【感想・ネタバレ】時の家のレビュー

あらすじ

第174回芥川賞&第47回野間文芸新人賞受賞作!

ここで暮らしていた人々の存在の証を、ただ、描きとめておきたい。
三田文學新人賞でデビューした注目の小説家が、傑出した完成度で紡いだあたらしい建築文学。

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いしいしんじ氏&松永K三蔵氏、推薦!

「大切に建てられた一軒の家に、ひとの気配がやどる。流れる時のすきまから、あまたの声がもれだしてくる。いつかまた、この本のなかに帰ってこようと思った。」
――いしいしんじ

「紐解かれていく「時の家」の記憶は、語られなかった想いに繋がる。物質(モノ)がこれほど繊細に語り得る小説を私は知らない。」
――松永K三蔵
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青年は描く。その家の床を、柱を、天井を、タイルを、壁を、そこに刻まれた記憶を。
目を凝らせば無数の細部が浮かび、手をかざせば塗り重ねられた厚みが胸を突く。
幾層にも重なる存在の名残りを愛おしむように編み上げた、新鋭による飛躍作。

【装幀】水戸部 功

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Posted by ブクログ

朽ちていく物への記憶を愛情 を静かに語り描く。新築から解体までの一軒の家を巡る住人たちの暮らしや思いをひとつひとつ家に刻まれた記憶を描いていく青年。建築物に命を吹き込み愛を綴る静謐で美しい文学、過ぎ去った日々の気配にそっと揺蕩う贅沢な読書の時間でした。

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2026年03月14日

Posted by ブクログ

丁寧に読んで良かったと思えるフィクションでした。できれば挿絵が欲しかったくらい。取っ手の形や、タイルの絵とか、建築の専門用語も知らないので。芥川賞受賞作として手に取っては見たけれど、きっかけとしてだけでいつかはこの小説に行き着いていた気がする。その家に住んだ家族の物語、決して交わらないけれど「家」を軸としての、そして震災も絡めての月日の流れに実際心惹かれる。
解体される時の鋭さまで共感でき、スケッチブックを手にして傍観しかできなかった青年の痛い気持ちも。
出版不況とやらで以前ほど報道は熱く感じられないこの頃だけど、こういったいい本はもっとたくさんの人に読んでいただきたいものだ。

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2026年03月14日

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家の歴史を、キズを、ちょっとしたへこみを、スケッチしていく青年。

青年は幼少期、この家で薮さんとスケッチをした。
薮さんは棟上げ式の時に谷川俊太郎の詩を読んだ。大黒柱に籐を巻きあげ、左官には厳しかった。

二代目の緑さんは、夫の東南アジアへの転勤について行ったが、現地の暮らしに慣れずに犬のマルタを連れて帰ってきて数学の塾を開いた。マルタは大黒柱の籐を齧った。緑さんは子供たちと話しながら丸つけをした。震災で亡くなった友人を想う。

三代目の圭さんと脩さん。脩さんには背中にイボがあった。愛とは何かを圭さんはいつも考えていた。彼らは子供を持つことを諦めたのだった。
「別れないために、できることって何なのかな」
脩さんはバインミーを作り、お花見に出かける。

職人たちが入ってきて、家を解体した。

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2026年03月14日

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文春で読んだが、とてもよかったので書籍も買おうと思う。
芥川賞作品や純文学は食わず嫌いをしていたが、もったいないことをしていたかもしれない。
生きるうえで、またこれから生きていくうえでの漠然とした問題意識や不安に共鳴するところが多く、自分の中でとても重要な読書だったという実感がある。
必ずまた読み返そうと思う。

