矢野真千子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「日本はワクチン後進国」だと医師からはよく聞く。世界から30年近く遅れているという医師もいるほどだ。
最近「麻疹」の流行がニュースになったことも記憶に新しい。これは2度受けるべき予防接種を、ある年代は1度しか受けていないために免疫が弱いためだとも言われている。
この書によれば、ワクチン接種に対しては世界的にインテリ層を中心に嫌悪感が強いという。生ワクチンを接種することのリスクと副作用を心配してとのことだが、そんなことを言うならば生薬由来の薬にもリストの副作用はあるのだから服用しないということになってしまう。これはあまりにも理不尽だ。
海外では混合ワクチンが当たり前だし、ショッピングセンターのドラッグストアーでも簡単に打てる上に価格も安価。日本では混合ワクチンが嫌がられているうえに、接種の間隔も空けなければならないし、接種の回数が多く忘れがちでもある。しかも任意の予防接種はそこそこ高い。
またこの本によると、清潔な環境で育った人は純粋培養な分、ウィルスに弱いとのこと。そんな人にウィルスがアタックしてくれば、たちまちのうちに感染してしまう。集団免疫のしっかりした社会で生きているならば感染リスクも低いが、そうとばかりも言っていられないのが現実。このことも「あなたの健康はコミュニティの健康が決める」の章に書かれている。
一方不潔な環境で育った人で発症していない人は、感染しながらも幸運にも発症していないだけで保菌者であり、菌を撒き散らしているも同様とのこと。
そういえば、子供が高校に入学する時、いくつかの予防接種について確認をされた。公衆衛生に対する意識が高いとちょっと安心したことを覚えている。
日本にいるとあまり予防接種やワクチンのことは考えない。しかし海外ではそうではないようだ。この本もアメリカではベストセラーになったらしい。
ワクチンに興味があったので、個人的にものすごく勉強になった本だった。 -
Posted by ブクログ
出ました!2018年初の星5コ本!コレラ感染がまだ解明されていなかったヴィクトリア時代、一晩やら数日やらでバタバタと家族や通りの人々が死んでいく恐怖。何が媒体となっているのかわからない見えない敵に、1人の男が立ち向かう。…いやもうこれだけで映画に出来る!ではありませんか。ロンドンの地図に、感染した死者の数を書き込んでいく図が思い浮かびます。
歴史資料や医療知識科学知識、現代のビッグデータとの比較など、著者が読み込み分析した科学としてのデータの膨大さもさることながら、物語として充分にダイナミックでスリリング。
感染症、都市化、温暖化、テロなどにも言及。
でも、悲観じゃない。
いやー面白かった。
読んで読んで!みんな読んで! -
Posted by ブクログ
広義的な意味で言えば、植物は、見る、嗅ぐ、接触を感じる、重力を感じる、憶えている。しかし、巷間言われる「聞く」ことはない。というのが、今の科学的知見。
専門的な用語も交えているので、安易な啓蒙本とは一線を画するが、その分、一つ一つのトピック、エビデンスの取り上げ方が興味深かった。構成も見事である。
・植物は動物よりも、遺伝子が複雑。
・植物は色の違いを区別している。青い光りで屈曲する方向を知り、赤い光りで夜の長さを測っている。
・開花時期を調節するにはたった一枚の葉に照射するだけでその植物全体に影響が及ぶことが分かる。
・鼻の中にある受容体は、脳の辺緑系に直結している。この辺緑系は進化的に見たとき、脳の一番古い部位にあたる。
・根の最先端の細胞が重力を感知している。
・根冠の中央部にある細胞には、「平衡石」というヒトの耳石に似たものがある。
・記憶は無限なのに、それを維持するためのタンパク質はごく少数しか存在しない。
・ヒトであっても、痛みと苦しみは脳の別の領域で解釈される別の現象。
・耳とは、重力を感じる平衡感覚器のなかに、あとから聴覚器が入り込んだもの -
Posted by ブクログ
