北鎌倉で有名な縁切寺の1人娘があなたの離婚をお手伝い。
離婚訴訟を専門とする弁護士、松岡紬の活躍を描く連作短編お仕事小説。
物語は、各話で視点人物が異なる。
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夫のモラハラや束縛に耐えきれずに、生後 10 ヶ月の翔を抱き着の身着のままで家出した聡美だったが、それに気づい
...続きを読むた夫の亮介の動きは速かった。妻は実家に帰ると踏んだ亮介が駅に先回りして待ち伏せしているのを見て、慌てて背を向けた聡美の目に映ったのは、縁切寺として有名な東衛寺だった。
妻の姿をいち早く見つけた亮介が聡美の名を呼びながら駆けてくる。思わず聡美は東衛寺に向かって走り出したが、赤ん坊を抱いた聡美と亮介の距離は縮まるばかり。
絶望的な気持ちで寺の境内に逃げ込んだ聡美を匿ってくれたのは、20 代後半ぐらいの、小柄で清楚な女性だった。 ( 第1話「くやしくば尋ね来て見よ松ヶ岡」) 全5話。
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新川帆立さんお得意の弁護士もの。でも新川さんの他の作品とは趣を異にしていておもしろかった。
まず舞台設定がいい。北鎌倉の縁切寺。
駆け込み寺として古くから名高い東慶寺をモデルとしているのは明らかで、年若い弁護士の紬の事務所にも箔をつける役割を果たしています。その事務所も寺の蔵をリフォームしたもので、ますますいい感じです。
そして扱う案件が縁切寺にふさわしく離婚問題。この設定もいい。
離婚に至るには精神的にも体力的にもかなりの負担がかかります。藁にも縋る思いで駆け込み寺に逃げ込んでくる女性に寄り添う主人公。ストーリーとしても魅力的です。
付け加えるなら、各話のタイトルとして東慶寺に絡む川柳が使われているところも洒落ています。そしてタイトルの川柳は当然モチーフにもなっていて、とても興味深かった。
最後に人物設定。
主人公は松岡紬。東衛寺の1人娘にして絵に描いたほどの美人弁護士です。
ただし、新川さんはこの紬に3つの個性を設定しています。
1つ目は、整理整頓が大の苦手であるというところ。
これは片付け上手の聡美を事務所スタッフに迎える上で必要な個性でした。実際、聡美の活躍や存在感は物語を展開させる上で、大きな役割をはたしています。
2つ目は、まったくひどい方向音痴であるところ。
そのひどさはミッション遂行に差し障るほどですが本筋にはあまり関係なくて、笑いを取るシーンで少しばかり役に立っているぐらいでした。
そして3つ目が、アロマンティックアセクシャルであるというところ。
恋愛欲求も性愛欲求もまったく持ち合わせていません。
この3つめについては最初、男女の愛憎問題の最たるものである離婚を扱うのには不向きでないのかと思ったけれど、却って冷静に問題を捌けるという展開なので、大いに納得しました。
ただし子どもの頃から紬に想いを寄せ続け、紬の特性を知った現在でも密かに紬を守るためにそばにいる出雲が不憫で仕方ありません。なんとかならないですかね。
その他、前述の聡美に出雲、紬の父僧侶の玄太郎と、紬の弱点を補うメンバーを揃えたところは、さすが新川帆立さんだと思いました。
ストーリーについては、女性の自立やDV、同性婚など、現代的な問題をヒューマンドラマに仕立てているし、最終話はミステリー仕立てなので、読んでいて退屈しない出来栄えでした。
ただ新川さんの他の作品と違い、主人公が大車輪の活躍を見せない ( その分、聡美や出雲が活躍するのですが ) という展開なので、新鮮さが半分、あてが外れた感半分といったところが読後感でした。