岡田悠のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
平たく感想をいうと「なにこの人、超ウケる」
もっと短くいうと「やばっ」なんだけど、それで言い済ませてしまうともったいない。
この「どうでもいいこと」を考察(というかもはや研究)してしまうあたり、超ウケるし、やろうと思ってしまうあたり、ヤバイ。
『1歳の君とバナナへ』で知り、めちゃくちゃおもしろいので『0メートルの旅』も、この本も、わりと短期間で続けて読んだ(感想を読書メモに入れていて、更新していなかった)
子どもの自由研究の延長がどこまでも、何歳になっても、ずっと続いている感じが素晴らしい。
イグノーベル賞やタモリ倶楽部が好きな人は、きっとこの本を楽しめるだろう。
飲みかけのまま放置していた午後の紅茶、ミルクティー味との日々と別れ方。
ドコモ太郎の「人とナリ」の研究。
トーマス合計490話の事故分析。
「色彩ヘルパー」という色の名前がわかるアプリで、部屋の中にあるモノの色の名前を片っ端から調べ、269色全てを家中から探し出してみたり。
いやはや…
自分の子どもが将来、空想を巡らせながら何かに興味を持ったとき、どうしようか。「そんなくだらないことを」と言うかわりに「あなたのアタマの中だけではもったいない、ブログかなにかに書いてみたら?」と言える大人でありたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ【台所】
【リビング】
【トイレ】
【寝室】
【風呂】
【書斎】
【部屋】からなるオムニバス形式の本。
【リビング】がめちゃくちゃ面白くて、腹がよじれそうになりながら、肩を振るわせ笑った。
docomoの取扱説明書にでてくる、ドコモ太郎の人生が、めちゃくちゃ面白い。サイドストーリーの最後のオチが秀逸。
【寝室】の2つの花の定期便サービスからなる、花言葉から恋愛リアリティーショーを、考えてしまうストーリーが、めちゃくちゃ面白い。サイドストーリーが、マジですごい。最後、怖ーって展開でした。
他のストーリーも良かったですが、この二つは特に良かったです。 -
Posted by ブクログ
[共感した/手が止まった文章]
・僕はこの音を聞き、この景色を見るために南極にきたのだと思う。死ぬ時はこういう風に死んでいきたいと、そんなことを初めて思った。
・予定になくても、意味がわからなくても、ただ心の赴くままに飛びこんでいく。そうして飛び込んだ先が温泉じゃなくたって、きっと違った色を見ることができる。そうやって僕の視界は、これからもアップデートされ続ける。
・だが僕は、抑えきれない衝動をすでに抱えてしまっていたのだ。
・「サマルカンドでは、天と地が、青の青さを競い合う。」
・大切に抱えてきた福沢諭吉は、ここでは無名の人だった。人が価値を信じなければ、紙幣はただのおしゃれな紙でしかない。資本主義の本質に触れた気がしたが〜
・隣国への憎しみを、観呼の叫びに変換しよう。世界中の国境で振り上げられた足が点をついた時、もしかしたらほんの少しだけ、世界は優しくなれるかもしれない。
・〜確かに辺境に行くほど理解の及ばない文化に出会えるし、予想もしないトラブルに巻き込まれる。作家の開高健はそれを「抵抗感覚の快感」と呼んだが、異質な存在との遭遇が旅の魅力であることは間違いない。
・〜己の目に見己の耳に聞いた事柄を貧弱な頭で消化してこれから書き記して後日記念として見たいと思ふ。基礎知識らしいものもない、まして参考にする書物もなき。ほんとうの白紙の上にただ見た事聞いた事をああこう思ふままに書きつけて見るだけである。
・「今思うと、もっと大人が学生を信じるべきだったんだよね。学生ならではの奔放さ、未熟さってものを受け入れるべきだった〜」
・旅とは消費するだけではなく、ときには創りあげる行為である。
・想像通りの毎日が続く中で、思い通りにいかない時間がありがたかった。
