今西康子のレビュー一覧
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人類は、協力し合う事で地球上の他の生き物よりも繁栄する事ができた。家族での支え合いと、更に他の集団との競争に打ち勝っていくために、親族集団の規模を拡大する必要があり、その手段として親族内での婚姻等を中心に集団の規模の拡大、そして他の集団に対する優位性を目指してきた。しかし、ヨーロッパ、特に西欧の世界ではある時期から、これとは逆の社会が築かれる方向を進めらていく事になる。カトリック教会となるキリスト教の一派が4世紀ごろから、親族間の婚姻の規制を強化する支持命令を出し続け、ヨーロッパでは親密な親族関係が解体されたからである。それにより人々は個として生きていくことが出来る社会に適合する必要性を強める社会圧がかかるようになる。親族の帰属意識よりも同じ利害関係を持つ団体(ギルド、修道院、大学、そして住民のこの権利を等しく認め、公正なルールの尊重、その担保となる西洋法やその運営のため、個々人の参加を約束する民主主義的土壌)の形成が促進される。
このような特徴を持った社会の形成は西洋特有のものであるが、西洋人は1500年以降、世界各地にいち早く進出し、主導権を握る事で、これが世界のスタンダードであるという意識を持つようになる。そして西洋人という「WEIRD」な人々が築いてきた社会と価値観が世界に普及していった。しかし、「WEIRD」な心性とは違う社会(この方が人類としてはスタンダードなのだが)に暮らして来た人々はこれに適応できず、世界各地で大きな摩擦が生じるのである。
西洋が世界で経済的優位にたてるようになったのはなぜか。著書が前著である『文化がヒトを進化させた』で主張した通り、経済を発展させるイノベーションは一部の才能ある人人の個人的なひらめきや発見によってもたらされるのではなく、いわゆる「集団脳」(他者から学び、知識や技術を蓄積し、それを関連・応用させる事で可能になる=集団の知恵の集積)により推進される。「WEIRD」な社会での都市化(都市に様々な人々が自由に集まり、活動する条件の整った社会)はこの「集団脳」の促進に良く適合するシステムである。遺伝子による進化ではなく、まさに「WEIRD」な人々が築いてきた文化との相互作用により、西洋人特有の社会進化が遂げられたのであった。 -
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世界は主に西欧とアメリカ合衆国が中心に動かして来た。これにより、西欧をスタンダードに考えがちだが。ここに大きな落とし穴がある。それら地域の居住者を著者は「WEIRD」と呼び、実は彼らの心性が世界のスタンダードからすると逆に特殊である事が考えられる。「WEIRD」とは西洋の(W)、教育水準の高い(E)、工業化された(I)、民主主義の(D)という特長を持つ人々。彼は独立心が強く、同調性が低く、分析的に物事を見、公平性を重視する。今まで、学問的に様々な実験、アンケートを行う際に学者は「WEIRD」の大学生を中心に対象として行なって来たが、これが人間の示すスタンダードな結果ではなく、世界全体的に見て、必ずしも当てはまらない事がわかって来た。では「WEIRD」の心性を築いた要因は何か。上巻ではここを中心に論述が展開される。
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フォン・フリッシュがミツバチの色覚やコミュニケーションを研究してノーベル賞を授与されたのは1973年。ミツバチの賢さと社会性はそれでお墨付きを得たようなものだったが、さらにその先の先があった。本書の原著は2022年刊。フリッシュ以降、半世紀の研究の展開。
実験をしてみると、道具も使えるし、観察学習もできる。遅延見本合わせの課題もクリアするし、(チンパンジーにも難しい)紐引き推理課題も解ける。仲間の個体識別もできるし、やらせてみると、ヒトの顔の識別もできる。喜怒哀楽もあるし、仲間への共感もあるようだ。個性もある。自意識ももっているかもしれない。まるで人間みたい。動物の行動や能力を「擬人化」しちゃいけないと言う科学者なら、なんて言うだろう。無言かな。
