奥野修司のレビュー一覧
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「そして父になる」観賞後に読みました。重夫と智子の子、美津子。照光と夏子の子、初子(後に真知子)。取り違えという悲劇にあってから後の15年以上を取材した奥野氏による渾身のドキュメンタリー。実話であるだけに、映画以上に重苦しく、読み進めるのが苦しいほど。美津子と真知子、それぞれが成人し、自立していく頃になってようやく、気持ちが晴れていく。それぞれがこの事件を消化したかのように見えた終盤。書き下ろしの新章こそがとても印象に残った。実の子である美津子に懐かれることのなかった、実の父、照光。彼が奥野氏に送った手紙で美津子への執着をのぞかせる。この章こそが、「そして父になる」の原案であり、父であるが故に最も胸に迫る章でした。
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40年前の沖縄での嬰児取り違え事件をその後25年に渡って追いかけたノンフィクション。自分は親でもあるのでこの本を取り違えられた親子両方の視点で読んだ。血の濃さはは情を超えるけども、情の濃さは血の繋がりすらも凌駕する。一見パラドックスのようだけども、結局どこまで親が愛情を注いだかの一点に尽きるのだなというのが大まかな感想。両家の両親の姿があまりにも対称的なために、どちらの子も片方の母親を慕うといったくっきりとした実験結果のような結論になったのが皮肉だなと思う。実際自分の子が取り違えられていたら、と想像するとその葛藤は想像するに余る。久々に素晴らしいノンフィクションを読んだ。取材者の姿勢に脱帽。
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これは実際に沖縄県で起きた赤ちゃん取り違え事件の家族の話。
赤ちゃんが取り違えていたことが発覚して、その赤ちゃんたちが成人するまでを見守り続けた著者の記録でもある。
この事件は、子どもが6歳になるまで発覚しなかった上、その後子どもたちを交換してからも、様々な出来事が子どもや両親たちに巻き起こる。
事件が発覚してからそれぞれの両親は交換するべきか迷い、その後交換してからも自問自答を繰り返す日々。事実だからこそ、この家族の葛藤、苦悩、そして、嘆き苦しむ姿に、胸がつまりそうになる。
血のつながりのない子を6年間育ててきたことは、母親にとっては、かけがえのないものであり、育ての子、産んだ子のどちらも大切にしたいという気持ちが切々と伝わってくる。ただ、それは両方の母親ではなく、片方の母親だけだったことが、その後の家族、子どもたちとの関係に大きくかかわってくることが分かる。
複雑な家庭になりながらも、二人の少女がたくましく生きていく姿に救われる気持ちと、その少女たちをまさしく全身全霊で支え続けた家族の姿に感動させれた。
家族の愛情とは、血のつながりとは何なのかと深く考えさせられた。 -
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今年も3月11日を迎えて、私ってあんまり東日本大震災のこと知らないなって思ってたらSNSにふと流れてきたこの本。きっと遺族にとってとても大切と思われる経験談が詰まっていて、自分の体験に重ね合わせるわけでもなく人の体験として読んでいるのに泣けてくる。
どこか遠い場所の話として感じていた東日本大震災だったけれど、遠くから確実にこちらに迫りながら街を飲み込んでいく黒く大きな津波の描写が具体的で文章なのに恐怖を感じた。もし自分の大切な人が亡くなってしまった時は、夢でも霊でもなんでも良いから出てきてほしいな。その希望があるだけで救いになるし、また読み返したい本。 -
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ネタバレ山怪に続き?、途中まで読んでいたこちらを読み進めた。
「霊体験」というとスピリチュアルだが、作者自身が「近代科学は、再現性があることが原則でしょう?幽霊話はどうも…」という抵抗心がある中で、それでも「人間が持つ内的自然というか、集合的無意識の力を度外視してはいかんということだよ。それが人間の宗教性になり、文化文明を広げていったんじゃないかね」という言葉に励まされ、物語を収集していく。
一つ一つがとても胸に迫るものがあって、超自然的体験の有無に関わらず「読ませる」ものだったし、読んでいるのが辛いところも多かった。最愛の人を失うという過酷な環境下の中でも、人間は回復/状態が変化していくわけで、その一助としてこういった体験があるとも解釈できるし、本当に霊的な存在がいて交流してくれているのかもしれない、と思う。白黒つけるといった態度ではなく、それがそうとして語られる様は抵抗なく読めた。
まさに解説で語られているように、
「奥野さん自身、「これが"ノンフィクション"として成り立つのか」と幾たびも反芻し、困惑する姿が本の冒頭で描かれている。しかし書かざるを得ない貴重ななにかがそこにはあって、科学の網目で掬えないからといってそれを切り捨てては、人間の総体を見誤ることになるのではないか。そんな真摯な問題意識が、奥野さんの背中を後押ししている」という態度自体はすごく共感するのがあって、それで読めたのも大きい。こういう話は少しでもトーンがずれたり、む?と思うと読み進められないので…。でも本書は面白かったです。 -
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できないと決めつけられることが怖い、嫌だって箇所すごく共感した。話さないからしんどい。話せば分かることもあるって本当にその通りなんだよね。