貧乏人からは金を取らず、金持ちからはふんだくる。類希なる手術の腕を持つ男でありながらうさん臭さもある、こう書くとまるでブラックジャックだが、愛嬌があり弟子には慕われ、しかし怒りっぽいとかなり人間臭い人でもある。
1748年二十歳のジョン・ハンターは2ヶ月ほど大工仕事をし手先が器用ですぐに玄人並みの腕を身につけたが仕事場がつぶれたのをきっかけに既に医者として成功している10才年上の兄ウィリアムを頼りロンドンに出てくることにした。ちょうどウィリアムも開設したばかりの解剖教室が好評で信頼できる助手を必要としていた。初めてメスを握ったジョンだったが兄の指示に従い死体の解剖を兄が期待する以上の水準で発揮した。
とは言え助手としてのハンターの主な仕事は解剖実習で使うための死体集めだった。解剖教室では人体の標本を見て学習するだけではなく実際の解剖があってこそ生徒が集まる。ウィリアムがライバル視していたのは故郷スコットランドのエジンバラ大学でウィリアムの師であったモンロー教授の元にはヨーロッパ中から学生が集まっていた。しかしエジンバラのような田舎ではそうそう死体は集まらない。しかしロンドンでは闇ルートを使えば集めることができ、ウィリアムの教室の評判が高まるにつれ必要な死体も増えていく。ウィリアムは上流階級のつきあいに忙しく、その点でがさつで、口が悪く質素な身なりのジョンはロンドン暗黒街になじみやすいように思えた。当時はまだ医学のための献体と言う考えは無く検死もほとんど行われていない。死体集めで真っ先に考えるのは絞首刑の公開処刑の場で完全に見物としてお祭り騒ぎになっていた。そして刑が執行されるやいなや外科医とその仲間や受刑者の関係者が集まりまだ息がある受刑者の足を引っ張り死体争奪戦が始まる。そこまで含めて見物になってるというまあ無茶苦茶な世界だ。後の話でも時々出てくるのだが呼吸は止まっても解剖しようとしたら生き返ったケースもあるという。ジョンがこの仕事を始めた頃から死体泥棒は大きな産業になっていった。
当時のジョンの生活は明るくなるとともに解剖実習と講義の下準備をし、標本を作り、夕方から2時間ウィリアムの講義に参加する。ウィリアムの講義は素晴らしく1777年にはアダム・スミスとローマ帝国衰亡史のエドワード・ギボンも参加している。そして夜は墓場漁りをするか荷受け場で死体を待つ。半年後には解剖に関しては既にウィリアムが教えることはなくなっていた。当時ジョンが作製した標本は今でも残っている。夏は死体解剖の季節ではない。暖かくなったころにウィリアムはジョンをチェルシー王立病院の外科医チェゼルデンに弟子入りさせた。当時外科医になる正式なルートは14〜5で外科医に多額の謝礼をつんで奉公し7年ほど修行をしてからやっと解剖学の勉強に取りかかる。あるいは軍医を多く必要とした軍に入り何の経験も無く兵士や船員相手に好き放題やった後復員後は一般人を相手にする。当時の外科医組合の試験は解剖学や外科手術の経験は問われず、奉公期間の終了とラテン語知識の口頭試験だけで資格が取れ、復員後なら奉公していなくてもこの試験が受けられた。
だいたい当時の外科医はまだまともな医者とは認められていない。医者はすなわち内科医であり、外科医の主な仕事である瀉血は床屋がやっていた。今も床屋の前でくるくる回る赤青白のサインポールは一説によると動脈、静脈、包帯を表す床屋外科医の名残だそうだ。近代的な外科の多くはジョンの実績が元になっている。ジョンが師事したチェゼルデンは優秀な外科医でその仕事に対する取り組み方は以後のジョンに大きく影響を与えている。他の外科医は昔のやり方を守ることそして新たな挑戦を戒めるのに対し、チェゼルデンは何より観察と実験を重んじ、成功する見込みのない手術を避け、解剖を熱心に勉強した。ジョンはさらに読み書きが不得意なこともあり書物から得られる過去の知見にはとらわれることが無く自分の頭で考えることを重視している。後にジョンが解剖学を教えた際にはノートを取ることすら禁じているし、自分が語った過去の講義の内容すら古くなった知識と切り捨てている。
