古田徹也のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
22ページにある
「言葉を学ぶことは、社会のあり方や生活のかたちを学ぶこと」
この言葉に強く共感する。今私たちの頭の中でほとんどの場合、言葉が川を流れるように考え事をしている。それを表現するとき、いかにベストな言葉を使用し、相手にうまく伝えるか。それは日々の鍛錬であり、疑問を持ったり興味を持つことが大切だ。
流行り言葉の「エモい」や「メロい」などの言葉も偶然生まれたように見えるが、そこには今まで使われてきた日本語の規則性のようなものが垣間見える。
現代社会において、今まで言語化していなかったものが言葉になったとき、方言がだんだん日本中に浸透していったとき、なんとなく時代の変化を見ているようで -
Posted by ブクログ
すべての哲学は、言語批判である。
ウィトゲンシュタインの言葉だという。
この立場から身近なことばの在り方を観察し、批判的に捉え返したのが本書だということだ。
ことばの中には過去の文化が蔵されている。
新しい言葉の中に、新しい世界の見方が表れている。
発言という行為には応答の責任が伴う。
ことばのもつ危うさにも言及されていた。
大きな主語での語りのおおざっぱさ。
批判が非難と同義にされ、批判が忌避される日本の言語環境。
十分吟味されないで導入された新語による視野の固定。
誤用が定着することでおきるコミュニケーション不全。
文章が上手で、非常に読みやすい。
(この人はあと数十年したら、きっと -
Posted by ブクログ
ウィトゲンシュタインとカール・クラウスの言語論についての検討をおこないつつ、「生きた言葉」や「魂ある言葉」とはなにかという問いを考察している本です。
本書ではまず、中島敦とホーフマンスタールの二編の小説がとりあげられ、それらの作品に見られる、いわゆる「ゲシュタルト崩壊」と呼ばれる現象に注目がなされています。その後、ウィトゲンシュタインの言語論、とりわけアスペクト盲をめぐる議論についての検討がおこなわれています。
後期ウィトゲンシュタインの言語論は、ときおり「意味の使用説」といったことばでまとめられることがありますが、本書では、ウィトゲンシュタインがことばが帯びているアスペクトないし「表情」