楊逸のレビュー一覧
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浩遠と親友の志強は、希望に満ち学問に打ち込んでいた大学生活から民主化運動にのめり込んでいき、傷害罪で退学処分となる。
夢見ていた未来とは違う道を模索しながら生きていく日々が描かれている。
エネルギーを持て余した若者が熱に浮かされて突っ走ってしまったようで、せつない。
彼らを突き動かした「祖国への愛」に危ういものを感じてしまう。
民主化運動からうまく抜け出した者もいる中で、挫折を引きずり、民主化運動の夢を持ち続けて生きる浩遠の苦悩が伝わる。
浩遠が家庭を持ち守るべきものができた時と、学生時代の熱に浮かされていた時との対比が、大人になっていく重さとして伝わってくる。
その時々の心情を朝の情景の美しさの中に描かれている。 -
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まず、中国の大学生活の様子や日常生活の描写に引き込まれた。ムンファンやシャンフェイも農村出身で大学を卒業したこともあって、なんとなく二人を連想して読んでいた。特に英露の小柄でかつしゃんとしていて、逞しさをもつ姿にはシャンフェイが重なって見えた。
中国の民主化を目指す学生運動、政治運動が物語の核にあったけれど、国を愛する、国を動かすという前に自分の目の前の生活や家族、友人を大切にすること、目を向けること、愛すること、守ることが大切さではないかという投げかけが発せられているように感じた。理想と現実があって、理想ばかりを追い求めるのは孤高の狼。人が生きるということは、理想の前に現実、目の前の生活がある。というリアルが描かれていた。
心に刺さった言葉
「好きなら好きって言え。俺らは、英露の恋愛対象に相応しくないかもしれんけど、でも好きになる権利くらいはあるよ。頑張ろう」 -
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著者は中国人女性で、23歳まで日本語は全く話せなかったという。
だが、この本で文学界新人賞を受賞、次の本で芥川賞を取るのだ。
「ワンちゃん」という女主人公は中国名が「王」なのでそう呼ばれているが、日本人と結婚したので木村さんでもある。四国の農村の男性と、中国人女性とのお見合いを斡旋している。
人物や背景の描かれ方は、両方の国を知っている彼女でないと描けない。
歴史や時代の流れも読めて面白い。
「人民服を脱ぎ捨てて」人々がカラフルな服を着始める様子なども、その時住んでいたからこそ、描写できるのであろう。
日本人と結婚した中国人の様子も、中国人の立場から見ることができる。 -
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『ピラミッドの憂鬱』は、中国の若者事情(一人っ子政策)がリアルに伝わって来ました。
それぞれの親の状況を知らされても、お金を使い続ける石南羽(せきなんう)、
逆に、決意を固め帰国する鄭楓果(ていふうか)。
親のことを一人で引き受けなくはならない今後、それぞれがどう変化して
行くのかな~?どちらかといえば、鄭楓果に期待をしたいです。
表題作の『陽だまり幻想曲』、主人公の国籍は明記されていないので、
そこがまた想像を広げてくれました。
マトリョーシカのように、並んで登場してくる隣家の子供たちも、
可愛らしい姿で飛び回っているのが、目に浮かびます。
子を思う親の気持ちは、切実だと感じました。
でも、ラストの展開がどうして?と、思えてなりません。 -
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芥川賞受賞作の前に書かれたデビュー作でしょうか。
日本語の表現が面白い箇所があるのは、学習された言葉だからなのですね。《すき・やき》では、日本語が上手になっていて分らなかった初期の文章が興味深いです。
働き者のワンちゃん、中国でも日本にきてからも苦労の多い生活。
前夫とその間に出来た息子に働いたお金をどんどん吸い取られていくのが可哀相です。現在の日本
文庫では併せて《老処女》というダイレクトなタイトルの作品も読みました。こちらは、作家の意図は分りませんが、45歳の高学歴中国女性が日本の大学で博士号と女の幸せを求めて葛藤する様子がコミカルに感じられて面白かったです。 -
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一昨日読んだ芥川賞候補作家河林満氏が亡くなった2008年の芥川賞受賞作品。母語が日本語でない作家の受賞は史上初らしい。(対比的だと思ったのでメモ)
内容は、中国の天安門事件を軸とした物語で、舞台の大半は中国だが、終盤の1/3は日本。
主人公の梁浩遠(リャン・ハウユェン)は、父親が文化大革命(1966-1976)で放逐された世代。父親は北京大学の超エリートだったが、右派認定されて卒業目前に西の田舎に飛ばされ、浩遠はそこで教育を受ける。這い上がるために勉学に励み、地元の名門大学に入学するが、学生運動に身を投じ、1989年6月4日の天安門事件後、父親同様、大学を退学処分となる。指導教官の甘先生や運動のリーダー達は海外に亡命するが、浩遠と盟友の謝志強(シェー・ツェーチャン)は中国に残る他選択肢は無く、生活に追われる。浩遠は、お隣さんの幼馴染で中国残留孤児の梅ちゃんと結婚し、日本への移住を果たす。中国民主化の夢を諦められず、日本から民主化運動の支援を継続するが、中国本国内外の運動は様々に形を変え、「時が滲み」始める。そして、中国は民主化せぬまま、北京五輪の内定を決め、国家発展の道をひた走る。
甘先生の息子林林が父親に宛てた手紙の一節が厳しい。
“妻も息子も顧みることが出来ない、そんな人が国を愛せるのだろうか。これは僕からの最後の手紙です。林林”
科挙制度が示す通り、抜きん出た能力さえあれば、行政のトップまで上り詰めることが出来る、という意味では、中国の体制は「民主的」と言えるのかもしれないが、一度でもpolitical correctness から外れてしまうと、二度と浮上出来ず、失敗への許容度が極めて低い(もしくはゼロである)点は、独裁制のダメなところを煮詰めたような制度だと思う。ひとはわんさかいる、という状態においてはそれでも機能してきたのかもしれないが、人口収縮が始まった社会においては、致命的な弱点となるのではないだろうか。