八木詠美のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ初めての作家さん。装丁とタイトルのインパクトに惹かれて手に取った。
30代後半くらいの主人公は、健康食品会社の広報として毎日感情を抑え、ストレスを抱えながらも仕事に邁進している。ある日突然眠れなくなり、不眠症になってしまう。夫と一緒にいろいろ試行錯誤して、最後はアニマルセラピーとしてヒヨコ(ほぼニワトリ)を迎えるけれど、それでも眠れない。
不眠のせいで現実と非現実の境が曖昧になり、眠るために生きるような生活に嫌気がさして、魂を差し出してでも眠りたいと思うようになる。
そして摩訶不思議な世界に入り込み、意味のわからない行動を強要され、怒りで頭がいっぱいになる。その怒りを解放したことで、やっと眠りを得ることができた、というお話なのかな、と思った。
終盤の異世界に迷い込んだような描写は、ストレスの限界を迎えて心の中と悪夢が一体化した様子を表しているのかも?
36協定や形だけの福利厚生、表向きだけホワイト企業という現代社会の働き方をかなり風刺していて、読んでいて共感できる点が多かった。自分がいかに社会や家庭の中で抑圧され、受け身で生きざるを得なくなっているのかが、とても伝わってきた。
なのに文体は軽くてとても読みやすく、1日であっという間に読んでしまった。とても楽しめたので、他の作品もぜひ読んでみたい!! -
Posted by ブクログ
最近読んだ同じ著者の『空芯手帳』より、私的にはだいぶわかりやすいし面白く感じた!
不眠の描写も、形だけの働き方改革でよりしんどく非人間的な労働環境となっているフルリモートの職場も、微妙に理解が足りないけれど世間的に見たら優しい夫も、読んでいて苦しくなるほどリアル。
仕事のせいでプライベートが侵食され、誰も本気では心配してくれない状況の中で「賢いふりをしながらインスタントな手段を取り続け、ご自身を少しずつ弱らせている」社会人として、この小説が刺さる人は多いのでは。
どんどん技術は進歩し、本来なら働くのは昔より格段に楽になっているはずなのに、どうしても問題は生まれ続けるのだなあ、人の世の悩みは絶えず、だからこそ文学も生み出され続けるのだなあと思わされた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本を1冊読んで、自分の生き方の痛いところを突いてくるようなセリフにひとつでも出会えたなら、その読書はそれだけで儲けものだと思う。
野上さんが倒れて飯沢さんが助けに来た場面。バッグの中を整理しながら、こちらの問いを聞き流さずに淡々と放たれたこの一言が、ずっと頭に残っている。
「賢いふりをしながらインスタントな手段を取り続け、ご自身を少しずつ弱らせているということです」
向き合って詰問するのではなく、手元を動かしながら逃げ場をなくすように吐き捨てられる描写のうまさも相まって、胸にぐさりと刺さった。
なぜここまで響いたのかといえば、完全に自分の癖を見透かされていたからだ。
これまで自己分析のノウハウを調べたりハウツー本を読んだりして、「やり方を学んだ」段階でどこか満足してしまうことがよくあった。
手軽でインスタントな手段を身につけ、賢くなった気になっていただけ。
実際には「学んだ」だけで、何ひとつ「変わって」などいないのに。
手軽な解決策に飛びついて分かった気になるのは、自分を守る「受け身」のようでいて、わかったフリで満足してしまっていた。
ノウハウを集めて満足するのをやめて、ちゃんと自分の行動を変えなきゃいけない。
つまり「やれ」ってこと。
それにしてもマジックリアリズムが村上春樹っぽく感じますね。私が村上春樹で育ったようなものだからそう感じるのかもしれませんが。 -
Posted by ブクログ
初めて読んだ八木詠美さんの本。
なぜ小説を書いているのか、小説家から見た今の世界の嘆きにとても共感。次は小説を読んでみたいな。
