吉村武彦のレビュー一覧
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ネタバレ考古学・歴史学・日本語学・美術史学の最新の研究成果を取り入れ、縄文時代から平安時代中期までの日本古代社会の形成過程を体系的に解説した基礎知識集。本書の特色は、歴史上の事件だけでなく、地震や火山(榛名山の火砕流に飲まれた武人など)といった災害史、さらには恋や酒、病気など、古代人の「生」のリアリティが詰まっている点にある。
前方後円墳と初期国家が主要論点の一つ。箸墓古墳以降の巨大古墳は、労働力動員と築造規格の配布を通じて、奈良盆地を中心とする「中枢的政体」と地方首長の上下関係を示唆する。
天皇号の成立も重要な論点。天武朝での成立が有力視されるが、天智朝の野中寺弥勒菩薩像銘(666年)を当時のものとすれば、成立はさらに遡る可能性がある。
天智期関連では、中大兄皇子について、乙巳の変を主導し、斉明朝では称制により白村江への指揮を執り、戦後処理の中で水城や山城を築いて国防を強化した。称制については、斉明崩御から正式即位までの6年間、即位式を行わずに政権を運営した。これは緊急事態における権力集中の形でもあった。庚午年籍については、670年に作成された初の全国的戸籍で、後の律令制において「氏姓」を固定する永年保存の基準となった。近江大津宮については、白村江後の防衛的要請から遷都し、近江令の施行や漏刻(水時計)による時刻の公定など、新たな統治スタイルを開始した。白村江の敗戦については、百済復興を支援して唐・新羅に敗北。この「国家滅亡の危機」が、逆に「日本」という国号や「天皇」号の採用を加速させた。
角川選書で、項目が細かく、どこから読んでも楽しめる。天智まわり関連度は極めて高く、中大兄の「称制」や「白村江」の敗戦から「近江遷都」に至る苦悩と、国防のための大工事(水城・山城)の臨場感が史料と地図で把握できる一冊。 -
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日本列島の文明化と国家形成を、中国を中心とする東アジア(漢字、仏教、儒教、律令)の相互作用として捉え直す試み。本書の特色は、前方後円墳や聖徳太子といった「定説」を、東アジア全体の激動のなかで最新データを用いてアップデートする点にある。
まず刺激的なのは、巨大前方後円墳を直ちに「大王墓」とするテーゼを執筆者自らが「撤回する」と明記している点。前方後円墳は、一義的にはリネージ(出自系統)やクラン(氏族)のランクを表示する葬送舞台であり、王権秩序とは別次元の組織形態を反映していたという整理は、権威の表現が複線的であることを示す。
都城史では、藤原京から平城京への遷都が、大宝律令への対応だけでなく、疫病による多数の死者の発生が「礼に背く都」とみなされたことや、遣唐使が実見した長安大明宮の情報の反映によるという指摘が興味深い。遷都を「法整備」だけで単線化すると、疫病・礼制・対外情報という同時進行の論点を取り落とす。
文字文化においては、行政法典や正史には中国式漢文を用いる一方、和歌や宣命には日本語順の和文表記を用い、言語構造の異なる二重の表記体系を保有したことを明示。さらに、百済・新羅の文字表現(誓記体、吏読)が非漢文的な日本語表記の成立に決定的な影響を与えたことを、木簡や刻字土器から実証する。「中国→日本」の直線モデルに回収しない、半島・多方向の媒介を前提にする視点が重要。
仏教受容は信仰のみならず、測量・金属加工・造瓦・医薬といった先進技術者集団と一体で波及し、地方社会への浸透も評家(郡家)と寺院がセットで整備された。宗教と技術の「セット受容」として描く視点は、単なる信仰導入ではない複合的な国家形成を理解する鍵になる。
家族史・ジェンダーの観点からは、奈良時代以前は家父長制が未成立であり、キサキは「天皇の妻」ではなく「皇子女の養育者」として自立した経営主体であったという論考が刺激的。婚姻は一夫一婦制が固まらず、対偶婚のように結びつきが弱い形態が想定され、后妃は天皇と同居せず独立した宮で皇子女を育てる、というモデルを提示する。後世の「正妻・家父長」モデルをそのまま遡らせない注意が必要。