ジョンはメスの技術を除けば天才肌という感じではない。ただひたすら観察を続けそこから合理的に得られる結論を導きだしているのだが、今なら当たり前のようなことでも当時は画期的なことが多かった。発生学の研究では鶏やヤギの胚を時間をかけて解剖して観察し、当時信じられていた最初から卵の中にある小さな胎児が成長する前成説が誤りであることを示した。細菌がまだ発見されていなかった当時は外傷が原因の感染症が大きな死因であり手術そのものが命に関わる者だった。当時の軍隊で撃たれた兵士は傷口を大きく開いて玉を取り出していたがジョンは観察の結果何もせず自然治癒に任せた方がいいという結果に到達し実証した。傷口の消毒が発見されるのはまだ100年ほど先のことだ。患者群を二つに分け二種類の治療を比較する対象試験を既に取り入れている。人体実験には自分の体も使っている。淋病患者の膿みを自分の性器になすり付けて感染させたのだ。後に書いた性病全書はその後数十年性病治療の基本となった。
ジョンの幅広い研究分野には以下の様なものもある。
進化論 ダーウィンより前に進化論にたどり着いていた。猿、アフリカ人、ヨーロパ人の骨格標本を並べアダムとイブは黒人だったと述べた。魚とほ乳類はおろか植物や無生物まで含め形を比べたり分類学者のリンネとも交流していて動物間の交配ができるかどうかから祖先が同じかどうかを推論している。ダーウィンはビーグル号から戻った後化石をジョンが作った博物館に寄贈しその後も通いつめていた。
博物学 クック船長と交流し新大陸から新しい動物を取り寄せては解剖し新しい種かどうかを調べている。カンガルーやクジラを解剖しクジラはほ乳類だと示している。奇形や巨人症の死体も集めている。マンモスの化石を見て象とは別の種類だと判断した。ハンターが集めた様々な動物の剥製や骨格標本は現在ハンテリアン博物館として残っている。
獣医学 動物好きで自宅にヒョウも飼っていた。そして何でも解剖した(例えばカイコの脳なども)が生きた動物をむやみに解剖することには反対だった。ついでに魚に聴覚があることを主張したりもしている。
地質学 世界は神が6日間で作ったとは信じず波による数十万年にわたる浸食が地形を作ったとの論文を書いたが当時の聖書の教えでは天地創造から数千年しか経っていないことになっていたので教会の教えに反対する内容だった。
歯科治療 当時抜歯は床屋がやっていた。新大陸の発見の成果で砂糖の消費とともに虫歯が増えていた。ハンターは司会に助言し抜歯後の金や鉛の詰め物、歯石除去、歯磨きや歯肉炎の治療を提言している。
移植 鶏の睾丸を別の鶏の腹に埋め込み後で解剖して血管が新生していることを確認した。免疫の知識は当時はまだなかったが偶々同系交配だった様だ。他にも人間の歯を鶏のとさかに埋め込んだり、ロバの額に牛の角を移植したりも試している。
蘇生術 死体をすぐに氷温にしてあとで蘇生するかを試したがこれはうまく行かなかった。
帝王切開 当時は名前だけが残っていた帝王切開手術を行った。
ただ観察を続けただけでこれだけの結果にたどり着いたのだからすごい。その割に業績が知られていないのは義弟がハンターに腕を買われていないことをねたみハンターの論文を独り占めにし自分の者として発表して後に焼き捨ててしまったからというのもある。しかしハンターの優秀な弟子達は外科医と言う職業を尊敬される地位に引き上げ科学的な手法をイギリスとアメリカで拡げた。弟子のひとりには種痘を発見したエドワード・ジェンナーもいる。ハンターの生活の一部はドリトル先生のモデルとなり、裏では動物の死体を運び込む怪しい家はジキルとハイドの住む家のモデルになった。本書の原題はThe Knife Manしかしメスの腕よりも考え方の方が切れ味が鋭いようにも思える。 -
Posted by ブクログ
かつてスティーブ・ジョブズは「文系と理系の交差点に建てる人にこそ大きな価値がある」という話を聞いて、その道を志すことを決心したそうだ。すなわち人文科学と自然科学の交差するところに、自身の活路を見出したということである。
