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鋭い眼が「風景」の叫び声を捉えた。『もの食う人びと』と風景は、解釈や意味を超える、腸のよじれるほどのおもしろさを秘めている。ベトナム、ブータン、中国、ウガンダ、ロシア……、世界を旅した気鋭ジャーナリストが見た、かくも狂気じみた風景の数々。前著と表裏なす傑作。
北京でチェルノブイリでウガンダで……世界のいたる所を旅した著書が見たものは、風景そのものこそ真実を語っている現実だった。『もの食う人びと』が陽当たりのいい地表部分なら、本書は湿った地下茎だ。その地下茎が異議を申し立て、抑制と我慢から解放された、新しいノンフィクションが生まれた、話題の好著。
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Posted by ブクログ
辺見庸(1944年~)氏は、宮城県石巻市生まれ、早大第二文学部卒、共同通信社の北京やハノイの特派員を務めた。外信部のエース記者として知られ、1979年に日本新聞協会賞を受賞(共同受賞)、1987年、胡耀邦総書記辞任に関するスクープにより、中国当局から国外追放処分を受けた(国外追放処分を受けるのは、ジャーナリストとしての勲章とも言われるらしい)。1991年、『自動起床装置』で芥川賞、1994年、『もの食う人びと』で講談社ノンフィクション賞を受賞。1996年、共同通信社を退職し、以降、フリーのジャーナリスト、小説家、詩人。
私は、著者の作品では、暫く前に『もの食う人びと』を読んで衝撃を受け、東日本大震災後には、石巻出身の著者が、日本を覆った空気への違和感を綴った『瓦礫の中から言葉を-わたしの〈死者〉へ』を読んで、目を見開かされたのだが、本書(講談社文庫版)については、今般たまたま新古書店で目にし、『もの食う人びと』と関連する作品と知って、手に取った。(尤も、改めて『もの食う人びと』をめくってみると、船戸与一が解説で『もの食う人びと』の本質を理解するための「絶好のサブ・テキスト」として、本書のことを詳しく書いており、当時は気付かなかっただけなのだが。。。)
本書は、1987~95年に「現代」、「朝日ジャーナル」、「中央公論」、読売新聞等の雑誌・新聞に掲載された評論・エッセイをまとめ、1995年に出版、1997年に文庫化された。(講談社文庫絶版後、2014年に鉄筆文庫で復刊)
本書について著者は、「『もの食う人びと』を補足し、表裏をなすもの」、また、「『もの食う人びと』で、私は概して自分の「善」なるもののみ作動させ、「悪」および善でも悪でもない他愛もないもの、ないしは無意識のあからさまな登場を禁じた」が、そのことに対する「落とし前」をつける必要があった、と書いている。
そして、本書には、上記の通り、様々な文章が入っているのだが、通底しているのは、表題作の「反逆する風景」に書かれた、「風景はしばしば、被せられた意味に、お仕着せの服を嫌うみたいに、反逆」し、「この世界には意味のないことだってあるのだ」ということを訴える、ということである。
新聞やテレビなどの組織ジャーナリズムは、その業として、物事を如何にシンプルにわかり易くするか(伝えるか)に苦心するものであるが、そもそも世の中の物事の多くはそんなにシンプルではないし、著者が強調するように、しばしば意味のないことすら含まれていることは事実である。私は、物事に意味を見出そうとすること、また、一見意味の無さそうな複数のことに因果を見つけ出して、より大きな意味を発見しようとすることが無駄だとは考えないが、そうしたアプローチを過信することの危険性は強く感じる。そうしたアプローチによって、人間社会の近代化が目覚ましい進展を見せたことは間違いないが、21世紀に入った現在、近代文明社会が様々な壁にぶつかっているのは、その手法に限界があるからなのだ。
著者特有の毒気の強い題材・表現に好き嫌いはあるような気がするが、物事の見方、感じ方をリセットするための強い刺激になる一冊とは言えるだろう。
(2024年1月了)
Posted by ブクログ
本著の作者辺見庸が世界中を旅しながら”いまこの世界で人は何をくっているのか”をテーマに書いた「もの食う人びと」。
「反逆する風景」は、その「もの食う人びと」と表裏一体をなす作品。「もの食う人びと」が善なるもの、新聞的なもの、自己規制されたものであれば、対して「反逆する風景」は、悪なるもの、新聞には描かれないもの、規制をせず辺見庸が愛するもの。
表裏一体だからこそ、もの食う人びとを読んでからではないとこの本は味わえないし、もの食う人びとを読んだことがある人ならばこの本は必ず読んでほしい。
共同新聞の元記者である辺見庸が、新聞的ではないものを描こうとするこの本における挑戦は、同時に彼なりの日本のジャーリズム批判につながり、辺見のジャーナリズム感が出ている。
今日の報道では、ひとつの完結したストーリーを叙述し、メッセージを強調するために、数々の風景が捨て去られていく。あるいは、風景に無理やり意味を付与しようと試みる。しかし、風景がそうした意味づけや捨象に反逆する。「無駄」や「余白」を孕んだ風景こそが事実を補強し、あるストーリーの中で強烈に光を放つ。そして辺見はそれらに強い愛着を持つ。
辺見に反逆してきた風景の、おはなしである。
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