辺見庸のレビュー一覧
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タモリさんが、昨年12月に「徹子の部屋」に出演しました。
黒柳徹子さんから「来年(2023年)はどんな年になるでしょう?」と訊かれ、タモリさんはやや間をおいて「新しい戦前になるんじゃないでしょうか」と答えました。
私は番組を見ていませんが、当時ネットでちょっとした話題になったのを覚えています。
この件は本書でも触れられており、辺見庸さんはタモリさんの発言に「そのとおりである」と全面同意しています。
実は辺見さんは、もう十年、いや二十年くらい前から、「今は新しい戦前なのだ」と言い続けてきました。
私は、辺見さんの指摘にいちいち得心しながら、頭の片隅では疑ってもいました。
それは少しオーバーなので -
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「自動起床装置」、日常生活には珍しいように感じるが、私も毎日起こしてもらっているスマホのアラームも似たようなものなのかもしれない。そういえば何十年も人に起こしてもらっていない。
一日のかなりの時間眠っているけど、人から見たら私の眠りはどんな風だろう。自分の眠っているとき、自分の意思が及ばない(むしろむき出しと言えるかもしれない)状態のため、それはとてもプライベートな姿だと感じる。また、「眠り」については考えても「起きる/起こす」ことについてはあまり考えたことがなかったことに気づいて新鮮で面白かった。
聡は自動起床装置の導入に危機を感じるが、それは自分の仕事を奪われるからではない。装置によって人 -
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[このクニは古来、主観的には無垢てあり、客観的に無恥なのだ。]
いろいろと書いてあるのだが、とにかく、この一文が過去も現在もおそらくこれからも、このクニを表すに適切ではなかろうか、そのことだけでも十分。十分に絶望だし十分に納得だ。
しかしとにかくいろいろ書いてあるのだ。頭がぐるぐるする。とても時間がかかり時々飛ばしたくなり、飛ばしてはまた戻る。
亡くなる前に十分問うことが出来なかった父を打つ、執拗に想像して打つようなところはどうなのかと思い、その暗さと、細部へのこだわりが、何度も読みたくなくなるのだが、戦争のことも戦後のこともどうせわからぬ自分であるからそんな偉そうことはいうこともできず読む -
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20年以上前から追いかけている辺見庸さんの新刊。
安保法制(いわゆる「戦争法」)から、新型コロナウイルスのパンデミックまで、7年間の論考をまとめたのが本書です。
結論からいうと「辺見さんも老いたな」という印象を持ちました。
政権批判の舌鋒は、もっと鋭かった気がします。
その代わり、諦念が前面にせり出してきた感があります。
「気がつけば、五体満足な友人などもうだれもいない。みんな、重かれ軽かれ、どこかしら病んでいる。たとえ本人がまだ病に伏していないまでも、両親ふたりとも、またはそのどちらか、子ども、義父か義母、兄弟姉妹、甥か姪……が、心身のいずれかをわずらっている。」
リアルで痛切な感懐に、胸が -
Posted by ブクログ
今、あらゆるものの機械化が進んでいる。
それは仕事や移動手段に限らず、生身の人間の生活にも影を落としている。本来存在する生物のうねり、その首根っこを掴み、冷たい無機物の顎に生命を放り込む。その機械の名は、「自動起床装置」――。
それただの目覚まし時計やろと思ってこの本を手に取った。
私は目覚まし時計ネイティブなので、むしろ目覚まし時計が機械化のやり玉に挙げられているのは新鮮に見えた。
しかし考えてみれば、私はいつから目覚まし時計を使うようになっただろうか。子供のころは親に起こしてもらっていた気がする。私はいつから、起床という生理現象を機械に外注するようになったのか。
我々は起きている時間 -
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読むことに多大なパワーが必要だった。
そして理解しようという事が辛かった。
まず思ったのは、他作品を思わせるひらがなの多さ。ひらがなの多用で障がい者の状態を表現するのか。そしてその中で一般的に難しい漢字や言い回しなどで知性を感じさせられる。
著者はきーちゃんの心の中を想像する中でその様な手法でこちらに、きーちゃんの様な状態でも表現できないだけなんだとこちらに伝える。
その様な人が被害に遭ったのではないかとこちらに問いかける。
そして世間の意識も『世界の隠された衝動』として表現する。
この作品は読み手にも刃を向けられた様な感じがした。それくらい切実に考えさせられる。
しかしその中で、政治 -
Posted by ブクログ
読後のスッキリしない気持ち。内容に対してじゃなくて、自分の無関心を晒され炙られ終わることへのスッキリしなさがすごい。
障がい者施設殺傷事件の起きる少し前から発生時を被害者の視点から描いた本作。語り手の重度障害者のきーちゃんの独白(きーちゃんは言葉を発せず、目が見えなく上下肢も動かない)で話が進んでいく。
その話のなかで障がい者という存在がいかに不可視化されているか、障がい者の社会的な位置づけが不確かでぞんざいなものかというのが感じられる。マジョリティの都合で可視不可視が決められてしまうなか、事件や特集のときだけ意見して普段は素知らぬフリをしていることへの指摘。終盤を読んでいてそこが心を抉ら