石塚裕子のレビュー一覧
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ネタバレ■『デイビッド・コパフィールド』(1~5) チャールズ・ディケンズ著 岩波文庫
【後編 メシヤ再降臨準備時代】
英国の文豪、チャールズ・ディケンズの自伝的小説。個人的には特別敬愛している作家です。作品はどれも大衆小説に分類されます。芥川賞じゃなくて、直木賞のジャンルです。これは岩波文庫でも1巻400ページの5巻からなる小説なので、最後まで読むのは結構根気がいりますが、文章の巧さとプロットの上手さで最後まで読ませます。善悪二極化の構図はアメリカ的ですけど、ルーツから言えばこちらが元であって、ピューリタン的なんでしょうね。
ディケンズの味は人物描写ですが、原理の理解という面から言えば、時代背景の理解というところでしょうか。産業革命の影響で、近代化が天を衝くように進み、しかしその反面富が偏り、光の届かない社会の闇がより深くなっていった時代でもあります。
デビッド・コッパーフィールドというのは主人公の名前。デイビッドが生まれるところから話は始まります。ストーリーは細かく特に人間関係が複雑なのでここであんまり語るのも疲れちゃうんですが、家庭の不幸が続くんですね。孤児のようになりながら、ボロ雑巾のようにおばさんの元にたどり着くところはジーンとします。とにかく人が入り乱れます。しかしそんな中でも人物描写はあったかい。社会の隅で忘れ去られたような人たちを、綺羅星のように生き生きと描く。この手腕はディケンズのギフトですね。ディケンズの作品には社会風刺がふんだんに含まれていますから、当時の背景を知るにも有用です。人物の描き方なんかは、同国出身のC.S.ルイスなんかと通じるものがあると思うんですが、ルイスはディケンズの作品をほとんど読まなかったそうですね。挿絵が嫌いだったそうです。『ナルニア国物語』もどっこいだと思いますが。ナルニアの著者がルイスですね。
話がそれましたけど、そんなデイビッドが社会に独り立ちし、愛する人を得、結婚をします。しかし体の弱かった妻は数年の結婚生活の末に他界してしまいます。愛する人を失った衝撃で、放浪をしボロボロになっても涙の枯れないデイビッドでしたが、最後には本当の愛をつかみ、その物語は終幕を迎えます。
原理講義の直接的な資料にはなりにくいですね。こういう風に見ていると。でもこういうものの積み重ねが、深い歴史理解になります。ちなみにBBCだったかで映像化されました。99年ぐらいだったと思いますが。主人公のデイビッドは、ハリーポッターのダニエル・ラドクリフです。まだハリーをやる前でクリクリで可愛いです。ベッツィーおばさんはマグゴナガル先生がやってます。3時間ぐらいの内容に詰め込んでいるので、人物の掘り下げはちょっと甘いですが、原作が好きなら、全然楽しめます。一応薦めておきます。
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五分冊中の四冊目。波瀾万丈の主人公ディヴィッドも遂にドーラと結婚。でも、本冊後半で早くも破綻の雲行き。しかも、ドーラの体調がどんどん悪化していく。19世紀小説の定番コースとして、問題を孕む登場人物はこのまま病死するのだろう。
300頁辺りでの、デイヴィッドの大伯母ベッツィとストロング先生の義母ミセス・マークラムの間の掛け合い(ベッツィはあくまで独白の形でのツッコミ)が滅法面白い。
ストロング先生が、年の離れた若妻の浮気の可能性を悪漢ユライア・ヒープから吹き込まれて苦しむ姿を見て、身障者のミスター・ディックがストロング先生と若妻アニーの関係修復に活躍する、という展開は、ダイバーシティ礼賛の21世紀的価値観に通じるところがあって、じわじわよい。
行方不明のエミリーの消息は、半分くらいは追えたものの、スティアフォースに捨てられた後が、未だ不明。最終巻となる第五巻でどういう大団円を迎えることが出来るのか、楽しみだ。
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五分冊中の三冊目。主人公デイヴィッドが17歳(?)でローマ法博士会に就職してから、大伯母ベッツィー・トロットウッドの破産により職を変えるまで。
大伯母が支度金千ポンドを用立ててくれて、ローマ法博士会(Doctors’ Commons)というハイソな就職口を確保したものの、当面は無給の年季奉公。奉公先のスペンロウ・ジョーキンズ法律事務所のスペンロウ氏の娘ドーラに激しく恋に落ちる。
一冊目のエミリー、二冊目のアグネス、三冊目のドーラ、と毎冊違う女性に恋するのは、まあ、そういうものかも知れない。
幼少の頃から一緒にいる人(通常近親者)には発情しないように遺伝子上プログラムされている筈なので、デイヴィッドがエミリーと結婚することはないだろう、と思って読み進めていたが、まさか、スティアフォースとエミリーが駆け落ちするとは思ってもみなかった。まだ、どちらがどう誘ったかの描写はないものの、エミリー側から動く動機はなさそうなので、スティアフォースが持ち前の人たらしマインドコントローラーぶりを発揮して、結婚直前の花嫁を苦労人ハムから掻っ攫って、多くの人の幸せをぶち壊したのだろう。(と、思っているが、『北の国から‘95 秘密』の蛍ちゃんのように、[若い女性にヌマッた年上の男からではなく]若い女性の側から駆け落ちを誘う場合もあるようなので、スティアフォースとエミリーの二人からそれぞれの見解が語られるまでは、スティアフォースが、一・二冊目でうすうす感じさせられていたような、どうしょうもないクソ野郎だ、と断定するのは止めておこう。)
