譽田亜紀子のレビュー一覧
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ネタバレ2017年時点の研究で、縄文時代や縄文人の生活などについて、全カラーで分かりやすい文章で書かれている本だった。
1万年以上続いた縄文時代で、縄文人はどこからきて、どのようにすごしたかなどがかかれていて、おもしろく、とても勉強になった。
この本に載っていること→1日のすごしかた、季節別の服装、マネキンで実際に縄文人のヘアスタイル再現、竪穴式住居のつくりかた、貝塚は役目をはたしたものや不要なものを供養するために使われた、縄文人とすごした犬について、縄文人の一生、縄文人の成人式(シャーマンによる抜歯。地域によって抜歯場所がちがった。)、縄文人のアクセサリー、縄文人の交易(1000kmはなれた地域と交流した痕跡あり)、妊娠事情や離乳食について、病気について(当時から、癌や小児麻痺でなくなる人がいた。)、埋葬について、季節・地域別食糧事情(東北や北海道は海鮮物がとても多くとれて、九州あたりは木の実がとても多くとれていた。木の実は糖分がおおくハイカロリーだったため、虫歯になる人がいた。種から森をつくっていた痕跡あり。北海道は、あまりにも海鮮物がとても多くとれて稲作を必要としなかったため、弥生時代がなかった説がある)、縄文人の日時計について、縄文土器の模様に衝撃をうけた岡本太郎氏のはなし、縄文から弥生にかわるころ、渡来人と衝突しながらもお互いの文化を融合しながら生活していた痕跡があることなど。 -
Posted by ブクログ
グアテマラに行ったことがある割に、マヤ文明のことはよく知らないと思い、とりあえず読んでみた。図版が多く読みやすい構成で、生活、文化、技術、暦、遺跡など、マヤ文明について一通りのことはわかる。また、著者の専門が縄文時代であるためか、縄文文化とマヤ文明を対比する視点があり、この点が最も本書で新鮮だった(156-157頁)。
タイトルにある通り、私も行ったことのあるグアテマラのティカルのピラミッドは、マヤ文明が健在の時は赤色に塗られていたということが本書の一番驚かせたいポイントらしく、確かにジャングルの中のあのピラミッドが赤かったら驚くとは思うものの、個人的に一番驚いたのは、「サクベ」と呼ばれる漆喰で舗装された道がマヤの諸都市を繋いでいたという話だった(90-91頁)。漆喰で塗られているから雨でもぬかるまないということで、地味にこういうインフラ整備が文明の発展に大事だったのだろうし、逆にここら辺がしっかりしていたからこそスペイン人の征服の際に、征服者にとって都合よくこれらのインフラが利用されてしまったのだろう。チリ南部のマプーチェ人や北アメリカの先住民が19世紀後半まで白人に征服されなかったのは、恐らく彼らの居住地にマヤ文明のような都市が発展せず、道路などのインフラ面で不便だったことが、征服を防ぐためには有利に働いたからではないかと想像した。
マヤ文明といえば暦と生贄の儀式とインド人よりも先にゼロの概念を発見していたことだけれども、それらに関しても本書では記されている。本書によれば、神に人間を生贄として捧げる儀式が盛んになるのは、メキシコ中央高原のトルテカ文明に影響された、後古典期のユカタン半島の諸国からであり(118、155頁)、それ以前は王が自らの性器に棘を刺したり、高位の女性が舌にロープを通したりして大地に血を流儀式が主流だった模様(60-61頁)。想像しただけ痛そうである。
“ マヤの人々は、神々にお願い事をする際には感謝と畏怖の念から、神々の活力源になるよう、人間の血を捧げなければならないと考えていました。お願い事の代償と考えていたかもしれません。その人間の血は支配者である王や、捕らえた敵方の王など、高位の者の血でなければなりませんでした。
神々に血を捧げる方法とはどのようなものだったのでしょうか。それは例えば、コパルという香木を焚きながら、王さまが自ら自分の性器にアカエイの棘を刺し、大地に血を流す、というもの。このような儀礼を放血の儀礼といいます。放血の儀礼は、女性が行う場合もありました。舌にロープを通しそのロープ伝いに足下に置かれている器に血をしたたらせるのです。器には樹皮紙が置かれていて、それを燃やして地下の世界にいる祖先を呼び出し、託宣を得たといいます。
また、夜間に地下界で戦う太陽に活力を与え、再び太陽が昇るようにさせるためにも人間の血が必要とされました。
このような犠牲は、地域を支配し王として君臨するため、また特権を享受するための代償ともいえるでしょう。
マヤの王さまは文字通り、自らの身を削って、神々と庶民からの信頼を得ていたのです。”
(譽田亜紀子、寺崎秀一郎〔監修〕『知られざるマヤ文明ライフ』誠文堂新光社、東京、2023年7月17日発行、60-61頁より引用)
最後の方に少しだけ現在のマヤ人について書かれているが、これについてはもう少しここに触れて欲しかったな。
“ あまり知られてはいませんが、今でもマヤ諸語を離すマヤの人たちは存在しています。現代マヤ人といわれる人たちです。
