見田宗介のレビュー一覧
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人口のロジスティック曲線を紹介しながら、人類の発展過程をまず押さえる。
徐々の変化から爆破的時期に至る。爆発は世界、資源の発見による。しかし、その資源の有限性に突き当たるとき、曲線は徐々に増加をやめ定常状態に至る。この定常状態を論じたのが、本書だ。
最後に、否定主義(批判主義)、全体主義、手段主義に対して、肯定主義、多様性、コンサマトリーという指針を打ち立てるものの、まだ社会構想にはいたっておらず、この手の本の陥りがちな理念のみでロードマップや具体例なしという結末になってしまっている。
問題意識は切実で正しいので、読む価値が全くないわけではないのだが。 -
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社会学と私たちは見て聞いてどのような学問かを想像するのは、学部生然り、社会学を知る機会がある人、または書店等で見かけて手に取ることから始まる。本著は、わかりやすく社会学について広く学ぶことができ、私たち人間という生き物の行動や習性、癖なども見ることができる良書である。
さて、本著では、時代やその時の環境が及ぼした影響が過去の歴史からも多分にも影響を受け前に進んできて現在に至る証拠と言え、今という時代も歴史の一部だと知ることができる。社会とは言っても様々な形や状態、習性などそれぞれの社会で色があり、形も、文化も違う。今、私たちがいる社会とは異なる社会と触れ感じ学習することで、自明性(当たり前だと無意識に思う癖)から別の角度で物事を見る大切さと重要性を主張する。私も同意見だ。別に海外へ行くとかの話ではない。日本全国津々浦々、仮にとなり街へ移動するだけでも景色や文化が違ったりする。都心だったり、地方でも随分違う。住むとなったら尚更だろう。そこから得られる情報や体験や経験は莫大だ。本著で言うところの「比較」にあたるだろう。多様な価値観と文化を知ることで心や思考の視覚が広くなり、現地の方々と接することで知見や見聞が多角的となり物事を見る解釈の多様な視点が得られるだろう。
それらの多くことを知り学習し考える力を養い、行動に移すことで未来の社会構造を意識して日常に取り入れることができるだろう。社会とは人間だ。優劣はない。人間の営みの集合体であり意識なのだ。
歴史の当時の今を構想した人がいたからこそ現代があり、そして、そのバトンは未来への今へ繋がる歴史を示す良書といえよう。 -
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文章が難解で読みにくかった…。現代文の入試問題に使われていそう。。
同じ筆者のまなざしの地獄という本を読んだので、面白そうだと思ったが、この本はとにかく読みにくかった。
内容としては、冷戦終結後、この「情報化・消費化社会」がどうなるか、どうあるべきかを論評した本と解釈した。
筆者は、あくまでこの情報化・消費化社会の原理的な部分を肯定しつつ、環境問題や南北問題に代表されるような他者収奪的な問題をどう解決するかを論評している。
重要な観点が、原義としての消費=生の充溢と歓喜に直接的な享受にに立ち返ることと、「情報化」のメリット(データによるモニタリングと社会的費用を製品の中に組み込むこと、そして製品情報を組み込むことで資源を凝縮して使用すること)を最大限活かして、資源消費を抑えること。
書かれた時代が1996年と、ずいぶん違うから、なんとも言えないが、
・このことを言うのに、いくらなんでも難解すぎやしないか?(もちろんこの筆者が偉大な社会学者ということは知っているので、おそらくこの本の書き方が私には合わなかっただけだと思う)
・果たしてこの抽象的な理論でこの社会は本当に持続可能になるのか?理想的やすぎないか?(個人的には、情報化とか、いわゆるITが社会を変えるという理論には果てしなく懐疑的。あくまで目の前から見えなくなっているだけで、裏ではデータセンターやらで果てしなく資源を消費しているのだから。)
という観点で、なんとなく同意しかねる。
山崎正和の「柔らかい個人主義の誕生」でも、同じように消費社会への対峙の仕方が書かれていた。そこでは、自我の確立のために、モノを消費するだけの消費から、消費の過程を楽しむ消費が提起されていた。要するに同じようなことを言っているのだろうなと思ったが、なんとなくこっちの方が自分ごととして考えられるし、わかりやすかった。あと同時代に書かれた本だが、やはり「消費」をテーマにしていることから、当時のモノの消費はとんでもなかったんだろうな、という感覚をいだいた。 -
