川田稔のレビュー一覧
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なぜ日中戦争は止められなかったのか?という疑問に、一つの回答を提示しています。
永田鉄山暗殺後に統制派を率いた武藤章と、自らの世界最終戦論を前提に陸軍を動かそうとする石原莞爾らの動きがつぶさに分かります。
日中戦争が拡大した要因の一つに、拡大派の武藤と不拡大派の石原の派閥争いがあったというのは驚き、そして飽きれました。
また、随所で戦線拡大を止められる機会があったにも関わらず、その全てが武藤に限らず、現地軍や政府関係者らによって芽が潰されていったようです。
本書で扱われているのは1933年(昭和8)から1940年ごろまでというわずか7年間ではありますが、この短くも濃い歴史の動きから学ぶべきことは多いように感じます。 -
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読んでいて思うのは破綻した論理的展開。戦略家達が、歴史と現状を分析して、国がどう振る舞うべきかを考える。
そこには覇権を争う欧米列強に対する生き残りをかけた論理がある一方で、愛国心(?)からなのか、アジア諸国を低く見て、日本を救済者、指導者とする傲慢さが垣間見える。そこで論理は大きく破綻しているが、彼らにはそこからしか先を見る視点がない。
それを狂気というのは容易い事だと思うが、当時の世界情勢では破綻した論理でしか未来を語れなかったのかもしれない。もっとも、これは後知恵で言ってることで、当事者になればその破綻に気づく事なんてできないかもしれない。 -
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第2巻は満州事変から日中戦争の泥沼にはまっていくまでの時期が陸軍内の権力闘争を中心に描かれる。
犬養内閣倒壊後、宇垣派が陸軍中央から排除されて永田鉄山が参謀本部情報部長に就任。しかし、小畑敏四郎と対立。一夕会はいわゆる統制派と皇道派に分裂した。1934年、永田が軍務局長に就任すると陸軍中央から皇道派は追放されるが、派閥抗争激化の中で永田が斬殺される。
1936年、皇道派につながる青年将校たちのクーデタ事件が発生し、鎮圧される。この事件をきっかけに陸軍は、皇道派を完全排除。実権は永田直系の武藤章、非皇道派系一夕会メンバーの石原莞爾らに。
そして、1937年盧溝橋事件勃発、日本と中国は全面戦争に突入していくが、その間の拡大・不拡大をめぐって武藤らと石原は激しく対立。最終的には不拡大派の石原が失脚。日中戦争も長期化、米英と対立、武藤の「大東亜生存圏」構想による新秩序樹立がやがて陸軍の政策となっていく。
陸軍内部の派閥抗争の裏には長期的なヴィジョン相互の対立がある場合もあるが、この間の抗争には長期的なそれをもつ石原とそれをもたない武藤らの対立という構造があった。必ずしも長期的なヴィジョンをもつから「正しい」というわけではないが、盧溝橋事件がその後、支那事変へと拡大していかなければ……、という思いを禁じ得ない。 -
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著者は「昭和陸軍」が満州事変を契機に形成され、日中戦争から太平洋戦争へと続く道を作っていったと考えている。
第1巻はその満州事変がなぜ引き起こされたのか、「昭和陸軍」とはどのような組織だったのか、について永田鉄山、石原莞爾ら陸軍中堅幕僚によって組織された一夕会などと陸軍中枢(長州閥や宇垣派)などの力関係、その思想と行動を中心に叙述されている。
「一般には知られていないことだが」と前置きされて述べられている部分がちょっと鼻につく感じがするが、実際、勉強になる。
戦後70年の今年、元日に天皇陛下が「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくこと が、今、極めて大切なことだと思っています」とおっしゃられた。もしかするとこの本もお読みになっていたのかも……。 -
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第一次世界大戦における、国家総力戦が日本に如何なる影響を与えたか?