(旅とは、そういう定まった日常を引き剥がして、どこか違う瞬間へと自分を連れていくこと。そしてより鮮明になった日常へと、また回帰していくことだ。)
・〜ただ、目の前に夢中になった瞬間があった。予定不調和を受け入れ、偶然に身を委ね、新しい景色を創った瞬間があった。
[読書中の突発メモ]
・死ぬ時の情景に対するWillやTo Beはまだない。ジャスト死ぬ時、誰が隣にいてほしいか? 自分がどんな状態か? を思考しても良い。また、自分が一生で何をしてきたのか、そこに対して何を考え、どう感じるのか? そこに美しさや感動があるのか。何を為したか。など、状態への思考でも良い。そろそろタイミングではないかと思う。人生上のミッション(=使命・大目的)を見つける、定める上で。
・神が作ったとしか思えないものを追い求め、探求することでしか得られない感動と美しさがあると思う。理系的な学問の美しさへの感動は、そこから生まれている感覚。(物理学、生理学、天文、医学、、
15歳の春に、運動方程式を微分方程式で証明した日のことは忘れられない。
・詩について触れたい。なんの作品で思ったんだっけ、、短い言葉の選び方や置き方、順番に〜が光る。まだ受験やテストの例題でしか触れてきていない。これは非常にもったいないはず。自分も詩的な言葉を紡げるようになりたい。
・シク教
・「固唾を飲む瞬間」「刹那的な瞬間」を増やしていきたいかも。
・確かに記憶に残り、価値観化した想いは、もともと調べていたことや知識ではなく、自分がその場で、その場から、考え感じたことであることが多い。(ミュージックパブでの演奏や電車でのハイタッチから感じた「国境のなさ」。戦争を辿る中で、長崎原爆資料館前の爆心地であの夏感じた「生による鎮魂」の気持ち。
[徒然草]
「旅とは何か。」の問いを思考するには、私はサンプル数があまりに少ない。
家族での旅行は過去あまりなく、全部国内の主要観光都市かディズニー(3〜4年に1度程度)。つまり、大学生×コロナが明け始めた2022年以降が、自分にとって自由な旅をようやく獲得できた時間。
まずは当時研究していた、また高校時代に研究対象にしていた、ザンビアかウガンダに行こうとした。が、全てのワクチンを打った段階で、最後に親の許可が必要になり、サインを求めた結果、拒否をくらって行けなかった。
大学時代、いわゆる綺麗な海外(ウィーン・パリ・プラハとか?)は「後からでもいつでも行ける」と思っていたので選択肢になく、むしろ20代の体力がある時に、お金がなかったとしても、自分の体と感性をフルコミットできる場所に行きたかった。
なんやかんや言い訳をしてしまって大学時代に海外に行けなかったことと、運転免許を取らなかったこと、英語学習を怠けたことはとても後悔。移動と言語さえ突破できればなんでもできると思っているが、過去の自分も今の自分も、自力では公共交通機関のある場所にしか行けないし、言語もとても拙い。
当日の電車賃も災害用の小銭入れから調達するくらいお金もなかった(学生支援団体の方に全てを溶かすことを決めていた背景)ので、もちろん旅に使えるお金はごくわずか。
だから、できることと、
・楽しい
・現場を知れる
・全く知らない何かに触れられる
・自分の気持ちがアガる
・刺激がある
・人に触れられる
ことを満たすのは、離島巡りだった気がする。
ご飯は美味しい、人は少ない、自然が溢れている、地元民はあたたかい。
当日、出発直前に安くなる飛行機を狙って、ふらっと空港に行き、電光掲示板を見て行きたいところを決め、一旦行く。
行ってみないと何もわからないし、始まらないし、終わりもしない。
個人的には、真っ暗な部屋で1人で猛烈に集中する、または幽体離脱レベルで本を読むことも、旅に近い感覚。
要素としては、
・日常の状態/自分から、一瞬でも100%離脱可能(思考を個体から剥がし、目の前の事象にフルで振る
・どのタイミングでも良いが、今の自分目線に思考を戻して俯瞰できる
・その結果、今を起点とした将来への期待感や興奮を感じられる(変化する自分への期待、そこへの興奮。なんかクレカみたいな感じ
