石井登志子のレビュー一覧
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読み始めたときは、
カールソン、なんてムカつくやつ!!
リッレブロールはなんでこんなやつと、すぐに打ち解けられるの?!
と、信じられない気持ちでいっぱいでした。
子どもの気持ちがわからないのかな、自分の子どもの頃の感覚を忘れてしまったのかな…なんて落ち込むほどでした。
でも、全く意外なことに、読むのをやめられませんでした。
ムカつく!と思いながら、ページをどんとわんめくる自分が、何よりも信じられませんでした。
そして最後は、すっきり、幸せな気持ち!
こんな読書体験は初めてです。
リンドグレーンの他の作品も大好きですが、これも好きになってしまいました。
続編も読みたいです。 -
Posted by ブクログ
光村教科書 6年生紹介本だが大人に向けられた内容。
児童文学作家のアストリッド・リンドグレーンが、1978年にドイツ書店協会平和賞受賞した授賞式で、子供への躾という暴力撲滅を熱く訴えたスピーチを本にしたもの。
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リンドグレーンは語りかける。
「人類は何千年にもわたって戦争をしてきたいうことは、絶えず暴力に訴えてきたということだ。しかし人間はみんな平和を望んでいる。手遅れになる前に人間が生まれ変わることはできないのだろうか。
将来この世界を動かすことになる子供たちはどんな社会を望むのか?暴力がのさばり続ける社会なのか、平和な連帯感を持った社会なのか。
子供たちが接する家庭が愛情を示すこと、物事を解決するための方法が暴力以外にあることを子供たちに示さなければいけません。」
スピーチで語られたある母親の話がショッキングだった。
その母親は、体罰は反対派だったが世間で当たり前に体罰が行われていたりむしろ推奨されているので、あるときどうしても子供に分からせるためには体罰を行わなければいけないと考えた。そこで自分の子供に「鞭を持ってきて」と言ったら、庭に出た子供は泣きながら「鞭は見つからなかったけど、お母さんが僕に投げる石はあった」と帰ってきた。お母さんも子供を抱きしめて泣き、その石は戒めとして台所の棚の上に保存されることになった。
私は、自分が母親であり、計らずも自分の子供を傷つけている悪い親の部分がかなりあると思っている。だからこのエピソードの「お母さんは自分を傷つけたいのだ、それなら石を投げていいよ」という子供の絶望には自分が抉られるんですよ。 -
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やまかし村はやっぱりいいなあ。
湖でたべものをちょっぴりお母さんから奪ってきて(全然奪ってないとこがまた可愛い)晩ごはんとか憧れるなあ。またこの晩ごはんの美味しそうなこと!
よろこんでもらうって、たいへん!の章も心が溶けた。リーサのお母さんの返事がよすぎて幸せになった。
結婚の話も可愛すぎて、この子たちは大きくなったらどうなっているんだろうと、思わず考えずにはいられなかった。男の子たちは照れながら、なんだかんだで女の子たちにおされてくっついたりしてたらいいのに。
おじいちゃんの
「おまえさんたちが、できるかぎり子どもでいられるのは、すばらしいことなんだよ」
という言葉がとても印象に残っている。これは物語だけど、いつまでもこの可愛いやかまし村の子どもたちが子供たちであれますように。世の中にこういう世界がいっぱいあればいいのに。
そんな優しい気持ちになった。 -
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とても懐かしかった。
やかまし村の子どもたちの映画も大好きで、何度も見たことを思い出す。あの生活は本当に憧れで、私も干し草小屋で寝たかったし、手紙のやりとりがしたかったし、野イチゴ食べたいし、あんな楽しそうな登下校がしてみたいと思った小さい頃のままの気持ちが蘇ってきた。
そういえば忘れていたけど、リーサと私の名前が似てるからそれも好きなポイントだったなあ。
イングリッド・ヴァン・ニイマンの挿絵もとても可愛くて、ほっこりするし、小さい頃のわくわくを思い出させてくれる。
いまとても満ち足りている。いい本を読むってなんて幸せなことなんだろう。 -
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あれっと思ったけど、あのリンドグレーンだった。“ピッピ”や“カッレくん”を書く前の家庭の主婦だった頃の第二次大戦記録。手紙の検閲という臨時業務で得られる情報の他は、新聞とラジオだけで戦争全体を客観的に論評できるリンドグレーンの慧眼はすばらしい。中立国としてのスウェーデンのしたたかさと、冷酷にも感じる立ち回り方を客観的に捉えながらも、戦火に巻き込まれる他の北欧国、特に独ソ及び連合国に蹂躙されたフィンランドに対する深い同情と戦争に対する憎しみが切実に記録されている。
