植村直己のレビュー一覧

  • 極北に駆ける

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    寒い時期に定期的に読みます。
    イヌートソア父さん、ナトック母さん、シオラパルクの素敵な人たちと犬たち。アザラシ狩りの下手な植村。

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    2026年01月12日
  • 青春を山に賭けて

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    ネタバレ

    ## 感想

    山に登る技術がどうのではなく、行動力や意志の強さ、しぶとさなど、植村直己さんのバイタリティの凄まじさが印象に残る。

    私は山が好きで、よく山へ行く。

    山の空気が好きで、高い山をストイックに登りたいというよりは、その中に入り、歩き、時間を過ごしたいという思いが強い。

    植村さんのようなことはできないが、山へ行くことは、ある種冒険だと思っている。

    自分で考えたルートや道具を使って行動し、地図を埋めていく。

    ゲームのような冒険体験を、現実で、自分の体を使って行っている。

    植村さんはいつでも全力で、だからこそ、たくさんの人が協力したのだと思う。

    私も植村さんを見習い、自分で自分の夢を決め、強い意志を持って行動していきたい。



    ## メモ


    そこで考えついたのは、生活水準の高いアメリカで高い賃金をかせぎ、パンとキュウリを食べて支出を減らせば、ヨーロッパ・アルプス山行の金がたまるのではないかということだった。ヨーロッパ山行まで、何年かかるかしれないが、とにかく日本を出ることだ。英語ができない、フランス語ができないなどといっていたら、一生外国など行けないのだ。男は、一度は体をはって冒険をやるべきだ。(p14)


    ある日、仕事が終わってから事務所に行き、シャンに自分の気持を打明けた。もしジャンが行くなといったら、したがうつもりだった。ジャンは、「君にとって願ってもないチャンスだ。パトロールのことは気にせんでよい。君の夢はスキーではない。山なのだから、がんばってやってこい」と、私の肩をたたいて、ヒマラヤ行きを許してくれたのだった。この恩知らずめと罵倒されても仕方がないのに、何ひとつ怒った顔も見せなかった。シャンは、なんとすばらしい男なのだろう。(p50)


    このゴジュンバ・カンの登頂の成功をみんな喜んだが、私だけはこだわりがあって、どうしても心から同じように喜びにひたる気持になれなかった。私が頂上へ登ったといっても、この遠征隊が自分のものでなかったこと、それに他の隊員のようにこの遠征に出るため、骨身を削ったわけではなかったからだ。会社の仕事のあと、徹夜で計画し、準備をした人たちと私とは遠くへだたっていた。そして、私自身は他の隊員よりすべての面で劣っていると思う。自分はもっと自分をみがき上げ、自分という人間を作らねばならないことを、この遠征でさとった。私がこのあと、強く単独遠征にひかれたのはまさにそのためだった。どんな小さな登山でも、自分で計画し、準備し、ひとりで行動する。これこそ本当に満足のいく登山ではないかと思ったのだ。(p71)


    食事が終わってから、みんなの食べ残したパンや肉などをポリエチレンの袋を持っていってつめこんだ。肉は腐らないよう塩をまぶして包んだ。船の切符を買うと、また無一文になった私は、マルセイユからジャン・バルネ氏のスキー場まで約四百キロをヒッチハイクしなければならない。パンをためこむのが人目につくのは恥ずかしかったが、自分の生活のためだ。恥ずかしいなどとはいっておれない。コシキも恥ずかしがっていてはできない。たっぷり一週間分はザックにつめこむことができた。他にも日本からやってきた、たくさんのザック組がいた。彼らは三食の食事も満足にとらず、フランス料理はまずいとか、何は口に合わないとかセイタクをいっていたが、彼らには、私の十分の一も旅ができまい。「金のない旅だから、どこかアルバイトがないか」と、私に聞いてきたが、「日本食しか食べられない旅人にアルバイトはないぜ」といってやりたい。(p76)


