柴山桂太のレビュー一覧
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資本主義経済の不安定性、それを何とか安定させるため政府機能が肥大化せざるを得ないこと、などが前半では大変分かりやすく説明されています。で、そのことをどのように評価するか、また、どのように克服するか、資本主義経済に代替するどの様な社会を構想するか、という後半部分になると、著者の価値観による説明になっていると感じます。その価値観を全面否定する気はないのですが、現代日本の問題は、著者のような価値観を持つ者とそれと正反対の価値観を持つ者とが併存しており、両者が併存して生きていける社会を構築していくのか、一つの価値観による社会を構築していく方法が果たして存在するのか、という点が最大の課題だと思うのですが。という訳で、とりあえずポランニーを読んでみます!
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Posted by ブクログ
柴山先生の授業聞いてるみたいな内容。
「市場経済」の視点から見れば規制を取り払って市場に任せた方が効率的かもしれない。しかし「資本主義」の視点から見れば市場への一任は効率性と引き換えに不確実性を極端に大きくしてしまう。
資本主義では将来に対する期待や予測によって投資や消費が行われるため、本質的に不確実性が大きい。その不確実性が時折引き起こす経済ショックから国民の生活を守るためには国家による規制が不可欠となる。しかしグローバル化は国家間の緊張を増長すると同時に国内の格差を拡大し対立を激化させることで健全な民主政治を破壊してしまう。
これからの経済のあり方は単純に二つに分けると、①さらにグローバル化を押し進め、過酷な弱肉強食の世界で効率性を重視した競争を繰り返す「グローバル経済路線」と、②社会の公正と安定、健全な民主政治の実現のためにグローバル化や効率性追求とはほどほどに距離を置く「国民経済路線」が考えられるが、今の日本は間違いなく大好評絶賛グローバル経済路線驀進中!
ほんまにそれでええんかい?みたいな話です。 -
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ネタバレ日本も世界もこれまで滅茶苦茶な経済政策を実施してきた以上、もはや将来がバラ色になる処方箋はないということを自覚しなければならない。今、できることはこれ以上悪くなるのを如何に食い止めるかといた消耗戦しかない。しかも瀕死の日本経済であれば、応急処置にすぎない金融緩和と財政出動のセットによる施策もやむなし。待ったなし。グローバル化が進展する中でのデフレの必然。グローバル化故に国民の経済格差を縮小できない中国の苦悩。ケインズ主義的な不況対策は国民が統合化された福祉国家でしか成立しない現実。興味深い内容が随所にちりばめられている。新たな視点で多くを学ばせてもらった。
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中野剛志氏と柴山桂太氏のシンプルで本質を抉る対談集である。
新自由主義イデオロギーに毒されたヤスモンのエセ学者さんたちの言っていることに騙され続けている日本社会にとって、青天の霹靂なことばかり著されている。
しかしながら、根拠となる事実は、西欧資本主義社会が過去、積み重ねてきたものである。
アダムスミス、ケインズ、カール・ポランニー、シュンペーター、フリードリッヒ・リストなどなど、そんじょそこらの偏向してしまう日本のヤスモンの経済学者とはまったくことなる異能の社会科学総合学者さんが分析してきたことに基づいている対談は読み応えがありました(笑)。 -
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若手の研究者ふたりによるグローバル経済を主題にした対談です。
著者の一人中野剛志氏はTPP反対派の急先鋒として有名になりましたが、この本を読むと本質は学究的な人なのだと分かります。