その感覚の正しさは、現在の世の中の趨勢を見れば火を見るより明らかなのだが、スティーブ・ジョブズが決心したのは、もう何十年も前のことである。以降、新しい交差点はいくつも出来て、中には消えていったものもある。
本書で紹介されている内容は、その新しく出来た交差点の中でも最もホットな領域にあたるのではないかと思う。それが生命科学と情報科学の交差点である。発端は2003年のヒトゲノム・プロジェクトによるDNAコードの解読だ。研究者たちは、生命の設計指示書であるDNAコードとコンピュータのプログラミングに使うコードが驚くほど似ていることに気付いたのである。
コンピュータハッカーの第一世代が自宅のガレージで革新的な技術やソフトウェアを生み出したように、21世紀のバイオハッカーたちも自宅のガレージやキッチンで、DNAデータを使って生命言語の操作に乗り出しているという。かつてのハッカーを彷彿させるアウトサイダー研究者たち。本書はそんな彼らの実像に迫った生命科学の最前線レポートである。
MITを卒業したあと就職せず、自宅のキッチンで揃うものとインターネットで買える中古品だけで遺伝子検査システムを組み立てた23歳のケイ・オール。彼女が知りたかったのは遺伝疾患の原因遺伝子の有無である。高級クリニックで数千ドルを払って遺伝子検査を受けることもできた。しかし彼女は、ほおの内側を綿棒でこすりとった試料を特注の物質と混ぜ、クローゼットに設置した機器にセットするだけの方法を選んだのだ。
大学を卒業後、DIYバイオという組織を立ち上げたマッケンジー・カウエル。彼は家族が用意してくれた2万ドルの信託財産を使って、オークションで輸送用コンテナを購入した。そして十分な広さの裏庭とアイデアがあるところならどこへでも牽引していける、可動式ウェットラボとして活用したのである。それはバイオテクノロジーのドアを、経歴や所属組織に関係なく、一番クリエイティブな人に開放したいという信念を形にすることであった。
ヤシの木のプリント模様が入った派手なオレンジ色のポロシャツを着た28歳のジョン・シュレンドン。相棒のシュレンドンと、自身の免疫系を操作して癌細胞を殺すというアイディアを追求している。二人は住宅街のガレージの中にポリ容器とビニールシート、中古の高性能フィルターを使って、実験装置を組み立てた。そして、免疫細胞が癌細胞を叩きのめす様子をどんどんビデオに撮りためていっているのだという。
まるでSFの世界のような話が、ありふれた日常として描かれている。ちなみに標題のバイオパンクとは、元々はSFの派生ジャンルを指し、遺伝子操作などの合成生物学に基づいて未来を描くもののことである。
それにしても、一体何が彼らを突き動かしているのか?それは、次の一言に集約される。「我々に疑問がわずかでもあるなら、だれかに答えてもらうのをただぼんやりと待つことをしない。」(※「バイオパンク宣言」より)
生命科学と情報科学が交差する。この出来事が双方の分野に与えるインパクトは非常に大きい。例えば、ネットの領域。コンピュータ・コードのウイルスによるデジタル世界の破壊なら、景気やインフラを弱らせるだけですむかもしれないが、遺伝子コードで作成された人工ウィルスがヒトのネットワークに入り込んで広がれば、死人が出ることもある。ネットの世界におけるセキュリティやウィルスは文字通りの意味に原点回帰するのだ。つまりは、ネット世界が身体性との接続を果たすということを意味する。
そして遺伝子の領域。デスクトップDNAシーケンサーはゲノムを読み取り、そのデータをiPhoneに同期させる。ソフトウェアは「遺伝子デザイナー」がDNA断片を切り貼りして「遺伝子マシン」を設計するのを助ける。ITの進化は、他の分野同様に生物学の進化も後押ししてきたのだ。
本書を一読した後の読後感は、初めて『ウェブ進化論』(梅田望夫・著、ちくま新書)を読んだ時のインパクトに酷似していた。ウェブ進化論で「次の10年への三大潮流」として書かれていた、「インターネット」、「チープ革命」、「オープンソース」。これらがまさに今、遺伝子の領域で起こっているという印象なのだ。
