鳥山まことのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
これは傑作と言ってもいいのでは。
純文学の「よき形」(という表現が正しいのかどうかわからないが)だなと思いながら読んだ。
つまりは、独りよがりや自意識過剰の「厨二病」的な要素が無くて、気韻がある作品だなと。(難しい言葉使ってみた)しかも、偉そうぶってないところがまた!
怒りのような負のエネルギーに由来している純文学が多い中、稀有な佇まいの作品。
負のエネルギーに満ちた小説も、これいいなと思うものはもちろんたくさんあるのだけれど、食傷する時もあるし、まあ、そういうところからそろそろ離れようよ、と思うこともある。(いや、やっぱり大事と思うことももちろんある)
とにかく、この小説はそういうところか -
Posted by ブクログ
取り壊し寸前の家を物語の中心に据え、かつて住んだ人たちの生活というフィルターを通すことで、一方通行の小説という枠組みの中でも、時間が重層的に感じられてよかった。ところどころに作者の時間や記憶に対する哲学が挟まれ、共感するところがあったこと。ある登場人物たちにとって阪神大震災がキーになっていることが、宝塚出身の作者のバックボーンを重ね合わせられ、同様に阪神間出身の私の物語にもリンクしたことが近年の芥川賞作品とは異なる点だった。私にとってはとてもよい作品だった。
4.5という感じだけど、四捨五入しちゃう!
ちょっとしつこいくらいの冒頭の家の描写は三島へと通ずるのか?と思いながら、頭の中で光景を組 -
Posted by ブクログ
ネタバレ住まい手がなく取り壊しを待つ家。
その家もかつては住まい手があった。
薮さん、圭さん、緑の歴代3人の住まい手たちの日常を見てきた家。それぞれの思いが詰まった家。
薮さんは「意匠」を大事にし、自分の心に向き合うつもりで、細部にまで思い入れを持ち、この家を建てた。薮さん亡き後も、薮さんと懇意だった不動産屋が住まい手を選ぶほど、思い入れの強い家だった。
緑は夫と距離を感じている専業主婦。この家で塾を開き、第二の人生を始める。圭さんは、夫とすれ違いを感じながらも、別れないための理由を探していたがいつしかしこりもなくなり、夫の転勤のため引っ越すことになる。
最期は住まい手がなくなり、取り壊しになる家。 -
Posted by ブクログ
P31
人生の全体像を真面目に想像したことなどなかったが 1/3以上の時間を表示した時点でこんなに 無彩色で だらりとしたものになるとは思っていなかった。結婚でもしていれば子供でもできていれば違った色の時間を過ごしていたのだろうか。 一昔前なら誰かに急かされて誰かと結婚して家族を持ったりしていたのだろうか。 恋人を作らなくても子供を作らなくてもある程度 理解ある人に囲まれてしまった 今の自分は誰に咎められるでもなく 肯定をされるでもないが否定もされずに多様性社会に散らばっている 余白の穴にすっぽりとはまってしまったようだった。 はまってしまったことも否定されずにはしごのない 余白の穴の中で自分 -
Posted by ブクログ
本を読んでいる最中の感覚としてこの上ないものをもたらしてくれる小説だった
冒頭一文目から情景に惹き付けられ、その後は文体や、回想から現実(?)への滑らかな繋ぎなどに堪らない心地良さを覚えながら読むことができた
記憶は不確かではあれど、不正確なものではない
取り壊しが目前に迫っている家を見て、青年は家を描き残しておこうと思い立つ
籐の巻かれた柱や白い漆喰の壁を写していくうちに、家に残る熱や湿気から「思い出される」過去の住人の記憶
震災で亡くした友人、塾の教え子、離婚した両親に思いを馳せた先には何があるのか
「家っていうのは時の幹やから」
非常に感動した
目が覚めるようなオチの強さを期待するの -
Posted by ブクログ
ネタバレ一軒の家の息吹を繊細な表現で描いた作品。主人公はおそらくこの「家」そのものなのかなと思った。
青年がスケッチブックに家の内部を描き始めると、それにまつわる家の記憶が語られる。設計者の藪さん、夫の海外赴任先から単独で帰国した緑、どことなくよそよそしい圭と脩の夫婦。それぞれが異なる時期にこの家に住んでいた頃のエピソードが、行間を空けるなどの区切りを挟むことなく綴られる。これは彼らの物語というより、この家そのものの物語として語られている事の表現なのかなと感じた。
ラストシーンは、胸をえぐられるほど辛い。読者である私も、この家とともに過ごした時間を失うのが悲しくて仕方ないからだ。それでも、青年がス -
Posted by ブクログ
もうすぐ取り壊しになる一軒家を通して
この家を建てた一代目の住人、薮さん、
かつて薮さんにスケッチを教わった青年、
二代目の住人である塾の先生、緑、
三代目の住人の圭と修の記憶が代わるがわる語られます。
例えば壁の凹凸や籐を巻いた柱や取っ手から
それらにまつわる出来事やその時の住人の気持ちが、そのシーンが蘇ります。
二代目の話だったかと思うと急に初代の話だったり、現代の青年の話からまたその記憶へと
読者も自然に自由に時代を行き来できるのです。
家にとって時間軸など大したことではないんですね。
二代目の緑が震災で亡くなった友人のことを
しばらく会っていないだけのような気がして
亡くなったこと -
Posted by ブクログ
ここ最近の芥川賞作品の中でも割と好きだった。家が主人公で時をテーマにした作品は長嶋有さんの「三の隣は五号室」を読んでたから新鮮味は少なかった。
人の記憶というものの儚さ。ある出来事が時間を経ることでその人個人の頭の中でのその事実が変わってくる。
最近は自分も辛いことがあったとしても時間が解決してくれることを頼みに仕事をしていることもある。会社で失敗して怒られても「お互いこのことを忘れるだろうなぁ」という安心感を頼りに。
歳を重ねるにつれて昔の記憶は本当に朧げになって、何が真実だったかも曖昧になる。
だからこそ「今このとき」は何をすることが大切なんだろうか。金を使って何か経験を得たり何かを -
Posted by ブクログ
まさかの家が語り手。空き家となって久しく、荒れてしまった家だが、そこに青年がやってくる。
初代の住人で家の設計者・藪さんのことを知っている青年は、家の中に入り、細部をスケッチしていく。
青年の目は、家の柱に巻き付く籐のわずかな違いや、壁の小さな凹みなど、細かいところを見つめる。そこに、以前住んでいた人たちの生活の跡を見る。青年はその傷や凹みがなぜできたのかを知らないが、家は知っている。以前の出来事が、青年が見つめることで蘇るような描写に引き込まれた。
家に住んでいた三代の住人たちのことや、阪神淡路大震災、コロナ禍など、家が長く建っているからこそ知っていることがあり、震災で亡くなった人や病で -
Posted by ブクログ
改行が、あって2回程度のページが延々と続く、現代の読み物ではあまり見かけない余白の少なさに面食らう。こんなにも美しい景色を、このぎちぎち文字配置でみせるなんて勿体無いと感じる。
視覚的描写のきめ細やかさに対し、人物は簡素で温度を感じられないほど。その熱量の違い、ちぐはぐ感は、第一印象として興味深かった。
薮さん、緑、圭さん、青年。彼らを見つめ「こちら」と言うおぬしはだれだ感と、文字びっしりの中で時間軸がころころ変わる流れに、序盤はだいぶ困惑した。圭さんと脩さんが登場したあたりからだんだんと読みやすくなるものの、どこから目線なのか、なぜこんなにも淡々としているのか、それに気づくのはまだ先。情報