ひらりさのレビュー一覧
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帯の「マッチングアプリのずっと前から、わたしたちは「商品」だったよね?」という言葉が刺さる。
現在マッチングアプリをしており、恋愛において新たな視座を得ることができるのではないかと思い購入に至る。
◾️対等な存在として尊重できる新たな関係の可能性を示している。
◾️信頼関係を築くためには、まずどちらかが自分の脆弱な部分を相手に見せないといけない。信頼の前には必ず脆弱の露出があり、それを理解し受け入れることで信頼が生まれる。
◾️『関係』を求めて相手を探すのではなく、相手そのものに魅了されることから始めたい。言葉、考え方、存在感ーそういうものに心が動いて初めて、『この人との間に関係と呼べるものを持ちたいかもしれない』
◾️自分が何者で、何を求めていて、どんな傷を抱えているのか。こういうとき、文章、文学、ヘイデンの詩やこの往復書簡が、心のガイドになる。
人生は長いし、またやりがいを感じる仕事が回ってくると確信している。そういう仕事が現れるとき、私は自分の軸をしっかり作れているだろう。 -
Posted by ブクログ
令和的大人って、こういう事になっていくのではないかなと。大人になるってグラデーションで、はい!今から大人!なんて事は子供を産むか産まないかで、女性は大きなキッカケがある。男性はないからいつまでも子供みたいな人が多い。(確かに女性も子供産んでもそういう人は一部いるけれど)
では、子供を産まない女性はいつからが大人なのか。
確かに仕事をガンガン回して朝から夜まで働いているのは大人かもしれないけどそれって外側だけで、中身はまだなーんもわかってないまんま。経験がちょっとついてくると生きやすくなってきて、もしかしたらずる賢こくなってきてからが大人かも?知らんけど。
そのキッカケである出産が、まぁ相対的に減りつつある現代、令和においての大人とはなんなのか、誰もがわからないままなんだかんだで大人になってきた事にしていく時代だなと。
ではこのエッセイからは大人になれない、大人としておこうとするのは何かを身近に書かれていて面白かった。
とくに「人間関係」テーマ中心に書かれてて、まぁよくマッチングアプリしてはメンヘラし、友だちとの仲も10年保たないという苦手っぷり。恋愛でも友情でも書かれているがギブアンドテイクのバランスが苦手そうで、恋愛だとよく「なんでわかってなくれないの!こんなにしてるのに!」という衝突で男女は別れがちだが、もちろん友情にもある。私にもその経験があり実質縁を切った人もいる。結論「友情を密室にせず少し扉を開けておく」に導かれていたけれど、私は思いやりがあるかないか。親しき仲にも礼儀あり。思った事を有耶無耶にせず尊重しつつ思いを口にする。これが人間関係、恋愛も友情も家族も職場も全てに通ずるスキルなのではないか。それが双方できない間柄は特に仲を繋ぎ直す必要はないと思っている。と私なりに導きだした所であぁ大人になったなと思ったので、わりかし大人になれてます。多分。
やはり独身、子供を見ることがないので、まぁ退屈なので自分と向き合い、体や生活、その質を高めるための家作りや旅、友だちとの時間のルーティン化など、
あるあるの中にも、お、この人はそういう形でやってるんだという自分とは違う部分の発見もあって面白かった。
でも、やっぱり独身という自由で好きに時間があれど
「人生の相棒」が欲しくなるもので、やはりそこは人間関係という複雑なものではなく「猫」になるのはもうこれが大正解なのではないかとおもう。
これが恐らく令和的大人の最終的に辿り着く幸せなのではないかな。ギブアンドテイクもなくただまっすぐでピュアな幸福って、動物への愛。 -
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上坂さんとひらりささんが対極でおもしろかった
上坂さんはとても一貫性がある人。シーンによってわけない、統一性のある人。どこでもズバッと言うし、パートナーに求めるものも恋人と結婚相手で同じ。
ひらりささんはいろんな顔がある人。シーンによって違う自分をだしてる。ロールプレイをしているという表現がおもしろかった。恋人が結婚の話を出してきたら、ロールプレイから外れていない?って思うらしい。
私はどちらにも共感できた。パートナーに求めるものや好きな人ものは一貫してる。けど、仕事とプライベートでは違う顔かも。仕事はあまり深くまでかかわりたくないけど、プライベートは仲良くなった人と深くかかわりたい。