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2026年03月06日

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ネタバレ

「〇〇をすることは、まるで人生のようだ」と
表現することがよくあると思う。

社会や環境によって〇〇は人によって異なるだろうし、
感じ方捉え方も十人十色ある。
私の場合、あなたの場合が人の人生を彩ってゆくものだと思っている。

この物語の舞台は一軒家。
それを作ったのは薮さんという建築家の男性で、
妻亡き後にこの建物をデザインしたというのだった。

薮さんがこの家を作り、薮さんの亡くなった後には、
緑さんに受け継がれた。
緑さんは数学塾をしながらこの家で暮らしていた。
緑さんの後には、圭さんとその夫が暮らし、
老朽化した家は取り壊される。

この家が建てられ、壊されるまでには
3つの家族がこの家に暮らし、日々を営んでいた。

それぞれの住んでいた頃の住人の記憶を、
時に時空を超えて重ね合わせ、
時に時間をかけて読みほぐし、
彼らの生きた時間を繊細に丁寧に描き出している。

途中に、この一軒家の竣工式の場面が出てくる。
そこで、薮さんは既知の関係者の前で妻の思い出と共に、
谷川俊太郎の詩を読む。
涙が溢れそうになった。

他人同士が一緒に生きることを望んだり、
一時的に心を通わせたり、
人と人とは誰かとコミュニケーションを重ねながら
時間を生きていく生き物だと改めて感じさせられた。
でも、同じ時間同じものを見ているようでも、
人と人とは見るものが違う、視点が違う、
「何を見ていたの?」と言葉にしてみないと
本当に見ているものや本当の気持ちには気付けないことがあるんだと改めて悟った。

また別のストーリーで、緑さんと少年の話。
彼らは塾の先生と生徒という関係でしかなけれど、
過去に同じ震災という出来事を違う形で経験していた。

私がとくに心を奪われたのは、少年が産みの母を震災で亡くしたが、
その頃はまだ二歳で母の記憶はなく、実感もない、という部分。
毎年震災のあった日には父と育ての母と共に母の墓参りに行くが、
"母がいない"という悲しみは伴っていないようだった。
それでも、産みの母はなく、育ての母に大切に育てられていた中で青年の心の中に芽生えた母がいるのにいない、
という歪みが、緑さんを通して見えてくる部分が、
とても印象に残っている。

風に揺れる葉や屋根を照らす日差し、その一つ一つ、
一瞬ごとの時を刻むような細かい描写が、
とても心地よく感じられる小説でした。

私にとっての○○は、きっとあれだと悟った。

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2026年03月02日

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これは傑作と言ってもいいのでは。
純文学の「よき形」(という表現が正しいのかどうかわからないが)だなと思いながら読んだ。
つまりは、独りよがりや自意識過剰の「厨二病」的な要素が無くて、気韻がある作品だなと。(難しい言葉使ってみた)しかも、偉そうぶってないところがまた!

怒りのような負のエネルギーに由来している純文学が多い中、稀有な佇まいの作品。
負のエネルギーに満ちた小説も、これいいなと思うものはもちろんたくさんあるのだけれど、食傷する時もあるし、まあ、そういうところからそろそろ離れようよ、と思うこともある。(いや、やっぱり大事と思うことももちろんある)
とにかく、この小説はそういうところから描かれていない、普遍性の強い作品だと思う。

時を同じくして、上映中のヨアキム・トリアーの「センチメンタル・バリュー」を見た。家が呼吸し、ひび割れし、老いていく。そこに住む家族の歴史を包み込む有機物として描かれていて、なんと!同じだ!とびっくりした。
これは偶然ではなく必然?