(p.s. スイスの盲目の博物学者フランソワ・ユーべル(1750-1831)の研究も紹介している。彼はミツバチで数々の先駆的な実験を行なった。助手に指示を出して実験をさせていたのだが、こちらの想像の域をはるかに超えている。) -
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面白かった!ヒトをヒトたらしめているのは文化であるということがよく分かった。ヒトはチンパンジーと比べて特別賢いわけでも生物として優れているわけでもない。すべては文化の蓄積のおかげなんだ。ヒトは文化と切り離されたら生きていけないが、それは現代人が退化したわけではなく、狩猟採集時代においても同じこと。樹上から降りて大きな集団を作り、集団内で文化を蓄積し、文化の進化とともにヒトの遺伝子も進化してきた。
また、一見不合理に思われるようなヒトの心理特性についても文化進化の面から考えると納得いくことも多かった。こうしたヒトの生得的心理に逆らうような規範が社会に根付くのは難しいだろうこともよく分かった。それならどうすればいいかは今後の社会において大きな課題になるだろう。
ヒトの集団脳を飛躍的に拡大させる可能性に満ちたインターネットについても、今や生成AIにより情報の屑まみれになりつつあるので、早急に制度や規範を整えたほうがいいだろうなという個人的な感想をもった。 -
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著者のジャスティン・シュミットは、2015年にイグ・ノーベル賞を受賞。授賞理由は、苦痛に耐えての虫刺されの痛みの尺度の作成。まさに体を張った研究。本書の原著は、タイムリーにも、受賞直後の刊行。
子ども向けの授業では、ミツバチが何匹も飛び回っている広口瓶に手を入れてみせる。刺されると思いきや、大丈夫。実は中にいるのはオス。オスは刺さない。進化的には、ハチの産卵管の先端が刺針に変化した。つまり、刺針をもつのはメス。
刺針や毒液がどう進化したか、防御のためにどう刺針を使うか、どんな毒虫の擬態をするか(ベイツ型とミューラー型)が、体験談も交え、かなり詳しく解説されている。トリビアも満載。
巻末には、毒針をもったハチやアリに刺された時の痛みの表。世界中の花バチ11種、狩りバチ34種、アリ38種それぞれについて、どんな痛みかという主観的印象と痛みの程度が記されている。まるでワインのテイスティングシートのよう。そうか、痛みは味わうものだったか。 -
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原題のほうが内容をよく表している。「バイアス」というと行動経済的な印象があるが、狭い内容ではなく、「経験」がいかに意思決定を間違わせるかとそれに対してどう修正するかを幅広く考察した本。
THE MYTH OF EXPERIENCE
Why We Learn the Wrong Lessons, and Ways to Correct Them
【目次】
序章 経験はすばらしい教師だ――が、そうではないこともある
経験―それは頼れる教師
学習になじまない環境―見落としているのは何か? 無視すべきなのは何か?
経験からの教訓―いったん学んでしまうと、忘れるのは難しい
経験幻想を捨てる
第1章 人をあざむくストーリー――経験が単純すぎる物語になるとき
ランダムネスを無視したストーリー
時間をすっ飛ばしたストーリー
過度に一般化されたストーリー
自己成就するストーリー
真実に近いストーリーを作る―ストーリー懐疑論者とストーリー・サイエンティスト
見落としているのは何か? 無視すべきなのは何か?
第2章 ひらめきの喪失――経験が創造力を削いでしまうとき
アイデアを見極めるときの先見性の欠如
アイデアを見極めるときのプロセスの軽視
アイデアを生み出すときの独創性についての誤解
アイデアを生み出すときの視野狭窄の罠
ひらめきを取り戻す―自律性を育む時間と空間
ホビー・ハック―一見無駄に見える実り多き時間
熱中できるものへのエスケープ―生徒の創造性を解き放つ
管理職会議―ビジネスリーダーの問題解決フォーラム
見落としているのは何か? 無視すべきなのは何か?