人間ってそんなもんかも。どっちかに触れていると変と思われるのかも。逆に変と思われない人は真ん中にいるのかも。じゃあ、変な人って貴重だよね。変な人の話聞くこと大切にしよ -
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「こんな“大人?”な女性がいるんだ」と思った。
どこか自分と似ている気もして、発想の癖や物事の進め方、そしてそれゆえに人から怒られてきた経験まで重なった。
とくに共感したのは、ひりりささんの趣味ストリップの鑑賞だ。
個人的には「新しい」「珍しい」趣味だと感じた。
しかし私も、女性の柔らかさやしなやかな筋肉をもつ身体を見るのが好きだ。ここに、ひらりささんとの共通点を感じる。
わたしが女性のそういった身体が好きなのは、そこに至るまでの努力やこだわりがその身体に詰まっていると感じるからだ。
まるでプロの職人技を見せられているような感覚になる。わたしは、そのプロの根性を見るのが好きなのだ。
今回の本を読みひらりささんに親近感を抱いたため、他の本もどんどん読もうと思う。 -
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ロンドンに留学したり、会社員と文筆業を両立したり、バレエに通ったりとエネルギッシュな生活の中で、自分の言いにくい経験も開示して下さるのが、とても信頼できました。
恋人との関係でぼろぼろになる、友達と縁を切るなど、エッセイではあまり目にしないけど、絶対に起こり得る体験を盛り込んでいただいたことで、等身大の生活の輪郭のデコボコがリアルに感じられました。(自分だけではない安心感。。)自炊をする章では「『自炊に抵抗がなくなった』だけで『自炊を楽しめる』境地というのに至らない。」、バレエの章では家でストレッチをしないで、教室でキツめに先生に注意されるなど、前向きなことをする≠飛躍的にのめり込む、上達するではないという当たり前のことも書かれていて、人生は一筋縄ではいかないけれど、より良く生きてこうとする姿に励まされました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ自分のことを、相手のことを、ここまで細かく言語化できるってことは普段からそれだけ色々なことを感じて考えてるってことなんだろうなと思う。
感覚と擬音語擬態語で済ませてしまう自分には難しいところも多かったけど、お2人のやり取りの行方をちょっとハラハラ(それは…言い過ぎでは?とか)しながら読みました。
読みながらずっとうっすらもやりと思ってたことが、ひらりささんの " だって、負け戦では?" で決壊、あぁそれだーーーーと頭を抱えました。
自分を出し、相手を知ることで刺し違えることも厭わない覚悟を感じた、初めて読むタイプの往復書簡でした。 -
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【友達】ってなんだろう。
友達じゃないかもしれない、ひらりささんと上坂さんは、互いに心の内を往復書簡としてしたためる。
それはさながら本気のボクシング、いや、異種格闘戦のようで、ほんとに人と人とが対話するということは、どこか格闘技めいてくるのかもしれない。
途中に挟まれる短歌がまた、意味深く輝いている。
ひらりささんは文筆家で、エッセイを書いていて、別名で短歌も発表している。劇団雌猫というユニットでオタク活動も。
上坂あゆ美さんは人気歌人で、エッセイも書いていて、ポットキャストや演劇、スナックのママと、いろんな方面で才能を発揮。
対話型AIのようなひらりささんと、自分自身を怪物という上坂さん。
まったく人間性が違うふたりが、緊張を孕みながらも、ことばを重ねていく。
その、本気度合いに感動して、出先で涙してしまう。(ウェットですいません。)
読後は、スポーツ観戦の後のような爽やかな疲れが襲ってきた。
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Posted by ブクログ
筆者の東大卒という輝かしい経歴を見て、「言うてそんなに苦労してないでしょ?」と侮っていた自分を今は恥じたい。ページをめくればめくるほど、複雑な家庭環境に苦しんだ過去や、自己肯定感の低さ、異性・同性問わず対人関係を上手くドライブできない等の、ひらりさ氏が抱えた「生きづらさ」が剝き出しになって襲い掛かってくる。
