石川淳のレビュー一覧
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アンドレ・ジッドの自伝的要素を持つ物語(レシ)。
謹厳で学問に誠実に打ち込んでいた古典学者が、結婚後に大病を患いそして復活を遂げるとすっかりと道徳的・性的に「背徳者」になっていたという話です。
言ってみれば身もフタもないか・・・。(笑)
新婚旅行中の本人の病気や妻の病気療養で辿るヨーロッパや北アフリカの国々の描写は、いい加減に安静にしてないとだめだろ!という突っ込みの反面、様々な旅愁が醸し出されていてとても良かったです。
また、中盤では実は本人が大農園の領主だったということで、お屋敷や農村や森林の風景が随所に散りばめられていて、これもある意味、牧歌的な雰囲気があって良かったですね。
この物語では行く先々での自然とのかかわりを背景とするような描写が続いていて、それが「背徳」化した主人公と対比的・象徴的に描写されていたように思います。
大自然が本当の自分を開花させるみたいな。
本人が病気療養中に浴びていた月夜の光が、打って変わって燦然と輝く太陽や大自然の中で次第に健康が増幅され、さらに自らのこれまでの道徳的な生き方からの脱皮でもあったのは大いなる皮肉でした。
実際にこの物語では期待するほど(!)エロチックな場面は出てこなかったのですが、終始、同性愛や少年愛を暗示するかのような内容となっていて、行く先々で少年を愛でる行動はこれはもはや倒錯的な世界であると言っても良いでしょうね。
かつて愛でていた少年がしばらく見ぬ間に、多少大人めいてくると途端に手のひら返しで冷たくなるのはどれだけ少年好きなんやねん!(笑)
しかも一方では泥臭い男くささにも憧れをいだいているようでもあり、わたし的には少し悪寒が走りましたよ・・・。
そして、一番に「背徳」なのは、病気療養中の妻をいたわりながらもそれがもう片方では少年たちと遊び戯れる行為であり、そもそも妻の療養にかつて自分の療養で妻が介抱してくれた国々を辿り直し少年たちと再会するのを楽しみにするというのは偽善以外の何ものでもないですよね。
妻の死の苦しみに際して、そっと抜け出しかつて自分がときめいた少年とその愛人とで3Pを暗示するような描写はまさにこの小説の真骨頂でした。
アンドレ・ジッドの作品はローマ教皇庁から発禁処分になったとのことですが、現在からみるとそれほど大した描写ではないと思えますが、その底流にある反社会的な風俗が危険視されたのは頷けることです。
タブーに縛られることが多かった時代の中で、ジッドが吐露した「背徳」な流れは押しとどめようもなく、現在ではありがちな光景となってしまったのはジッドの先見性?のあらわれなんでしょうか。
いまの世の中を果たしてジッドならどう見て感じ、次はどちらの方向に向かうのかは興味はありますね・・・。少しね。 -
ネタバレ
難しいけれど妙にスラスラ読める
饒舌で尚且つ韜晦な文章だが、時折急に飛び出す詩的で堅い文章は視覚的にもはっとさせられ、リズムがいいから聴覚的にもはっとさせられる。また、落語を聞いてるような感覚にもさせられる。内容は、どうしようもない色々な男女が登場する風俗小説であるが、これがまた皆どうしようもない。語りは「わたし」という一人称だが、登場人物の動きが中心に語られる。「わたし」は仲間たちのだめっぷりを嘆くが、自分もまただめだめであることを自覚している。書こうとしているピザンの伝記もいっこうに進む気配がない。そして恋情を抱いていたユカリに絶望し、警察から逃げることにもなり、最後には普賢菩薩にすがりつく。そして急に訪れるオチ……
高踏な風俗小説であり、得意な文体ゆえに読むのは疲れるが、一読する価値は大いにある。 -