例えば、ウェブの世界にGoogle社が登場したように、インターネットの「あちら側」で情報発電所の役割を果たす企業もいくつか出現してきている。そのうちの一つが、消費者直販ゲノミクスの23&ミー社であるだろう。顧客は試験管の中に唾液を入れ、それを郵送するだけだ。その後、ラボ作業が終わると、顧客はウェブサイトでパスワードを入れてログインし、自分専用のページで検査結果を読む。ちなみに、23&ミー社を創業したアン・ウージスキーは、あのGoogle社の共同創始者、サーゲイ・ブリンの奥さんだ。
また、オープンソース・ハードウェアの登場により、バイオテクノロジーのツールはチープ革命の真っ最中だ。シリコンバレーのテックショップのような市民向け機械作業所では、発明家の卵のだれもが会費を払いさえすれば、施盤からフライス盤、コンピュータ式ビニールカッター、工業用ミシンまで何でも使えるのだという。3Dのプリンターなら、コンピュータの画面から試作品まで一気に造形できる。インターネットで条件のいい加工業者を探し出し、そこに設計図を送れば試作品が宅配便で届く。こうした動きはみな、究極的には「ツールをなるべく多くの人に」という方向へと邁進しているのだ。
さらに、癌治療のリナックスを目指している企業もある。生協モデルでの治療を模索する、ピンク・アーミーという組織だ。ある治療法があるメンバーに効いたなら、その情報をピンク・アーミーにフィードバックする。別のメンバーがそれを試してみる。効くかもしれないし、効かないかもしれない。それぞれの実験の累積で、大きな知見が得られる。そんなオープンソース・フィードバックループという仕組みを考案している。
これまでにオプティミズムと行動主義が、ウェブを牽引してきたという側面は否めないだろう。事実、コンピュータの世界で最強のハードウェアとソフトウェアは、ガレージの中から生まれてきた。一方で、このような捉え方には問題点もある。それは、はたしてバイオテクノロジーという領域をウェブのアナロジーとして理解していいものだろうかということだ。特に慎重に議論されるべきなのは、合成生物学が神の領域にあたるのではないかということである。
これについて著者は、遺伝子工学者がどれほど創造性を発揮してみたところで、自然界が作った精密な生き物には到底かなわないのだと白旗を上げている。自然の名工の優れた職人芸に比べれば、私たちのやれることなど、ままごとのレベルにも届かないのだと主張しているのだ。しかし、この状況が未来永劫続くものなのかどうか、それは神のみぞ知ることである。
2006年に刊行された『ウェブ進化論』の内容が現実のものとなるまでには、若干の時間を要した。それにはソーシャルメディアの台頭や、スマートフォン・タブレットなどの普及を待たなければならなかったのだ。しかし、今度の進化はそこまで時間がかからないのかもしれない。なぜなら高速道路は既に引かれている状態なのだ。
新しい交差点がもたらす希望と不安。はたしてネットによる情報革命は、遺伝子工学のための予行演習に過ぎなかったのだろうか。この迫りくる未来をいたずらに煽るのも、過剰に拒否反応を示すのも誠実な態度とは言えないだろう。
ただし、論点はてんこもりだ。これまでにネットが担ってきた情報革命の功と罪、現在のバイオハッカーの動向を局所的なものと捉えるか否かという楽観と悲観、遺伝子を操作することが生み出すこれからの人間社会の善と悪。
本書で提示されているのは、そんな過去、現在、未来のさまざまな論点を繋ぎ合わせた、Web以上SF未満の世界だ。我々は、また一つ、正解のない問いに直面しているのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ノンフィクション。最後までおもしろかったー。
タイトルのまんま、大英自然史博物館の盗難事件が題材、ってだけの予備知識で読み始めたので、冒頭の盗難シーンは犯人の動機も全くわからず、早速引き込まれる。
なんでこの人は他の収蔵品には目もくれず、なにやら長い名前の鳥の標本ばかり狙うのか?
