今西康子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
本書を読み出したキッカケは、訳者の今西さんが気になっていたからです。
同じく彼女が翻訳したカール・ジンマー『ウイルス・プラネット』(飛鳥新社、2013年)を読んだことがあり、面白かったので別書もと思っていたところ、本書を知って早速読み始めました。
私達の住む家には、20万種の生きものがいて共生している、と著者のロブ・ダンは書いています。
ハエ、クモ、甲虫、ハチやアリ。そして、ピリオド「.」の大きさに中には、チリダニ、アメーバ、細菌、酵母、カビ胞子など様々な生きものがいる・・・。さらにそのダニを食べるダニまでいたりして、微生物の世界に改めて驚かされます。
その世界を初めて垣間見たレーウェンフックももちろんすごいと思いました。
本書の序章のタイトルは「ホモ・インドアラス」(屋内人)です。この括りで世界に焦点を当てて書き始めるところなど、着眼点の鋭さに脱帽です。
内容もボリュームがあり、給湯器にしか生息していない細菌からPCR法が大躍進した話や、シャワーヘッドに棲んでいる細菌の調査の話、ゴキブリに電極を付けて反応を見る日本人研究者の話、ネコとトキソプラズマと統合失調症の微妙な関係、イヌとエキノコックスのヤバい関係など、興味深い話が盛り沢山でした。
日本産の外来種カマドウマが北米東部の家の地下室に集中している話も面白かったです。
そのカマドウマが何の役に立つのか。研究者としては、愚問だと切り捨てていますが、実際ニンゲンの役に立つところがあると研究結果を出しているところは、さすがにすごいと思いました。
また、本書で出てくる話と、私が昔調べていたハチでビールを造れるという話がリンクしたりして、過去のノートを引っ張り出してコッソリと喜んだりしていました。
それはともかく、生物多様性の重要さを、著者は何度も力説しています。
私も、いまの住環境からして、多様性の重要さは共感するところがあります。
昔は田んぼに裸足で入って泥だらけになり田植えなどをしたものだし、遊んだりしていたのですが、やはりそういう環境で育つと、アレルギー症状を抑えられる可能性があったり、免疫系の平和維持にもかなりの良い影響があるそうです。
生物の進化のすごさにも驚きを隠せませんでした。細菌などのレベルでの進化は、速度も変異も多様です。ウイルスもそうだと私達はコロナで痛感したワケですが。
本書を読むと自然を身近に感じられるのでとても良いと思います。
「ネバー・ホーム・アローン!」(家にひとりぼっちではない!) -
Posted by ブクログ
経験は、信頼できる教師となる。だが、そうならない場合もある。現代では、個人的経験が頼りにならない領域が広がっている。
経験が目をくらますとき、「必要な情報が抜け落ちている」ときと、「無視するべき意味のない情報が入り込んでいる」場合がある。だがそれに気づくのは容易ではない。
本書では、経験によるバイアスにはどんなものがあるか、またそれを避ける方法について詳細に説明する。
・危機や災害への対応
・創造性を発揮するには
・意思決定をコントロールさせないためには
・倫理的に問題のある行動を避けるには
・成功の確率を高めるには
・経験が幸福感を妨げないようにするには
などなど、具体的な状況に即しているので、自分に当てはまる部分を参考にできる。
-
Posted by ブクログ
厳しい環境に適応するために遺伝子が変化してきたというこれまでの典型的な進化論的アプローチとは異なり、生き残るために文化が形成され、それに適応してきた結果、ヒトが遺伝的にも進化してきたという新たな進化論を、様々な事例を挙げながら解説している本書。正直「卵が先か、ニワトリが先か」のような話かと思っていたが、読むと非常に説得力があり、大変興味深かった。
人類が地球上でもっとも繁栄してきたのは、単に知能が高いからではない。他の動物との決定的な違いは「文化」があること。環境に適応していく中で文化(毒抜きや調理法、狩猟方法、道具の作り方、タブー、儀式、風習、ルールなど)が生じ、それに基づいて社会が形成される。社会の中では規範や道義を守り、集団に属することが生存にかかわってくる。逸脱者は集団内に居場所がなくなる=生存できないが、逆に集団内でプレスティージを得ている者は、その利他的な行動で他者を感化し、良いモデルとして模倣の対象となる。結果、文化や道義を遵守する社会規範ができ、ヒトはより向社会的・協力的な生き物となった。
