紀田順一郎のレビュー一覧
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さすがに紀田順一郎さん
『日本の下層社会』(横山源之助)、『最暗黒の東京』(松原岩五郎)は何度も書棚から手にとっては戻し、戻しては手に取り、を繰り返していたのですが、ようやくそれらの一端に手を触れられた気がします。
今からほんの百数十年前の文字を持たなかった(持つことが困難であった)人々の「暮らしぶり」にはずっと興味関心を持っていので貪るように読み進めてしまいました。
ややもすれば「明治維新」とかなんとか、といった日の当たるところばかりが喧伝されてしまう世の風潮の中で、こういう「負」の側面にちゃんと光をあてて、歴史的史実を確認していくことは本当に大事だと思ってしまう。
権威者(権力者)にとって都合の良いところばかりを言い連ねて、書き連ねて、一方向の歴史(の一部)だけを知らしめようとする「仕組み」は昔も今も一緒だなぁと改めて思ってしまう。
それにしても、
松原岩五郎さんを始めとする当時の優れたジャーナリスト、ルポライターたちの熱意と想像を絶する困難さを乗り越えた、その仕事の成果に心から敬意を表します。
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Posted by ブクログ
貧困にあえいでいるのは、努力しなかったからだ――
そんな言いように腹が立ってしかたがなかったのに、それにどう反論すればよいのか、わからなかった。
また、私自身も心のどこかで、もう少し一生懸命働けば苦労しなかったんじゃないの、と思っていた節があったのだとおもう。
そもそも、貧困とは何なのか。なぜその暗い穴に陥ってしまうのか。
本書を読んで、ようやくその答えが見えてきた。
まずもって貧困とは当人の如何なる性質に寄るものではなく、ひとえに外因性、それは景気とよばれたり、資本主義だったり、病気だったり、ほんの小さな不幸の積み重ねだったり、また、無知によるものだったりする。
誰だって貧乏暮らしはいやだ。人としての尊厳もなく、残飯を拾って日銭を得て、垢まみれの着物一枚で年中過ごし、やれ虱だ流行病だと身体が休まる暇もなければ場所もない。
真実はさらに悲劇で、人を人と思わぬ鬼畜が何も知らない女工たちを、娼妓たちを現在では考えられないほどの凄惨さでもって痛めつける。死に追いやる。
それがほんの百年のあいだに日本で起こっていたこと。
長らくのあいだ、「彼・彼女らのせい」として放置されてきたこと。
なぜ彼の人々が下層社会で喘いでいるのか、”想像力”に欠け、”人間性”が欠如しているあいだは到底わからない。
いま、新富裕層という言葉が生まれている。そう呼ばれる人々のなかには、汗水垂らして働くでもなく、バーチャルな数字でもって富を手にして、貧困に陥った人々をあざ笑っている人もいる。
でも、少し想像してみれば、いまの社会構造ではほんの僅かな食い違いで、誰しもが一挙に転落してしまうようになっている。
社会の仕組みの犠牲になっている人がいて、そのうえで自分のいまの生活が存在していることを、もっと疑問に思わなければいけない。
いつ如何なる時も、”人間性”を失ってはならない。
そう考えさせられた一冊だった。 -
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良い本。こういう本が読みたくて探している時に出会えたのでまた感動もひとしおです。
「中学受験 進学レーダー」という雑誌に「このほんがおもしろいよ」という題で連載していたものを纏めた一冊なのですが、まず第一にすごく子供(特に対象であるところの小学生)に向けて書いてあるんだよねえ。でもちっとも子供騙しじゃなくて、子供だからと言って容赦もなくて、ありふれた言い方だけど大人が見ても読みたい!と強く思わせてくれる紹介の仕方なんです。
それもその筈、ここに紹介されている本はどれも著者が少年時代に読んで面白かったものだそうで、紹介がまた絶妙。正直あらすじの纏め方とか文章能力はフツーなんだけど、紹介する本によって作者の紹介から入ったり、あらすじから入ったり、オチまで言わないでフェードアウトしたり、逆にオチから先にあっさり紹介しちゃったり、そのひとつひとつが本に対して的確ですごく愛に溢れているんです。
大人だったら誰しもある、子供のころに読んだ思い出の一冊。それを見つけるための子供たちへの宝の地図みたいな本です。私もこれを読んで、また本が読みたくなりました。 -
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明治から戦前の昭和初期まで、スラム街などで暮らさざる得なかった人々の実態を伝える良書。つい「最近」まで、日本はこんな状態にあったのか、と驚き、また哀しく・せつなくなります。
この本、スラム街に住んだ人々や、公娼・私娼や女工となった女性らの暮らした世界を膨大な資料から描いています。描かれる暮らしぶりは、あまりにも悲惨で人々が、その環境下で生きていられたというのが信じられないほどです。
知らない日本がこの本の中にはあります。