薮さんが作った家に住んだ家族が時系列関係なく登場するのだが、家が真ん中に据えられているので全く違和感なく語られる。
この家のここに家族たちがどう処していたか。家が主役だから、こういう構成も可能になる。
いい読書しました。

この方、すごい作家になっていくのではないでしょうか。

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2026年03月01日

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建築家の自邸と、そこの住まい手たちの移ろい。

著者が建築と建築に携わる職人、そして住まい手を大切に描いている。

建築に関わっていないとわかりにくい描写もあるものの、文章全体に質感と質量を感じることができる。

「家っていうのは時の幹やから」

自分も住宅を造る仕事をしているので、この言葉には共感を覚えた。ただ、今までは家が竣工して住まい手が入居してからが家の歴史の始まりだと思っていたが、この作品を読むと着工どころか設計の時点から始まっているんだと思わされた。

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2026年02月26日

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人物に対してよりも物体への情景描写が多く、その物体への多彩な表現が輝いている作品。
特に、舞台である「家」の微細な音や見た目の表現は、私的に建築を勉強・仕事をしていたものからすれば、惹きつけるものを感じた。
また、家の庭にある「木」にも終始焦点を当てており、これもまた細かな表現がされている。その中で「とりとめもなく、記憶の中を舞う言の葉」という表現が、作中に登場する人物ストーリーと、「木」の様子を交えている箇所がとてもお気に入り。

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2026年02月22日

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最近出版された本の中で一番好きでした。
この方の本をもっと読みたい。もっともっとたくさん書いてほしい。


金子みすゞの 
見えぬけれどもあるんだよ
のことばを思い出しました。

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2026年02月22日

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子供時代、薮さんの元に遊びに来たことがある青年が、空き家となった家に忍び込みスケッチをする。スケッチをするたびに、かつて住人だった薮さんや、圭さん、緑のドラマが描かれる。
映像化しやすいかもしれないが、よほど上手に脚本を書かないと安っぽくなりそう。

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2026年03月14日

Posted by ブクログ

こういう小説は初めてだったので興味深く読みました。
同時に芥川賞を受賞した「叫び」よりこちらの方が好みでした。
一軒の家にまつわる話が、その家を設計した人や建築に関わった大工たち、そして何代か入れ替わった住人たちの視点から重層的に語られます。
最後は切なくなりました。
でも、その最後こそ自然の摂理に従っていて、諸行無常を感じました。

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2026年03月09日

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ネタバレ

取り壊される住宅のディテールとそれにまつわる住人の記憶を、淡々とつづった小説。程よく凛とした文章が美しく、静かで豊かな時間が過ごせる本でした。あと装丁も好み。

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2026年03月09日

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建築家でもある著者の文章はまるで設計の図面を書くためのペンで書いたようなきめ細かい描写で、そこにある風景だけでなく、時の流れとともに動く人の気持ちを細かく表現してゆく。

廃屋になった一軒の家に立つ青年とこの家を建てた建築士との思い出。建築士の思いと家族への想い。
その家を明け渡した後に住んだ女性の想いで。」さらにそのあとに住んだ男女の思い出。それらがこの家の柱や壁、扉の引手、庭の木などいたるところに時の流れを遺す。
廃屋になり取り壊され瓦礫になるところまで丁寧に描写され、なぜか痛々しく悲しい時の流れを感じる一冊でした。

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2026年03月09日

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とある放置された売物件に潜り込む青年。彼はこの家の設計者であり住人である藪さんにスケッチの楽しさを教えてもらった。愛おしみながらこの家のスケッチをする。語られる人物がコロコロ変わるのでうたた寝厳禁本でした。短いので一気に読みましょう。
この家の3代目住人だった脩さんと圭さん夫婦が少しずつすれ違っていく様子や、2代目の住人の緑さんが海外赴任の夫の元から海外での生活が上手くいかなくて帰国し小さな塾を開く様子、彼女の友人が震災で亡くなり、死んでしまったことと、長く会えないことって、どう違うんやろと思うこと、などが無くなってしまう家という存在を軸に語られていく、少し切ないお話です。語られる主がコロコロ変わるところとか、断片的な感じとかが、凄くテストの問題文みたいで、読みながら問題考えちゃったりしました。あと、緑の回想の際に、私も実家を早くに出て親には年一回くらいしか会わない生活していて、両親がそれぞれ亡くなったあと、いつも会ってなかったし、電話も嫌いで全くしなかったのになんでこんなに悲しいんだろうって思いました。葬式のあと遠く離れていて、死んだことを忘れそうになって、あ、そういえばもう会えないんだと思うとやはり寂しい。人は脳で生きてるんだなーと思ってしまいます。
妊活などの話もあり、大人の目線小説なので、中学校以上。基本は高校くらいから。