この社会規範という部分で特に印象に残ったのが、赤ん坊を対象として行われたパペットの道徳劇の実験。まだ言葉もわからないような赤ん坊が、反社会的な者に対してネガティブな反応を示しただけでなく、反社会的な者を罰する者を支持する傾向が見られたのは、ヒトが社会的な生き物であるということがDNAレベルで刻まれているという証であり、大変興味深く思う。
トウガラシの例と同じで、ルールに縛られることはおそらく生物としては不自然なのだが、逸脱者には制裁が加えられ、規範を守る者には報酬が与えられてきたことで、人間は規範順守を直感的に喜びと感じるようになった。つまり文化がヒトを進化させたのである。「人類の家畜化」という言葉に納得した。
これまでヒトが繁栄してきたのは、ヒトが模倣する生き物だからであるが、この模倣により、発明(インベンション)せずに革新(イノベーション)を生み出すことができるとのこと。つまり、模倣するヒトはさらに進化する可能性があるということだ。今後どのように変わっていくのだろう。人間は本当に面白い生き物だと改めて思う。 -
Posted by ブクログ
国立科学博物館の「毒展」から辿りついた一冊。
自分で痛みを検証した、イグノーベル賞を受賞した著者はなんとも強者。
虫の毒や針についてだけでなく、第4章ではオーストラリアのカンガルー島を学会で研究仲間と訪れた著者は、
「何気なく誘って、みんなにも刺されてもらおう。ここに集っているのは、 社会性昆虫に造詣の深い研究者ばかり。格好の標的になってもらえる。」
などの研究の過程も垣間見え、読み物としても楽しませてくれる。
極めつけは、付録の「毒針をもつ昆虫に刺されたときの痛さ一覧」
・ウォーリアーワスプについてにて、
「拷問以外の何物でもない。 (中略)それにしてもなぜ私はこんな一覧を作り始 めてしまったのだろう?」と記載されているところ。要所要所、笑いがあって楽しい知識本。 -
Posted by ブクログ
人間とチンパンジーの何が違うか、から始まる本書。つかみから面白い。ちなみに違いは模倣力の高さが挙げられていたが、逆にその模倣癖が災いしランダム選択がしづらくなっているという知識も楽しい。
人間は、共同体で模倣による知的ノウハウを積み重ねることで文化を作り、今や地球で1番強い生物になっている。共同体というのがミソで、孤立すると持っていたノウハウは失われる。個人が集まり重なって過ごせる能力の高さが、人間の強さの元とわかる。
進化してきたこと全てが文化進化の働きと言われていることに全面同意はできないが、内容は概ね納得できるものが多い。心理実験から民族の話等、多岐に渡る内容のため、単純に様々な知識を得たい時にもおすすめしたい本。 -
Posted by ブクログ
なかなかインパクトのあるタイトル。原題は”Never Home Alone”。映画「ホーム・アローン」をもじったようなフレーズだが、直訳すれば「家で一人ぼっちなんてことは絶対ない」くらいの意味だろうか。
ひとり暮らしの人も、家族と暮らす人も、自分の家は自分のものと思っているだろうが、実はそんなことはない。「家」に住んでいるのはヒトだけではなく、多種多様な生物もまた、自分たちの「家」として住んでいるのだ、というのがこの本の主眼。多種多様というのは文字通りの意味で、10や20、100ですらない、本書の著者らによれば、何と、20万種もの生き物がヒトとともに暮らしているのだという。
まさに「生態系」としかいいようのない大集団である。
多くの生態学者にとって、研究すべき「フィールド」とは森や山、川や海、ジャングル、サバンナなど、「ここ」ではないどこかを指す。いわゆる「自然」の中だ。
だが本書の著者らは、実は「家」の中にもさまざまな生物が潜むことに気付く。
シャワーヘッドに潜む微生物。地下室にいつの間にか住み着いたカマドウマ。窓枠にいるハエやクモ。そしてさらにそれらに寄生する細菌やファージなども。
