川田稔のレビュー一覧
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当時日本で最も優秀な頭脳集団の一つだった旧日本陸軍。なぜあの太平洋戦争に至り、その後完全解体という悲劇に至ったのだろうか?本書は全3部作の第1部で、満州事変とその背景について論じている。そしてその原因を、陸軍内部に誕生した一夕会とその他の派閥抗争に端を発するとしている。一夕会が考える陸軍が取るべき方針は、第一次世界大戦を鑑みた国内体制の変革の必要性と満蒙親日傀儡政権樹立の必要性、そして内部にはびこる長州閥の打破と考えていた。そして、陸軍内部で人事介入工作を始め、満州事変に至る。
分からないことがある。一つは、結果的にみれば独断専行した関東軍の狙い通りと言える。しかし、当時は元老西園寺公望も健在で、政党政治が機能していた。陸軍内部でも一夕会は少数派だったようだ。一夕会自体もクーデターまでは想定していなかったようである。当時の実際の天皇の影響力がどの程度だったのかは分からないが、一歩間違えれば賊軍として扱われ、粛清されるリスクも十分にあっただろう。どこにその勝算があったのだろう? -
Posted by ブクログ
全7章のうち、5章を「満州事変」の通史、2章を永田鉄山と石原莞爾の戦略構想の比較分析に充てている。
本書の日本陸軍観・「満州事変」観の特色としては、第1に、宇垣一成を中心とする世代と永田ら「一夕会」グループの世代の対立抗争を重視し、前者から後者に主導権が移る犬養内閣成立(「一夕会」が推す荒木貞夫の陸軍大臣就任)をもって陸軍の体質に「断絶」を認めている点、第2に、「満州事変」を通俗的な「関東軍の独走」というよりも、永田が主導する陸軍中央の中堅幕僚クラスの「下剋上」に重きをおいて説明している点が挙げられる。いずれも従来の通説に比して、永田鉄山(柳条湖事件時は陸軍省軍事課長)の主導性を重視しており、いわば「永田史観」と言っても過言ではないような叙述になっている。
第1の点に関しては、いわゆる「軍部」の成立時期に関する研究史上の対立点(日露戦後か「満州事変」期か)と関わり、対外政策や総力戦構想に、本書が強調するほど宇垣派と永田らの間に構造的な「断絶」があるのか疑問がある。第2の点に関しては、陸軍中央の関与を強調するあまり、逆に石原莞爾らの「独走」が相対的に希薄になっており、この点には異論が出よう。ほかにも細かい問題や疑問はあるが、「満州事変」期単独の一般向けの通史が少ない中で、最新の研究成果を通観できる点に本書の価値はあろう。 -
Posted by ブクログ
これまで敢えて避けてきた感のある昭和の陸軍に関する本。
イメージだけで言ってしまうと、海軍は論理的で欧米に精通したエリートであり日米開戦に最後まで反対し続けたベビーフェイス。
かたや、陸軍は精神論を武器に感情的・直情的であり、なんの戦略もなくなし崩し的に国家崩壊の寸前にまで追い込んだヒール。
そんなステレオタイプで捉えがちである。
かくいうボクも、満州事変以降、なぜ日中戦争へとむやみに戦線を拡大し、さらには太平洋戦争にまで踏み込んでいったのか、政党政治を潰してまで権力を掌握して実現しなければならないモノとはなんだったのか?この手の本をいくら読んでもいっこうにわからないのだ。
なぜなら、陸軍自身の戦略がお粗末にしか見えない書き方がされているから。
国家を掌握し、自ら信ずる方向へ舵取りするような巨大な陸軍という組織が、そんなお粗末な精神論と妄想だけで動けるはずがない。
石原完爾といった名のある戦略家が次々と更迭されて人材不足に陥り、組織が硬直化したというだけの話ではないはずなのである。
そこには絶対に当時の陸軍としての確固たる思想があってしかるべきなのである。
本書は昭和陸軍として戦争の道へ進むに当たり、陸軍中央を掌握するまでの長州派、統制派、皇道派といった主要派閥の派閥争いから、最終的に中堅幕僚を中心とした統制派が権力を握るまでに至る経緯と、それを支える統制派の思想、その中心人物たる永田鉄山、石原完爾、武藤章、田中新一と続く政戦略構想を時系列に基づいて整理されたものである。
かつて、昭和初期の政党政治は脆弱なものであり戦前の幾多の困難に耐えきれず、自壊していったとされてきた。
そこになんの戦略ももたない陸軍が政治家を恫喝することで権力を掌握し、無謀な戦争へと導いたとされてきた。
しかし、近年の研究では当時の政党政治はかなり強固なものであり、国内外を含め相当安定性をもっていたということが明らかになってきている。
だとすれば、その安定した体制を突き崩すにはそうとうな戦略構想と体制打破に向けた準備が必要だったはずである。
本書はそこに焦点を当て、昭和陸軍の推進力となる中堅幕僚層の中核メンバーの戦略構想を明らかにする。
本書を読む限りにおいて、その構想自体は精神論ではないロジカルなものである。けしてなんの戦略もなくなし崩しだったわけではない。
しかし、中央の陸軍省や参謀本部のエリートの限界もやはり垣間見られるのだ。
『〜できれば、〜という結果となるはずである』
ビジネスでも同じだが、仮定をおいて推進することは必要なことである。しかし、『こうなるはず』が外れたときのBプランの確保と時期を逃さずに決断することの二つが出来ていないと、そのプロジェクトは崩壊する。
本書における昭和陸軍の姿勢も同じように見えるのである。
やはり、まだまだこの時代の『なぜあの戦争に至る決断をしたのか?』という部分は腑に落ちないのである。