佐藤眞一のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ認知症というものがどういうものなのかを理解したうえで、言い換えフレーズを学べる構成となっている。
この「認知症がどういうものなのか」をわからずして、フレーズを覚えても全く意味がないし、たぶん使い間違ってしまうだろう。
相手のことを理解し、相手の立場に立って、コミュニケーションする。その心の部分ができておれば、おのずとこのような言いかえができてくるのだろうと思う。
たいていは、認知症の方のハンディを無視し、自分と対等のように接するから腹が立ち、心ない言葉を浴びせてしまう。
認知症がなければ、人生の先輩であり、バリバリと人生で成果を出してきた人たちであり、長い人生の苦労も乗り越えてきた尊敬すべき方々であるのに、認知症があるために、どういうわけか上から目線になったり、子ども扱いをしたりという態度となってしまう。
ここに紹介されているフレーズは、発想の転換などプロならではの、テクニックが含まれていると思う。
コミュニケーションの相手が、認知症の方であろうと、健常な方であろうと、その視点の転換、発想の展開による表現の仕方をしることはコミュニケーションの大きな武器となると思う。 -
Posted by ブクログ
症例が如何にもありそうである。しかし、行動の理由付けも、成程と思わせる。しかし、決めつけも多い。水戸黄門はワンパターンなので,ワーキングメモリの負担が少ないので安心して見ていられる上に、展開が読めて自分に対する有能感が感じられるから高齢者に人気があるとか言ったら、不愉快に感じる人もいるだろう。
それにしても,相手の行為を常に理不尽だと思わず、理由があると思えば楽になる部分もあるだろう。だからって、認知症の人の気持ちに寄り添ってなんかいられない。また、寄り添ったからといって、本当に状況が改善するとも限らない。しかしまあ、自分で抱え込まない、また、自分の反応を客観視すると言うのは役に立つだろう。 -
Posted by ブクログ
読めば、優しくなれる本ではないか。認知症の人に対してだけでなく、すべての人に対して、である。
本書においては、認知症とはどういうものか、認知症の人には世界がどのように見えていて、何が起きているのか?ということから、我々の目には奇異に映ったり、つい突き放してしまう、所謂「問題行動」の背景や、その行動に至る心の内、どのように接したら良いか?を解説する。
読み通して、認知症とは、とにかく、孤独に追い込まれてしまいがちな、怖く、また、気の毒な病気なのだなと感じた。自分だけが違う世界に放り込まれてしまったような怖さである。
特効薬もない現状では、本書のように、介護者や周りの人たちが認知症を理解し、相手の状況を考慮し、心情を想像し、工夫してコミュニケーションに取り組み、共に生きていくことが一番の支えなのであろう。
冒頭に、認知症の人に対してだけでなく、と書いたが、様々のことを知ったうえで、相手の心情を想像しながら、共に生きていくこと。これは例えば障害を持つ人、子供を持つ人、老若男女、どの人に対しても重要なことである。過度で悪い意味の「個人主義」(自分さえ良ければオールオッケー)とでもいうべきものが蔓延している現代においては、相手に対する想像力、また、その想像力を働かせるためのバックグラウンド(教養)が特に重要な意味を持ってくると感じる。
読書体験というのは、そういう、自分の知らない世界に生きる相手に対する想像力、そして教養を培ってくれるものである。
本書を読んで、実にいい読書体験ができたと感じる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2022.6
4章の認知症の人の苦しみを知るは、何度も読み返したい。
以下は抜粋したもの。
脳機能が上がることで、認知機能の低下をある程度防げるが、計算ドリル等に認められる効果は「認知機能の低下予防」であって、「認知症予防」ではない。
また、「意欲障がい」が軽度認知障がいや、アルツハイマー型認知症の初期に典型的に起きる。
…今まで楽しんでやっていたことも上手く出来なくなる苦しみは想像するだけで悲しいな。
認知症の人は、自由が奪われた腹立たしさ、自己決定できないつらさが日常のすべてにわたって起こっている。
介護者はどこまで、認知症の人の身になって、相手の気持ちを和ませながら、何度も同じことを告げたり、時間をかけて落ち着くのを待ったりすることが大切。 -
Posted by ブクログ
本文より抜粋。
認知症になれば、運転に適さなくなります。しかし、長年運転してきた人にとって、車は単なる移動手段ではありません。社会人になって、初めて買った車。その車に恋人を乗せて行ったドライブ。失意の中、一人車を走らせた夜の道。子どもができて、家族で遠出をしたときのこと。さまざまな思い出が、車には詰まっています。(中略)車を運転できなくなるとは、自由を失うことであり、幸せの象徴を失うことでもある。
老いとは、プライドとの闘いです。老いて弱っていく情けない自分と、人生の荒波を乗り越えて生き抜いてきた誇り高い自分。2つの自分の間で揺れ動き、引き裂かれそうになって、必死に闘っているのです。
認知症の人と介護する人は、一緒にいるのに違う世界、違う現実を生きています。認知の違いがズレを生むのですが、このズレが、認知症の人のアイデンティティを崩壊させ、孤独にしていきます。
(・物忘れなんてしない!あんたが財布を盗った!
・ここは私の家!私が責任を持って回してきた!
・こんな人たちと一緒に住むなんて!
