吉村武彦のレビュー一覧

  • 女帝の古代日本

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    壬申の乱まで来ました
    天智天皇は大友皇子の為に不改常典の法を定めた
    元明天皇即位の時も「改るまじき常の典」にのっとり自分が即位して文武に繋ぐことの正当性を訴える
    日本って理屈っぽいが、この正当性のお蔭でゲームのルールがあるかのような政権略奪が繰り返される
    織田信長も大久保利通も上手だったよね

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    2018年12月11日
  • 蘇我氏の古代

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    歴史上好きな人物は?と聞かれたら、藤原不比等、天武天皇、聖徳太子、千利休、と言うのだけど、それにしては蘇我一族のことはいつも気になるんですよね。
    利休なんかよりも定期的に蘇我一族の本の方が読みたくなるのです。

    この本は古代史好きな方のレビューを読んで興味を持ち、積読リストに入れていたものです。

    でも、全体的には巷で言われてる王道の意見そのままで、意外な主張はあまりなくちょっと肩透かしな感じでした。
    例えば、入鹿が上宮王家を滅ぼし自ら天皇になろうとしていた、とか、蝦夷は冠位を息子に与えた、これは明らかに天皇大権の侵害だ、とかね。こんな感じで専横が過ぎた為蘇我氏本宗家は皇族によって打倒された。ですって。さらっと事実のように書かれていてちょっと悲しかった(涙)
    そういう意味では前に読んだ遠山さんの「蘇我氏四代」の方が刺激的でした。

    とはいえ、もちろん勉強になったこともありました。

    例えば蘇我氏のルーツが葛城氏の分家っていうのは王道の意見だけど、その理由が分かりやすくて納得感がありました。
    →蘇我氏は父系でつながれた直系継承で、満智(マチ)-韓子(カラコ)-高麗(コマ)-稲目-馬子ー蝦夷ー入鹿まで続く。
    満智を百済の高官「木満至(モクマンチ)」と同一人物とみる説があるが、そうだとすると、その子が韓子、高麗と、敵国の名前になる説明がつかない、と言っていて、単純なことだけど随分納得感がありました。。
    こういう説明をしてくれた人が今までいなかったから、いつまでも蘇我氏は百済王家の末裔では?!という考えが完全には払拭できずにいたのよ。

    あとは、中臣鎌足が藤原姓を賜り、名負いの氏から律令官人として活躍しはじめたのと同じで、蘇我も石川に改姓することによって本宗家は滅亡したけれど傍系は官人として中央で活躍する場を得たのでは、というのには知っていたけど気が付かなかったので面白いなと思いました。ちょっと時代は遡るけど、物部、大伴など名負いの氏は結局は滅びていますからね。

    とにかく、蘇我氏の、律令国家成立までの古代国家の文明化に果たした役割は大きいのです!

    これからも、蘇我氏の謎、定期的に追って行こうと思います。。

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    2017年03月30日
  • 女帝の古代日本

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    飛鳥・奈良時代の天皇の親族関係が複雑すぎて、ついていけなかった。
    そこを理解しないと、読み解けないというのに。

    女性天皇は、天皇となる政治的資質や年齢がふさわしい皇子がいない場合に誕生し、
    その後、持統天皇以降は天武・持統系の皇統を維持するために即位した、
    ということらしい。

    そして、ヤマト王朝の天皇が兄弟継承だったということは、指摘されて今回初めて気がついた。

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    2016年05月07日
  • 女帝の古代日本

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    皇位継承が、ヤマトの安泰の要だった時代の解説。6〜8世紀、天皇はオサ、実力者、長老的の役割が強いから、10代以下の幼少天皇がいないのが新鮮だった。

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    2016年01月27日
  • 蘇我氏の古代

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    「滅びた」と言った方がおもしろくなりますからね。改名ということがありました。
    「ふじわらのかまたり」の「の」の意味もわかります。

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    2016年01月26日
  • 女帝の古代日本

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    ネタバレ

    古代の女帝にどうしても惹かれてしまう私です。。

    本書では古代に即位した6人(重祚含め8代)の女性天皇について、その即位に至る経緯と背景を探っています。
    女帝は、皇統の母を持つ皇子がいないなどの資質に問題がある場合や、いても若い皇子(30歳以下)しかいないときの王統の中継ぎ的存在で、古代はまだ天皇の権力と地位が安定していなかったために存在した、(よって国情が安定した後は幼帝が即位できるようになり、女帝が現れなくなった)また、天武・持統系の皇統を守るためにも女帝は不可欠だった(だから天智系の光仁に皇統が替わってからは女帝は現れない)というようなことが書かれていました。

    印象に残ったことは、前半の女帝はすべて皇后出身者でありまた、すべての人物が立太子し譲位をしているという事実。中継ぎも大切な役割でした。
    それから、いつも出てくる「不改常典の法」、改るましじき常の典。
    親子相続の正当性を主張するものですが、天武系の皇統を維持するためにずいぶん多用されていたんですね、知りませんでした。
    知らなかったと言えば、孝謙が重祚したことを示す具体的資料が、実はない、とのこと!これにはかなりびっくりしました。淳仁廃帝、皇太子を擁立しなかった=重祚、と解釈するんですって。

    最後に。。
    (主題でないとはいえ)厩戸の存在を100%肯定して話が進んでいくところにホッとしました。
    最近は教科書までその存在を疑問視する風潮ですからね。私は彼が好きなので、実在説を信じてるのです。 。

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    2013年04月27日