第3章 リスクに気づかない――経験が危険を隠してしまうとき
あらかじめ経験しようのない大惨事
先を見通せない―専門家の知見と過去の経験のギャップ
経験から学ぶ災害の教訓
事後対応と未然防止―大惨事が回避されたとき
間一髪―危うく難をまぬがれたとき
現実のリスクを把握する―統計リテラシーを高めるメリット
見落としているのは何か? 無視すべきなのは何か?
第4章 見せかけの自由――経験が選択の幅を狭めるとき
熱くなっている?―情動体験をデザインする
どちらが好き?―選択体験をデザインする
ゲーム感覚でいかが?―インタラクティブ体験をデザインする
あなたは誰なのか?―社会体験をデザインする
経験を取り戻す―意思決定に対するコントロール能力を高める
見落としているのは何か? 無視すべきなのは何か?
第5章 心地よければやってよし――経験が節操を失わせるとき
ジョーの経験―自分に都合の良い外部性
ジョーの経験に合致する心地よい麻痺状態
成果だけにとらわれず、隠されたプロセスを明らかにする
情報に基づく配慮で共感を超える
見落としているのは何か? 勘違いをもたらすのは何か?
第6章 百発百中の魔弾――経験が成功の秘訣の幻想をもたらすとき
他者の成功から導かれた教訓は当てにならない
自分の成功から導かれた教訓は当てにならない
他者の失敗から導かれた教訓は当てにならない
自分の失敗から導かれた教訓は当てにならない
魔法の治療法―代替療法の危険な教訓
成功例と失敗例の両方を検討する
成功と失敗―何がその違いを生み出すのか?
見落としているのは何か? 無視すべきなのは何か?
第7章 幸せの妨げ――経験が満足を損なうとき
時間経過に伴う体験の変化―順応と習慣化
記憶された経験―二種類の自己の衝突
相対化された経験―他者との比較
変化に富んだ経験―喜びにつながる経験への投資
経験せずにすんでいること―望んでおらず、なおかつ持っていないもの
見落としているのは何か? 無視すべきなのは何か?
結び 経験コーチの知恵
利用可能性バイアス―よく見聞きする事柄の重視
不適切な拠り所
誤った確信 -
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山の中に住んだら健康的になるかも。というようなことが書かれた本。普段人間が生活している屋内には、見えないサイズの数多の生物が生息しており、野外と比べても特別な生物相が形成されている。特殊な環境でしか見つからない菌が、普段使っている給湯器から見つかってしまったなどの例も書かれており色々面白い。
細菌などを含めた生物の多様性を維持することで人にとって悪い菌が増えるのを防ぐ話や、薬物耐性菌を野に放つと従来の耐性のない菌にリソースの問題で負けてしまう辺りの話も興味深かった。あとはコロナで話題になったPCR検査は本来こう使うのかなどと思った。
とりあえず今日から窓をちゃんと開けて換気するようにしたい。 -
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生態学者の著者は、これまで、生態学は外の世界を見てきたという。人類は含まれるものの、人類を取り巻く「自然」における多様な生物からなる生態系及び生態系サービスを見てきたという。だから、家の中にどれぐらい新生物がいるかをしらなかったという。それに対して、本書が取り上げるのは一軒の家にいる生き物すべてを総ざらえしようというのである。そして、その生き物たちが生態系をなしていて、微妙なバランスで成り立っているというのである。なお、本書ではウィルスは登場せず、細菌や原生動物といった微生物、昆虫、ペット、そして、人間が登場する。