スペインの植民地支配によって、白人との混血が進んだ地域もありますが、マヤの人たちは今もグアテマラを中心にメキシコ南部などでも暮らしています。グアテマラでは人口のおよそ60%以上がマヤ系先住民だといいます。
しかし彼らを取り巻く環境は、マヤ文明華やかなりし頃のようなものではまったくありません。
16世紀に次々とスペインから送り込まれてくる宣教師たちの苛烈なキリスト教布教により、彼らが大切にしていた精神世界までも破壊されたマヤの人びとは、以降、先住民族として長く差別と搾取を受け、貧しい暮らしを強いられる苦難の時代を生きることになったのです。
著者は、グアテマラに25年暮らす日本人に話を聞いたことがあります。マヤの人たちの月収は1000円にも満たず、それでも1割をキリスト教会に差し出す暮らしなのだと。これは一例であり、もちろんさまざまなケースがありますが、苦しい生活の中でさえ寄進をする。それほどまでに現代マヤの人たちの心にキリスト教が入り込んでいるのかと驚きました。逆に、現実の暮らしが厳しいからこそ救いを求めて信仰を深めているのかもしれません。中には残されたマヤの精神世界とキリスト教がミックスしたようなものもありますが、純粋なマヤの世界観は失われています。
一方で、マヤ文明を築いた人々の末裔であるとして、マヤ人であるということをアイデンティティにしようとする動きもあります。
長く続く差別や貧困問題は解決されていませんが、マヤの子孫たちは現代にも確かに生きており、新しいマヤの文化を創り出そうとしています。
今となっては当時の姿を取り戻すことはできませんが、かつてのマヤ文明の姿、そして現在のマヤの人たちを知り、心を寄せることが、私たちができるマヤの文化を守ることなのかもしれません。”
(譽田亜紀子、寺崎秀一郎〔監修〕『知られざるマヤ文明ライフ』誠文堂新光社、東京、2023年7月17日発行、147頁より引用) -
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チチェン・イッツァ遺跡に行ったことがあるので懐かしくて、ブク友さんのレビューを見て読みたくなった。
この本はイラストが多く、わかりやすくて楽しい。気分転換にピッタリだった。
私が行った時は遺跡の階段で頂上まで登れたけど、その数年後に転落事故があって今ではもう登れなくなっていた。
確かに手すりのない365段を登るのはすごい怖かったし、何より降りるのが恐怖で座りながら一歩ずつ降りたことを思い出す。
この本には球技場で「負けた戦士」のリーダーは生贄になると書いてあったけど、現地では「勝った戦士」のリーダーが生贄になると言っていた。
それならわざと負けるけど…と思うけど、当時は生贄になることは名誉だったらしい。
今とは全く違う価値観が興味深くて、マヤ文明に心惹かれる。
◆マヤ文明メモ
・マヤ式のサウナで身も心も清めていた。
・主食で非常に大切な食べ物のトウモロコシ。大切すぎて、人々はトウモロコシから生まれたと信じられてきた。
生後4.5日の赤ちゃんに板を当て縄で結んで、数日そのままにして頭の形までトウモロコシにしていた。
・王さまは「放血の儀式」なる、ものすごく痛そうな方法で自らの身を削っていた。
・儀式では、お酒、タバコ、幻覚キノコが欠かせなかった。王さまがお尻から直接吸収させている絵もあるそう。王さまは大変だ。
儀式中は音楽との相乗効果でトランス状態になる。
・13世紀になると内紛からチチェン・イッツァは弱体化。そこへスペイン人が到来してスペイン植民地時代が始まる。
・16世紀にスペインから宣教師のキリスト教布教により、彼らが大切にしていた精神世界までも破壊され、差別と搾取を受けて貧しい暮らしを強いられる。
・現在でもマヤ諸語を話す現代マヤ人は存在する。
ブク友さんありがとうございます。◕‿◕。 -
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山と渓谷社の「ときめく図鑑」シリーズで、何故か「縄文」が出ていた。紐解くと、案外トキメク内容だった。
薄い本ではあるが、構成としては充実していた。土偶だけを「美」の視点から眺める本は既に出ている(「土偶・コスモス」MIHO MIUZIUM編)。しかし本書は土偶の他に、土器や動物形土製品や土版、装飾品などの「美」を、縄文ファンに寄り添った文章で紹介している(誉田亜紀子は研究者ではなく縄文ライター)。縄文の美は土偶だけではない!ということが、とっても説得力持って展開された。
ライターが書いているので、所々断定しすぎなのでは?というところはある。けれども「土偶を読む」(竹倉史人)のように、考古学会に物申す的なスタンスではないのでスルーできる。やがて本格的に研究を始めたら壁にぶち当たるとは思うが、今はこの「センス」で楽しめば良いと思う。
以下面白かったの遺物をピックアップ♪
⚫︎角偶(北海道・戸井貝塚・函館博物館・後期)
ジャミラ型にブツブツ模様。御守りなのか?
