岡ノ谷一夫のレビュー一覧
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小説家・小川洋子さんと、動物行動学者の岡ノ谷一夫さんが言葉の誕生について語る対話本。
岡ノ谷一夫さんは鳥の歌の構造などから、人間の言語の起源について考える研究などで知られる方で、この本にも動物の行動などからたてた言葉やコミュニケーションの誕生についての仮説が数多く載っており興味深かったです。
特に、ひな鳥が餌をねだる声は餌をくれないと天敵を呼ぶと脅迫しているという「脅迫仮説」は今まで考えたこともなかったので驚きました。少し調べてみたら、鳥の鮮やかな色の卵も抱卵を促すための脅迫という説もあるそうで、よく出来ているものだなあと……。人間の子どももずいぶん大きな声で泣いたりしますが、起源としては鳥と同じなのかもしれないですね。証明は難しそうですが、想像が広がります。
小川洋子さんは小説だけではなく対談本などもたくさん出されていますが、相手から言葉を引き出すのが上手でいつも感心してしまいます。
エッセイなどとも違い、リアルタイムでの適切な反応を求められる分、考えのアウトプットがスムーズにできないと難しいかと思うのですが、自分の考えも、相手の言いたいこともスムーズに言語化できるのは本当に凄いですよね……。仕事柄人の話を聞く機会も多いですが、憧れてしまいます。
小川洋子さんの別の対談本、臨床心理学者・河合隼雄さんとの『生きるとは、自分の物語をつくること』なんかもおすすめです。 -
Posted by ブクログ
著者の岡ノ谷さんが、カナダで鳥類の研究をしてゐると、いろいろあって帰国せざるを得ない状況が出る。
しかもハダカデバネズミとやらいふ社会性のネズミを押し付けられる。しかも発見し、それが社会性と言ふ奇怪な習性を持つのを発見したJ・ジャーヴィス御大の飼ひ鼠と言ふありがたすぎるものの!!
いろいろあって帰国した岡ノ谷先生は、大学といふa勉強とb動物の飼育に不適合な環境で、ジュウシマツと共にデバを飼ひつつ言語の研究をする。
なんか知らんけど、このデバさんは、ジェスチャーだけでなく、その言語のやうなものを操る能力も持つ。
最後に、「歌う!ハダカデバネズミ!」は、謎の感動が。 -
Posted by ブクログ
一時期、一部の間で流行っていたらしい「ハダカデバネズミ」を、遅まきながら読んでみた。
アフリカ北東部のソマリアあたりに生息し、毛がないのは寄生虫対策との説が有力らしく、歯は口唇を突き破って生えているといった、いわゆる生態などが説明されている。
また、その生活は集団で過ごし、アリやハチのような真社会性(繁殖は女王デバの役割で働きデバなどそれぞれに役割が決まっている)を持っているとのこと。
子どもが生まれたら体温をキープするためにひたすらふとんの役目をするふとん係もいるそうだ。
研究対象としてデバを選んだ理由として、その脳と行動を調べることにより社会が特化していく際の生物学的な変化を調べることを期待した、とのことだが、成果はあったのだろうか。 -
Posted by ブクログ
言語と情動の研究者である著者が、ハダカデバネズミの生態について紹介する本。
ただの生き物図鑑としてではなく、ハダカデバネズミを観察することで何が分かるのか、人間の言語についても分かるのではないかという著者の研究についても触れられていてとても面白いです。
切なかったのは、ハダカデバネズミの女王はアリやハチの女王とは違って下克上によって作られるため、死因が病死か下克上ということ。
あと兵隊のハダカデバネズミは自らを犠牲にして仲間を守るということ。
そして音の高さや低さや声の出し方でコミュニケーションを取っていて、身体の小さい個体が大きな個体に対してだけ出す鳴き方などもあるらしく、すごく面白い。
あとハダカデバネズミとは一切関係ないけど、共著者である吉田君が書いている部分の「新しいことを発見するとすぐに他人に報告したくなる僕は(でも決して秘密が守れないわけではありません」というところにときめいた笑 -
Posted by ブクログ
楽しい!小川洋子のように、言葉遣いに意識的で異分野異文化に好奇心をもつ作者だからこその「科学者に聞く言葉の起源」。
共著者の岡谷氏は、鳥(ジュウシマツ)やハダカデバネズミを使って研究している。オスメスの求愛や集団内の社会的なコミュニケーション手段としての言語が出発点。
本書の指摘で特に面白くヘェ〜と唸ったのは2点。
一つは、言葉が時間を生み出したということ。もう一つは、コミュニケーションが持つ"つながること"そのものの魅力。
私はそれを、「言葉の持つ再生機能が『今、ここ』ではない時間と空間を可能にした、その装置の名は『物語』と読んだ。そしてそれが死という時間の流れが止まってしまうイベントの克服あるいは受容だったのだ、と。
小川はその物語を書き留めるのが作家の仕事、と語っており、しびれた。格好イイ。
「パントマイムでは3日前って表現できないそうですよ」という発言にも唸らされた。
二つ目の「コミュニケーションって、情報の伝達(中身)よりもコミュニケーションをとっているということそのもののが快感で目的になってしまいがち」という点。知識としてはずっと前からの知っていたことではあるけれど、他人事だった。twitterおよびfacebookにどっぷり浸かるようになってからは「ありゃ、自分のことだ」と新鮮に感じたのでここに記す。
ただし、題名には感心しない。「科学する」って安っぽい。「野菜する」って言われてるのと同じ感覚。「哲学する」「科学する」という言い方には、「本気のハードコアではありません、お遊びでちょっとのぞいただけだから間違っても許してね。ほら、科学するって日本語として間違ってるし」という媚が見える。