あらすじ
聡とぼくは仮眠室の「起こし屋」。昼間の毒気を吐きながら、養分を貪るように眠るモーレツ社員たちを、うまく目覚めへと導くのが仕事だ。ところがある日、自動起床装置が導入された…。眠りという前人未到の領域から、現代文明の衰弱を衝いた芥川賞受賞作。カンボジアの戦場への旅を描く「迷い旅」を併録。
解説・村田喜代子
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私の原点とも言っていい作品。ひそやかで細やかな描写の影に潜む闇は作者の視点の広さを感じさせる。起こし屋、という稼業と眠り、そして自動起床装置を用いて語られる世界が美しい。
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最近お気に入りの古本やで、タイトルにひかれて購入。
安部公房にもにたぬるっとした感触のする小説。
眠りについて一考してしまいますね。
なぜ、眠るときは気持ちいいのに、起きる時は気持ちよう起きれないのか?
目覚まし時計に起こされるのもイヤやけど、親にどなられておこされるのもイヤです。
○○さーん、○○さーん、○、 ○、さーーん、、って起こされたいですね。
2008/06/22
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「自動起床装置」、日常生活には珍しいように感じるが、私も毎日起こしてもらっているスマホのアラームも似たようなものなのかもしれない。そういえば何十年も人に起こしてもらっていない。
一日のかなりの時間眠っているけど、人から見たら私の眠りはどんな風だろう。自分の眠っているとき、自分の意思が及ばない(むしろむき出しと言えるかもしれない)状態のため、それはとてもプライベートな姿だと感じる。また、「眠り」については考えても「起きる/起こす」ことについてはあまり考えたことがなかったことに気づいて新鮮で面白かった。
聡は自動起床装置の導入に危機を感じるが、それは自分の仕事を奪われるからではない。装置によって人を起こすことに危機を感じているのだ。はたから見たら不思議なこだわりだが、私もそういう謎のこだわり、持っていると思う。
「起こし屋」は、今はもう存在していない職業だろうか?ちょっと変わったお仕事小説としても面白い。
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◯◯。さーん。◯◯。さーん。
起こしの達人に1度起こされてみたい。
人と機械の関係性が睡眠をテーマに多様な角度から描かれている。時に神が現れ、時に樹木の図鑑を旅しながら眠りの世界に導いてくれる。
辺見庸さんの文章は、いつも日常では遠ざけている人間の根幹を描くというより語る。語る。語る。
読者を突き放すほどにあっさりしていた終わり方だけは何か寂しかった。
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今、あらゆるものの機械化が進んでいる。
それは仕事や移動手段に限らず、生身の人間の生活にも影を落としている。本来存在する生物のうねり、その首根っこを掴み、冷たい無機物の顎に生命を放り込む。その機械の名は、「自動起床装置」――。
それただの目覚まし時計やろと思ってこの本を手に取った。
私は目覚まし時計ネイティブなので、むしろ目覚まし時計が機械化のやり玉に挙げられているのは新鮮に見えた。
しかし考えてみれば、私はいつから目覚まし時計を使うようになっただろうか。子供のころは親に起こしてもらっていた気がする。私はいつから、起床という生理現象を機械に外注するようになったのか。
我々は起きている時間を本来の自分と呼び、寝ている時間はある種自分とは切り離された状態にあると考えている。しかし、一日の少なくない時間を睡眠に充てているのだ。寝相や寝言、見ている夢までもが、連続的に続く自分ではないのか。
そしてその睡眠状態と覚醒状態を、機械によって操作してよいものか。本にも書いてあったが、入眠と同じくらい、起床についても慎重に扱うべきだ。
今、我々は起床を機械化する手立てを得ている。
では入眠はどうか?現在は睡眠導入剤という化学的手法でほぼ強制的に入眠することができる。しかし万人が使えるわけではない。
しかし、もし今後、もっと安全で確実に入眠する方法ができたら。睡眠と覚醒を、完全に切り離すことができてしまったら、眠っていた時の自分も完全に失ってしまうのではないか。
機械化は多大な効率化をもたらした。しかし、機械に奪われてはならない領域は確かに存在するのではないかという疑問を投げかける作品であった。
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「宿直者を起こす」仕事の主人公。新規導入される自動起床装置を軸に、深夜の不思議な日常が描かれる。