特に「女友達に依存し過ぎて関係が壊れてしまう」系のエピソードが複数登場するのだが、これが自分の胸にもかなり刺さってしまった。筆者は女性に対し性愛的な感情を抱いている(レズビアン)訳ではないようだが、心を許せる「相棒」のような女友達が出来ると、とにかく大好きになってしまうみたいだ。それで、気持ちの行き先が女友達の「彼女」一辺倒になる。自分の気持ちを見聞きして、なんでもわかってほしくて、それがポジティブなことであれネガティブなことであれ、LINEやSNSを通じてマシンガン的に報告をしてしまったり。……ただ、そんな友達に恋人が出来たりなどして、自分の相棒の「●●ちゃん」ではない違った一面が見え始めると、精神的な抵抗やはたまた怒りに似た感情を抱き、SNSや連絡手段をブロックして距離を置く、あるいはそのまま関係を断ってしまうようだ。
わたしは流石にここまで極端なことをしたことはないが、どうにもこうにもいかない感情が煮詰まったとき、SNSにそれらを衝動的に吐露してしまう癖はある。まだその矛先が対人に向かっていないだけいいと思いたいが(ただ具体的なメンション(宛先)がついていないだけでタイムラインには載ってしまっている。フォロワー諸氏には迷惑をかけているかもしれない……ごめんなさい……)、ブレーキを一歩でも踏み間違えれば”そう”なってしまう可能性もある気がして、とても他人事とは思えなかった。
ひらりさ氏はこれらの原因を「母親との関係構築がうまくいかないため、本来ならば赤の他人であるはずの女友達に、肉親同様の”受容”を求めてしまう。母性を求め、母親の役割を期待してしまっている。無条件で愛され、慈しまれ、優先される。その女友達の「娘」になりたがってしまう」と分析していた。この、筆者が同世代で母親との関係に悩んでいるというところも、他人事とは思えないポイントなんだよなあ。つい共感してしまう。
わたし自身は友人に母性を求めているつもりはないし、彼氏が出来たとしても、相手が余程のクズ男とかでない限りは「幸せならOKです」的な価値観でいるつもりだ。でも、「彼氏と遊ぶのもいいけどわたしと遊ぶのも忘れないでください……時間をください……」なんてウジウジしたことを時折思ったりもしている訳で……これは女友達に無条件の許容を、母性を求めてしまっていることになるのか!??う~~ん、わからん……。
しかし、父親のDVに耐えかねて16歳年下の男性と不倫をした筆者の母親が、離婚後に相手の親族からの反対があって再婚が叶わなかった際に「りさ(娘)が太郎(不倫相手)と結婚したらよかったかも」と話すエピソードは申し訳ないが読んでいて気味が悪く、寒気がしてしまった。娘は自分の欲望を叶える道具ではないでしょうよ……。さらに筆者自身も「母親を支えられる(不倫相手の)男性が羨ましかった。自分がその立場になれたら、とも思った」と書いていて、ここの母娘関係もなんとも複雑だなあ……と思ってしまった。
そのほかにも片思いのままずっと告白はできなかった飲み友の男性(既婚)に呼び出され、酔った勢いでキスされたことをきっかけに「自分が今まで都合の良い女として扱われていた」ことに気づいたり、将来性のない男性とずるずるとセフレを続けてしまったり、その男性への未練を断ち切りたくてインスタをきっかけに知り合った男性と勢いでワンナイトラブをかましたり、同性関係もさながら異性関係もかなり衝突事故を起こしているようで、読んでいて「あちゃー……」という気持ちになるエピソードも多かった。境遇は似ているところがあるかもしれないが、すべてに共感はできない。恋愛も友情もとても良いものだけど、そうした対人関係は自分の中の欠けた穴を埋める術にはならないんだよな。あれば人生をより楽しく生きることができるだけ。
色々書いたが、「マリみて」に憧れていたけど実際の女子高はそうではなかったとか、「神風怪盗ジャンヌ」のエッチな描写に驚いたとか、「桜蘭高校ホスト部」が大好きだったとか、BLゲーム「咎犬の血」にハマっていたとか、同世代ならではのオタクあるある(共感)エピソードは楽しく読めた。
「ジャンヌ」は小学生の時に読んでいたけど、まろん(主人公)が過去に飛んで、聖女ジャンヌ・ダルクに「私は純潔を奪われたから変身できなくなってしまった」って言われるシーンは確かに「純潔を奪われるってなに……?」と当時はハテナを浮かべていたし、実際にコミックスを買ってくれた母親に聞いて「さあ、わかんない」と返された記憶がある。7歳くらいの娘にまさか「セックスして処女じゃなくなったってこと!」なんて言えるはずないよな。他にもまろんがノイン(敵っぽい人)にレイプされかかって、キスマークをめっちゃ付けられるシーンもあったんだけど、あれもよくわからなくて「キスマークって何?」って聞いたこともある。今思うと大変申し訳ないことをしました。お母さん、ごめんなさい。 -