デイヴィッドの勤め先の法律事務所の所掌は、教会法と海事法というあまりドラマ性のない領域で、日本だと公証役場みたいなものかしらん。波瀾万丈の人生を送るデイヴィッドの仕事場としてはいまひとつかと思っていたら、これまで一貫してデイヴィッドの支援者であった大伯母のベッツィーが投機に失敗して破産してデイヴィッドの足を引っ張る、というこちらもまさかの展開。
いろいろある中、ドーラとの恋が成就し、本人たちの間では婚約が成立したようだけど、デイヴィッドの職が変わることに対するドーラのつれない反応を見ると、幸せな結婚は難しそう。
残り二冊、どういう展開が待っているのか、と思ったら、あらすじらしきものが四冊目、五冊目のカバー見開きの数行に書いてあり、先に結末が目に入ってしまったが、それではネタバレとはならない程度の波瀾があることに期待しよう。
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ネタバレマグウィッチのピップに再会した時の感極まる様子。階段を上がってきた時の気味悪さ。そして恩人である少年へのピュアな感謝の気持ちはなかなかのもの。当の本人はあまり有り難がってないが。その後は予想を覆すイッツアスモールワールドな展開。なかなかの話だ。弁護士が女中の手首をみんなに見せた意味不明のセクハラ行為が今さら伏線だったとわかると、まどろっこしい文章はこういう部分が不自然に目立たないようわざとグダグダ書いてたのかとさえ思う。後半まさかの切ない展開。ボート作戦は失敗し、ピップは借金を抱え、ハヴィシャムさんはいつの間にか亡くなり、ジョーとビディさんが結婚する。ジョーの鍛冶屋を手伝いながらビディさんと一緒になるつもりだったピップはハーバートの職場で事務員となりやがて共同経営者になる。ハヴィシャムさんの屋敷の跡地でエステラに再会するが、別れの言葉を交わして終わる。てっきり、お金は失ったけど幸せ、と言う展開かと思ってたから唖然。両親のこともエステラには話さないで終わるなんて。マグウィッチだけはエステラのことを聞いて亡くなっていったのが救い。この小説でなんの教訓を得れば良いのかはさっぱりわからない。とても幸せな人がいて(ジョー、ビディ、ハーバート、クレアラ、マグウィッチ...)、寂しく不幸な人がいる(ピップ、エステラ、ハヴィシャムさん)
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Posted by ブクログ
ピップの境遇はかわいそうだが、ジョーという素敵な義兄がいたことは良かった。ダラダラしてる話なのだが、なんとなく救われるキャラクターがいて楽しく読める。墓場で助けた囚人とジョーの短い会話「俺が食べ物を盗んだことで誰かが責められてなきゃ良いが」「あんたがそれで餓えずに済んだなら良いさ」ジョーは軽い知的障害?のような記述があるが、人を気遣えないで傷つけるほうのでなく、優しくていつも安らぎを与えてくれる存在。鍛冶屋の親方として頼りになるし、おっかない姉も料理を頑張ったり、知り合いを家に呼んだり、あまり感謝されてないがなかなかの良妻(死語か)金持ちの家をジョンとピップが訪ねることになると姉が暴れて、どうやらひがんでいるらしいのが何となく幸せなのかなって思う。
イギリスの湿地帯の村の不潔で貧しかった雰囲気。 -
Posted by ブクログ
突如名作を読み始めたり。
と言っても、ディケンズは「オリバー・ツイスト」は知ってても、こんなタイトルの本のことはまったく知りもしませんでしたよ。無知っ子!
まだあと3巻ありますが、もうまさにイギリス文学!て感じ。
うっかり忘れますけど、やっぱり階級社会の国ですよねえ。落ちぶれたっぽくてもちゃーんと使用人はいるんだもの。
「次郎物語」とかもそうですけど、成長物は、子供時代は楽しいんだけど、大人になっていくにしたがって面白味がなくなっていくという難点がありますが、まだ2巻ですけど、何となーくそういうニオイがしてきたようなまだ大丈夫なような…
なんと言っても、2巻のラストは酔っぱらって四方八方に向かって恥かきまくったところで終わっていますので、まだまだやんちゃはしでかしてくれそうです(笑)。
ツッコミどころ満載です。7歳か8歳くらいでバーに行ってビール頼んでみたり、ウェイターとご飯を食べる競争とか言いくるめられて大半食べられてしまったり。
あとは、イギリス風のユーモアという物がワタクシまったく解せませんので、そういう場面にクスリと笑みを漏らすことができず、どういうジョークなのか考え込んでしまったりなんだか判りませんが恥ずかしくなったりして、1人居たたまれなくなってしまいます。(どうせ1人で読んでるだけなんだけど)
昔の本ってそういう傾向が顕著にないですか?翻訳のせいかなー。
上流階級な人が出てくるのでそれなりに丁寧な言葉遣いなんですが、そうかと思ったら「がさつな人たち」とかを悪気なく言ってたり。
悪気ないって言うか、どっちか言うと褒めてるような感じだっだかなー。でもがさつって言われたらイヤですよねえ?そういう訳でいいの??
大雑把なあらすじとしては、1巻は、軽薄な母親がいると子が苦労する、という話で、2巻は、私の読み通りにおばさんはいい人だった、と言うところでしょうか。(短すぎ!)