大正十年、ドイツ南部のバーデン・バーデンにおいて永田鉄山、小畑敏四郎、岡村寧次の三人が落ち合い、将来の国家総動員態勢実現に向けて話し合ったところからはじまる。
昭和史を読み解くにあたって、もっとも重要なひとつにおける「一夕会」。
本書はタイトルにも示されているように、永田鉄山を中心に、昭和陸軍の軌跡に迫った一冊である。
中堅クラスのエリートであった永田ら一夕会メンバーが、如何にして軍の中枢を握り、自らの理想のために軍を動かしていったかが丁寧な筆致で語られている。
大東亜戦争における、原因のひとつといえる中堅エリートたちの暗躍があったというのは重要なポイントだ。
この一夕会が後の統制派と皇道派をうみだす契機になったということからも、日本史におけるターニングポイントであった。
本書では、統制派と皇道派の対立を、戦略上の相違に基づく対立と位置づけ、それぞれの戦略を丁寧に解説している。
また、国際関係における、永田と北一輝・大川周明との相違点なども興味深く、北一輝の説く「国家改造」と永田のスタンスの違いなど、明確に整理してあるあたりは非常に参考になった。
本書では、永田暗殺後の515事件、226事件、さらには永田の後継者であった東条英機・武藤章・田中新一らが、日米開戦をどのように決断し、敗戦を迎えたかまでが描かれている。
ただ、近衛文麿に関しては著者の専門ではないらしく、記述が曖昧であったのが残念では合った。
統制派・皇道派・近衛、そして昭和天皇とその側近たちがどのようなパワーバランスの上になりたっていたかを知るには、他の研究所で補完する必要があると思う。
昭和陸軍における入門書としては、オススメの良書です。 -
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山県有朋,原敬,浜口雄幸,永田鉄山の四人を軸に,WWIからWWII前夜にかけての日本の安全保障構想を見ていく。特に山県と原,浜口と永田の間で国際関係をどう眺めるかという視点の違いが際立つ。著者はこれまでにもこの四人についての著書を何冊もものしているようで,各人の思想についての深い洞察が感じられる。
パワーポリティクスの視点と国際連盟に期待する平和協調の視点のせめぎ合いは,少し前に読んだ『国際秩序』でも強調されていたが,本書でもそれを確認することができた。ただ満蒙地域の重要性は原,浜口といえども否定できなかったことに当時の日本を考える上で簡単でないものを感じた。
しかしまあ山県を除く三人は非業の最期を遂げてるんだよね。いやな時代だよほんと。 -
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昭和の日本陸軍の思想の系譜をたどる。
永田鉄山の構想では、第一次世界大戦を経て総力戦に突入する状況や米英仏等、ブロック経済に移行する中において、日本が生き残るために、満州や華北を含めた自給圏域をつくることになった。
その後石原完爾が華北に進出するよりは、どんどん国力を増しているソ連に対して、国力が増す前に戦い、北方の脅威を取り除くべきだと主張していく。
永田鉄山は惨殺され、石原は日中戦争に伴い主流から外れているなかで、永田の構想を引き継いでいったのが、武藤章、田中新一。
日中戦争が拡大し、泥沼化していく中で軍務局長となった武藤の構想は、永田の構想である満州、華北を含めた勢力圏の確保のほか、南方への進出についても勢力圏にするべく移行している。ただし、武藤は、米国との戦争は避けるべきと考えており、米国も含めた戦争をするべきとする田中との対立につながっていく。
対米戦までの日米交渉等における政府のやりとり、陸軍内部における考え方の相違と激しいやりとり等、コンパクトにまとめられ、一気に読むことができた。 -
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本書は、1931年(昭和6年)の満州事変から1945年(昭和20年)の太平洋戦争の敗戦まで日本の針路を主導・壟断した日本陸軍の内実を詳細に調査・解明した興味深い書であると思った。
わが国の「昭和の戦争」について、つねづねその国力差から、負けることがわかりきったアメリカとの戦争になぜ突っ込んでいったのかという疑問は、誰もがあるのではないかと思う。本書を読むと、当時の日本に世界戦略がなかったわけではないことがわかる。
「日本陸軍省軍務局」。この日本陸軍の一機関が当時の日本の国家戦略を策定して日本を動かしていたとは、当時の日本の国家構造に疑問を抱いた。本来、国家戦略を練るべき政治家や外務省は何をしていたのだろうか。よく、当時の日本陸軍が当時の日本国家を誤導・壟断したと言われるが、その実態が本書を読んでよくわかった思いがした。