"自分が小説を書くのは、さびしいからだと思う。ふと思いついた想像の切れ端、すぐには声にできなかった疑問や反発、そこからにじんだ心のうちの何かを誰かに伝えたいのにどうすればいいのかわからなくて、でもそれらをなかったことにしたくなくて、行き場なく蓄積していくうちに、言葉がこぼれ、物語が始まる。小説は言わなかった言葉でできている。"
"大して説明もしないうちに「結局さ」と、結論めいたものを突然話し出す人を目にすると、いつもそっと心が冷える。"
"わからないから書き、わからなさを比喩にし、どうしてかわからないけれど物語が動く瞬間がある。その一行に、私は驚いていたい。"
"人の気持ちがあまりにカジュアルに軽んじられる場面も多い中で、自分で自分を認めなくては毎日やってられない。" -
Posted by ブクログ
留学でお世話になった先生から久しぶりに連絡が来て、この本を紹介してもらった。
タイトルの“空芯”とはどういう意味なのだろう、と思いながら読み進める。
主人公の柴田さんは、「名前のない仕事」を押し付けてくる会社へのちょっとした抵抗のつもりで、妊婦を装うことにする。
定時帰りから始まり、マタニティビクス、アプリへの記録と着々と出産への過程を辿る彼女の姿は、活力に満ち溢れていて頼もしい。
しかし、その反面、空っぽのお腹を抱えたその姿は、どこか痛ましく、空虚にも思える。
偽装妊娠なのだから、もちろん夫も存在しない。夫無しで出産まで辿り着けてしまう──その事実に気づいた時、ある種の怖さが込み上げる。
人類誕生以来、脈々と続いてきた妊娠・出産のシステムは、どうして今も周知されず、隔離され、孤独を生んでいるのだろう。
そして、私もこれから経験するのだろうか、乗り越えられるだろうか、過去に生きた女性たちのように。 -
Posted by ブクログ
実は、山田詠美さんと混同していた気がします(笑)。
第36回太宰治賞受賞作の鮮烈なデビュー作です。
本とコさんの本棚から、お相伴になりました。
30代半ばの独身、彼氏なしの女性が「妊娠しています」と口走ることから始まる、奇妙な妊娠ライフ。ここまでは文庫の紹介にもあります。
奇妙な妊娠なのに、彼女は着々と出産に向かっていく。
精神だけではなく、肉体までもが妊婦へと変化していく。
そして、彼女の変化は、会社の上司や同僚たちをも変化させていきます。
おそらく、この周囲の変化こそが、この小説で書かれていることなのだろうと思いますが、
それでも私は、主人公がこつこつと妊婦へ向かっていく、その行動の終着点をどこにするのだろうと、心配しながら読んでいました。
そして、見事な着地でした。 -
Posted by ブクログ
初読みの八木詠美さん。
人の心理をえがくのが巧みな作家だと思った。一人で悶々と悩む心の中を見透かしたような中編3作と短編1作だった。
【いちご泥棒】
リフォームで、リビングの壁のアクセントクロスに悩む女性の物語。
その壁紙に似合った生活ができるのかと思うと、なかなか決められない気持ちとカタログを眺める楽しさが伝わってきた。店員の本心と表面的な言葉のギャップに現実を感じた。最後にすとんと気持ちの落としどころがみつかったとき、その気持ちが何となくわかる気がした。
【ターミナル2のウェンディ】
空港のターミナル2での出来事。人身売買されようとしている女の子には見えるあたしとのやり取り。「言葉を手放さないようにしようよ。言葉はあなたを守る盾にもなるし、武器にもなる。そしてこれが大切だけど、無料だよ」という言葉が印象的だった。
【女優S】
生年月日も生まれた時間も血液型も全く同じ女優Sの人生と自分の人生を重ねる女性の物語。老いを恐れる彼女が、老いていく上での有効な手段に気づくことになったきっかけがおもしろかった。
【ささやかな、あるいは取り返しがつかないもの】
読後、「夏のはじまりに音をつけるなら、」何なのだろうと、とても気になってしまう。今まで読んできた物語とつながっている、ずいぶん長く生きてきた女の物語。人生を繋ぎ止めるためのリズミカルな短編だった。