天智期関連では、白村江敗戦後の亡命百済人流入が技術・官制・記録能力を押し上げ、国防と制度整備が同時に進む局面として描ける。斉明追善の川原寺建立、天皇号使用の端緒可能性(野中寺弥勒菩薩像銘「中宮天皇」)など、宗教・称号・建設が政治と結びつく。ただし、近江令は体系的な法典としての実在は疑問視されており、単行法令の集成であった可能性が高い。
また、古代社会の流動性として、多産多死社会であり、都城への人口集中が病原体との接触機会を増やし、天然痘などの疫病拡散を律令制システムが加速させた点も重要。制度=進歩として描き切ると、疫病・災害という負の帰結が見えなくなる。
角川選書であり、最新説を平易な言葉で解説している初学者向け。女性の自立した邸宅経営、当時の過酷な災害・飢饉の実態など、リアリティのある描写に不可欠な知識が揃う。文字を持たなかった人々がどのようにして日本語を書き始めたのか、女性たちがどのように家を切り盛りしていたのかといった、生活実感に近い歴史像が得られる一冊。 -
Posted by ブクログ
飛鳥・藤原まる子と伯父検定を受験するにあたり購読。
文章自体はとてもわかりやすく読みやすい。
もう少し、各天皇が即位した背景が詳しく書かれていると理解しやすいかも、とは思った。
時系列的に即位したとだけ述べられると、ストーリー制より暗記になってしまう懸念が。
しかし、背景は『日本書紀』等々書かれていない物も多いだろうから、作者の推論を避けたのかも知れない。
歴史書は勝者の物語である側面が強い事を理解していないと誤解が生じる部分もあるだろうから。
曲解して「これが正しい」と誤読してしまう人への配慮かもしれない。
女帝が活躍?していた次第とはいえ、まだまだ政治利用されている感は否めない。
それでも、優秀な人材がいたことも想像に難しくない。
何が書かれているか、よりどう考えていくかに軸を置いたほうが、私個人としては入りやすかった。 -
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かなり深く学説等を紹介し、各章・各節ごとに最後にきちんとまとめの文章を置いてくれるので、知識を吸収しやすかった。
巻末の資料もわかりやすい。
史上初めての女帝は推古天皇だが、初めての譲位・初めての重祚は乙巳の変を行った中大兄皇子(天智天皇)の母である皇極(重祚後は斉明)で、やはり蘇我本宗家を倒したクーデターが日本の天皇史の大きな転換点であったように思う。
この時代を考える資料で正史である『日本書紀』は、乙巳の変を実行した天智天皇の娘(元明天皇)と中臣鎌足の息子(藤原不比等)がトップであった時代に完成したものであり、かなり勝者の理論が適用されていることを考えて読むべきものであることもわかった。
皇統の変更など政権者にとって大きな政治的危機が訪れると女帝が誕生する傾向にあることなどを考えると、女帝は多分に政治的技法の1つとして利用されてきたのだろう。
奈良平城京が7人8代の天皇中3人4代が女帝であり、およそ3分の1が女帝の時代だったこともヤマト王権の確立を考えるととても面白く感じられた。 -
Posted by ブクログ
女帝が大きく取り上げられたのは現在の皇嗣問題や女性宮家の問題がクローズアップされているからだろうが、本書は純粋に過去の女性天皇の歴史的性格を記した本である。
女性が天皇になった理由は古代においても非常時、緊急避難的な事態への対処であった。王権の安定化のための応急処置や、すぐに即位できる男子の皇位継承者がいなかったり、血統が変わることを防ぐために、自らの孫が即位するまでの時間稼ぎをするという目的であったようだ。持統天皇はその典型例であり、まさにみずからの寿命をかけた皇統の維持のための即位であったのだ。
その後、女帝が現れなくなったのは、幼帝の即位が容認されるようになったことや、譲位が一般的になったことが大きいという。
つまり、女性が天皇になるということには古代の例からは積極的な意味を見出せないということだ。本書が引くように魏志倭人伝の中に見える卑弥呼が国情の安定のために即位したというような積極的な女性即位の理由がなかなか見出せないのである。
現代の天皇制についても長く女帝容認の声があった。しかし、親王の誕生によってその声も自然消滅してしまったようだ。象徴天皇制にあって、天皇の意味をもう一度考えさせられる一書であった。