内容は経済学と言うよりも経済思想寄りで、リーマンショック後の世界的な不況をマネーの動きだけではなくその裏にある思想から捉えようと言う試みと言えます。
グローバル化は過去何度も起きている、誤解されがちな保護主義の本質、自由貿易が帝国主義へとつながっている、と言った議論は刺激的で、ある種人間存在の本質を掘り下げるような深い分析には唸らされました。
ただ、著者二人は基本的な認識がほぼ共通していて、どの発言が中野氏のもので柴山氏のものかという点を意識しなくても読めてしまうぐらいに論旨が似ているので、対談の醍醐味という点ではやや弱いかもしれません。 -
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読んでる分には面白いんだけど、対談や鼎談は体系的な知識の獲得とか思考を深めるのには向いてない。話し手それぞれの認識レベルに相当な差があるので、読んでいて混乱する。この本の主題である新自由主義ですら、各人のイメージするものがバラバラで、新自由主義=積極財政みたいな「どっからそんな発想が出てくるの?」という発言まで出る始末。面と向かっては批判しにくいのか、意見の食い違いがあってもなんとなくスルーされてしまう。
なので読後感としては散漫な印象が残る。
とは言え、以前の単純な右と左の概念では人の志向が説明できなくなってきていることはよくわかった。トクビルがアメリカの教会組織で見出した中間団体が民主主義に不可欠な事、その中間団体の利害調整が政治の本来の役割であること、などは新たな気づきだった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中間団体はグローバルと新自由主義に対抗するために必要な存在。
本来自民党はこうした中間団体を守るための政治をしていた。
聞く力は必要なこと。
しかしあらゆる意見を聞くということは、その実現が叶わなかった場合の責任が問われてしまう。
相手の意見を聞くよりも、自分の意見を通そうとする強烈な指導者としての魅力とは、関わる者の思考を止めさせ、目的に協力させることが出来る。一般人の教養を失わせしめるリスクはあるものの、分かりやすく、明確に目的を達成するためには、ある程度、意見の配慮より、実現の早さを目指す度胸も必要。
岸田総理には、有権者の意見を聴きながらも、確かに自己表明を貫く度胸を期待したい。
p.62
グローバリズムではなく、インターナショナル(国際協調)を提案する。文化や税制度などはそのままに、庶民に暮らしやすい環境を作る。突然、各国ごとに制度が違えば、外交も政治も面倒になる。しかし、本来エリートとは、そうした面倒や手間を庶民に代わって行うからこそ、尊敬されるものではなかったか。すくなくとも今後はそうあって欲しいと願う。 施氏
不合理の中に合理性がある。
イノベーションとは偶然による産物。それを必然にしたいのなら、偶然を起こせる環境を増やすしかない。必要のなさそうな研究や投資を容認する。そうして数多くの偶然の出会いが、思いがけない成果を生み出す。
一つの達成のためにその他の大勢が衰退するよりも、人の社会は複合的なものなのだから、それぞれが半端以上に達せられるのなら十分ではないだろうか。※エドマンドバーク フランス革命の省察より
経済成長や豊かさのみを目標にするのではなく、研究や投資を増やすことで結果として経済成長「してしまう」ぐらいでちょうどいい。
貨幣経済の仕組みとしての納税と人類社会の仕組みとしえの納税とはまた別物。自分が国に貢献するという意識が国家を豊かにするのも事実。
大袈裟に言えば、40%未満までならインフレは大した問題ではないらしい。戦争でも起こさないとまず起こり得ない膨大な数字で議論していることもまた不毛である。
個人主義の限界を迎えたとき、私たちは再び中間単体のしがらみと恩恵の時代に戻れるのだろうか。そう信じたいが、大学生をはじめとした若者への質問の回答を見ると、どうにもそう簡単ではなさそうである。難しい決まり事は、大勢で話し合って決めるのではなく、そういうことを理解している一部の人間が決めてくれればいいと考える若者が多いからだ。
しかしそう悲観するべきでもないだろう。