人生の1/3を占めつつも無防備でカオスな「眠り」という素材がまず秀逸。
入眠の表現も美しく、人の根源的な営み・本質とはなにかを考えさせる。早く寝よう。
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睡眠にも人間性が現れるものですな。起こされると殴る人とか勘弁してほしい。起こし屋の聡が囁くように呼びかけるシーンは何か異常な世界を垣間見てしまったような背徳感があった。聡の彼女が入眠を誘う側だったり、いかにも芥川賞らしい作品だった。私はもう長い事iPhoneのアラーム音で起きているが問題なし。
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人を起こすバイトという着眼点が面白い。そしてその役を装置に取って代わられたら?つきつめて考えると、これって最近世間を賑わせてる「AIが進化したら人間の出番は?」の問題と同じではないか?なんとも著者は20年以上も前に問題を予言していたというのか?っという深さを考えながら読むとなお面白い。
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よく、小説では、人間的根源の要素をテーマにする、といった事が多いが、その大概は、性欲であったり、広大な煩悩に対する欲望に焦点が当てられており、他が蔑ろにされている気がしていた。その点では、表題作は、人間の三大欲求に分類される、「睡眠」という分野の荒野をただ突き詰めた、という斬新さを得た。まだ未読だが、作者は他にも「食」について注目した、「もの食う人びと」という作品もあり、いずれ読んでみようと思う。
さて、本書についての感想だが、現代社会の睡眠に対する意識の低さというのが、注目されるべきだと主張だと思われたのだが、私生活を覗いて見ると、社会人であれば、時間に余裕が無い場合、その余裕をどこから作り出すかという点に対し、まず睡眠時間というのもが出てくる。そのことについて、疑問を呈した一冊では無いだろうかと感じた。人が人を起こすことと、時代に合わせ、機械が人を起こすこと。起きていることと、寝ることは、同じくらい注意するべきなのではないか、という本書の言葉は、とても自然的であると同時に、現代では生物として最も欠落した意識の要素だと思われた。そういう点を踏まえての、この物語の結末というのは、ある意味、それでも人間は愚かにもその自然を打破しようと、そうする意図を感じとてるものとなっているのは、面白い。
同時に収録されている「迷い旅」は、海外の戦場の、ジャーナリストとしての日常の一瞬を切り取った様な、ルポルタージュの雰囲気も持つ短編だった。
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通信社で『起こし屋』として働く主人公と、聡。
仕事柄ある時間に起きなくてはいけない人々を、眠りを妨げることなく快適な目覚めと共に覚醒の世界に呼び戻すアルバイトに従事する2人。
眠りということに並々ならぬ哲学を持つ聡。その哲学に頷きながらも、どこか適当で迎合的なところがある主人公。
聡の並々ならぬ起こし技術と眠りへの哲学に影響されて、主人公と、もちろん聡は「起こし屋」としてのプライドを持ち、淡々と、しかし確実に仕事をこなしていく。
しかし、「自動起床装置」と呼ばれる定刻にゴム袋が膨らんだりしぼんだりすることで寝ている人を自動的に起こす装置の導入により、ささやかな抵抗を試みるも2人は起こし屋としての仕事を終える。
聡が現代社会に警鐘を鳴らす筆者であり、
主人公が少数の声に耳を傾けながらも、結局は時代の流れに無自覚的に乗っていく、私たち大衆なのかもしれない。
新しいコンビニのバイトに誘おうとする主人公に対して、どこかに消えてしまった聡の姿が対照的だ。こんな風に、”少数”は静かに消えてくかと思うと非常に現実的。きっと、主人公は聡のことを心のどこかに留めつつも、日常をこなしていくはずだ。
”現代人は睡眠時間を削って、さも覚醒している時間(起きている時間)こそが大事で、起きている時間こそに優位性があると考えている。でもそれは違う。睡眠も覚醒も同じようにデリケートであり、その境となる就寝とそして起床・目覚めには細心の注意を払わなければいけない。”
こんなようなことを聡が言っていたのが印象的。
作者の辺見庸を好きだと言っていた友人が、彼の作品が好きな理由を「動物を人間と対等な視線で扱うからだ」と話していた。
まさにそんな風に、私たちがおろそかにしている、眠りや目覚めというものを大切に扱っている。
そこにこの小説の新しさというか、読むおもしろさ、ひいては読む価値があるんだと思いますよ~