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2026年03月08日

Posted by ブクログ

第174回芥川賞受賞、第47回野間文芸新人賞W受賞。
読み始め、難しいのかなと思いながら、美しい繊細な表現に引き込まれてしまいました。
藪さんを知っている青年が、取り壊しされる藪さんの家に忍び込み詳細にスケッチしていく。
そこには藪さんの家に込められた熱い思い、次に住む緑さん、そして3番目に住んだ圭さん、そして青年の4人の話が時空を超えて出てくる。

心に刺さる描写は沢山ありました。

口から出ていく言葉たちはいつもその深いところに溜まったものたちを上滑りする。上層にある部分だけが出ては入ってまた出て入れ替わり、下層の部分はいつまでも動かずに止まったまま。

死んでしまったことと、長く会えないことって、どう違うんやろ。

そして藪さんの奥さんに対する想いも。

最後の取り壊しのシーンはじーんときてしまいました。

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2026年03月07日

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読み始めた時、ゆっくりとカメラが動いて静かな映画が始まったような気持ちになった。視覚的な表現に溢れた小説。

「薮さん」が建てた家。
それをスケッチする「青年」。

家は、そこに住んだ人たちの生活や流れた時間を知っている。それぞれの人生の儚げな輪郭がふわふわと現れては流れていく。

建物の描写が多くて、想像が追いつかない部分があったり正直くどさも感じたけど、ちょっと読んだことのない小説。

自分の人生における人との出会いや別れにも思いを巡らせた。
余韻が残る。

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2026年03月06日

Posted by ブクログ

 建築関係にあまり詳しくないので家の描写を正確に想像できずに少し消化不良に思う。それでも、一つの家を中心軸に据え、時の流れと共にその家に関わった人々の人生観が丁寧に描かれており、考えさせられることが多くあった。
 地の文が文章の大半を占めており、ページをめくってもめくっても文字がびっしりと紙を埋めており、気圧されることがあったが、それでも丁寧に読んで良かったと思う。

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2026年03月06日

Posted by ブクログ

家という人生というくくりで見たら狭い空間でありながらも、それぞれの色が色濃くでる空間であると改めて感じるような話だった。

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2026年03月05日

Posted by ブクログ

これはイッキ読みしないといけない。息継ぎをしないで読み切る感じで。
いつも途中で休憩しながら時間を置いて読むタイプだったので、余計読むのが苦しかった。
ただその分時間の不思議な流れは感じられ、思い返す記憶の断片が貼り絵のようになって、違った形を表すようだった。

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2026年03月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

一軒の家の息吹を繊細な表現で描いた作品。主人公はおそらくこの「家」そのものなのかなと思った。

青年がスケッチブックに家の内部を描き始めると、それにまつわる家の記憶が語られる。設計者の藪さん、夫の海外赴任先から単独で帰国した緑、どことなくよそよそしい圭と脩の夫婦。それぞれが異なる時期にこの家に住んでいた頃のエピソードが、行間を空けるなどの区切りを挟むことなく綴られる。これは彼らの物語というより、この家そのものの物語として語られている事の表現なのかなと感じた。

ラストシーンは、胸をえぐられるほど辛い。読者である私も、この家とともに過ごした時間を失うのが悲しくて仕方ないからだ。それでも、青年がスケッチブックに描き残すことで、少しでも救われるものがあればと願う。

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2026年02月25日

Posted by ブクログ

もうすぐ取り壊しになる一軒家を通して
この家を建てた一代目の住人、薮さん、
かつて薮さんにスケッチを教わった青年、
二代目の住人である塾の先生、緑、
三代目の住人の圭と修の記憶が代わるがわる語られます。