社会正義でも、中間団体時代への羨望でもなく、自己の内面に向かうという心の指向性は、やがて精神的な熟達に結びつくことが期待できるからだ。いつだって時代の変化は、大勢の同時革命によるものではなく、価値観の保守と共にある緩やかな前進である。
グローバリストとナショナリストという見分け方の他にも、ちょうどそれによく似た、Anywheres or Somewheres というものがある。
日本語にすれば、さしずめ「どこでも族」「どこかに族」と呼ばれようか。その名の通り、どこでも族は生活圏にこだわりがなく、土着の伝統や習慣を軽視しがちである。どこかに族はその名の通り、どこかに帰属することに強いこだわりを持ち、伝統や習慣を重んじる傾向がある。
現在はもっぱらイギリスでこれらが話題になっており、資産家や政治的発言力がある立場の者は軒並み、どこでも族であり、一般の市井は逆にどこかに族が多い。この構図は日本と大変によく似ており、それは島国だからというよりも、もはや世界規模で起きている、国家単位の安寧や国際意識への目覚めなのではなかろうか。
と、長々、引用を交えながら記させてもらいました。
佐藤氏はエドマンドバークの本を訳したほどの人物ですが、驚くほど、メディアが紹介しているトランプ氏の人物像をなぞっています。例に挙げている国会出撃事件についても、新聞やテレビが語ったものの引用ばかり。それは、若干、この対談の日付が古いものであることを加味しても、行き過ぎの兆しを思わせます。彼の根拠の悉くが、やまたつ氏の『日本人が知らない陰謀論の裏側』に記された根拠も真逆を行くのも興味深いです。佐藤氏が例に挙げていたQアナンシャーマンの件も、“武装していなかった”事実を無視しており、まさにフレネミーによる典型的な偽旗作戦とそれを誇張報道するフェイクメディアにそっくり乗ってしまってはいないだろうかと懸念するものでした。
対して、中野剛志氏も、経済への理解は深くとも、トランプ氏への偏見の程度はなんとも歪なものを思わせます。しかし彼の場合は、時を経るにつれて、評価できるところは評価するといった具合に変化している様子が見えます。頑なに否定するばかりではないのが大変に共感できるといえましょう。
一番公正に見えるのは施光恒氏でしょうか。トランプ氏の演説を紹介し、彼の愛国心と、支持される根拠を明確にした上で、決して偏った意見を提案するわけではないと、支持でも偏見でもなく、穏やかな姿勢を見せていました。距離をおいた冷静な評価というのは、盲信でも偏見でもないものなので、信頼を置きやすいですから。
今後の世界が楽しみになる対談内容です。繰り返しになりますが、トランプ氏への執拗な偏見の様子には、彼のことを詳しく知る人にとって大変読みづらいものだとは思いますが・・・経済を語るなら、人の生活や心模様なくしてありえないように、この本は、全体を通して、人の心の歴史をなぞるような話題も多く含まれています。私たちがこれから出会う出来事に、どう向き合い、どう考えるか。そのヒントがきっとあります。
一つ余談を加えますなら、国際協調も、一見良さそうに見えるのですが、この言葉そのものが、ウッドロウウィルソンによって初めて広く知られたものです。彼の理想主義はそっくりそのままハウス大佐をはじめとした、国際金融資本に操られ、利用されてしまったことを鑑みますと、あまり正直すぎるのもリスクが高いことを知っておいてもらいたいです。とはいえ、私も、施さんが伝えようとしてくれていることには概ね賛成です。グローバルが基準になるのではなく、国家間の文化の交流による結びつきを大切にすることは、必要だと思いますから。とはいえ、それを完全に開き直ると、ナチスや中国共産党の独裁を放置することになり、そこに取り残された人は、半永久的に、現状を変える手段を失ってしまうこともまた、あまりにも残酷であり、懸念すべきことです。なかなかその着地点、妥協点を見出すことは難しいように思われます。
だからこそ、問い続け、探し続けるのが、人間なのでしょうか。仮面ライダー555が好きな人には納得していただけるはず。照 -