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高校時代に「狭き門」を読んで激しく感動した。今でも読書体験としては最高のものの1つだ。そのあと「田園交響楽」を読んだが面白くなかったのでジッドはこれだけしか読んでなかった。それを30年たった今、ふとこれを読んだ。良いと思った。高校時代に「田園…」のかわりにこれを読んでいたら僕の何かが違っていたかもしれない、と思った。話自体はわりと淡々としているかもしれないが、趣味というか波長が特別に僕に合っているような気がした。風景描写のきれいさ。最初は愛なく結婚した妻だったが、その美しさにひかれるようになる。ロマンチックな時間。小説としてのバランスも良いと思った。
主人公が崩落していくさまは、特に外的な必然性はないが、僕にはしっくりくるものがあった。彼はカトリックの国フランスにあって、プロテスタントの信仰を持っている。そして20世紀初頭という難しい時代や価値観の変わり目にあって、新しい自分の可能性を感じ、果敢に新しい生に飛び出してゆくが、結果は人生のバランスを崩してしまうことになった。僕が思うに、新しい時代に入っていく時には、悲しみという要素が大事な位置を占めることが多いように思われてならない。日本でも、アジアの新興国でも、急激に経済発展する時に、悲しい歌が流行っていなかっただろうか。それと同様で、ジイドも新しい波に呑まれて行く時代を叙情的にとらえようとする試みがこの小説だったのかな、と。
読後感は、そんなに心が動かされる種類の小説ではなく、ジッドの薫るようなセンスが楽しめるような小説。 -
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ネタバレ紫苑物語
P12
7歳の時 年の初めに作った歌を父が見て あからさまに 褒めあげた。確かに 手 筋が良い。すでに 一かどの歌 読みの歌である。
しかし 父は主室を取って ただ1ところ言葉をあらためた。
「これで非の打ち所はない。」
その塩 入れられたところは宗頼もまた 迷ったところであった。そこに 二色の言い回しが考えられて、どちらにすべきかと思案の末に勝ったと思われたものを取り劣ったと思われたものを捨てた。しかるに 父が 改めて 書き記した言葉は先に宗頼自ら捨てた言葉そのままに他ならなかった。己が踊ったと見たものを 長者である 父はまさったと見ている。歌の道に於いて父は己より劣っているのだろうかしかし 支出の後紛れなく改められたところを見直すとどうやらこの 捨てた 言葉の方こそ 混ざっているようにも思われてくる。父はやっぱり己 よりも混ざっているのだろうか。いや 今更何を迷うか。そもそも 勝ればこそ取りを取ればこそ 捨てたものである。朱筆の後は詠草の汚れであった。重ねて筆を入れて これを元のごとく に改めなくてはならない。
P20
ただ その不思議の謎が解けたと思ったのはようやく 今である。宗頼は途端に悟った。謎は歌にあった。思えば都から遠く 荒々しい 天地の中に突き放されてきて、走る獣飛ぶ鳥を折って駆け巡りながら、この1年の間 一体何を追い何を求めていたのか。あなたに見つけた 自然の豊穣と荒涼との境に身を置いて手の中の弓は実は忘れられたに等しく、この時おのずから発したものは矢ではなくて 歌、ただし すでに 禁じられた 長歌短歌の類とは違うもの、まだいかなる 方式も定型も知らないような歌が体内に 湧き 広がり音にたたむ 声となって宙に溢れその聞き取りがたい声はのに山に水に空に舞い狂った。狩に憑かれたということはすなわち 歌によったということに他ならなかった。忘れられた 弓 から 心なき矢が飛んで獲物 もろとも 歌声の漂う 彼方に消え去ったとしても不思議とは言えまい。
・???
