主人公は,大学生の鯉沼.
モーツアルトとバス釣りと家庭崩壊.
これらは,彼をもっともよく表現する言葉たち.
この本では,描かれている人との距離感がとっても印象的で,同級生の香澄と出会ってそれが顕著になる.
あるときは,鯉沼にとって香澄がすごくすごく近い存在で心が通じあっているような気がしていたのに,別な日には,突然すごい距離感を感じ,今までがうそであったかのような感覚に襲われる.
自分の手には負えなくなり遠ざかっていこうとしていたとき,鯉沼の母は,自分の夫のことを思いつつ,こんなことを話し始める.
“わからないところから出発するべきだったのかもしれない”
“お互いに相手が抱えている苦しみのことはわからない.ある程度はわかっても,完全に,というか本質的なところではわからない.・・・”
“わからないものを無理に理解しようとしてはだめだと思うの.・・・わたしには,いまのあなたの苦しみはわからないし,理解できるとも思わない.でも,苦しんでいるということはわかる.なぜなら,わたしも苦しみをかかえているから”
“その苦しみからにげないでほしいの,いまの苦しみを,別のものに置き換えないでほしいの.人生の質をきめるのは,苦しみそのものではなく,苦しみにどう対処したかよ.苦しみをどう保ったか,どう抱えたか,逃げずに何を得たか.・・・”
そして,自分の苦しみから逃げないでほしい,自分から逃げないでほしい,自分が自分であることから逃げられるわけではないから・・・と言う.
さらに,
“一人一人のなかには,暗い秘密が隠されているわ.わたしのなかにも,あなたのなかにも,もちろんおとうさんのなかにもね.それを暴いてはいけないと思うの.無理にわかり合おうとすれば,絶対にうまくいかない.時間をかけなくてはだめ.人と人の関係に近道はないの.”
と.
鯉沼にとっては,全てを見透かされているような言葉だった.
その後,鯉沼は香澄に会いに行く・・・.
最後のほうに出てくる,こんな母の言葉がとても印象的な一冊でした.