーがまわっているのかもしれない。シャーロックはクリスの目を見つめ返した。この幼い顔とちいさな手のなかに、信じられないような強さがあるのだ。
「車に乗ればいい。送っていくよ。客たちももう帰ったころだろう」
シャーロックはゆっくりとベッドサイドへ向かい、クリスに右手をさしだした。”