しらないからすれ違う。すれ違うからしんどい。話せば理解できるとは限らないけど、持っている感覚が違う。だから話さずに分かってくれは通用しないと思うし、「黙っているからしんどいんです」(平良みきさん)の言葉がとても刺さった。
差別されることは怖いけど、病気を隠して勘違いされることも怖い。これは他のマイノリティー(てんかん、吃音、チック等)にも言えること。
病院ラジオに出ていた山田真由美さんが出てきたことが嬉しかった。
ところどころに写真があるので、そちらからゆかいさが伝わってくる。 -
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湖永さんの「オレンジランプ」のレビューを読んだのがきっかけで手にしました。ありがとうございます。筆者の丹波智文さんは、「オレンジランプ」のモデル、39歳で若年性アルツハイマー型認知症の診断を受けられれた方です。
著者の丹野智文さんは、車のセールスマンで仕事にやりがいを感じていました。同じ職場の女性と結婚し2人の女の子にも恵まれ充実した毎日を送っていました。ここ数年で記憶力が悪くなったと自覚し、検査を受け若年性アルツハイマー型認知症の診断をされたのが39歳…子どもたちは中学1年生と小学5年生…え??すごく大変なんじゃない!!と感じました…。丹野さんも、将来が不安と眠れず泣きながら過ごした夜もあったようです…。でも丹野さん自身の人柄の良さもあってなんでしょうと思うんですけど、職場や家族、そして当事者組織などから、あたたかく受け入れてもらえているんです。そんな環境であるから、認知症の進行速度もゆっくりなんでしょうか…若年性認知症は進行が早く2年ほどで寝たきりになる…それが間違った情報であること、診断から4年経っても周囲の理解があって自分が笑えていれば大丈夫、周囲の無理解と自分自身へのやるせなさからうつ状態になってしまうような状況になることが問題だと話されます。丹野さんの笑顔はとってもステキなんですよねぇ~!!
丹野さんは、自分のような当事者の支援にあたりたいと、「オレンジドア」という支援組織を立ち上げます。その活動の中で、スコットランドに飛び、当事者支援について考えるきっかけを得ます。スコットランドでは、①ストレスをなくす②不安をなくす③自立の手助けをする、というもので、日本では③が守る(なんでもやってあげる)となってしまっているのではないか…と提起します。認知症だからできないだろうと、なんでも手を出すのではなく、できそうなことはなるべく当事者にさせてほしいし、大変なところだけを手伝ってほしいと言います。ついつい、手を出してしまうだけでなく、当事者の話をさえぎるとか代弁しちゃうとか、そして聴かないのはもってのほかと…、あぁ…思いあたります…。反省…。
そういえば、認知症の治療薬が承認されたとのニュースがありました!!朗報ですね!保険がちゃんと効いて、困っている方へきちんと行きわたりますように…。 -
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正直なところ、震災当時は九州に住んでおり、関東の様な余震すら感じられなかった事、さらに10年以上の月日が経過し、記憶からはだいぶ薄れてきていた。勤めていた会社は本社が東京にあったし、同僚の親族や社員自身も数名が行方不明となり、家族も関東に暮らしていたから聴き伝わってくる情報はある程度はあった。しかし自身が直接的に経験していないことが、何処か遠い世界の様にも感じられた。仙台始め東北地方を周遊したりと若い頃は何度か訪れた地が津波の映像で流されていく様は、そんな外側の人間から見ても恐怖と悲しみに渦巻いていた様に思う。当然被害に遭われた方々や家族を亡くした多くの方々にとっては、私などでは想像も出来ない苦しみがあったと思う。
本書を読む前にも、情報として触れてきた被災者の不思議な体験は衝撃的だったし涙なしには見る事もできない様な体験話が多かった。だがやはり時が経過すると記憶も薄れる。そんな私が何気なく本屋で手に取ったのが本書だ。時間が経つにつれ、歳をとるにつれ同じ国で起こったこの大きな悲劇を記憶に残さなければと急に思った。誰かが「忘れないで」と言っているかのように。
普段霊的なものを信じるとも信じないともどちらの立場とも言えない。幼い頃や若気の至りで「危ない」場所で体験した事も、当時は事実と信じていたが今となっては詳細は忘れたし、偶々とか見違えたとか酔ってたと言われれば確かにそうだったのかもしれない。とは言え人のその様な経験も心理的なものか非科学的な何かあっても、特段おかしくはないと思う。よく見てる夢だって実際の体験とは違うから、私の記憶や考え方が、眠りによって外界から遮断され、頭が一番フラットな状態で意識を映像化しただけだと思う。それが強い願望、深い悲しみなど通常とは違う精神状態にある時に、眠っていない状況で見える事もあろう。また同時に複数人で体験する事も科学的に証明できない以上は「ない事も証明できない」と考えれば否定はできないと考える。
その様な考えであっても、本書を読み進めるのはかなり辛い。筆者が言うとおりノンフィクション作家が扱って良い内容かという葛藤もわかる。あまりにリアルであまりに悲しく、そしてあまりに切ない。読書が追体験であればあるほど胸が苦しくなる。人目も憚らず涙が溢れて止まらない。
なぜあの時、なぜ言わずに、なぜ救えなかった、この様な心の叫びがインタビューの描写と文章から滲み出てくる。また、それを抱えながらも強く生きようとする人々。失った大切な人と一緒にいるから救われている。それを否定できる人間などいないだろう。
感受性の高い方は読む場所や時間は選んだほうが良い。また本書を読む事で強く生きる糧として欲しい。