濱野ちひろのレビュー一覧
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生死・無機と有機・セックスという三つのテーマが強く印象に残った。
中でも一番考えさせられたのは「生と死」について。
生きている/死んでいるという区別は、心臓が動いているかどうかといった単純な事実ではなく、葬式や手続きなどを含めて「生きている側」が形式的に決めているものなのではないかと思った。その意味では、生死は自然現象というより社会的な線引きに近い。
この線引きは、人間だけでなく、有機的な存在・無機的な存在すべてに当てはまるのではないかとも感じた。
人間同士であっても、他者を100%理解することはできない。結局は受け手側が勝手に相手の「パーソナル」を作り、その人を物語として理解しているだけ -
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人間と動物の性愛に関して、当事者の家に泊まり込み,共に生活をしながら執筆をした書籍
動物も繁殖をする生き物であるから性欲はあるとは思っているが、人間へサックスの誘いをすること、同意して行為に臨むことについては疑問が残る
巷でLGBTなどの性的マイノリティに関する保護や容認を持つべきという話がある以上、このような人たちに対しても容認すべきかどうかの議論はあって然るべきだと感じた
コミュニケーションが取れることが必須要件なので対人間のみを対象としているが、例えばAIのような人間ではないがコミュニケーションが取れる存在や人と犬がコミュニケーションをとることができるような補助装置が開発される可能性も多 -
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動物性愛者という聞いたことのない単語。自分のこれまでの人生では出会った事のない人々、感情の描写に読み進めることに拒否反応が出る部分も多々ある。
ただ読み進めるうちに、病気・変態という言葉で簡単に終わらせてはならないという気持ちにはなる。
言葉を持たない動物と愛なんて育めるのかと思いつつ、人間同士も真実かもわからない言葉で愛を育んでいるつもりになっているから同じことか。
一方、動物は言葉を持たないため、相手側が都合よく感情を汲み取っている可能性が人間同士より高く、ズーがパートナーと間違いなく愛があると考えている点には納得できない。
動物の意思とは関係なく避妊手術を行う事は自然の摂理に反することと -
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国内外の等身大人形と暮らす人々に取材しながら愛とは何か、性とは何か、パートナーとは何かを問う。
ドールを生きた人間のように見なす「ドールの夫」たちと、フェティッシュ的にドールを所有する「オーナー」の違いが興味深い。ドールメーカーは基本的に修理を受け付けていない。だからメンテナンスは自分でするしかない。それには高度な技術が要る。時間もかかる。「夫」が愛はあってもメンテはできないのに対し、「オーナー」は物体として扱うがゆえに綺麗にメンテできる対比が面白かった。
等身大人形と暮らす人々は現実や社会から逃げているとか、現実の女性に相手にされない負け犬と思われがち。だが実際には違う。彼らは生身の女性 -
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動物にも性があるってことを、今まで考えもしなかった。
ペットとして飼うことはあっても、対等なパートナーとして動物をみたことはなかった。いくら同じ家族だといっても、ペットは子どものような存在、癒してくれる存在でしかない。
読んでいてうっすら嫌悪を感じてしまったけどそれは、子どもとしての犬を性的な目で見ていると思ったから。でも違う、と読み終えた今では思う。ズーは犬などの動物たちを、私たち人間と等しく尊い存在として認め受け入れている。性的な目で見ているのではなく、彼らの性も含めて丸ごと全てを受けとめる。そこにこちら側の期待の押しつけがないとは言えないし、この本の中では綺麗な部分を選んで描かれている -
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ネタバレ最初にこの本について知った時、正直言って気持ち悪かった。
本屋大賞のノンフィクション部門にノミネートされたからには読まなくては、とは思いつつ、気が重かった。
動物性愛者なんて、小児性愛者と同じくらい許せないと思った。
マイノリティの性癖だから気持ちが悪いと排除するわけではない、と思いたい。
許せないのは、合意を得ることのできない相手に、一方的に自分の性癖を押し付け、さらには相手に痛みや苦痛をを与え身体を損なうような行為を強要してまで、自己の快楽を優先するという心理。
ところがこの本を読んで、それは全くの思い込みであったことがわかる。
「動物性愛者」という言葉が呼び起こすイメージが、「性」の -
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読んでよかった!!!
不思議な納得感とあわせて、最後愛について痛烈に批判した後、しかし果たして「愛なしで対等でいられたことがあったのか」「むしろ人間同士の方が対等であることの方が難しいのでは」と裏返っていくのが興味深い。
言及されているように、「対等性」が自分にとっても一番大きい問題点だったようにおもう。
言語や体格や種を凌駕して対等であるには、「動物は動物である必要がある」点こそ、「対等性」を解決しているようで、結局「支配」ともとれる余地を内包してしまっている。
>ズーたちにとって、ズーであることは、「動物の生を、性の側面も含めてまるごと受け止めること」だった。
これから生きていくにあ -
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ネタバレ・著者の悲惨な(と私は感じる)DV体験から始まり、ドイツの動物性愛者団体への取材を通じた実態の紐解き、という中々衝撃的な内容で、読み進めるのがなかなか辛かった
・ZoophiliaとBestialityの違い、動物性愛xヘテロ/ホモセクシュアル、動物からの行為の誘い、動物性愛への目覚め、妻/夫/パートナー/ペットの定義、ドイツ/西洋/日本の考え方の違い、など自身の創造を超えた切り口
・理解は出来たけど、「本当に色々な人がいるんだな、、、」以上の消化が自身では出来ていない気がする
・誤解を恐れずに書けば、「動物を対等のパートナーであるとなぜ言い切れるのか」「人間が動物の生活を定義している時点で対 -
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星2.5くらい。興味深い体験談がいくつかあったが、そんなに想定外の話はでてこなかった。きれいな部分、見せられる部分のみを抽出した印象を受けた。
多くの人が衝撃と言っていることが衝撃。
獣姦や動物性愛は言及してないだけで多くの人が抱えているセクシャリティであるという認識が自分はあった。
犬やケモノの発情期には、飼ったことがある人なら遭遇したことがあると思う。動物の性欲を考えもしなかったというのは本当に?と思った。
海外ではケモナーやファーリーは日本より格段に多く、論文もたくさんある。せっかく途中でケモノキャラクターに興奮する人の話がでてきたのに、ケモナーやファーリーといった話には一切触れなか