森下裕美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレオンナノコになりたいオトコノコ。
不妊治療にひとり悩む女性。
歳をごまかして、恋愛をするオトコノコ。
みんな、一生懸命。
『少年アシベ』、『COMAGOMA』と愛読。
ただ、この『大阪ハムレット』は私の読んだ2作品と違って4コマ形式ではなく、雰囲気もちょっと違う。
『ぼのぼの』を描いているいがらしみきをさんの『Sink』を読んだ時のように、形式が変わったことによるギャップに”酔う”かも!と不安で、雑誌などで紹介されてどんどん注目されている中、手をつけられずにいた。
(*『Sink』はギャップだけでなく、作品自体が強烈。ネットで公開されている時に全部閲覧していたのですが、毎回ゾォッとしながら読んでいました。非常に怖い!!!)
確かに、『大阪~』には『アシベ』の時のようにキュートで愛らしい、というポイントはないかもしれません。
でも、読み終わった時に、口元が緩んでしまうようなお話。
そして、涙腺も緩んでしまう。
そんでもって、時々笑ってしまう。
”笑い”は『アシベ』とやはり似たようなところがあるかも。
アシベのはつらつ!とにかく明るいところがスキ!というひとにはもしかしたら受け入れにくい作品かもしれませんが、私はOKでした。
けっこう奥深い、確かに良い、この本。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ読み始めたら先が気になって一気に読みました。ここまで話が広がると思わなかったですが、ひとつ行き着くとしたらこうなるのかなという感じです。物語的にも、哲学的にも。
チコが可愛くてエロくて純粋で危うげで、それと地に足ついたトモちゃんのコンビは見ていて安心できたし、こんな友達がほしいと思わされました。
ただラストが広範な真理とか生死、ある種の宗教哲学のようなものを描いているため薄味なのかなと一気読みして思います。トモちゃんはすごいブス、というタイトルのインパクト、車谷の録画録音フェチという設定、先生の緊縛趣味とすごく独特で人間味がある設定たちが、途中からなくなってしまったようにも見えて残念でした。
2~3巻の、先生が出てきて五人でわいわいしてる下りが一番キャラが生き生きしてて面白かったかも。
ラストはある意味安直なハッピーエンドともいえるだけに、ひとひねり、キャラの個性を出すといいと感じました。
チカが働くのが性風俗なのに、性欲、性交が汚ならしいものじゃなく、人を救うものとして一貫してるところがいいなと思う。
アントニオが兄を選ぶのも納得のいく、重みのある決断で、一本筋が通っておりよかったです。
最高にドキドキしたのはやっぱチカが酔ってオナニーし出すのと、それを盗撮する車谷のシーンでした。あれはエロい! -
ネタバレ 購入済み
深くて結構きつい哲学書的な…
一巻を読んで面白かったけど、絵もストーリーも同時に強烈な毒気に当てられたので、しばらく放置してました。一巻を再読して、引き込まれて最終巻まで一気に読了。友情、親子間きょうだい間男女間の愛情、虐待、性風俗、風貌の美醜、大事な人を喪うこと、生きること…とにかくたくさんの問題提示に考えつつ読みこみました。ハーレクイン好きの単純な私には刺激が強かった。でも面倒くさがりの私が感想を書いておきたいと思うほどの魅力ある作品でした。(ちなみにこれ以外では「その女ジルバ」だけ書きました。こちらも考えさせられたから。)面白い感動する作品はとても好きだけど、私は読んだ後に考えさせられるものがもっと好きなのかもしれません。やはり知らずに自分を投影しながら本を読んでいるのでしょうか。どうしても主観で読みますものなー。
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Posted by ブクログ
【これはタイトル詐欺】
ただし読んで損はない。ルックスに対するコンプレックスをネタに描いた漫画は、けっこう出回っているし、新鮮さも無いので、そういう内容ならむしろ遠慮したいところだった。しかし、タイトルからは想像もつかない割と哲学系よりの内容であることに驚いた。
【話の展開】
長年の引きこもりで精神的にまだ幼いチコを支えるために奮闘するトモ。社会復帰にチコが選んだのは性風俗。そこで出会う多種多様な人々の闇や葛藤、成長をコミカルに笑いも含めて描く。シリアスな展開でも、デフォルメされたキャラの可愛さやゆるい雰囲気が緩衝材となりとても読みやすい。終盤にかけての展開が少々まとめ過ぎというか早足な印象を受けるが、アダルトな物語に含まれたメッセージ性の高さと独特な雰囲気は結構好みだ。 -
Posted by ブクログ
3巻に至って、チコちゃんは風俗まがいから本物の風俗に移行する。それはただの深入りではなく、チコちゃんが社会性を獲得するための通過儀礼でもある。チコちゃんが社会性を獲得してゆくのは、極めてパーソナルな事情の積み重ねたプロセスの結果としてある。自分の手の届く範囲で出会った人々の個人的な事情、その奥の深淵を覗き込みそれに寄り添う。そうして少しづつチコちゃんは世界を広げ社会性を得ていく。ソーシャルなんちゃら的な何かとは逆の地味なプロセスといえる。
このプロセスを実現させているのも、ドブスのトモちゃんがいてこそ。チコちゃんにとってトモちゃんは世界と接続するためのただひとつの扉。
チコちゃんが自らの世界を徐々に広げていくにしたがって、トモちゃんの役割はチコちゃんを世界と繋げる主体的な役割から、繋がりを見守る役割へと変化していく。そして、タイトルとは裏腹に、その存在意義は不可避的に減少していく。
やがてチコちゃんが一人で世界と対峙できるようになった時、おそらくトモちゃんとチコちゃんはさよならするだろうし、その時こそ物語が終わるときだろう。 -