P22
「お主の体内には 二色の血が流れていると見えた。」
「二色の血とは。」
「はて 歌の血と弓矢の血じゃ。生ぬる歌の血が濃い限りは 弓矢のことは 悟るに至るまい。己の手がしたことに 目が開かないというのも 道理か。因果な あきめくらよ。」
P34
高きに立って 彼方の血を見下ろした時 宗頼は足の痛みを忘れて思わず感嘆の声をはなった。
荒地どころではなかった。燃える落日のもとに 地は 広々と暢びて水 記憶モリアーク 田畑は実り 秋の景色豊かに花あり果実 ありここに馬を買いそこに牛を放ち 木がくれに見える 藁屋の屋づくりこそ鄙びていたが、ゆうげの煙 暖かく 立ち上り鶏犬の声も間近に聞こえるかと思われた。およそ 亮太にこれほど美しい豊穣の地は他になかった。
P59
「この世に笑うのは 今を限りと思え。」
宗頼の放った矢が2本 いや 3本 一体一すじまっすぐに繋がって宙に光った。弓麻呂はその2本の矢を両手につかんだが 第3の矢 ありと知って片足で跳ね上がり目にも止まらぬ速さの稲妻の形に飛び違えた。しかしやもまた獲物の後を追って 同じく 稲妻の形にあやまたず飛んでその背を貫いた。
「小せがれめ。」
そう叫んだ時には弓麻呂の体は うつ伏せに 地に倒れていた。
「けものめ。」
宗頼は叫び返して獲物に 踊り かかり背を蹴った。
いくたびも蹴り しらがの髪が土に黒くま みれるまでに踏みつけ 押し付けた。
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☆3.5 復古派、石川淳
王道の幻想譚であらう。
後半にかけておもしろく読めたが、もっぱら筋のなりゆきゆゑ。雲の上のたゆたふ筆致は、読み手に依れば川のやうによどみ、ともすればしづんでしまふ。使ひ慣れぬ漢語和語の連打の蕩揺としたとりえが読み初めはこころ苦しくあり、のびた麺のやうに好むところがすくないこともある。竹を割った切れを味はひたいと願った。世の中を文章で美化しても、卑下しても、本質は変らない。自分には実直な方がいい。
構造としては、上田秋成「雨月物語」の影を落す。日本霊異記、宇治拾遺物語の滑稽感はなく、むしろ徳川期に多いやうな人間のくろぐろしい浅ましさをゑぐった王道の寓話伝奇が形を変へ、内容もそぞろに、現代の作家でいへばイタロ・カルヴィーノ、の方向性か。藤枝静男の奇想とちがって、すでにある物語の型になぞらへて、おもてに出した。
瑕瑾はあり、歌詠みが主人公なら実際に和歌を出せばよいが、出さない。天才的な歌詠みであることに説得力がない。ひとに、和歌の素養はなかったのかと勘繰ってしまふ。古典的長文ではあっても、日本古典と異なる趣きは和歌があひだに挟まらず、あくまでもよそほった文体だからだと思ふ。それに、平太、妖狐と出逢ふまでの前半はいかにも説明的でつまらない。歌詠みである必要も筋の意匠としてない。歌詠みが狩にのめり暴虐のかぎりを侵して、死ぬ。谷から聞えてくる歌も辻褄合せにとってつけたやうである。
夏目漱石の漢文素養とは違ふ。漱石時代の教養がまぢかであった前時代の遺物なのは仕方ないとしても、かれはあくまで町人然とした粋人にこだはったふうである。
粋人は弟子の丸谷才一まで受け継がれ、それは文章読本の例文の趣味や、忠臣蔵の評論、花柳小説であきらかだ。斎藤美奈子の、例文に祝詞まで持ちだす、といった批判はただしい。王朝復古と評したのはまさに適当な表現だらう。 -
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フランス文学者・文芸評論家の菅野昭正セレクトによる
戦中戦後から高度経済成長期にかけての石川淳短編選集。
戦争に対する遠回しな皮肉や、
独特の恋愛観・女性観を反映した物語など、全15編。