    八月まで、まだ数日あったので、私はそのあと危険な山旅からのがれ、セルビニアの近辺に咲く高山植物を採って歩いた。道からはずれた手の届かない岩棚の上に、エーデルワイスの花を見つけたのはうれしかった。誰に見られることもなく風にゆれ、七、八輪の花を咲かせているのだった。そのエーデルワイスの姿は、私を感傷的にした。人の目につくような登山より、このエーデルワイスのように誰にも気づかれず、自然の冒険を自分のものとして登山をする。これこそ単独で登っている自分があこがれていたものではないかと思った。(p83)


    親切な人たちだったが、もしこの警察署の人たちの警告にしたがっていたら、私は、登山ができなかった。もちろん単独の登山は、無謀にひとしいほど危険がつきまとっている。人の意見も、とうぜん重視しなければならないが、その意見にしたがってばかりいては何もできない。人にいわれてやめるのではなく、自分で実際に直面して肌で感じとり、それでできないと思ったらやめ、できると思ったらやるべきではないか。(p112)


    一九六七年の日記のはじめに、私はつぎの四つの目標を記している。
    ー、グリーンランド行き。
    二、フランス国立登山学校への入学。
    三、アンデス(アコンカグア)の単独登山。
    四、仏・英語、読書の徹底。
    十一月にアフリカから帰ってきたばかりなのに、こんな目標を立てるとはかなり欲張っているのは百も承知の上だ。クリーンランドはアルプス、アフリカよりもっと遠いし、だいたい、地球の反対側にあるフランス登山学校と、南米のアンデスを一緒にするなどとは気ちがいざたかもしれない。しかし、少なくても資金の面では給料とチップを入れると、手取りは月額千二百フラン以上になっていた。食費にしか出費しない私の流儀でいけば、ジャガイモを食べていればなんとか見通しが立っていたのだ。コーヒー、アルコール、タバコはやらず、部屋は会社の駅だから家賃なし。ミミッチィやり方といわれたって、私には私のやり方がある。やらねばならないことがある。(p130)


    「山登りは自分の足でやるもの。自分の装備でやるものだ」(p163)


    「百里の道は九十九里をもって半分とする」
    という諺を思い出す。ここでヘマをするとすべてが水の泡となってしまう。私たちの使命は、日本を背負っているのだ。私たちの登頂は自分たちのものでない。慎重を知いてはいけない。こういいきかせてアイゼンのツァッケを氷雪にたたきこむ。(p213)


    カヒルトナ氷河のベースキャンプを出て七日目であった。ついに私はマッキンリーの頂に立った。モン・ブラン登頂以来五年目、やっと世界五大陸の最高峰に自分の足跡をしるすことができたのだ。五大陸最高峰の全峰をきわめたのは、私が世界ではじめてだ。また、エベレストを除いては全部単独でやりぬいた。「オレはやったのだ」そう思うと、念さえあればなんでもできると自倍を強めた。そして、マッキンリーの頂に立つと、夢はさらにふくらんできた。実現はさらに夢を呼び、私は登頂した感激よりも、南極大陸単独横断の夢が強く高鳴り、自分の本当の人生はこれからはじまるのだと、出発点にたった感じであった。南は氷河の末端に無数の湖が散り、その先に縁が続いていた。北は白一色の氷の世界だった。私はまず三脚にカメラをセットして、セルフタイマーで自分の写真をとった。(p235)


    こうして五大陸の最高峰を自分の足で踏み、さらにアルプスの中でも特にむずかしい冬期の北
    壁の登攀に成功したいま、私の夢は夢を呼び起こし、無限に広がる。過去のできごとに満足して、それに浸ることは現在の私にはできない。困難のすえにやりぬいたひとつ、ひとつは、確かに、ついきのうのできごとのように忘れることのできない思い出であり、私の生涯の糧である。しかし、いままでやってきたすべてを土台にして、さらに新しいことをやってみたいのだ。若い世代は二度とやってこない。(p249)

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    2025年04月22日
  • 冒険(小学館文庫)

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    めちゃくちゃハマってる。
    植村直己の半生を振り返るような内容で、人生、一刻一刻が濃いからとても読み応えがある。
    叶うなら、稀代の冒険家に会ってみたかったなぁ。それは叶わなくとも直筆の本が読めるというのは有難いことだなぁ。

