楊逸のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
楊逸といえば一時話題になっていたので読んでみた。
しかし、序盤からあまり惹かれる点がないまま、さらっと読み終えてしまった。
「カレチ」という言葉に私が拒絶したくなったのも惹かれなかった要因のひとつだけど、気になったのは
人物描写の掘り下げの甘さ。
パート主婦をしている地味な主人公と奔放に生きる派手な友人という組み合わせがありきたりにしか思えなかったのだ。
こうした組み合わせはこれまであらゆるフィクションでごまんと描かれてきた。
だからこそ、ちょっとした行動や心理描写で「地味」や「派手」といった大雑把な言葉では捉えきれない登場人物の内面を読んでみたかった。 -
Posted by ブクログ
中国共産党は糞である!
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Posted by ブクログ
ネタバレ【内容】
中国の小さな村に生まれた梁浩遠と謝志強。大志を抱いて大学に進学した2人を天安門事件が待ち受ける―。“我愛中国”を合言葉に中国の民主化を志す学生たちの苦悩と挫折の日々。北京五輪前夜までの等身大の中国人を描ききった、芥川賞受賞作の白眉。日本語を母語としない作家として初めて芥川賞を受賞した著者の代表作。
【感想】
中国、時刻を愛するが故に民主化を目指したが、
報われることなく政府に弾圧され、
主人公の浩遠もまた運動がうまくいかないが故自暴自棄になり大学を退学となる...
冒頭に大学に入学し、輝かしい未来を夢みて勉学に励む若者らが色鮮やかに描かれていた為、
民主化運動なんか参加しなければよかったのに、
勿体無いなぁと思ってしまった。
けれども、大学卒業後の輝かしい未来が得られなかったことを悔やむのではなく、
中国民主化への熱い想いを胸にくすぶり続けている姿は私には正直理解できない。
しかし、確かにあの時代、天安門事件の際に中国の未来を真剣に考え、中国のために民主化したいという熱い想いがあったことを想像出来た。
筆者が中国人だからこそ書けた話であると思う。
そう思うと読み易く価値ある小説であった。 -
Posted by ブクログ
著者の楊逸は、1987年に23歳で来日し、2008年に『時が滲む朝』で日本語以外の言語を母国語とする作家として初めて芥川賞を受賞した作家。
主婦向けの月刊誌『清流』への連載された、中国のことわざをテーマとしたエッセイをまとめたものである。
「静如処子、動如脱兎」、「杞人憂天」など一部を除けば、初めて聞くことわざばかりであるが、それらが表す昔人の知恵に、国・民族による差はないと感じた。
一方、著者の現代日本の様々な出来事を見る目には、自分との微妙な違いを感じるところもあったが、それは文化や慣習を背景としたものなのだろうか。
中国をはじめとする外国人の仲間と仕事をする機会が多い私にとって、少なからぬ示唆を与えてくれたように思う。
(2014年9月了) -
Posted by ブクログ
【本の内容】
中国の小さな村に生まれた梁浩遠と謝志強。
大志を抱いて大学に進学した2人を天安門事件が待ち受ける―。
“我愛中国”を合言葉に中国の民主化を志す学生たちの苦悩と挫折の日々。
北京五輪前夜までの等身大の中国人を描ききった、芥川賞受賞作の白眉。
日本語を母語としない作家として初めて芥川賞を受賞した著者の代表作。
[ 目次 ]
[ POP ]
激烈な競争を経て大学に進んだ浩遠(ハウユェン)と志強(ツェーチャン)。
貧しい農村の生活から新たな世界に飛び込んだ2人は1989年、中国民主化運動に身を投じていく。
天安門での弾圧と挫折、逃避しようとしつつ逃れきれない気持ちと暮らし。
日本語を母語としない作家初の芥川賞作。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
ネタバレ芥川賞作品。
日本語を母語としない作家として初の受賞として話題になった。
彼女の講演を聴いたことがあるけど、とてもユーモラスでソフトな人だった。
そんなわけで、読む前からすごく興味はあった。
89年の天安門事件から北京五輪まで。
民主化への夢・希望とその挫折を地方出身の2人の青年を軸に描いた作品。
文章自体は特に好みではないけど、特にひどいわけでもない。
私はこれまで恥ずかしいくらい中国について無知だったので、そんな私がこの作品を評価するのはちょっと難しい。
芥川賞に値したかどうかはどうあれ、テーマとしてはとても興味深かった。
大学というものがもつ社会的意味や学生たちの気風、
さらには実際の言動、その末路、
どこか日本の60年代の学生運動にも似た当時の中国の動き。
もう少し知りたいと思った。
この作品自体は民主化云々描かれているけど、政治的な色よりも青春小説っていうテイスト。
でも個人的には「祖国」とは人にとってどういうものか?というところをテーマに読んだ。
天安門事件後に退学になり、残留孤児二世と結婚し、妻と共に日本に渡る主人公。
日本から祖国を見ていく後半は特に良かった。
ラストはずしーんときた。
作者自身、日本で結婚・子育てをする中で突き当たったことだったらしいけど、先にそんな作者の講演を聴いていただけに思わず泣けてしまった。 -
Posted by ブクログ
日本語を母語としない作家で初めての芥川賞受賞作。89年天安門事件前夜から2008年北京五輪前夜まで。大志を抱いて大学に進学した「二狼」の物語。
作者はまだ文化大革命の残滓に成長した青年だった。「あとがき」では「革命しないとは、すなわち反革命である。反革命は死刑になるほどの罪だ。そんなロジックを元に、与えられた選択肢は常に「赤」か「黒」かの両極端のものだった」という田舎で育った人だった。だからこそ、「民主」(選挙による政府)は、総てをばら色に変える合言葉だったのだろう。
「大学の寮の中でこっそりテレサ・テンの歌を聴いた経験や、尾崎豊の名曲「I love you」から受けた衝撃などは、むしろ私自身の体験に基づいたものだといえよう。」
アメリカをバラ色の国ととらえ、日本を自由な国だという中国青年たちの「普通さ」を20年たってやっと私たちは文学として読むことが出来る。
矛盾の中で世界史は動いている。もちろん、俯瞰の目で見ることは必要だ。けれども、それだけでは世界は見えない。
日本はこれから曲がり角を曲がる。曲がらなければならない。
「赤」も「黒」も選ぶことの出来ない「普通」の庶民にとって、中国の経験は他山の石ではないだろう。