“「今は、いいピンクの生地が入ってないんですよ」
「まさか!ピンクがないだなんて」
バーンズ夫人は大げさに首を振り、目を見開いた。
「それはないのじゃありませんか?わたくしが何のためにこのお店にきたと思っていらっしゃるの。もちろん評判をきいたからですわ。思っていたほど、大きなお店じゃないけれど、『薔薇色<ローズ・カラーズ>』といえば、そのう、その――」
「『恋をかなえるドレス』を仕立てる店ですって――?」
「そうそう、そのドレスですよ!恋のドレス。わたくしのかわいいミラルダのデビューにこれほどふさわしいお店があるかしら。だからわざわざ、二頭立ての馬車を仕立てて来たんじゃありませんの。それなのに、恋どころか、十六歳の娘に茶色のドレスだなんて!」
「……お客さま」
口に出したのはパメラだった。バーンズ夫人がハンカチを握りしめてふりかえる。その間をのがさず、
「そこまで評判をきいているなら、知っているはずですわね。『薔薇色』でドレスを仕立てるなら、色や形に注文をつけちゃいけない。すべてはこの店の主人、つまりミス・クリスティンが決めるんですよ。お客さまの好きな色でドレスを仕立てたければ、最新のファッションプレートを持ってロンドンの高級洋装店にでも行けばいいんです」
「まあ、まあ、まあ!こんな娘に侮辱されるだなんて!」
「それに、恋をかなえるドレスだなんて最初からこっちは言っちゃいませんわ。お客さまが勝手にうわさしてくださるのは光栄なことですけれどもね」”
『薔薇色』の女主人であり唯一の縫い子でもある小柄で飾り気のない十六歳の少女、クリスティン・パレス。
『薔薇色』で働いておりスタイル抜群で宣伝役も兼ねるクリスの昔馴染みの少女、パメラ・オースティン。
二人が経営する『薔薇色』で作られるドレスは、恋がかなうドレスとして評判がある。
乱暴そうな仕草に隠れない洗練された物腰、はしばみ色の瞳に黒髪のシャーロック・ハクニールは、部屋に閉じこもる妹のドレスを頼むため、『薔薇色』を訪れる……。
クリスとパメラの関係が心地良い。
男性が苦手で、人が多いところに行くと失神してしまう。そんな繊細なクリスの気持ちがわからないでもない。
恋のドレスと闇のドレス。
服は着る人を際立て、着る人で服の表情も変わる、というものだろうから、設定にも別に無理は感じない。むしろ、納得できるような。
女性の恋する気持ちには敏感なくせに、男性と自分の気持ちは分からない。
自分の外見とシャーロックとの差に落胆して怯えて、それでいて自分を飾り立てることを怖がる。
そんなクリスがこれからどう変わっていくのか。
“「……わたし、自分のドレスをつくれませんの」
窓ガラスにはためくレースのカーテンを見るともなくながめながら、クリスは言った。
「恋する女の人の気持ちはわかるのに、自分の気持ちはなにひとつわからないんです。男のかたの気持ちも。自分がなにを思っているのかってこととか――なにを着たらいいのかってことも。考えると、なんだか変になってしまう……」
「――だと思っていたよ」
シャーロックは答えた。クリスが、自分の気持ちを口にしたのははじめてではないだろうか。
クリスがシャーロックの顔を見た。頬が少し赤かった。気つけのブランデーがまわっているのかもしれない。シャーロックはクリスの目を見つめ返した。この幼い顔とちいさな手のなかに、信じられないような強さがあるのだ。
「車に乗ればいい。送っていくよ。客たちももう帰ったころだろう」
シャーロックはゆっくりとベッドサイドへ向かい、クリスに右手をさしだした。”