    感動する心

    自然を一つ一つ味わいながら、毎日を一刻を楽しく過ごせ。氷雪原も風や気温によって日日様子が変わる。その変化を観察し、楽しむところに文化があり、人生がある。

    2025.1.28

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    2025年01月29日
  • 極北に駆ける

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    ネタバレ

    本を読み始めるまで上村直己という方の存在を知りませんでした。この小説はグリーンランド、イヌイットで過ごした日々を日記を基に物語として記述されています。当時の北極圏での生活は食文化、俗文化ともに日本とはかなり違う文化で新鮮感の塊です。またそこに住む犬も日本の飼い犬とは違い、犬橇用の動物として想像以上にキツく調教されていることも知りカルチャーショックを受けましたが生きる為には仕方がない事だと思います。素敵な本でした。

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    2020年07月23日
  • 極北に駆ける

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    とても軽く楽しめる。冒険そのものよりも、土地の文化や風習、人々の暮らしが瑞々しく描かれた部分に引き込まれてしまう。単独で冒険に行っているように見えても、冒険の場所にはいつも暖かな人々との交流があるようだ。

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    2019年02月06日
  • 極北に駆ける

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    すごい、の一言しかない。極北での生活の在り方や、植村直己の冒険に向けたまっすぐな意志、そして極北の驚異にはっとさせられることばかりだった。

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    2017年09月21日
  • 冒険(小学館文庫)

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    植村直己冒険館へ一度行ってみたい。直己が残した数々の冒険の軌跡を見たいから。
    でも館のある彼の故郷、兵庫県城崎郡日高町(合併により現在は豊岡市)へは、なかなか行く機会がない。ならば、“満腹感”には遠くても、この本を読むことにした。
    常人の限界を超えた彼の足跡は、冒険館で得られるだろう。だから私はこの本からは、冒険譚よりも彼の人生を通じた心の動きを得たいと思った。

    おそらく直己は、何百回何千回と人からこう聞かれたと思う。「なんでそんな危険なことをしようとするのか?」「こわくないのか?」―
    彼はこう書く。「なぜこうしたことを、一人でやるのか、私にはわからない…ただ無性にやりたい、それだけだ。」「理由もなく、ただこの時にやりたい、と思ったことをやる。懸命に心を打ちこむと、その中からまたやりたいものが生まれる。」そして「他人のやっていないなにかを自分で築いてみたい」につながる。

    でも私が面白いと思ったのは、冒険自体より、冒険の準備や資金集めなどで見られる“直己らしさ”だ。今でこそ私たちは「爆笑エピソード」として読めるけど、本人は真剣だから余計笑える(失礼)。

    南極大陸横断の距離感を実感するため、思いつきで稚内から鹿児島まで徒歩旅行を実行。でもあまりの小汚い格好に、警察官に不審者として連行されてしまう。
    また、極地探検の資金を得るため、一回だけ会ったことのある巨人軍の王貞治選手に後援会入会を頼んだらと人に言われ、「いきなり電話したら失礼にあたらないか」とか何日も思い悩んだ末に恐る恐る電話したら、王さんから快諾をもらえたけど、そのとき何度も電話に向かって頭を下げていたよって横から言われる。

    大胆さと繊細さ、強さと弱さ、慎重を期すことと瞬時の判断。相反する特質を自分の中で上手に併せ持ち多くの偉業に繋げたこの人に国民栄誉賞を与えたのは、正しい。
    (2011/11/5)

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    2015年11月10日
  • 青春を山に賭けて

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    ”自分の限界を求め、何かを見いだしたい。人のやったあとをやるのは意味はない。それも人のためにでなく、自分のためにやるのだ”

    5大陸最高峰登頂という、ものすごいことを、謙虚に表現している本。
    植村直己さんは謙虚な人だったのだろう。本からもそれが感じられる。でも、本も終盤に入るとさすがに著者の凄まじい意志が感じられた。

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    2013年02月18日
  • エベレストを越えて

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    自分には厳しく人には寛大。
    ひとつの旅が終わると、さらに次の行動にわが身を追い込んでいく。
    『山で死んではならない」を鉄則しにていた植村さんが
    マッキンリーで帰らぬ人になったことは、とても残念だ。