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岸田政権 新自由主義=アメリカ化 からの転換
改革(自己責任 無駄を省く 開かれた トップダウン)が下火に
新自由主義:政府の需要創出による経済けん引、所得の再配分 1970代後半
聞く力=矛盾した要望のバランス取り→わかりにくい→支持率低下
国際秩序作り:グローバル化 企業や資本家が政府に圧力 庶民の声→中間団体
日本の新自由主義 中間団体=既得権益層=隣の公務員=抵抗勢力への嫉妬心
今の若者は社会を変える から 自分を変えるに 変化 目標は 上からのミッション
成長を正しく目指す=成長ばかり(=新自由主義)にこだわらない
イノベーションは意図的に創出できない
起こりやすい環境と制度を設計する 無駄を許容する
成長と分配 政治=分配の闘争 成長がどう起こるかはわかっていない
カネとひまがあって文化として市民権を得ていないときが活力がある
政府は自分の刷った金で運営されている 納税こそが貨幣の根拠 納税者意識
成功とは内面からやってくるもの 幻想が現実を圧倒する国 アメリカ
陳腐でマンネリ化した日本のあるべき姿 妄想力に欠け アメリカに取り込まれる
核武装論者と九条論者は似ている どちらも お守り 実際の戦争を考えていない -
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「グローバル資本主義によって経済は成長する」と信じられてきましたが、実際のデータを客観的に眺めてみれば、真実はまったく逆であって、「グローバリズムは成長を鈍化させる」
グローバル資本主義を推し進める人々は、ビジネスに自由さえ与えれば富も雇用も創出され、最大限の成長があると信じてきた
アメリカにしても日本にしても「国による産業保護」という規制が成長を生ん
アメリカが、実は世界で最も強力な産業政策を行っているのです。インターネットにせよ、半導体にせよ、航空機にせよ、研究開発を支援したのは国防総省や軍などの政府機関
グローバリズムは国境を前提にしないものであって、国境が存在することを前提とした上で、異なる国家同士の交流を図ろうとするインターナショナリズム(国際主義)とは真逆の概念です。両者は、一見似ているように思われることがありますが、まったく異なる概念
今日の先進国は、自国経済を発展させるにあたって、未成熟産業を育成する、さまざまな手段を使ってきました。関税、補助金、国営企業といった方法です。これによって若い産業の生産者を外部との激しい競争から守ったのです。ここ数十年、こういった政策を途上国は採用しにくくなっています。
今は一株当たり一票ですが、たとえば三年以上にわたって株式を保有している安定株主には、三倍の議決権
グローバル化は人類の歴史で何度も繰り返されてきた
一八七〇年代から、一九一四年の第一次世界大戦までの期間を「第一次グローバリゼーション
第一次グローバル化の時代は、人の移動については現在よりも盛んでした。特に、ヨーロッパ大陸から大西洋を越えて南北アメリカ大陸に向かう移民の波が大きかった。オーストラリアやニュージーランドも、この時期に人口を急速に増やしています。
一九五〇年代から七〇年代までのブレトンウッズ期には、どの国でも格差が縮小
自由貿易はよく賞賛されます。しかし、その「自由」とは誰にとっての自由なのでしょうか。端的にいえば、国境を越えて活動する投資家や企業にとっての自由
なぜグローバル化への批判が「一〇〇%貿易をしない国」の主張を意味するのでしょうか。要は程度の問題
だんだんと賃金を純粋なコストと見なすようになります。賃金は内需に貢献する要素であることをやめてしまいます。それは純粋なコストになり、すると企業は、賃金コストの削減の論理に入っていきます。
歴史において非常にはっきりとしていることがありまして、それは、住民が読み書きできるようになると経済が発展し始めるということです。
世界のすべての人が読み書きできるようになっていくという人類史上、極めて特別な時期に到達したのです。
労働者も消費者なのだから、という前提です。労働者も皆と同じように国民の一部分を成していたわけです。