中井英夫や澁澤龍彦が好んだと言われるだけあって、
幻想的・伝奇的な内容も出てくるが、
早い時期の作品にはナンパ師(笑)の登場が多く、
若かりし日の作者の分身かと苦笑い。
以下、特に印象的なタイトルについて。
「マルスの歌」(1938年)
書きあぐねる作家の耳に飛び込む、戦争を賛美する歌。
同調圧力にうんざりする彼のところへ従妹がもたらした
不吉な報せ、そして……。
暴力そのものへの直接的な批判ではなく、
それに呑み込まれて常軌を逸した一般人への痛烈な皮肉。
妻(語り手の従妹)の不慮の死の直後に
召集令状を受け取り、基地へ向かう前に
一頻り羽目を外そうという青年の空元気が痛々しい。
「喜寿童女」(1960年)
古書の競売で「わたし」が手に入れた
和綴じの手稿本は『妖女伝』とあり、
江戸時代の芸妓が喜寿の祝宴の後、
消息を絶ったという逸話がしたためられていた。
「花」と呼ばれた老女は、ある特異な目的のため、
さる場所に身柄を預かられたという……。
これはエロい(爆)――とはいえ、
語り手が奇怪なエピソードを読むというスタイルにつき、
描写は間接的にして簡潔なので、
薄絹一枚、二枚越しの淫猥さといったところ。
それにしても、どうして日本の多くの男は
幼女にエロティシズムを求めがちなのか……。
「ゆう女始末」(1963年)
1891(明治24)年の大津事件を題材にした短編。
周囲から無感動で風変わりな女と見られる
二十代バツイチの「ゆう」は、
ロシアのニコライ皇太子(後のニコライ二世)訪日の
新聞記事を読み、
その写真を見て一目惚れしてしまい、異様な行動に出る。
胸の内に秘めた自身の哲学や熱情を言語化できず、
他者に理解されない女性の心に
ふとしたことで火が点き、
当人を焼き尽くしてしまった……といったところ。 -
Posted by ブクログ
編纂1300年ということでブームに乗ってみた。最初は、というか上巻はとても面白い。神たちが何をしてもそこから神やら国やらが生まれるし、神が死んでもそこからまた神が生まれる。(ニーチェはいまおいておこう)
ダースベイダーっぽく、母親を求めてダークサイドにおちるスサノオの話とか、日本各地の地名の由来とか、有名なヤマトタケルの死ぬときの歌と、脚が三重の曲がり餅みたいになっちゃった!っていうので地名が三重になったとか。
中巻からは神が下界におりたって「天皇」のはなしになってしまって退屈。
国内旅行する人なら読んどくと言い伝えとかわかって面白くなるかな。 -
Posted by ブクログ
芥川賞第4回受賞作(1936下期)
これぞ純文学といった様相で、長いし読みづらいし、構成がわかるわけもなく、「普賢」が一体なんなのかもわからず仕舞、もう少し私の文章を読む力(噛み砕く力)をつけて読み直したいと思います。
しかし、所々の表現がぶわっと吹き付けてくるものがあって、特に出だし「盤上に散った水滴が変り玉のようにきらきらするのを手に取り上げて見ればつい消えうせてしまうごとく、かりに物語にでも書くとして垂井茂市を見直す段になるとこれはもう異様の人物にあらず、どうしてこんなものにこころ惹かれたのかとだまされたような気がするのは、.....」。それから「おりから日にきらめく並木を吹き渡る薫風」という表現は、私の好きなあの5月の透ける若葉、爽やかに吹き付ける風を一瞬の内にイメージさせ、小説自体のテーマがわからないなりにもその表現だけで読んでいる者をガーッと引きずり回し早いステップを踏ませくたくたにしてしまう、そんな感じでした。テーマは「浮世」、ぐだぐだと何名かの人物を中心に書いていて、きっとそう。フランス詩の様。
選考委員からは、身持ちの固さやわかりにくさが賛否両論あったので、他の作品も読んでみたい。