その謎が次第に明らかになっていくんだけど、まずはその標本がどういう経緯で博物館にもたらされたのかっていう歴史から繙かれていく。
それは、18世紀、ダーウィンと同時代に生まれたアルフレッド・ラッセル・ウォレスが、南米やマレー諸島を探検し、命がけで採集したもの。
世界にはまだ未知の領域がたくさん残されていて、ジャングルの奥には美しい幻の鳥がいると信じられていた頃。
やっぱりこういうの、ロマンがあるよねえ…
伝説の鳥が初めて目の前に現れたときの興奮も描かれていて、それがいかに貴重なものだったのかが読んでるこっちにも伝わってくる。
信念を持って集められたもので、ウォレスがいかに優れた学者であったかも語られる。
ウォレスの死後、標本がおさめられた大英博物館のキュレーターたちは、戦火からコレクションを守るため、ロンドンから離れた小さな町の私設博物館にそれらを移送する。
その私設博物館は、世界屈指の大富豪が息子の誕生日プレゼントとして建てたもの。
この息子が、ウォルター・ロスチャイルドである、…ってなったあたりで、話がまた一回りでかくなって、ふわーおもろ!ってなった。
(ここがのちに事件の現場になった場所)
さらに、珍しい鳥の羽根がどういう扱いをされてきたか、羽根飾りファッションが流行し、女性が帽子につける羽根を得るために鳥たちが殺戮されていく歴史が語られる。
金に目がくらんだ人間の愚行、って今では言えるけど、その頃は、乱獲によって種が絶滅するという概念がなかったようだ。
自然は神が人に与えた恵み、という感覚で、鉱物も生き物も無尽蔵と思われていたらしい。
やがて資源が尽き、いくつかの種が消え去ったあと、ようやく自然保護運動が起こる。
密猟や密輸はあとを絶たないのだが、ワシントン条約ができて、危機に瀕している動植物が保護されるようになり、ひとまずはよかったね……
って章が閉じたあと、次の章で、急にヴィクトリア時代の高貴な趣味としてのサーモン釣りの話になる。
釣り具の毛針のために、美しい鳥の羽根を使うのが身分の高い人々の間で流行していて、岩陰にいるサーモンを狙うときはこの鳥の羽根を使った毛針がふさわしい、などと細かく指南した本が出ていた、って話。
そのへんの鳥の毛でも代用できるが、やはり手に入りにくいエキゾチックな鳥の毛こそが至高、みたいなことが言われてたそうだ。
なんかオタクってそういうの好きよね……
って、おや? マニアの誰もが憧れる鳥の羽根…?
で、この章でいよいよ、冒頭の珍鳥標本盗難とのつながりがはっきり見えてくる。
そして、毛針作りの世界に取り憑かれた、一人のアメリカ人の少年、ある意味この本の主人公が登場。
生い立ちから、毛針との出会い、王立音楽院の優秀な学生だった彼がなぜ博物館に忍び込むことになったのか、犯行に至るまでの経緯、裁判での意外な判決、毛針マニアたちの世界にもたらした波紋などが描かれていく。
さらに著者自身も、インターネット上に残された取り引きの痕跡などを根気強く探し、本人や関係者に直接インタビューし、失われたコレクションを取り戻そうとする。
ルポルタージュなので、手に汗握るアクションや悪者がこてんぱんにやっつけられる場面はないけど、問題提起はしっかりされている。
誰かを決定的な悪者に仕立てる書き方もできただろうけど、それを極力抑えてあるのが良かった。
一番印象的だったところは、博物館のキュレーターに取材したときの著者の感想。
「話を聞きながら私は気づいた。こうした標本を保存することは、時代を超えて人間性を信頼することなのだ。代々のキュレターたちはこのコレクションが人類全体の知識向上に不可欠であるという信念のもと、害虫、日光、ドイツ軍の爆撃、火事、盗難などから連綿と守ってきた。そして彼らは、現段階ではまだ浮上すらしてない疑問についても、この鳥たちが未来のどこかで答えてくれると知っている。」
ここで、それそれそれ!!それなんだよなーー!ってなりました。