「自由貿易」という強迫観念
しかし、(日本を含めて)私が最前列国と呼ぶ国々は、現代の姿を定め、新しい資本主義や経済組織の新しい形を発明していますが、成長率は一%、二%で、最大でも二・五%
米国とイギリスは共に、グローバリゼーションの主な担い手であり、規制緩和の担い手
自由貿易のイデオロギーは、普遍主義的であろうとするイデオロギーであり、地球全体に同じものを求めます。
保守と新自由主義では人間観が違う。主流派の経済学が想定するのは、原子論的な孤立した個人です。それに対し保守は、自分の生まれた国や共同体がもつ固有の生活様式や文化、国土や環境といったものに制約された社会的存在(Social Being)として人間を -
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7名の方々がTPPについて反対の方向で書いているので、合意に至ってしまった現在、どうなっていくのか非常に気になる。
また、新聞・マスコミが取り上げる内容がいかに偏っているかを改めて認識。一般市民が得られる情報って限られるので、「興味を引くための内容」を掲載するのではなく、「国民が知っておくべき内容」を載せて欲しいものです。
個人的には、
・施 光恒さんの「棲み分け型の多文化共生」という考えが好き。
各国、各地域毎にそれぞれ自前のやり方があり、それらを尊重しながら、各国と交流する。良いところは積極的に学んで自国に合うように翻訳して還元する。
・やはり「日本良さって何だろう?」ともう一度考え直して、それを伸ばす方がいいんじゃないかなあ。
・一部の国、大企業、富豪、だけが潤う政策にだけはしてほしくない。1%の金持ちにしか恩恵がないとすら言われている。
もっと勉強しなきゃ! -
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グローバル化と民主政治と国家主権の間には齟齬が存在するため、同時に実現することはできないという。著者は、民主政治と国家主権を選択してグローバル化を断念する選択が望ましいと考えている。戦後のブレトンウッズ体制がそれにあたるが、現在は覇権的地位にある国がなく、経済の発展段階や政治体制が異なる新興国も台頭しているため、きわめて難しい。したがって、今後しばらくは、グローバル化と国家主権を選択して民主政治を犠牲にする路線を進むが、失業対策や福祉政策のための財政が限界に達した時にグローバル化が反転すると予測している。
・世界経済の結びつきが強くなった結果、国家は簡単に戦争に訴えることはできないという主張は、第一次グローバル化の時代にもあったが、第一次世界大戦が起きた。
・1929年の大恐慌によって急激な落ち込みを体験した各国は、通貨切り下げ競争に走り、関税引き上げなどの輸入制限を行ってブロック化を進めた。この結果、有力な海外市場や植民地を持たない日本やドイツは最も打撃を受け、戦争の序曲になった。
・イアン・ブレマーは、ロシアや中国の政府指導の資本主義を国家資本主義と呼ぶ。17〜18世紀の西欧の重商主義、韓国やシンガポールの開発独裁と似ているが、民主化が進んだこれらの国とは違い、ロシアや中国の体制が変わるとは想像しにくい。
・重商主義では、特権を得た一部の商人だけが儲かる仕組みだった。アダム・スミスは国内分業を進めて国民全体が繁栄を分かち合う仕組みに変えることを提唱した。
・ロシアや中国のGDPに占める輸出の割合は30%を超えており、グローバル経済が不調になったときに脆い。
・グローバル化の下で生活が不安定になった労働者の不満を抑えるために、政府の規模は大きくなる傾向にある。域内貿易が盛んな欧州でも政府支出の規模が大きい(デイヴィッド・キャメロン)。
・グローバル化と民主政治と国家主権の間には齟齬が存在する(ダニ・ロドリック)。
・日本の輸出依存度は1990年の10%程度から2007年の18%まで上昇した。1930年代は2割を超えていた。
・社会関係資本の概念では、共同体に存在する規範や互酬のネットワークを資本ととらえ、その維持と拡大のプロセスに注目する。