今までは、生物そのものを見つけ出し、培養して増やすなどしなければ検出できなかったものが、近年の分析技術の発展により、微量のDNAから生物種が特定可能になった。
そのため、生物叢の研究は飛躍的に進んだ。
「家にいるのはあなたやあなたの家族だけでなく、小さな生き物がごまんと、いや20万ほどいる」と聞いたら、仰天して、駆除したり除菌したくなったりする人もいるだろう。
だが、ことはそう簡単ではない。なぜならこれらは「生態系」だから。
自分にとって好ましくないものを省こうとしても、それだけが死ぬわけではなく、すべてのものが死んでしまう。あるいは、弱った生態系の中で、病原性の高いもののみが生き残る。
結果、自分が意図したのとは逆の、もっと好ましくない状態になってしまうことが往々にしてある。
子供のころから多様な生物に触れていることは、想像する以上に重要なことのようである。著者らは自宅の裏庭の生物多様性と子供のアレルギーの度合いの関係を調査した。その結果、裏庭が自然豊かであればあるほど、子供の皮膚から検出される細菌は多様になり、こうした子供ではアレルギーの度合いが低い傾向が明らかに認められた。
著者は研究ネットワークを作るのに非常に長けた研究者である。昆虫分類のエキスパートやチャバネゴキブリの味覚ニューロンを調べ続ける研究者など、研究者仲間の尖がったエピソードもなかなか楽しい。
一方で、著者はまた、一般の人々を研究に取り込むのもうまい。世界各地から集められたシャワーヘッドのぬめりサンプルなくして、大規模な調査はありえなかった。これらの分析から、地理的な相違も重要だが、水道水を使用しているか井戸水を使用しているかでも大きな違いがあることが見えてきた。
終章がなかなか示唆に富む。
発酵食品は世界各地に多様なものが存在するが、その味は作り手に左右されることが実に多い。同じようにキムチを仕込んでも、同じように糠漬けを漬けても、同じようにチーズを作ってでも、同じ味になることはない。著者は、それは作り手の「手」やその「家」に住み着いた微生物によるのではないかと推測する。そこで実験として、多くのパン職人の協力を得て、パンを作ってもらい、作り手の微生物とパンの風味の関係を調べてみる。結果は読んでのお楽しみということにしておこう。同じく発酵の産物であるビールと合わせて、パンをテイスティングするシーンがこの章のクライマックスで、何だか不思議な多幸感を誘う楽しい一節である。
地下室に住み着いたカマドウマを調べる一環で、著者らはカマドウマの体内に住む細菌が、製紙工場の廃液中のリグニンを分解して、利用しやすい小分子炭素化合物にする能力を持つことを見出す。リグニンの分解はかなり困難で、分解能を持つ上に実用に向く細菌は知られていない。カマドウマ由来の細菌は実用に耐える可能性があるようだ。
それはそれで結構なことだが、実のところ、こうした実利的な部分はおまけのようなものであり、生態系が豊かであることの利点は、生態系が豊かであるということ自体なのではないかという気もしてくる。
カマドウマが何かの役に立たなくたっていいじゃないか。カマドウマのいる世界は多分、いない世界よりちょっと「よい」世界なのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
サシハリアリにスズメバチ、アシナガバチにヒアリ。
刺すアリやハチは数々あるが、できたら刺されたくないと思うのが普通の反応だろう。
ところが著者、ジャスティン・シュミットは違う。
昆虫毒を専門とする生物学者である彼は、さまざまな毒針昆虫に自ら刺され、痛みを数値化したシュミット指数なるものを作り上げた。その功績で2015年にイグ・ノーベル賞を受賞している。
その「成果」は、巻末付録としてついている、毒針昆虫に刺されたときの痛さ一覧表にまとめられている。
数値スケールで1~4まで。種の名称と分布域、刺されたときの感じも記載される。
「目がくらむほどの強烈な痛み。かかとに三寸釘が刺さったまま、燃え盛る炭の上を歩いているような。」(サシハリアリ、痛みレベル4)「ハッと目が覚める感じ。強烈に苦いコーヒーを飲んだときのような。」(インディアン・ジャンピングアント、痛みレベル1)といったストレートなものもあれば「ピュアな痛みに、やがて雑味がまじり、ついには肉をむしばむような痛みに代わる。まるで恋愛、結婚につづく泥沼離婚劇みたいだ。」(アーティスティック・ワスプ、痛みレベル3)「神々が地上に放った稲妻の矢・海神ポセイドンの三叉槍が胸に打ち込まれたような。」(ジャイアント・ペーパーワスプ、痛みレベル3)といった、わかったようなわからないような譬えもある。