Posted by ブクログ
2巻はさらに様々な人々に出会うチコちゃん。少しづつ社会性を得ていく。
んで、チコちゃんのバイト先の同僚の名が姜さんというのは、この作品というか森下の姿勢を示す象徴的な部分だと思う。
日本の漫画で外国人が登場するとき、多くの場合その人が外国人であることに何らかの意味がある。読者も、外国人のキャラクターが登場したら、彼が外国人であるという事実が関係する展開を無意識に予想する。漫画において、外国人とはまさにその名の通り外の人であり、内の理論とは異なる何かをもたらすものとして機能する。外国人であることをカッコに入れることは許されず、外国人として振舞うことを求められる。彼らはどこまでも部外者であり、隣人ではないし、なりえない。
そこを森下はさらりと隣人として描く。この姜さん、読みが「きょう」でなく「かん」なので、たぶん韓国・朝鮮系の名前。彼女は外国人としての振る舞いは求められず、宮崎さんでも山形さんでも石川さんでも置き換え可能なキャラクターとして機能している。置き換え可能なキャラクターに対して、姜さんという韓国・朝鮮系の名前をつけること、姜さんは宮崎さん山形さん石川さんと同値であり、そこに言外の意味はない。外国人としての姜さんではなくただ隣人としての姜さん、ということ。
実際、作品の舞台となる大阪は、在日韓国人・朝鮮人の数が絶対数でも人口当り比率でも圧倒的に多い。多いだけに排斥や差別の問題は常に燻っているけれど、日常生活においてはまさに珍しくもない隣人である。友人にも同級生にも同僚にも必ず何人かはいて日常を送っている。だから同僚が姜さんだとしても何ら不思議はない。
しかし、現実にはなんの珍しさもない描写が、漫画作品としては極めて異例なものとなり、かえって違和感を呼び起こす。漫画の文法に組み込まれ、それを描き手も読み手も受け入れることで無意識に刷り込まれた「外国人」という記号。森下裕美は文法の枠組みを踏み越えることで、文法に隠れて漫画が巧妙に回避してきた差別意識さえもその射程に捉える。 -
Posted by ブクログ
唯一の肉親である父が死に孤独の身となったチコちゃん。中1からずっと引きこもりで何もできないし、財産も5万円しかないし、もう自分も死のうかというところから物語は始まる。そこに現れたのが謎のドブス、トモちゃん。トモちゃんは、食べろ、外へ出ろ、仕事を探せ、とチコちゃんを急き立てる。トモちゃんに引っ張り回され、さらに風俗斡旋の変態童貞・車谷も加わって、風俗まがいの仕事をしたり新しい出会い経たりしながらチコちゃんは図らずも生きることになる。
やはり市井の人々、それも底辺とまでは行かないにしてもそれに近い人々を描くという点において、森下裕美は非常に重要な作家だと思う。社会システムから零れ落ちた、あるいは零れ落ちそうな人々へのまなざしというのは漫画の世界では稀だと思う。あったとしてもその多くは「星守る犬」のような絶望的に生ぬるい茶番にしかならない。
同じくギャグ漫画としての体裁を維持しながら、社会システムから零れ落ちた人々を扱う作家として業田良家がいる。同じものを見ながら異なるアプローチを取るこの2人は両輪のようなもので別々に語ることはできないと思うし、双方を対比することでそれぞれの違いが明らかになると思う。
業田は、零れ落ちた人々のさらに先、社会システムそのものに目を向け、そして怒る。彼らが零れ落ちるそのゲームのルールに怒る。ゲームの設計者(つまりはゲームの勝者でもある)に対して怒る。業田が怒るのは、そのルールが正しくないフェアでないと業田が考えているからで、それは突き詰めれば今とは違う正しくフェアなルールの可能性を業田が信じているから。業田にとって社会システムは本来的に変えられるものであり、変えるべきもの。
それに対して森下にとって、ゲームのルールは所与で、可変なものではない。既にそこに厳として存在し、個人の力では変わることのない”環境”として社会システムは描かれる。正しい正しくないといった価値判断をはさむ余地もなく、ただそうなのだ。穏当である同時に、見方によっては業田よりもさらに希望のない世界でもある。森下は、そうした環境の中で零れ落ちた彼らが生きる道、選択肢を提示する。その道は決して美しいものばかりではないが、森下はどれも否定しないし隠蔽もしない。清貧を貫くこと、金のために身体を売ること、より弱い者から奪うこと、いずれもゲームを生きる選択肢としては同値。そこに良い悪いを求めてもしかたがない。売春も収奪も社会通念上良いことではないが、ひとつの有力な選択肢であることもまた確か。たとえグロテスクで倫理にもとるものであったとしても、そこも含めて森下は目を背けない。その透徹した眼差しこそ森下の真価だと思う。 -
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森下裕美といえば「少年アシベ」で、少年アシベといえばゴマフアザラシのゴマちゃんで、森下裕美はゴマちゃんの漫画家として認識されることが多い。
でもそれは森下裕美の魅力を表していないし、かえって魅力を覆い隠してしまっている。森下裕美の魅力は、市井の人々の生活、日常の悲喜劇を活写することにこそある。嬉しいことも楽しいことも辛いことも醜いこともすべてを引き受けるからこそ、少し意地の悪そうな四頭身のキャラたちがリアリティをもって描かれる。
市井の人々の描くという点、美醜ひっくるめた引き受け方という点において、森下裕美の立ち位置は業田良家に近いかもしれない。最近の業田良家が市井の人々をとりまく社会の制度やシステムに関心を移しているのに対して、森下裕美はどこまでも市井の人々に寄り添い続ける。
そうした意味で、この「大阪ハムレット」は森下裕美の魅力が存分に発揮された代表作だと思う。一話一話読むごとにほんと泣きそうになる。