(うーん、でもなんかあんまりしっくりこないな、、、
著者の「旅とは、そういう定まった日常を引き剥がして、どこか違う瞬間へと自分を連れていくこと。そしてより鮮明になった日常へと、また回帰していくことだ」にはとても共感。
これが所謂「旅」でなくても、条件を満たせば自分にとっては〇〇な体験となる。
広義の〇〇な体験の中に、ここで定義された「旅」がある感じが近い。
だから、「旅とは何か」の問いはちょっと限定的な感じがする。
(〇〇な体験の、〇〇に合う言葉がわからない)
小さい時から小学生で最も熱中して読んでいたのは伝記。
エリザベス・ブラックウェル、キュリー夫人が最も刺さっており、当時読んでいた伝記では「自分だけの使命を見つけ、全うする」ことが描かれていたと解釈し、それを「命の使い方」として受け止めた。
高校・大学でいろいろあり(記憶障害、難病のあれやこれやで長期入院)、10代後半から20代前半で一気に、そして今も、「自分の使命はどう見つけるのか? 命をどこに張ればいいのか?」が命題であり続けている。
生きたくても生きられない、命に限りがある人が思春期に身近におり、また自分も精神的にも身体的にも危機的な時代があったからこそ、
・「心も体も、明日生きている保証なんてなく、有限である。」
・「目の前の瞬間の重なりが、自分の人生の時間そのものなのに、どうしてもっと本気で生きようとしないのか。」
という、爆発的な怒りに近い感情が、常に自分と、時間を軽視している人間に対して向いてしまう。
コトでなくても、想いでもミッションでも良いから、人生上の命題が欲しい。そこに向かって死ぬ気持ちでコミットする青春が欲しい。
その過程と先に、死への解釈がありそう。
結果として欲しいものはないが、解像度を上げる、解釈し続ける努力は、自分を大切にする観点から行いたい。
国境を越えるものは美しいなと思う。音楽や学問、人々との交流含め。まだ数個しかないから、経験としてそのサンプル数を増やしたい。
カンボジアの子どもの笑顔が温かいのはどうしてだろうな。
列車から手を伸ばして市場の人々とハイタッチしたあの瞬間、ミュージックパブで全員が音楽に、お酒に酔い、心地よく感じた瞬間、国境がなかった。自分を飾る必要もなく、所属はなかった感じがする。
また、なぜか旅行してよく思うのは、自分は今の状態でタイムスリップしたら、何も過去に残せないなということ。
人類の知恵・知識として、再現可能な状態で人に教授できるものはなく、人間は100年程度しか、特定の時代にしか生きられないのに、「今の時代に生きている」意味を自分に持てていない。
何にでも意味を持たせる必要はもちろんない。が、この瞬間、この時代に、日本に生まれたことに意味づけしたい自分がいる。
日常でない環境に自分を置くことで、自分にどんな化学反応があるか? 何が結果として出てくるか? をフラットに実験するのはとても面白い。自分が変容する可能性があることも含め。
それをアドレナリン的な刺激として一部求めつつ、インプットとして自分という器を変容させる・大きくすることを含め、旅や読書、映画鑑賞、対人コミュニケーションを求めているのかも。
とっても徒然草的な拡散。 -
Posted by ブクログ
旅エッセイ結構好きでいろいろ読むけど、なかなか最後まで面白いって読み終えられるもの意外と少ないんだよな。さくら剛氏と岡田氏は今のところ私の中ではツートップ!(大御所、浅田次郎先生の旅エッセイは別格で好きです)旅エッセイは笑いに振り切ってもらうのが一番!こんな旅は自分には到底行けない出来ないってのをスパッと現地に行っていろいろ巻き込まれてボケてツッコんで…そんな能力とセンスがあるからこそ現地の人と味のある交流ができたりぶっ飛んだ経験ができるんだろうなぁ。後半、コロナで旅ができなくなって部屋の中でエアロバイクとGoogleのストリートビュー繋げて日本縦断するところは尊敬に値する。頭のいい人はやることも文章も面白い!