例えば壁の凹凸や籐を巻いた柱や取っ手から
それらにまつわる出来事やその時の住人の気持ちが、そのシーンが蘇ります。
二代目の話だったかと思うと急に初代の話だったり、現代の青年の話からまたその記憶へと
読者も自然に自由に時代を行き来できるのです。
家にとって時間軸など大したことではないんですね。

二代目の緑が震災で亡くなった友人のことを
しばらく会っていないだけのような気がして
亡くなったことをまるで忘れているかのような感覚になるという話が特に印象に残りました。
あまりに大事な人の死は受け入れ難く、本当そういう感じになるのかも。

今まで読んだ事ないようなスタイルの本で
それでいて優しく、心に沁みました。

最後の解体シーンは
かつての実家を思い出し胸がきゅーとなりました。

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2026年02月23日

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丁寧で細かい描写が美しくもあり、少しまわりくどくもあった。端正で引っ掛かりのない文章だからこそ、すっと流れるように読めてもしまうので頭に入ってこなかった。

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2026年03月13日

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登場者は屋敷と三代の住人。時々の出来事が青年目線から展開される。
複雑な話を混乱なく理解できたことに驚いています。

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2026年03月13日

Posted by ブクログ

ネタバレ

固く執拗に細部を積み上げていく文章が、家を中心に据えた物語を体現している。

一つの家の細部を観察しながら、その家にかつて住んでいた人の感情を辿る。
「家っていうのは時の幹だから」
作中の重要な言葉だが、正直書かれていることはこの一言に尽きる。設計図のように、物語が予想外な方向に行くことはない。家の堅固さに最後まで頼る、とても美しいものとして描いているのは、作者が建築に携わる人間と知って納得した。もっと家が牙を剥いたり、爆散したり、消えたりして欲しい。物語のおいしいところがない。

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2026年03月12日

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第174回芥川賞受賞作品。
静かに、だが淡々と積み重ねられる想いが伝わってくる。冒頭、解体される予定の建物を前に、佇む青年、しばらくして建物の中に入っていく。それを迎える建物が1人称になっている。青年は記憶を刻むように、記憶を慈しむように、建物の内部をデッサンしていく。この家は設計者であり施工した人物の想いが込められている。施工主の後に、個人塾を営む女性、親友を突然亡くした女性夫婦が住んでいる。青年のデッサンと並行して過去へと呼び覚まされた記憶が現れ、そこに住んでいた人々のエピソードが綴られていく。それぞれのドラマ、何気ない日常に重さが加えられていく。ありふれた日々には深い思いが並走していた。建物に刻まれた人生、見つめ続けられた日常。丹念に辿りながら建物の解体を迎える。建物が無に帰するなか、デッサンされた記録、呼び戻された記憶はどこに落ち着くのだろうか。シンプルな構成ながら深みを感じさせるストーリー仕立てに新鮮な試みを感じた。

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2026年03月11日

Posted by ブクログ

今は亡き妻への思いを具現化するような家を建てた藪さん。彼のあとにこの家に住むことになった3人の視点から描かれる彼らの日常は、移ろいゆく季節や時の流れ、ままならない人生の哀しみを映し出す。彼らは一様に繊細な感覚と観察眼を持ち、生活するなかで藪さんの思いを汲み取っていく。たとえ薮さんを知らなくても、この家に住んでいるうちに、藪さんの妻にあてたラブレターを感じ取っていくのだ。数十年の時間差を一続きのように描いているので、読み手も常に細部にまで意識を集中して頭の中で整理しながら読まなければならず、難儀しながら読んだ。昭和の小説を読んでいるような古風なスタイルと相まって、the 純文学のノスタルジーを呼び起こす小説だった。