目の前にある資料は、明日何かの“役に立つ"ものではないかもしれない。
けれどそれをできるだけ損なわれない同じ状態で保存し、未来へつなげていくことは、この星の生命や人類が辿ってきた歴史そのものを語り継いでいくことに他ならない。
採取したデータだけでは得られない情報が、そこには詰まっている。
千年後のわたしたちの子孫のために、博物館は一見地味に見えるような資料でも、守っていく使命がある。
価値があるのは、ロゼッタ・ストーンやモナ・リザだけではないのだ。
彼がしたことは、誰も傷つけていない。
キャビネットの中に眠っていた小鳥の死骸を盗み、羽根をむしり、ラベルを切り取り、欲しがる人に売り、新しい楽器を買うための資金にした。
それだけのこと、と言えるかもしれない。
だけど、先人が命がけで手に入れ、キュレーターたちが代々守ってきたものを、私利私欲のために意味のないものにしてしまった罪深さは、もっと追求されていいと思う。
それを守ってきた人々の悔しさは、察するに余りある。
バーミヤンの石仏が破壊されてしまったのと同じく、乱獲された動物たちが滅んでしまったのと同じく、一度失われてしまったら、永遠に取り返しがつかないものがある。
人間って愚かだよな、って諦めるだけでは、また繰り返してしまうんだよ。
人間は欲が深いので、普通に生きてると、欲を満たすことを無自覚に正当化してしまって、それ以外のことが見えなくなってしまう。
この愚かさから、何を学ぶかってことなんだろうな。
文化予算がごりごり削られて、博物館や美術館に採算とるために集客できるようにしろとか言い出してる昨今のこの国の政策を思うと、ちょっと虚しくもなりましたが…。
あ、ひとつだけ気になった点。
当然「大英自然史博物館」で起きた盗難事件かと思ったじゃん。
分館やないかーい(笑)。とちょっとタイトル詐欺ではあった。おもしろかったのでええけど。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前半は鳥の羽や博物館に関する歴史と毛針の世界から窃盗事件まで、後半は筆者がその事件について調べた内容や関係者へのインタビューなどで構成されている。
この話を本にするという目的のためもあったのかもしれないけど、筆者の行動力がすごい。スクショとかインタビューとか一つ一つは難しいことをしてるわけではないと思うが、何年もの時間をかけて探偵ばりの調査をしている所に執念を感じた。
現実の話なので最後は綺麗に解決したわけではなく、さらなる疑念が出てくるが真相は謎のまま。
博物館の資料の意義や人の美しい物を所有することへの欲望などについて事件を通して考えられている点が面白かった。
NHKの「未解決事件」でありそうな内容だなーと思った。 -
Posted by ブクログ
大英自然史博物館のバックヤードで多くの鳥の標本が盗まれた。そこで盗まれたのはダーウィンの見つけたものなど歴史的な価値があるものではない標本達だった……
毛鉤の釣りをしているときにジャーナリストの著者がそんな不思議な盗難事件を聞き、そして「完全解決には至っていない」ところから興味を持って調べていく本。「美しい鳥の羽根がいかに人間を狂わせたか」が描かれる。
美しい「毛鉤」という文化があるのを初めて知った。とくに「アンティークと同じものを自らの手で作りたい(そのためには絶滅危惧種や絶滅した鳥の羽根を利用せねばならない)」という欲望について、ものすごい「文化内の規範」を感じた。面白く、そして怖かった。
あまりすっきりはしないラストではあるもののなかなかの筆力で描かれたルポルタージュで、知らぬ文化圏を知れて面白かった。 -
Posted by ブクログ
イギリスで実際に起きた標本盗難事件の犯罪ルポ。
2009年深夜、大英博物館の分館から鳥の標本が盗まれた。数ヶ月後、盗難犯として逮捕されたのは王立音楽院に所属する若きフルート奏者。輝かしい将来を約束された若者は何故道を踏み外したのか?