ただ、この本にあることは単なる「昔話」ではないと思います。この貧富の差が激しかった時代は、「格差社会」などと言われる現代と共鳴しています。
読むことで「今」を知ることにもなるかと思います。 -
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蔵書家というだけでは足りない、書物が人生そのものだった著者だからこその蔵書論である。冒頭、全蔵書に別れを告げる朝のエピソードから始まり、「この階段を降りるのも今日が最後」と思いながら神保町の地下鉄駅の階段を降りていくところで幕を閉じる‥ここで語られる蔵書とは物体としての書物の集積でありながら、一人の蔵書家の総体として命を持った有機体であり、だからこそ主の命が尽きた時、蔵書の生命を維持することがとても難しいのだ。
荒俣宏との対談でも憧れをもって語られる海外の事情にしてみても、結局はここではないどこかに蔵書家の夢を託したないものねだりにも思える。コンピュータに脳を丸ごと移植して永遠の命を得ようというSFじみた話があるが、著者もまた蔵書という外部に永遠を託したかったのではないか。 -
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ネタバレ明治維新は我が国において「革命的」なできごととしてしばしば喧伝される。大局的には欧米列強に比肩する歴史的転換点であろう。この歴史的事実が放つ光が大きければ大きいほど、まばゆい光に隠されて見えなくなることも多いのではないだろうか。
『東京の下層社会』はタイトル通り、革命的なできごとが放つ光に隠されて、あまり語る者の多くない場所を手燭の光を灯すようにしてかき集めた当時の社会ルポである。この分野の記録はそう多くないだけに、記録的価値は高い。著者は先人の手になる記録を参照しながら検証を進めているが、その記録が貧民窟(スラム)に暮らす人々に紛れ、実体験をもとに描かれたものだけに今読んでも臨場感はいや増すのである。歴史は一般に勝者、権力者の視点で書かれ、いわば勝ち組にスポットが当てられる。そうした人たちは実際にはごく一握りの人々であり、しかし、歴史はその陰に数多存在する市井の人々が積み重ねてきたものであろう。
日陰に隠れ、闇に紛れ、ともすればそのまま葬り去られる運命にもある世界を描き出した価値は高い。貧民窟の剣呑な人びとのなかにわが身を投じて、そこで暮らした体験によって記録を残すという仕事がどれほど大変で生半可な者にはできないことであるかは、本書を読めばたちどころにわかる。権力者が、社会の底辺にうごめいているこれらの「貧民」を一顧だにしないのは、明治の世も令和の世もあまり変わり映えがしないが、一時の景気がしぼんで以降、日本も再び貧困層が増えたとしばしば聞こえてくるようになった。一方でその状況が改善したという話は全く聞こえない。すなわち明治の世の無策っぷりが、今もまた繰り返されていることの証左ではなかろうか。
後半で描かれるのは当時の女工や娼婦であり、当時の女性が生きていくことがどれほど大変なことであったかが偲ばれる。さすがに当時と比較すれば、現代は男女格差は大幅に縮小されたであろうが、それは縮小であり「平等」を意味しない。「女性活躍」をスローガンのように叫び、結果として女性閣僚などといいながら都合よく使い捨てていた者がつい先ごろまで権力者だったことを思えば、男女平等というユートピアは夢の彼方に霞んでしまう。「女性活躍」も今はたちの悪いプロパガンダにしか聞こえない。
このような今を生きる我々にとって、本書は権力者によって貧民層に蹴落とされたときの生きるバイブルとなるだろう。権力者を目指す一部の者はともかく、権力者になどなり得ない大多数の人たちにとって、『東京の下層社会』はまさに生きた教科書であり、サバイバル・マニュアルである。 -
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明治~昭和の大戦中までの、東京周辺の貧困層の生活と、娼婦や女工の経済的および社会的な立場というものを、過去の文献から解説する論文。
東京墨田区あたりの長屋もしくは木賃宿に住む労働者は、風呂にも入れない劣悪な生活をしていたことを、新聞社の記者が変装してレポートする。また、私娼や紡績工場の経営者はヤクザまがいの立ち回りをして、女性たちを逃げられない様がんじがらめにした挙句、ボロ雑巾のように利益を吸い上げていく。
新潮45という、悪趣味な雑誌に載せていたレポート記事だけあり、残飯をすするような嫌悪感を抱かざるをえない表現がたくさん出てくる。しかし、単なる一次的なインタビューや、過去の論文の丸写しだけでないのは、なかなか読み応えがある。
特に、後半の描き下ろしと思われる子売り子殺し、娼婦、女工の項については、引用が多すぎるきらいがあったが、一読の価値がある。
ネットが発達し、法律も整備された現在ではそんなことはなかろうと思いたい反面、いまだに風俗と名を変えた商売が成り立っているわけで、裏社会ではこういうものが残っているのではないかということは、想像に難くない。
一方で、近年NHKなどで繰返しドラマ化などされる、戦前の下町の、のどかで人情味と生活感のある明るい生活の嘘くささを感じざるを得ない。