→周囲から批判されたり、指図されたりする。多勢に無勢でそのズレによる溝は埋まらず、患者の描くアイデンティティが崩れてしまう)
かんそー。
認知症の人の世界を尊重すること。
そして彼らが何も自発的にできないと思うのではなく、まずは笑顔で接することから始めよう。それに同調して楽しくなってくれるから。そうすれば「認知症になった。これから私はどうなるの?」「上手く会話が出来ない」「この人は誰?」「ここはどこ?」という底知れない不安が少し、溶けてくれる。喜びの顔だけは、表情から心がわかりにくくなった脳にもちゃんと伝わるから。不安を取り除く、それが寄り添いの前提になるとわかった。
とても不安なんだよな、孤独なんだよな。
ちゃんと認知症の人たちが何をされたら嫌なのか、どうされたら嬉しいのかを学ぶ。「周囲」がそれを理解しようと努力する。まずは笑うこと。これならすぐにできる。でも続けることは難しいかもしれない。それでも、楽しいと感じる心を、人間は受け継いできたし、彼らが私たちにプレゼントくれたのだから、今度はこちらが笑って、彼らが笑ってくれるのなら、素敵だと私は思う。
本文はもっと具体的な、事例に基づく説得力のある文章です。私のかんそーのような思想を爆発させたものではない(悪しからずご了承)。認知症に寄り添うための、温かく的確な知識が載せられています。是非、読んでみてください。
-
Posted by ブクログ
先日、認知症の長谷川スケールで知られる長谷川和夫先生が亡くなられ、大きく報道された。効果的な薬もない認知症は、超高齢社会を突き進む日本の大きな課題となっている。
私は祖父母と同居した経験がなく、高齢となった親も幸いなことに認知症を患っていない。介護者の苦しみは想像するしかないのだが、一方で自分がどこにいるのか、何をしていいのかわからない認知症患者の不安も相当なものだろうと思う。
本書は「介護は知ることで楽になる」をモットーに、物盗られ妄想、暴言、徘徊等、認知症の周辺症状であるBPSDを一つひとつ丁寧に解説していく。佐藤先生の解説もわかりやすくて、いいのだが、本書を他の類書と違うものにしているのは、やはり途中に挟まれるニコ・ニコルソンさんのマンガだろう。あとがきで佐藤先生が、マンガが読者の「思考のあり方を大いに揺さぶる」と書かれているが、言い得て妙である。マンガの1コマに描かれる婆ルや母ルの表情や苦悩が、10の文章よりも雄弁に、認知症患者とその家族を語っている。
巻末の索引が「行動からさがす」となっていて、たとえば、〈お金を盗られたと言う〉や〈同じものを毎回買ってくる〉など、その理由や対応に読者がピンポイントでたどり着けるようになっているのもいい仕組みである。適度に専門的で、かつ読みやすい。認知症患者とどう向き合えばいいのか、その最初の一歩を踏み出す際に、本書は手助けをしてくれると思う。 -
Posted by ブクログ
かわいいマンガと解説で、認知症について知ることができる。認知症のひとの行動には理由があること、周囲の人は認知症のひとの行動が理解できず悩むが、認知症のひと本人も不安であることなど。自分では気づくことができない、知らないことがたくさんあった。性的逸脱についても触れられていて興味深く読んだ。
身近な人が認知症になったら?自分がなったら?と知らずに怖くて避けていたけれど、知ることで少し不安が減ったような気がする。
マンガに登場する婆ルは可愛らしくてほっこりするが、現実はこんなものではないだろう。今後も認知症について知る努力はしていきたいと思う。笑顔で接することからはじめたい。
佐藤先生のあとがきを読み、「なんでやねん!」人生を知って驚いた。ベネフィットファインディングへのポジティブな転換が素敵で真似したいと思った。ご両親の介護や弟さんの早すぎる死を経験されている佐藤先生のお話は、優しく寄り添ってくれているようであたたかい。 -
Posted by ブクログ
ここ半年くらいの間で、認知症に関する本をこれで4冊くらいかな、読んだのだけど、この本は漫画で示してその後に解説がある形式なためか、一番読みやすかったかな。もちろんこれまでの蓄積が少しだけどあるから、内容も入りやすかったのだろうけど。
あとがきで、人生にはなんでやねんということが本当に誰にでも起こりうる。認知症にならないために脳トレしていてもなるときはなるし、運動して食生活に気をつけていてもガンになるときはなる。でもそこから学ぶことが大事なんだとあって、今はそうありたいと思うしできるとも思うのだが、さて本当に自分に起きてしまったら、カミさんに起きてしまったらと考えると自信はないな。
親父の認知症も、まだまだ出ていない症状はあるし、それらがこの後出るのか出ないのかもわからないが、まあ一つこういう本を読んでよかったのは、優しく考えられる様にはなったことかな。まだまだだけどな。 -
Posted by ブクログ
私は高齢者の方が多く住む町で接客業をしていますが、たまに認知症の方が何度も来店し何度も同じことを尋ねてくるので仕事が進まないことがありました。しかし、この本を読んで認知症の人とそうでない人の見る世界が違うことが分かってよかったです。
私たちから見ると何度も来店しているのでイライラしてしまい突き放すような言葉を言ってしまいますが、認知症の方から見れば何度も来店したことも尋ねていることも全て忘れてしまっているので店員にキツイ言葉をかけられていることを理解できず混乱し怒ってしまったのかなと思いました。
私たちができることは認知症の方と店員の間だけで解決するのではなく、地域のサポートセンターなど専門知識のある方たちと連携して助け合わないといけないのかな思います。