たとえば、花粉症などのアレルギーは、多様な環境に暴露されなかったから、身体の免疫システムが反乱を起こして、自己を攻撃するようになったという。これは、子供が育つ家の内外の生態系が、人間の干渉、たとえば、農薬や殺虫剤、さらには、抗生物質などによる干渉受けた結果、多様性を失いそのことが引き金となって、免疫システムの異常を引き起こしてしまうからだ。我々は人類の一員としての遺伝子を引き継いでいて、この遺伝子のセットは、長い進化の歴史の中で環境の中に暴露されてきた結果、構築されてきたものだ。ところが、人類は生態系に多大な干渉を加えて現代文明を構築してきた。たとえば、火を使うことによって、口に入れる微生物の種類は減ったことだろう。せっかく、多様な生き物からなる精緻な生態系が作り上げられていたのに、生態学的ニッチェに空きができてしまい、体内の微生物の間の競合関係を乱してしまう。さらには、衛生環境をととのえ、抗生物質を手に入れる。また、農薬をつくり、殺虫剤をつくる。おかげで平均余命はのびたには違いないが、さらに、人間を取り巻く生き物の種類をへらす。ところが、生き物の側でも進化戦略によって、薬物耐性を身に着け、おかげで、抗生物質が効かなくなり、生き物との間の際限のない軍拡競争に落ち込む。
そうした状況にあっても、家の中をくまなく探ると20万種もの生き物がいることを(ウィルスを入れれば、おそらくその数はもっと膨大になるはずだ)、本書は教えてくれる。しかし、読者は、それなら、もっと清潔にして、これらの生き物を撲滅しなければ、と考えてはならない。そうではなく、こうした多様な世界をせめて維持すること、なんなら、もっと増やしていくことが望ましいと考えること、これが重要なのではないだろうか。 -
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ネタバレ蟻と蜂が刺針をどのような目的で発達させてきたかを、その生態、社会生活を営むのか、単独性なのか、餌との関係なのか、捕食者との関係などに触れながら記述していく。
社会性の高い種ほど、その失うモノ(蜜や幼虫など)が大きいため、外敵に対する刺針とその毒を発達させ、単独性の昆虫は餌を麻痺させる目的で発達させているようだ。特にオオベッコウバチがタランチュラを麻痺させ、巣に運び、卵を産み付ける。孵った幼虫がタランチュラの血や筋肉、脂肪、消化器系などを食べられ、最後まで動いていた心臓を食べられて死ぬという。この部分を読んだ時は、タランチュラが少しだけ愛おしく感じた。
他にもヒアリが拡大した理由に人間とその殺虫剤が関わっていたり、ミツバチの毒が発達したのも捕食者としての類人猿との競争の結果であったりする。
筆者本人が身を以て蜂、蟻に刺され、それを数値化した部分が大きくピックアップされる。しかし、この本の最大の面白さは、昆虫を愛し、向き合い、その刺針を発展させてきた適応に驚嘆する筆者の姿勢だと思う。 -
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昆虫刺されの痛さを1−4スケールで示し、イグノーベル賞を取った著者の渾身の一作。
蜂と蟻がどうやって毒針を持つに至ったか。もともとは産卵管が発達して刺す機能を持ったので、メスしか刺せない!どういう蜂や蟻が刺すのかというと、失うものが大きい種類。高度な社会性を持つ場合、コロニーを大型哺乳類から守るには自らを犠牲にしてでも捕食者をすから遠ざけなくてはならない。そのため、ミツバチは毒針を自切し毒液を捕食者に対して全部注入する。またありバチは社会性はないが、メスは翅もなく長生きであるため捕食されるリスクも高い。そのため、硬い体、柔軟な針、痛い毒液を備える。痛さ最高に君臨するサシハリアリは、主に植物性の糖分しか取らないが、子供や女王の餌として動物タンパクが必要なケースがあり、その時だけ他の昆虫を狙うが、その毒針はほとんど防御にしか使われていない。この蟻がなんでそんなに強い毒を持つに至ったかはよくわからないが、種自体はだいぶ昔に他のものとは分岐している。また同じ種の間のあらそいがよくおきるため、ころにーのじゅみょうは2.5年しかない。