読む前は犯罪ルポだしとっつきにくいんじゃないかと身構えたけど、美しい羽が盗まれた理由と執着と欲望の動機の構図がドラマチックで(犯罪を語るのに適した表現ではないけど)、ノンフィクションなのに小説のように引き込まれて夢中で読んだ。
今まで全く知りもしなかった鳥の羽を巡る世界の話は起源から流行の背景までが興味深く読み応えあり。
閉鎖的な界隈の中で横行している稀少な羽の売買については常識が捻じれているとしか思えなかったし、それが当たり前になっている現状に憤りと同時にやるせなさを覚えた。
事件を裁く裁判、犯人の主張や盗品を取り巻く界隈の言い分、博物館側の崩壊寸前の管理体制も、その全部があまりにもグレーでモヤモヤが止まらず…。
人はなぜ美しいものに惹かれるのかを突き詰めたら途方もない狂気に行き着いたような…少しうすら寒さを感じるような独特の読後感だった。
-
Posted by ブクログ
アランナ・コリン氏は、イギリス出身の進化生物学者・サイエンスライター。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンおよびロンドン動物学協会で博士号を取得。腸内細菌の重要性をテーマとした『あなたの体は9割が細菌』は世界的なベストセラーとなった。BBCなどのメディアにも出演し、科学の普及活動にも積極的に取り組んでいる。
本書は、著者が、マレーシアでのフィールドワーク中に感染症を患い、抗生物質治療を受けた経験をきっかけに、腸内細菌と健康の関係に強い関心を抱くようになり、人間の腸内微生物の重要性と現代病との関連を科学的に解き明かした作品で、2016年に出版、2021年に文庫化された。原書は『Gut:The Inside Story of Our Body’s Most Underrated Organ』(2015年)。
ポイントを列挙すると、概ね以下である。
◆人間の体内には細胞(10兆個)よりも多くの微生物(100兆個)が存在し、私たちの体はひとつの生態系である。ヒトゲノム・プロジェクトの後に始まったヒト・マイクロバイオーム・プロジェクト(人体に棲む微生物のゲノムの総体を調べるプロジェクト)により、腸内微生物の多様性や機能が科学的に明らかになり、体や健康への関連が本格的に研究されるようになった。
◆肥満、アレルギー、うつ病などの現代病は、腸内細菌の乱れと関係している可能性がある。抗生物質や加工食品、清潔志向が腸内環境を破壊し、病気のリスクを高めている。
◆腸は免疫の中心であり、腸内細菌が免疫系の教育係として機能する。腸の状態が全身の健康に影響し、自己免疫疾患や慢性炎症の原因にもなる。腸を整えることが病気予防の鍵。
◆腸と脳は神経でつながり、腸内細菌が精神状態に影響を与える。腸はセロトニンなどの神経伝達物質の生成にも関与し、うつ病や不安障害とも関連がある。
◆腸内細菌は人間に利益をもたらす一方で、自らの生存を優先する面もある。食欲や嗜好に影響を与え、宿主の行動を変えることもある。
◆腸内では微生物同士が絶えず競争し、勢力争いを繰り広げている。抗生物質の使用はこのバランスを崩し、悪玉菌の台頭を招くことがある。腸内の生態系維持が健康に直結する。
◆食事は腸内細菌の構成に大きく影響する。食物繊維や発酵食品は善玉菌を育て、加工食品は多様性を損なう。腸内環境を整えるには、微生物にとって良い食生活が不可欠。
◆腸内細菌は出生時に母親から受け継がれ、分娩方法や授乳、育児環境がその後の健康に影響する。人生初期の微生物との接触が免疫や代謝の基盤を形成する重要な要因となる。
◆腸内環境を改善するには、発酵食品や自然との接触、抗生物質の慎重な使用が必要。乳酸菌やビフィズス菌のような善玉菌と、それを増やすための食物繊維やオリゴ糖の摂取、生活習慣の見直しが求められる。
◆腸内微生物との共生は、現代の健康観を根本から変える可能性がある。医療や食生活のあり方を見直し、微生物との関係を重視することで、より持続可能な健康社会が築ける。
本書については、ベストセラーとして以前から気にはなっていたのだが、今般たまたま新古書店で文庫版を見つけ、目を通してみた。
内容については、体内の微生物の数が細胞の数の10倍だということにはさすがに驚いたが、ヒトの体が様々なバランスの上に成り立っていること、よって、「ヒトにとって「ふつう」でないこと」が増えた現代社会においては、そのバランスが崩れ、体や健康に悪影響を与えていることは、シニア世代の私としては、概ね想像できる内容ではあった。
また、私は本書を読むにあたってスキャニング的に目を通したのだが、それは、外国人ライターによる科学物に多いナラティブなスタイルが苦手だからである。本書は文庫版で400ページを超えるが、新書のようにポイントを記述するスタイルなら200ページで足りると思われる。(これは個人の好みの問題なので、良い悪いではないが。。。)
それでも、体と健康のために腸内微生物との共生を意識すること、敷衍して、現代社会において様々な面で失われつつある、ヒトにとって「ふつう」の状態を意識し、それを取り戻すことの大切さを再認識するために、一度手に取っていい1冊かもしれない。
(2025年11月了)