塩﨑香織のレビュー一覧
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読んでまず思うことは、過去を知り、未来に繋げていくことは、今を生きる私たちの礼儀なのだということ。
日本が開戦するという判断をしたこともどうしても悩ましく思ってしまう。なぜあれほど、このドイツに期待していたのか。もっと早く、ドイツが降伏した時、せめて広島に原爆が投下されたのち、すぐに降伏できていれば...長崎や満州での被害は抑えられたのに...と思ってしまう。
まあでもソ連が味方してくれることに期待していたのでしょう。しかし現実的に考えてくれ。ドイツが不可侵条約を破ってソ連に侵攻してるのにその同盟国の日本に味方する訳ないじゃないですか。
広島に原爆か投下されたと宣言されても、本当か分からなかった、まさか何発も持ってるって思いたくなかったのでしょう。
希望的観測が過ぎるよ。
けれど、当時の一部始終を知っている訳ではない私に、こんなことを発言する権利はないのだと思う。それでも、考えることは、2度と同じ過ちを繰り返さないために必要なことだと思う。だからこそ、今の私が感じたことを記しておきたい。
戦後しばらくして書かれたものではなく、アウシュヴィッツ収容所内で、戦後すぐ書かれたこの著書は、恐怖の「温度」が違った。
そして、ナチスやSS、その他の誰にも奪うことのできない、心の中にある「愛する人を想う気持ち」が人を救うのだと思った。(救うというのは、命を救うという意味ではない。)
ただ、著者が生きた理由であるフリーデルと戦後に再会し、念願だった生活を共にしたにもかかわらず、12年後に離婚したことを知り、胸が苦しくなった。
時が体の傷を癒しても、心の傷が癒えることはない。
知ること、考えること。そして、忘れないこと。
犠牲になった方々に敬意を。
メモ
・アウシュヴィッツに収容されたのはユダヤ人だけではなく、ソ連を含むヨーロッパ国籍の政治犯、同性愛者、エホバの証人なども多くいた。
・アウシュヴィッツ収容所では単なる労働だけでなく、女性を不妊化するための実験も行われており、成功したか確認するために売春宿で働かされていた。(亡くなった方がほとんど)
・フリーデルを助けた医官があのヨーゼフメンゲレ。 -
Posted by ブクログ
『脳のなかの免疫、免疫のなかの心』は、神経科学、免疫学、精神医学、マイクロバイオーム研究という広い領域をつなぎながら、人間を一つの統合されたシステムとして捉え直そうとする本です。
幅広い研究を一般読者にも理解できるように紹介する手際は見事で、専門知識がなくても十分についていけます。
本書は、大きく三部に分かれています。
第Ⅰ部では、神経系と免疫系が医学の歴史のなかで別々の領域として発展してきた経緯をたどりながら、実際には両者が解剖学的にも生理学的にも深くつながっていることを説明します。
さらに、そこへ腸内に生息する膨大な微生物、マイクロバイオームが加わります。
脳、免疫系、マイクロバイオーム。この三者を著者は互いに独立した存在としてではなく、身体と外界との境界を守る巨大なネットワークとして描いていきます。
第Ⅱ部では、その防御システムがうまく働かなくなったときに何が起こるのかを見ていきます。自己免疫疾患、抑うつ状態、慢性炎症、ストレス、Long COVID、さらには認知症など、さまざまな病態が取り上げられます。
第Ⅲ部では、食事、運動、睡眠、人とのつながりなどを通して、この防御システムをどう健全に保つのかが論じられます。 -
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2025/07/23 17
私にはとても難しい内容、2回読んだ。持続痛(慢性痛)は危険を体に教えるための装置。無痛症を羨ましいと思ったが危険察知できないので短命が多い、なるほど。痛みが常に体中にあり日により場所も移動する場合、どれを持続痛と捉えたらいいのだろうか。線維筋痛症で悩み中で『期待の効果』は身を持って理解。知識の裏打ちのある信頼できる医師に診てもらいクリニックにかかる事で痛みが和らぐ、気のせいではなかった。他のことに集中することとACTは主治医も同じことを話してくれるので自分で解決しなければいけない問題なのだろう。編みもので痛みを感じない瞬間があるとのこと、さっそくやってみる。 -
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ミシガン大学の人類学名誉教授でプラセボ効果の専門家であるダン・ムアマンは、自分の薬にむかって話しかけるそうだ。「やあきみたち、すごい仕事をしてくれるって信じてるよ!」