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出版と共に読み、更に何年か後に再読した。
合わせて「現代社会の存立構造」「人間解放の理論のために」も再読。
本書は、薄い新書だが、その奥深さに驚かされる。
社会学について語りながら、彼のマルクス理論を換骨奪胎した若き著作「現代社会の存立構造」という骨太の仕事にまったく触れていないことに、見田の転回(「気流のなる音」)を思う。
彼にとって、「存立構造」という仕事は、上に登るための梯子に過ぎなかったのだ。
登り終わったら、梯子は投げ捨てる。
そんな、彼の生き方を思わせる。
見田は、社会学という学問で、二つの課題に取り組んだ。
ひとつは、ニヒリズムの問題であり、もうひとつはエゴイズムの問題だ。
何と青春か、と言う勿れ。
人生の永遠の課題を、社会科学で解決しようとした者など、誰もいなかった。
「死とニヒリズムの問題系」を解決したのが、「時間の比較社会学」だ。
そして、
「愛とエゴイズムの問題系」に決着をつけたのが、「自我の起源」だ。
本書を読むと、この二つの主著に対する絶対の自信が感じられる。
「自我の起源」で明らかにされた、生命の驚くべきあり方(共生)が、新たな時代の根幹的人間観となる。
軸の時代(紀元前5世紀頃の哲学の興隆期)の思想•宗教が、唯一残した課題、それが関係の絶対性だ。
未来構想の中でその積み残し課題を解決しようという決意が漲っている。 -
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社会学に対する興味があって読んだのだが、結論、どんな壁もない(センスは必要ではあるが)ので、この著者のように、哲学志向の人でも、やっていける。ただ、やはり人間という関係を重視するのが社会学の重要な役割と見た。
個人的には時計に針が一本しかないものがあったというのは驚きだった。後はアメリカ人学生が日本に留学したときに「いつ帰るの」と言われたのがショックだったらしい。というのも日本に定住したい程、日本を愛していたから。帰国の後の不幸に衝撃を受けた。
内容は古くミレニアムのころである。同時多発テロと報復テロだが、今のロシアとウクライナのあり方と変わりないし、今、タリバンがアフガニスタンを圧政しているとも聞く。理想とは程遠いが、我々には祈りしかない。兵器を送るのは少し話が違うと思う。ローマ教皇やダライ・ラマや誰でもいいから、つまらないから、やめとけというだけの人格者が入れないだろうか。よい意味での古典となってくれたらいいと思う。 -
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社会学者の大澤真幸が、日本の戦後~現代を代表する社会思想家として柄谷行人と見田宗助の両名を選び、対談及び自身の解説文によって両名の思想を描き出す一冊。
両名の著作にあまり触れたことがない人でも理解できるように書かれた解説文や、大澤真幸自身の優れたインタビュアーとしての論点設定により、両名の思想の入門書として確かに良い一冊になっている。
柄谷行人については、2010年に発表された『世界史の構造』以降のテーマである交換様式論が主に解説の対象とされ、かつ自身の恩師である見田宗介の思想との接続を図る最後のパートが非常に面白い。
少なくとも研究室のメンバーで柄谷行人を読んでいなかった人は相当少ないように記憶しており、彼らほどではないにせよ、『日本近代文学の起源』や『探求Ⅱ』を読み、社会思想の学問としての面白さを知った自身としては、対談で語られる著作誕生のバックグラウンドなども含めて読み応えがある。 -
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大学入試対策本カンザキメソッド「志望理由書のルール」で社会学部の参考図書として紹介されていた本。
社会学の入門書なるものを読みたくて、文字通り「社会学入門」という本書を手にしたが、うーん、これが入門書なのか。私にはやや難しく感じた。さらっと読んでわかろうとする安易な気持ちを反省しつつ、なんとか最後まで読み進めてみた。歴史的な流れを知ることができたのは、頭を整理するのに役立った。そして、最後の章、現代社会のグローバルシステムについての考察は非常に興味深かった。
「グローバル・システムとは無限を追究することをとおして立証してしまった有限性である。」やや哲学的な論理ではあるが、グローバル社会を考える上で、重要な示唆になると思う。