さながら痛みのソムリエ的だが、果たして彼の評価が正しいかどうか、検証する気も失せるような、「痛い」表現のオンパレードである。
これだけだと、ちょっと変わった人というところだが、本文のおもしろさはオタク的物珍しさに留まらない。
なるほど科学者、考察も深い。
刺すアリ・ハチには毒があるわけだが、痛みの毒と致死性の毒は違うものであったりする。天敵に痛さを思い知らせて、次に狙われないようにするのが目的である場合もあれば、実際に殺してしまうことが目的であることもある。獲物として、幼虫に与えることが目的であれば、麻痺させる(しかし、「餌」の鮮度を保つために殺さない)ことに特化した毒もある。
昆虫の毒は、それぞれのニーズに合わせて進化してきた経緯を持ち、なかなかに複雑な歴史を背負っている。成分も単純なものではなく、さまざまな種の毒が「ブレンド」されている。
毒成分の細かな研究も興味深いところだ。
今までに最も詳しく研究されているのはミツバチの毒である。ミツバチ毒に含まれるメリチンというペプチドは、赤血球を破棄する能力を持つとともに、発痛作用や心筋を直接攻撃する作用を持つ。やはりミツバチ毒に含まれるホスホリパーゼA2は細胞膜を構成するリン脂質を破壊し、これが二次的にさまざまな反応を引き起こして弱い痛みを生じる。
ミツバチ毒には、ヘビ毒などと異なり、有効な抗毒素がないが、これはおそらく主成分であるメリチンが抗体のできにくい小分子ペプチドであることが理由であると考えられる。
驚くことに、ヒトがハチなどに刺されて死ぬ場合、その原因は毒素の毒性というよりも、アレルギーによることが多いのだという。ヒトの大きさだと、昆虫毒だけで死に至るには相当の量が必要であるようだ。
口絵写真にはさまざまな毒針昆虫の写真も収められている。著者が途方もない数のミツバチに囲まれている写真も必見。
読みながら「いたたたたた(><)」となりつつも、なかなかに奥深い昆虫毒の世界を垣間見られて楽しい。 -
Posted by ブクログ
原題は『The WEIRDest People in the World: How the West Became Psychologically Peculiar and Particularly Prosperous』で、WEIRD は Western, Educated, Industrialized, Rich and Democratic のそれぞれの単語の頭文字をとったものである。
本書はいわゆる「現代人」の心理について書かれているのではなく、心理学の研究対象として偏ったサンプリングをされて「現代人」と見做されている特定の性質を持った人々について書かれている。
従って、西洋の宗教的な環境から文化が構成されることについての記述が多く、文化的な背景が不足した状態では理解の何度が高い。
> WEIRDな人々にとって、神といえばキリスト教、キリスト教といえば慈悲心なので
、プライム刺激としての神(神プライム)が、無意識のうちに慈善活動を連想させ、その結果、相手に提供する金額が増えたのかもしれない。(第4章 神様が見ておられる、正しい行ないをなさい!)
> 本書はここで、教会は、親族ベースのグローバルな差異形成に寄与したのか、したとすればどの程度なのかという点に関心を向け、それを知る方法として、親族関係の緊密度と、教会の影響を受けた期間の関連性を吟味する。(教会が親族関係を変え、人々の心理を変えた)
WEIRD な人々に関する事例の紹介は多くあるので、WEIRD な人々の調査結果が色々な分野に与える影響や問題点についての認識をあらかじめ持っている人にとっては得るものが多いのだろうと思う。
一方で、本書でいう「現代人」の世界に対する影響がいかほどのものかの感覚を持っていない私のような場合には、他の既存の研究結果や文献をあたらないと課題と問題点に共感して読み進めることが難しいのではないかという印象を受けた。