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2023年読書納めの一冊。不倫、ママ活、韓流スター、スピリチュアル等……様々な「沼」で溺れた女性たちのインタビュー本。作者は「何かに執着した結果、普通の幸せから外れた生き方をすること」を沼で溺れると表現している。こういう書き方をすると薄暗い内容の本のように思えるが、実際はそんなことはない。なぜなら、登場するのは揃いも揃ってタフな女性たちだ。ゆえに一時的に沼で溺れはしても、その後はきちんと岸まで泳ぎ切り、ポジティブに自分の人生を生きている。
不倫沼に溺れた女性は、慰謝料という痛手を負いつつ、関係を精算した後は仕事に邁進する日々を送る。ママ活沼の女性も、人恋しさはあれども自身の気持ちにはっきり区切りを付けることが出来た。推し活沼の女性は今も海の向こうにいる推しを精力的に追いかけ続けているし、スピリチュアルに課金しまくった女性は、今は占いに自分の身を委ねすぎず、趣味感覚での付き合いに落ち着けることができている。そして恋焦がれた相手をきっかけに投資を始めて150万円を失った筆者も、この失敗を機に相手への未練を断ち切れたという。まさに沼で溺れて這い上がったひとりである。
『死ぬこと以外はかすり傷』なんて言葉もある。これは女性に限らず、人間誰しも生きていれば一度や二度は正常な判断や理性を失うほど何かに夢中になり、気づけば沼で溺れていたことがあるのではないだろうか。そして沼からきっちり這い上がった後で、「あの頃はバカだったよ」なんて言って、そんな話を気兼ねない友人との酒の肴にしてみたりする。
いまは人生八十年を超え、人生百年とも言われる時代だ。沼で何度溺れても、その度にまた這い上がればいい。そしてそれらを一つの肥やしにしながら、より強かに生きていければ良いのである。 -
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自分がフェミだと自覚したことないし、フェミの文脈で物事を見たことすらなかったけど、読んでいて『あ〜〜〜〜………』となる箇所がいくつもあった。それはつまり、自分も多かれ少なかれ似たような経験をしたことがあって、その時は嫌な気持ちになるんだけど、それを咀嚼して考える努力を避けていたからなんだと思った。例えば飲み会の席で「女要員」として呼ばれるとき。『このメンバーなのに一人でよくきましたね』と意味深なことを言われるとき。ただの友人だと思っていた人に急に押し倒されるとき。
思い出したくなくて記憶から削除されていた過去のシーンがいくらでも甦ってきて、気分が悪くなった。笑
私が考えることを放棄していたことについて、正面から向き合って、その現象を、思いを、言葉にしてくれていることに感銘を受けた。私もそんな気持ちだったのかも…と。
そして、これは個人的なことだけれど、フェミニズムの文脈で書かれた文章のいくつかは、自分の仕事の分野に置き換えてみても結構当てはまって、言葉にできなかったモヤモヤが少し晴れた気がした。(特に、学問をすると偉ぶりそうになるけれど、知っていることだけが正義ではないというような箇所に。)
しかし、ひらりささんの自己開示の仕方はすごい。自分に同じことができるかというとできないから、本当に尊敬する。そんな思いに至って、自分はまだまだプライドが高いのだなぁと思ったりした。 -
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web連載が好きだったので。
ひらりささんの自己分析の深さ、「女」というものに対する曲がりくねった感情、肥大する自意識、共感できるところもできないところも胸が苦しくて頁を捲る手が何度も止まった。
でも、自分だけは自分と別れず、生きていかなきゃならないんだよね。
特に神風怪盗ジャンヌと闇の末裔の回がどうしても好きなんだけど「腐女子」と言う言葉への気持ちとか、わかる〜〜!の連続でそれもまた胸が苦しかった。だけどひらりささんの素敵なところは、自分に影響をもたらし、負の部分まで自意識に落とし込んできた作品も、それでも好きと言い切るところと思う。
あと私も定期的に友達関係を壊すので、ひらりささんの女友達に対する感情とか、身につまされすぎてまた苦しい。わかりすぎる。でも、本当なら書かずに仕舞っておきたいような記憶でも丁寧に洗い出して書き切っているのはひらりささんの誠実さの表れだよなと思いました。
自分の半生をつぶさに振り返って、自意識も屈折も劣等感も全部を書くのだという姿勢は雨宮まみ『女子をこじらせて』を思い出しました。雨宮まみは「デトックス」だと語っていたけど、ひらりささんはどうだったのかな。
私も自分の話をしたくなるし、いろんな人の話を聞きたくなる本でした。