古田徹也のレビュー一覧
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私が大学生の頃、先輩方の印象深かった警句の一つに「違和感を大事にしろ」というのがある。本書で言うところの「しっくりこない」からはじめろ、それを手放すな、ということだろう。
常套句に身を委ねてしまったとき、戦争に代表される社会の破滅がやってくる。リアルな話で、歴史の教訓だ。国家だけでない。企業も組織も、あらゆる人間の集まりがそうだろう。
堕落や破滅は言葉への敏感さを失ったところにある。常に創造せよ、というわけではなく、常套句にも魂を立ち上がらせよ、と本書は言う。
哲学が衒学ではなく、言葉に溺れず、傲らず、しかし、言葉を大切に選ぶこと、待つこと。それが哲学だと。クラウスとウィトゲンシュタイン -
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入門書として丁寧にウィトゲンシュタインの思想を解説してくれています。そもそもの内容がとても難解と思われますが、日本語を使っての説明で、読んでいる時はそういうことかと理解できた気がします。
また、思想だけではなく、生い立ちに関する記載も多くあり、本書を読む前は勝手な人物像を描いてましたが、人間味のある面を知ることができました。
解説について、思想の解説は前期と後期に分けて展開されており、ウィトゲンシュタインの遺稿も多く引用しながら、内容を解きほぐしていく感じで、丁寧な入門書という印象です。。(それでも思想の内容自体は凡人にはすぐには理解できないものですが)
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Posted by ブクログ
ネタバレ言葉について考えるといつもとても興味深いなーと思います。
言葉なんていらないと思ったことはないけれども、
言葉を使うことの難しさ、そして、言葉が良くも悪くも持つ私たちへの大きな影響やは色々感じる中、
この本はそのようなことを今一度整理し直して考えさせられるものでした。
言葉の深み、言語によって見える世界が変わってくること、
だから私はきっと、他の言語に好奇心を抱いたり、学ぶ動機が湧くのだな、とあらためて気づく。
入ることでしか得られない視点や考え方を、自分も経験してみたくなる。
言語を習得したいけれども言語を習得することは並大抵のことではないなー、と、母語でさえも、その深みを理解 -
Posted by ブクログ
4冊目もとても読みやすく重要なポイントがまとまっているので、現代の西洋での倫理学を理解したい方には良い内容である。
個人的には徳倫理学の章が興味深かった。カントなどの義務論は、行為の是非を問うが、徳倫理学は人格を問う。それはそうだと思うのだが、人格を重視するのであれば、例えば、西洋ではゲーテやシラーなど、教養を高める教育思想があるし、日本の報徳思想や心学など、人間性を高める伝統的教育がある。それらを学ぶことの方が有意義だと思えてきた。
また、徳を重視し過ぎると軍国主義になるや、慰安婦の国家賠償の問題からケアを考えるなど、事実を無視した左翼思想が出てくるところは残念である。 -
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面白かった。
哲学の本を読んでると「そんなこと延々と考えてどないすんねん」と思うことが多いけど、まあ倫理学は考える価値があると思う。万が一、皆が納得できる形で正しさをルール化できたら、立法やらなんやらがすごくスムーズになると思うので。そんな夢を追って思考を深めているならカッコイイと思う。
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とはいえ、やっぱり倫理は何かしらの理屈で説明できるものではないのでは、というのが読み終わっての感想かもしれない。
徳のある人物を目指す徳倫理学や、現場レベルの判断を問うケアの倫理は、結局「皆が心に手を当ててやっていくしかない」的な発想やと思うし、まあ実際そうよな、という気持ちもある。 -
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素朴な視点で言語を考える。
なぜ「三角い」や「緑い」と言ってはいけないのか。自然発生したものなら、どんな言語にも、必ずしも規則的ではない慣習的な言葉がある。また、文化由来の「高飛車」なんていう言葉もある。オノマトペを多用する文化としない文化の違いとは。言葉は、自然的な事実、歴史、音韻やリズムなど、実に複雑な要素の賜物。そうした面白さを伝えてくれる本だ。
哲学者のウィトゲンシュタインが援用されるが、何より本書の白眉であり、著者のズルい所は、この「素朴な視点」の保有者として、幼い娘の発言を引用してくる点にある。そして、著者同様、私にとっても、その娘の言葉が最も考えさせられるテーマとなる。
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Posted by ブクログ
哲学者ピエール・アドによる、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』の読み解き。両者をヒントに自らの思考が深まる。張り合う訳ではないが、やはり哲学そのものが無意味な造語を弄ぶスノビッシュ、或いは文系学問の聖域化に流されている見方が拭えない。くだらない。故に、よりシンプルな現象論からこの世界を覗いてみた。
以下は私自身の咀嚼した思考になるが。
言語とは。
「実存する事物の名称化」と「実存しない観念の名称化」、「それらを組み立てる文法」に分けられる。目が見えない人が事物を名称化するが如く、形の見えない観念を名称化する事も可能。
思考の限界は言語の限界、というのは誤りだ。
文語と口語に対し、思考