⚫︎土偶(富山県・北代遺跡・埋蔵文化財センター・中期)
うんこ型。かなりキュート。瞳の穴には綺麗な石があったそう。
⚫︎釣手土器(富山県・堺A遺跡・埋蔵文化財センター・後期)
灯り入れ。海に面した処。吊るして使ったようだ。
⚫︎顔面付釣手形土器(長野県・御殿場遺跡・教育委員会・中期)
弥生よりもはるかに複雑な装飾がされてはいるが、用途としては弥生時代終末期に現れた手焙形土製品に似ている。
⚫︎深鉢(山梨県・殿林遺跡・県立考古博物館・中期)
息を呑む美しさ。左右対称流線形模様。
⚫︎銛(北海道・有珠モシリ遺跡・文化庁・続縄文)
近代アイヌに引けを取らない美きモリ。神に捧げたのか?
⚫︎四つ足の人面獣(宮城県・沼津遺跡・東北大学・後期)
ほとんど「件(くだん)」の如し。まさかね‥‥。
⚫︎人面付石製品(福島県・冷水遺跡・個人・後期)
こちらは、海獣に顔説と、男性シンボルに顔説があるそう。誉田さんは後者。顔がギリシャ風美男子に見えるとか。
⚫︎胸飾り(栃木県・根古谷台遺跡・教育委員会・前期)
装飾品にも流行があったそう。まぁそうだよね。
⚫︎腕輪(青森県・是川中居遺跡・是川縄文館・晩期)
これは漆塗だが、素材や色に違いがあれども、形は一万年間弥生時代まで変わらないというのも凄い。
⚫︎縄文の食
縄文時代は肉食が主食ではなかった。基本はドングリ、クルミ、クリなど炭水化物が主食だった。この前行った広島県帝釈峡縄文遺跡博物館でも同じことを言っていた。森の恵みから平地の稲作へ、彼らの「神」はどのように変化したのだろう? -
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いま人気を呼んでいる縄文時代。その魅力をわかりやすい文章と、かわいらしいイラストで紹介しています。
狩猟採集民といわれる縄文人。それは間違えてはいませんが、一般的に思われているほど彼らの暮らしは原始的ではなく、むしろ自然との調和に根差した、現代人にとってはある意味「理想的」な暮らしであったことがわかります。
一万年以上もつづいた縄文時代には、単なる懐古趣味にはとどまらない何か特有の魅力があることを伝えてくれる一冊です。作者は「はじめに」で次のように述べています。
「文字としては残ってはいませんから、彼らが残したモノでしか、私たちは当時の様子をしることが出来ません。それも、確かなことはわからない。それでも、学校で習ったこと以上のことが研究によってわかるようになってきたのです。(改行)私は、この本でそれを皆さんと共有したいと思っています。」
いわゆる先史時代のことは「文字」ではなく「モノ」を通じてしかわかりません。しかし、言語と事物の相関性の外部について考えさせる21世紀の哲学=思弁的実在論の魅力がそうであるように、本書は「確かなことはわからない」、「それでも・・・わかるようになってきた」、「それを・・・共有したい」という著者の思いにあふれています。
個人的には、その後のシリーズ作『知られざる弥生ライフ』『知られざる古墳ライフ』を含めても、本書がいちばんのお気に入りです。 -
Posted by ブクログ
考古学特に縄文文化に親しむにはとても良い入門書と思います。
考古学と言うと 日本では 相沢さんが旧石器時代の 石器を発掘したことからそれまでの日本の考古学が天と地がひっくり返る如く 書き換わりました。 その時に 権威主義的な東大の学説から相沢さんの発見を世に出すために明治大学が協力し日本にも旧石器時代があったことが証明されました。
しかし残念ながら、 前期旧石器時代の 発掘競争をめぐり 捏造事件が発生してしまい日本の考古学が大きく 失墜しました 。
旧石器時代から続く縄文時代も 石器を使っているわけですが 打製石器ですから 旧石器時代であるわけです 信用を失ってしまって自信を失くした 日本の考古学学会 です。
やはり考古学ファンがいますから 裾野が広がらない限り 日本の考古学は復活しないと思います。
この本はそういった 日本の考古学の 原点でもある 縄文時代 について 、乱立する 学者の 一言居士な 主張ではなく、 また証拠があるかないか 分からない仮設としての学説ではなく 、縄文時代を 平均的な 過去の学説から こんな生活をしていたというのが考古学ファンにわかるように書かれています。
素人は黙ってろ、的な、バカにしたような 権威主義は微塵も見られません 考古学に親しむのに大変良い本と思います。
専門的な本より、簡単にわかりやすくかいてありますが、その先に進むことの出来るだけのわかりやすさがあります。
書いた人、偉い。出した出版社も企画、編集が良い。知りたいところがうまく網羅、図示されている。