人はだれもが、酢漬けニシンのサラダやバターがたっぷり乗ったパン、記念日のお菓子、家族で映画やサイクリングに行くことで十分な幸せを得ることができる。その幸せは、他人から略奪したり殺しあったりしなくても世界中でわけあう余裕がこの地上にある。先の大戦でなぜそれができなかったのかを再度真剣に考えるべきだろう。
ナチスは合法的に権力を掴んでいる。選出したドイツ国民に罪はなかったのだろうか?国民として、限られた情報であっても国民として何をなすべきかの的確な判断はできるはずである。リンドグレーンはそれができている。どうすれば戦争が起きなかったのか、何をなすべきであったか過ちを繰り返さない為にも現代の日本国民こそ常に考えていかなければならない。 -
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『何より恐ろしいことに、いまやもう、みんなドイツの敗北を願っていないのだ。理由は、いよいよロシアが再び動き始めたからだ』―『六月一八日(1940年)』
自身の性格として物事に白黒つけたがると自覚しているが故に、なるべく自分自身の判断ではなく他人の主張を総合して結論付けるように心がけている。それは様々な人々が出入りしながら一つの目的を達成するという仕事のやり方、環境の下で働いてきたことによる癖でもあると思う。その癖を多様性という言葉に託して必要以上に肯定的に捉える傾向も、ついでに言えば、ある。しかし多様性の重要性が声高に叫ばれるようなご時世とはいえ、多様性を功利に結び付ける話ばかりが目立つ現実を考えると、逆に余り多様性だのダイバーシティだのと言いたくはない。本当の意味で多様性の意義が問われる話には滅多に出会わないし、単にビジネスモデルが、強いリーダーシップという考え方から、イノベーションにシフトし、その流れで既成概念に囚われないことの効用が取り上げられているだけに過ぎないようにも思える。ついでのついでに言えば、強いリーダーシップというのも全体主義の影がちらつくので好きではないけれど。
ホームズが読書の世界への入り口だった者にとって、長靴下のピッピの著者というよりは、名探偵カッレくんの著者と言われた方がピンとくるリンドグレーンの日記。これは作家が作家となっていく時期に書かれていた日記としても興味深いのだろうけれど、第二次大戦が始まった日から終わるまでの六年間に当事国としては戦争に関与しなかったスウェーデンの一人の主婦によって綴られた日記という側面から読み取ることの多い日記であると思う。もちろんこの一主婦は非凡な才能を持ち、戦時下における政府の特殊な任務を熟すような主婦ではあるけれど、多くの隣国との関係性を基盤としたモノの捉え方が、政治家でもジャーナリストでもない主婦によって綴られている事実に接する時、本当の意味での多様性という考え方に触れたような思いがする。
その端的な例が、ロシアの脅威に対する過剰な警戒心と、それに対抗する為になら忌むべきヒトラー率いるドイツ軍への協力も容認するようにも読める発言。もちろん戦争初期のこの発言は後々明らかとなるナチズムの非道さによって徐々に変わっては行くものの、北欧人として心情的には親独(少なくとも一人ひとりのドイツ人に対しては)であり続け、その挾間で思い悩む。そこに北欧の地政学的地位の複雑さが市井の人々にも浸透している様子がうかがい知れ、ヨーロッパ的な多面性を見る思いがする。第二次大戦といえばヨーロッパの全ての国が取ったり取られたりの白黒模様の世界地図を思い浮かべがちな自身の不勉強を棚に上げて言うのだが、翻って我々の隣国、他国への感情は、余りにも単純化され過ぎてはいないかと反省するより他ない。
少し前に内田樹が尖閣諸島問題について書いていたことだけれど、今すぐ解決出来ない事を焦って解決しようとしてはならない、現状を維持する事も解決策の一つである、という言葉に思わず肯首してのを思い出す。それはどちらかと言えば東洋的知であると思うが、どこかで西洋的知にも繋がるように思う。平面上を複雑に埋め尽くす図柄に正解はないとも言え、歴史上のある断面で正解を定義することは無意味であるだろう。やはり一番良くないのは近視眼的で単視眼的になることなんだろうね。 -
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「長くつ下のピッピ」の作者アルスレッド・リンドグレーンは、1978年にドイツ書店協会平和賞を受賞しました。
授賞式でのスピーチがこの「暴力は絶対だめ!」です。
1978年のスピーチですが、2015年の今の世界の状況や、日本の政治状況、家庭、教育現場や、職場の人間関係など、悲しいほどに当てはまることだらけです。
まずは、このリンドグレーンのスピーチを読みあわせて、家族で、今国会でおこっていること、沖縄の基地のこと、シリアの難民のこと、ISのこと、はなしあってみたらどうかな?とおもいました。
「暴力は絶対だめ!」が、大前提になれば、たいがいの社会問題は、解決できるような気がします。
ユートピアかもしれないけど。 -