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2026年03月02日

Posted by ブクログ

お家に不法侵入してエッチスケッチワンタッチする、お話(?)。

家と歴代住人の歴史や過去について、精緻な描写と散り散りしたエピソードが描かれる(?)。
細々とした描写が冗長に感じ、飛ばし読み気味になってしまった。

何故だか己の過去を振り返るなどした。

ビルドアンドスクラップの家の歴史、移り行く住人の歴史とを交錯させながら、の展開は一見なんでもかんでもやればいいじゃないと思われるも、そう簡単にはいかないだろうことは想像できる。

しっかりと計画性をもって書かれたのだろうと思う。

私的にハマらなかっただけだと思う。

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2026年03月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

時の家

著者:鳥山まこと
初出:群像2026年8月号
第174回(2025年下半期)芥川賞受賞作品

随分と退屈な小説だった。なぜそう感じたのか?それは描写が繊細だからだと思う。いまどき異様なほどの繊細さがあるのである。若い頃読んだ小説は、それが普通のことだった。しかし、最近の小説はそれがない。この作品を読んで気づいた。

著者は建築士である。現役の建築士として働いている。この作品も、ある一軒の家について書いている。舞台はそこオンリー。この家を建てる時のこと、二代目の住人が暮らしたり塾を開いていたりした時のこと、三代目の住人が暮らしていた時のこと、そして、取り壊しの前に35歳の青年が詳細にスケッチし、最後に取り壊される時のこと。これが時を越えて描かれている。時代に10年程度以上の違いがあるのに、4時代の話が段落代わりでどんどん展開する。次の段落は誰の視点で描かれているのか、よく分からないまま読み進むことになる。

まさに「時の家」である。時空でいう時を超越して描かれた、1軒の家を舞台にした物語である。もう1本の芥川賞作品「叫び」も、やはりそうだった。主人公と戦争中の青年とか時を越えてごく普通に接触し、会話し、行動する。最近はこういう作品が流行かもしれない。

若い作家は、時を越える。逆にいうと、場所は越えない?

冒頭は、取り壊される時前の、この家の建物の描写。それは姿形ではない。屋根や壁のきしみなどが、描写により聞こえてくるような、そんな描写である。建築オタク的な人でないと分からない。幸い僕は、建築関係の仕事をしている家に生まれ育ったので、多少は理解できる。

最後は、この家が解体される時の描写である。木造の一軒家など、あっという間だが、これが事細かに描写される。テレビのビフォー・アフターでの、解体作業のようなことが、じっくりと文字で、言葉で、表現されていくのである。これは、いまどき、〝流行らない〟のである。だから退屈であり、かつ、価値のある小説なのである。

藪さん、が出てくる。設計士である。自分で家を設計して建てた家。それを最後に一線から退き、あとは手伝い程度の仕事にしていく。その家に13年ほど住む。実は、この家が出来る3年前に妻を病死させている。悲しみの家でもあり、今はなき妻との思い出の家でもある。主人公の青年が少年だったころ、この藪さんと知り合い、家をスケッチする面白さを教えられる。解体されると聞いて、廃墟化しているこの家を、詳細にスケッチしにくる。

藪さんが死んだ後、この家は貸し出される。最初、つまり二代目住人は緑である。夫の赴任先であるインドネシアで暮らそうとしたが、どうしても無理だとわかり、一人帰国してこの家を賃貸で見つけ、数学教室を開く。10年前、阪神淡路大震災で短大時代の友達を亡くしている。塾に来た生徒の一人、〝少年〟も2歳のときにその震災で実の母を亡くしていることを知る。

三代目住人は圭さんである。夫とは本当に愛があるのかどうか、よく分からない。子供のことも真剣に話し合ったことがなく、期間限定で子作りしてみたが出来なかった。そうこうするうち、母親が熟年離婚することに。自分たちはどうなるのだろう?夫の転勤でこの家を出ることになったが、別に離婚することもできるのであるが・・・