誰かの痛みを感じることは、必ずしも誰かの痛みについて何か対策を取ることにはつながらない。共感と思いやりとは別ものだ。現に、この二つが正反対の効果をもたらすことも良くある。私たちが誰かの痛みに共感し、そのことに満足感を覚えるとき、結果として得られる報酬の感覚から、実際のところ何ひとつ達成していないのに達成感をもつことがあるかもしれない。そしてまた、誰かの痛みを目にすることで痛みや不安、苦痛を感じるなら、私たちはおそらく他人を助けるよりも自分のことにかまけるようになるだろう。この見かけ上のパラドックスを解くカギは、誰かの痛みを―一歩引いて―感じる能力を養うことだ。実験では、参加者に対して自分自身、すなわち痛がっている誰かの痛みを感じている状態に注意を集中させるよう指示すると、痛がっている人に手を差し伸べることを控える傾向が現れる。痛がっている人を見ると自分を守るような行動が促されるのだから、これは理解できる。ところが、参加者が他者志向であることに集中すると、自分が抱いた共感を慈善的な行動に転換させる傾向が強まる。
本人がポジティブな気分であっても笑っていなければ、痛みの閾値に上昇は認められなかった。
(笑いは誰かと一緒なら一人のときより30倍起こりやすい)
女性は男性にくらべると(平均して)痛みへの耐性が低く、痛みの強さを高く評価し、より長い時間にわたって痛みを感じる。
コークヒルはさまざまなタイトルを発行する雑誌の編集部で制作担当者として働くことになる。その編集部は手工芸の雑誌を多く手掛けていた。「最初に任せてもらえた仕事のひとつが投書ページの整理。でも手紙を読みはじめたら、すぐにわかった。その手紙のほとんど全部、そうね、98パーセントは、手芸、特に編み物にどんなに良い効果があると思うかということが書いてあったの。」
…運動は、軽いものから徐々に強度を上げていくやり方であれば、抜群の鎮痛効果をもたらす。運動をすると、抗炎症性や沈痛性のある物質が詰まった身体の薬箱が開くほか、身体組織の回復と栄養分の供給が助長される。しかし、編み物をしているときの動作にはもっと複雑な意味合いが重なっている。リズミカルな反復動作は、天然の興奮剤で痛みの緩和剤でもあるセロトニンの放出を促す。編み物は身体の左右両側が関係する調和のとれた動きだり、集中力を要する上、刺客的なインプットに依存しているが、これを修練する過程では本当に脳の再配線が起きる。
「よい呼吸」をするための方法については多くのバリエーションがあるが、そのポイントは分かりやすい。5秒かけて、鼻からゆっくりと深く、お腹がふくらむのを確かめながら息を吸う。1秒息を止めたら、今度は7秒かけて息を吐き出す。息を吸い込むときに動くのはお腹だけだ。できれば10~15回の呼吸を1セットとして、これを日に3~5セット繰り返す。 -
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痛みとは組織損傷の尺度と一般的にみられているし、医師もそのように考えている。その方が説明しやすいという点もあるがそうだとすると組織が治癒したにもかかわらず持続する痛みは心因性と処理されて厄介なものとしてしか扱われない。
しかし、痛みには身体の末端から脳まで伝わる痛みの信号というのはなく、侵害受容器、侵害信号というのもがあるだけで、それを受けた脳が痛みを作り出しているだけである。
痛みは安全装置であり、免疫系などと協力して、身体を危険から保護する役割を担っている。持続痛などは継続的な痛みに脳がオーバーヒートしている状態であり、保護装置が適正に働いていない脳を適正な状態に戻すための対応が必要であり、ここでは催眠、編み物、痛みの知識を患者や対応する医療関係者が持つ必要が、痛みからの回復のため必要である。
また痛みは、老化を促進し、寿命を縮める。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「タコの心身問題」に続いて、哲学を生物学(または生物が活動する様子)からボトムアップした本。翻訳者が異なるからか、ことば遣いの端々に幾ばく難解なきらいがある(読点と読点の間が長い)ように思える。が、おもに頭足類を扱った前著より、時代もいきものもさまざまな分野から取り扱われていて、なんというか、「とっちらかりながらおもしろい」。本著のテーマの主格はおそらく『経験』で、これは、あっさり「どれにあってどれにない」とは片付けられない。表現しづらいが(たぶん読まれたほうが早いでしょう!)、「感覚器官で得るもの」と「得たそのものの集積」、「自他の区別(自分が他者とは別にあるという感じ)」などがいきもの、あるいは個体ごとにごた混ぜになっている、という風だ。時代も場所も(陸や海や気候etc.)違う個体ごとに、それぞれがグラデーション、ヴァリアントになっている。わたしはそう読み取った。AIの不可論のくだりも興味深かった。
ただ、日常の会話(コミュニケーション)を通してさらに構成され得るのが人間特有の心だとし、生まれてくるものと自分でつくるものにそれが大別されるならば、ほかのいきものにどうしてそれが(グラデーションのかたちにしても/擬人化ではなく!)できないのか。そこが理解しきれなかった。