    エベレスト登頂への憧れ、情熱。
    南極への夢と挑戦。

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    2013年02月02日
  • 青春を山に賭けて

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    世界初の五大陸最高峰登頂をした植村直己の青春回想記。冒険家のバイブル的一冊。
    何度読んでも、その逞しい行動力と冒険心、熱い情熱に胸をうたれる。特に南米アコンカグアに向かう船上での日記は最高です。

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    2012年02月26日
  • エベレストを越えて

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    ネタバレ

    冒険家 植村氏のエベレスト登頂記録とその後の挑戦。
    エベレストでの山岳民族シェルパとの生活や 多数の隊員の死など事細かに書かれている。

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    2014年03月08日
  • 青春を山に賭けて

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    植村さんの生き様みたいなのにとっても感動

    雪は食べ過ぎると舌を荒らす

    どんな小さな登山でも、自分一人で計画&準備&行動することが、
    本当の意味で満足できる登山なのだ

    コジキも恥ずかしがっていてはできない

    濡れた靴=凍傷

    自分の限界を求め、何かを見いだしたい
    人のためではなく自分のために

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    2011年03月06日
  • 青春を山に賭けて

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    なんだかすごい本に出逢ってしまった。
    すごい人と言うべきかもしれないが。

    冒険心をくすぐられる一冊。

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    2011年02月20日
  • 青春を山に賭けて

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    ネタバレ

    植村さんが書いた本は全部読みましたが、やっぱりこの本が最高傑作!
    この初期のスポンサーの付いていない冒険が、本当に楽しそうで夢に満ち溢れている。
    今もこの本を読んだたくさんの人が登山家や冒険家を目指していて、実は自分も登山を始めるきっかけになった本です。

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    2011年01月16日
  • 青春を山に賭けて

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    登山が趣味と言ってる割には、こんなに偉大な人を知らなかった。。

    こういう人のことを本当の”冒険家”というんやろうね。
    僕のバイブルの1冊になりました。

    読んでるうちに、久しぶりに山に行きたくなってきた。
    春になったら、テントをかついで山に行こ。

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    2010年10月03日
  • 青春を山に賭けて

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    何度も読みたくなる植村直己の名著。

    彼の青春が脳裏に鮮やかに浮かぶ。

    型破りだけど憧れの青春の生きざまとはこのこと。

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    2010年03月25日
  • エベレストを越えて

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    日本人初のエベレスト登頂。

    登頂までのドキュメント
    登頂をめぐる人間同士のドラマ

    厳しい環境の中でも植村氏の優しさを随所に垣間見ることができた。

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    2010年03月25日
  • 青春を山に賭けて

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    植村直己を知るのであれば、まず最初に読むべきなのがこの一冊。
    なにか行動を起こしたくなる気持ちになる本です

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    2010年03月20日
  • 青春を山に賭けて

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    この本、何度読んだだろう。何度読み返しても楽しい本だ。
    野口はのこ本を読んで山を始めたが、自分は山を始めてこの本を読んだ。植村にあこがれて年間100日の山行を目指したこともあった。
    登山は続けているが、彼には近づけていない。誕生日が同じことに運命を感じているが、偉大すぎます。

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    2010年01月14日
  • 青春を山に賭けて

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    20/10/5 85
    男は、一度は体をはって冒険をやるべき。

    人の意見も当然重視しなければならないが、その意見にしたがってばかりいては何もできない。人に言われて止めるのではなく、自分で実際に直面して肌で感じ取り、それでできないと思ったらやめ、できると思ったらやるべきではないか。

    どんな仕事であれ、自分に定職を持つことこそ、真の人間として生きる価値があるように思われる。自分のやっている、何かわからない放浪の生活と登山は、自分の職業ではない。俺の山行は主義があって登っているのではなく、心の勇んだときに登るだけだと思われる。

    この状態では、明日はどうなるか分からない身だ。それでもみんなは元気で、悲愴感というものは見られなかった。自分に敗け、悲愴感をもつようなことは、クライマーには絶対に許されないことなのだ。どんな困難も、冷静に切り抜けられる自信がなくてはならないのだ。

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    2011年07月01日