それぞれが、この家を舞台に、阪神・淡路大震災が一つのキーポイントとなりつつも(メインではない)、人生の一断片を見せていく。

「叫び」よりは面白かったかな。

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青年:35歳、藪さんから絵の楽しさを学ぶ、祖父母が震災で被災?
藪さん:設計士、近所のおじさん、絵を描く楽しさを教えてくれた、40歳ごろに設計事務所を設立、
緑:死んだ藪さんの家に住んだ二代目、インドネシアに夫、東京に大学生の息子、ここで小さな数学の塾を開く予定
圭:三代目の住人、医療器機の営業
脩:圭の夫、宿泊施設や商業施設を企画して運営する会社に勤める

藪さん、大工、現場監督、左官、石屋、家具屋、建具屋、塗装屋、設備屋、庭屋で柱に藤巻。ここを造り上げるのに携わったみんなで藤をまくのだ。
藪さんは、この家を完成させて13年を過ごした。
上棟式の3年前に妻を亡くしている藪さん。施主挨拶でそこに言及した。

緑は寝室で10年前に死んだ友人のことを思い出す。短大時代に知り合った彼女、田舎から関西に出て来た緑の最初の友人であり、結婚も出産も育児もほぼ同時期。35歳の時、震災で死亡。
〝少年〟からの質問「先生は10年前のことをどれくい覚えていますか?」
少年とは塾の生徒。10年前に実の母を安心・淡路大震災で亡くしていると聞いている。今の母は実の母ではないが、実の母の記憶はない。2歳だった。

圭はここに住み始めて4年を迎えるころに部署異動に。40歳手前。夫とは子供のことは真剣に話したことはなかったが、最後の一定期間に子作りしたができずにやめた、
「別れないために、できることって何なのかな」(309P)

青年が大学生のころ、震災で祖父母の家が崩れた。どうして質感を残さなかったのか後悔している。35歳。写真ではなく絵を。母が入院して父が3ヶ月の単身赴任期間中、過ごした祖父母の家。祖父は既におらず、祖母が食事を作ってくれた。叔父と叔母といとこも一緒に暮らしていた。

緑は結婚して26年間、その間、海外赴任で離れていた期間は5年半。夫が帰国後はマンションで一緒に暮らし、藪さんの家は塾をしているだけだった。藪さんが残した妻の愛読した谷川俊太郎の「時」という詞は、亡き人の声だった。〝少年〟にとっては実の母親であり、緑にとっては最愛の友人。彼女たちの言葉であった。彼女への思いは夫への思いとは対照的で薄れることなく緑の元にあった。(304P)

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2026年02月27日

Posted by ブクログ

「いかんせん小説としての立ち上がりが遅い。暖房器具だったら風邪を引く」との吉田修一の評には膝を打った。家自体が主人公でもあるので、「人が出てくるまでに何ページ読ませるのか」とのクレームは当たらないのかもしれないが、シナ合板や断熱材の描写が延々と続き乾燥による破裂音に至る導入部は謎に長い。
建築家の自邸を住み継ぐ人々と、幼い頃に隣に住んだ青年、そして妻を失った建築家自身の、時の流れや失われ戻ってこないもの、死や離別といった人生の点景を、淡々とした家のディテールの描写に重ねていく。
青年が幼い頃に建築家に教わった「スケッチ」が家自体を描く小説の筆となっていく構成に妙味がある。端正な、端正過ぎる小説であった。

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2026年02月24日

Posted by ブクログ

第174回芥川賞受賞作。
誰も住まなくなった家を訪れた青年は、その家を描き出した。
藤巻きの柱の窪み、壁に走る亀裂、すべてにかつてそこに居住していた人の歴史、息づかいが感じられた。青年は様々な思いを噛み締めながら、家を柱を壁を部屋を描き続ける。
かつて居住していた人たちの暮らしが、走馬灯のように進行していく。
人間の最後と家の最後はよく似ているかもしれへんなぁ。
壊されていく家の名残り、息遣いが感じられる。面白い作品。

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2026年02月24日

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