本書を読むと、世界戦略を策定できるような人間はそうは多くない。1930年(昭和5年)に陸軍省軍務課長となった永田鉄山。1937年(昭和12年)陸軍参謀本部作戦課長となった石原莞爾。1939年(昭和14年)陸軍省軍務局長となった武藤章。1940年(昭和15年)参謀本部作戦部長となった田中新一。彼らが国家戦略をいかにして策定し、それを現実のものとしていったのかの経過が本書では詳細に研究されていると感じた。
それらの国家戦略を、現在の目から見た場合、どうだろうか。歴史を後から決め付けるおろかさかもしれないが、当時のソ連との戦争を展望して、自給自足経済を目指し、そのためには、満蒙と東南アジアの資源が不可欠とした判断や、中国と満蒙を分離できるとした判断。中国が武力の一撃で屈服すると見た判断。ドイツがヨーロッパで勝利すると見た判断。これらの当時の国家戦略の内容には、多くの疑問が付きまとうし、これらの国家戦略が当時の日本国内で広く議論・共有されたことはなかったように思える。ただ、その内容は妥当ではなかったかもしれないが、当時の日本がはっきりした国家戦略の下に動いていたことが本書でわかった。
しかし、軍人というものは武力を持って戦争で勝利するための独自の教育システムで育てられているものだと思う。その軍人が国家戦略を策定し、政治を引っ張る当時の国家像には、やはり強烈な違和感を感じた。、国家の進路を決めるために必要な知識と価値観は、軍人の価値観とはちょっと違うのではないのかと思った。
また本書では、戦争ヘ向かう種々の意思決定の過程も詳細に追跡している。そこで感じるのは「縦割り組織の弊害」である。本書では、昭和の戦争にいたる様々なレベルの国家意思の決定の過程を詳細に追いかけているが、日本の政治システムには、下部のそれぞれの機関の主張を上部で判断し選択するシステムが確立されていないと感じた。結果、下部機関の派閥抗争となり、その力関係で政策が決定されてきたのではないのかと思った。この国家システムは、ひょっとしたら、現在の日本でもあまりかわっていないのかもしれないとの危惧さえ持った。
しかし、日本には、この力を持った陸軍省軍務局のみではなく、海軍軍令部もあったはずだし、アメリカとの戦争の決定には海軍の発言も大きな力を持っていたはずである。そちらの研究も是非読んでみたいと思ったし、本来ならば外交・戦争の判断は、外務省が主人公だろうと思う。その研究も知りたいと思った。
本書は、新書のわりにはページ数も多いが、飽きずに読める良書であると思った。 -
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昭和初期に生きた2人の人物にスポットをあて、その考え方、特に中国の取り扱いの違いから日本のかじ取りをどう考えたかを対比・紹介した作品。
1人は民政党出身の首相浜口雄幸で国際協調による中国との宥和にて繁栄を築く政策。もう1人は陸軍省軍務局長永田鉄山少将で、総力戦に備えた資源確保のためには武力ででも中国を支配化に置く政策。中国を巡る路線対立とは、なかなか現在にも通じますね。
2人は結局時代の波にさらわれ、浜口は世界恐慌のあおりをもろにかぶった挙句に遭難。永田も対立した皇道派の相沢中佐に刺殺されてしまう。
この二人が生きていればその後の戦争はどうなったのだろうか?ただ、現在からみると浜口の路線はじり貧、永田の路線は井の中の蛙的な危うさを抱えていたのではないだろうか。
蛇足だが、選書ながらうんざりするほど同じ内容の繰り返しや未紹介の話を唐突に使うなど読みにくいなあと思うとともに、言うほどの対比考察がないなど不思議に思っていたが、あとがきにあるように論文集の再編だったわけですね。 -
Posted by ブクログ
当時日本で最も優秀な頭脳集団の一つだった旧日本陸軍。なぜあの太平洋戦争に至り、その後完全解体という悲劇に至ったのだろうか?本書は全3部作の第1部で、満州事変とその背景について論じている。そしてその原因を、陸軍内部に誕生した一夕会とその他の派閥抗争に端を発するとしている。一夕会が考える陸軍が取るべき方針は、第一次世界大戦を鑑みた国内体制の変革の必要性と満蒙親日傀儡政権樹立の必要性、そして内部にはびこる長州閥の打破と考えていた。そして、陸軍内部で人事介入工作を始め、満州事変に至る。
分からないことがある。一つは、結果的にみれば独断専行した関東軍の狙い通りと言える。しかし、当時は元老西園寺公望も健在で、政党政治が機能していた。陸軍内部でも一夕会は少数派だったようだ。一夕会自体もクーデターまでは想定していなかったようである。当時の実際の天皇の影響力がどの程度だったのかは分からないが、一歩間違えれば賊軍として扱われ、粛清されるリスクも十分にあっただろう。どこにその勝算があったのだろう?