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スウェーデンのストックホルムのマンションの一室に両親と兄姉と暮らすリッレブロールは7歳。
このマンションの屋根の上には小さな家があってそこにはおなかのボタンをひねって空を飛べるおじさんカールソンが住んでいた。
犬が飼えなくて落ち込んでいた夜、リッレブロールは窓の外を飛ぶカールソンと出会う。そして、リッレブロールの部屋で遊んで、大切な蒸気機関車を爆発させてしまった。どころがカールソンは「そんなことなんでもないや」と言い、自分のプロペラを修理に出すからと去ってしまった。
カールソンのことを話してもだれにも信じてもらえないリッレブロールだったが、リッレブロールは彼に会いたくてたまらなくなる。その後も予告なくあらわれるカールソンといたずらや冒険を楽しむのだった。
少年と子どものように生きる自由なおじさんとの交流を描いた物語。
******* ここからはネタバレ *******
なんとまあ、自由なおじさんです。
子どもから食べものやお金を巻き上げ、いたずらをし、泥棒を追い払ってしまいます。
よくわからない理屈で人を騙してしまったり、お菓子ばかりを食べたがる様子には気分が悪くなりましたが、それでも次に何をするのだろうと気になってしまいます。
まあ、大きな悪事を働かないから愛されるのでしょうか。
ラストでリッレブロールが子犬を手に入れました。
それと引き換えにカールソンとは会えなくなるかなと心配しましたが、とりあえず一緒に誕生日を祝えてよかったです。
主人公は7歳。低学年さんですが、文章量多いですね。
急いで読んだせいか、私は読み進めるのが苦痛でした。
でも、内容的には中学年だと思います。
親の立場とすれば、カールソンにはうちの子に近づいてほしくありませんが(笑)、子どもたちは、こんなおじさんがいることで気が楽になることもあるのでしょうね。 -
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『長くつ下のピッピ』の生みの親で、私生活では二児の母でもあったリンドグレーン氏。
彼女の名前を聞いてまず思い浮かべるのは、子どもや木登りが大好きな元気いっぱいのおばあさん。何年も前に絵本雑誌MOEで見た肖像写真はどれも表情豊かで、幼少期に知り合っていたら、間違いなく懐いていただろうなーと思う。
だが本書での彼女は、一貫して文章がこわばっており、のちの児童文学作家像とはなかなか結びつきにくかった。(当時の肖像写真も凛としていてイケメンなんだけど、私のよく知る屈託のない笑顔からは程遠かった)
第二次世界大戦の開戦(1939)から終戦(1945)までを日記に綴っていたというリンドグレーン氏。日記には家族の動向だけでなく、ヨーロッパを中心とした世界各国の戦局が、詳細に書き込まれている。そうした情報は、ラジオや新聞記事・自身の職場(手紙の検閲)から収集したという。
いくら「何が起こるのかをはっきりさせるためだけ」とはいえ、「一市民(それも二児の母)の日記」と呼ぶには、「歴史的価値」という重厚感があり過ぎる。(ヒトラーやムッソリーニを「二人の図々しいガキ」とコケにする等の点に関しては、日記っぽいけど笑)
「これほど悪い状況になったのはつい最近のことだから、人間はもっと悪くなっていくと考えることで、いつも少しは慰められるのだ」(1940. 4. 14)
訳者同様、ヨーロッパの第二次世界大戦は私も見識がなく、経過内容については未だによく覚えていない…汗
しかし、ヨーロッパの中でもスウェーデン国民はほぼ無傷で生活できていたことや、隣国フィンランド(ロシアとの戦いで疲弊していた)を援助する動きがスウェーデン国内で高まっていたこと等、驚きと発見で満ちていた。
特に王室とメディア。
亡命する王族もいる中で、中立姿勢を貫いたスウェーデン国王や、ナチスに毅然と立ち向かったデンマーク国王が、政治家以上に頼もしく映った。何事も国民ファーストで、一度で良いからこんな強い君主に仕えたいと願ったほどである。
スウェーデンのメディアも、私が読んだ限りでは、日本のような偏向報道(※)は見られなかった。現に注意深いリンドグレーン氏も、メディアを疑う様子はなかったし。
(※)それでもウソを見破っている日本人は、当時大勢いたみたいだけど…
開戦時、長男ラッセは13歳、長女カーリンは5歳。
ラッセは思春期だからか、家族から離れることが多く、カーリンとは違い誕生日の記述が皆無だった。他国と比べ貧困や爆撃の心配がないとはいえ、やはり二人の身を案じる氏の親心が、痛いほど伝わってくる。
だが少なくともリンドグレーン家は、記念日を盛大に祝えるくらい生活に余裕があった。
氏はもちろん感謝の気持ちや他国の現状を忘れなかったが、他国に合わせようともしていなかった。まずは自分たちの生活を守る義務があるし、第一、育ち盛りの子どもを二人抱えている。
悲惨な世界に囲まれていても、スウェーデンの美しい初夏や子どもたちの成長ぶりのように、目を見張るべき景色が必ずそばにある。
「ねえ、生きてるって、ほんとうに素晴らしいことだわ」
ピッピのあのセリフが、自然と頭をよぎった。