見田宗介のレビュー一覧

  • 社会学入門 人間と社会の未来

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    これを読んで、「社会学」というものに興味を持った。人間が“よりよく生きる”ための社会のあり方を著者が提供する一冊。

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    2013年02月17日
  • まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学

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    都市と地方の関係について最近ずっと考えてたからすごく得るものの多い文章だった!現代の事象について考えるためには近過去へ迂回しろ、と講義でだれか言ってたけどその通りだと思う。

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    2026年08月21日
  • 現代社会の理論 情報化・消費化社会の現在と未来

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    情報化社会、消費化社会の現在などを書いた有名な社会学者による新書。
    200頁にも満たないものであるが、何度か読んでも新たに勉強になる点がある。

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    2026年03月15日
  • 現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと

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    ロジスティック曲線、という生物学的な繁栄と衰退の曲線を土台として、今の現代社会について論じられていた。

    若者の意識調査、を1973年と2013年で比較したり、

    欧米諸国と比較したり、

    そして見えてくるものなどなど。

    10年ちょっと前に書かれたものなので

    その後の展開を考えるとなかなか楽観的な展望といえるかもしれない。

    成長曲線の安定期に入ったところにある社会をどう説明できるのかなど、

    いろいろと視点を学べた。

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    2026年01月30日
  • 社会学入門 人間と社会の未来

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    思ったより面白かった。私の考えてることや浸っている雰囲気が古いせいもあるが、真に脱臭され、信奉する虚構さえもなくなってしまった今、主体の再生産の不可能を、ポリフォニーという綺麗事ですべて解決しようとするのではなく、それにあたって生じる困難を論ずるべきなのかも。それできる人いない説あるが。

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    2025年12月30日
  • 現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと

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     四○年間の青年たちの精神変容についての実証的なデータに密着しながら、前節で深めてきた理論的な考察を、この節ではいっそう大きい歴史的な視界の中で、徹底した原理論的な水準において、再確認しておきたいと思う。
     くりかえし確認してきたように、近代の根本理念は〈自由〉と〈平等〉ということであった。 他方確認してきたように、近代の現実原則は〈合理化〉ということであった。社会のすみゃみ、生のすみずみの領域までもの、生産主義的、未来主義的、手段主義的な合理性の浸ということであった。手段主義的とは、現在の生を、それ自体として楽しむのではなく、 未来にある「目的」のための手段として考える、ということである。「レクリエーション (再創造)」という言い方がよく示しているように、現在の生をそれ自体として楽しむべき活動さえも、将来の労働のためのエネルギーの補充(再創成)のようなものとして正当化されてはじめて安心して楽しまれるという倒錯が、日常の生の自明の感覚となる。この感覚が、社会と集団と個人のあらゆる水準のシステムにしみわたりつくすのが近代である。あるいは成熟しつくした近代の典型像である。
    「近代家族」の歴史的に一般的な標準型であった近代家父長制家族が、このような近代の現実原則による、近代の理念=自由と平等の「封印」ということを、現実の社会の基底において実行する装置であったということを前節において見てきた。


     だがそれにしても現代人はなぜこのように、生きることの意味を失ってしまうのだろか。
     ピーダハーンはその生きることの「意味」などを問うこともなく幸福であった。それは彼らの生の現在が他者との交歓と自然との交感によって、直接に充溢していたからである。 現在の生に不幸な者だけがこの不幸を耐えることの根拠を求めて、意味に飢えた目を未来に向ける。未来にある「救済」あるいは「目的」のための手段として現在の生を考いう、時間意識の転倒を獲得することによって、多くの目に見える成果を達成することできるということを、文明は知る。〈未来のための現在〉=〈目的のための手段〉というこの文明の時間意識の構造によって、第1局面の人間たちの渇望であった、生存のための物質的な条件の確保という課題を追求し、見事に達成して来たのが第Ⅱ局面であった。徹底して合理主義的なビジネスマンとか受験生などの典型像に見られるように、未来にある目的のための現在の手段化という時間の回路は、他者との交歓とか自然との交感から来る現在の生のリアリティを漂白するが、この空虚は未来の「成功」によって十分に補うことができるので、空虚感に悩まされることはない。世界の中で、アメリカや西・北ヨーロッパや日本のような高度産業社会において、生存のための物質的な基本条件の確保という、第局面の課題が、歴史上初めて達成されてしまうと、この自明の目的のための現在の生の手段化という回路が、初めて根拠のないものとなる。
     一章で見てきたとおり、「近代」という時代の特質は人間の生のあらゆる領域における 〈合理化〉の貫徹ということ。未来におかれた「目的」のために生を手段化するということ。現在の生をそれ自体として楽しむことを禁圧することにあった。先へ先へと急ぐ人間に道ばたの咲き乱れている花の色が見えないように、子どもたちの歓声も笑い声も耳には入らないように、現在の生のそれ自体としてのリアリティは空疎化するのだけれども、その生のリアリティは、未来にある「目的」を考えることで、充たされている。序章のはじめに見てきたように、この「近代」の最終のステージとしての「現代」の特質は、人びとが未来を失ったということにあった。図4の尖鋭な分水嶺の示しているように、加速しつづけてきた歴史の突然の減速がどんなに急激なものであったかが分かる。未来へ未来へとリアリティの根拠を先送りしてきた人間は、初めてその生のリアリティの空疎に気付く。こんなにも広い生のリアリティの空疎の感覚は、人間の歴史の中で、かつて見なかったものである。それは第Ⅱ局面の最終ステージという「現代」に、固有のものである。第一に〈未来への疎外〉が存在し、この上に〈未来からの疎外〉が重なる。この疎外の二重性として、現代における生のリアリティの解体は把握することができる。
     すでに現在の生の直接の充実を手放して久しい人びとは、このリアリティを代補してきた未来の〈目的〉の自明性をも失うこととなる。「近代」に至る文明の第Ⅱ局面の輝かしい達成を駆動してきた〈未来にある目的のための現在の生の手段化〉=〈目的への疎外〉の上に、 この課題の完了による目的の消失=〈目的からの疎外〉が重なるという〈二重の疎外〉こそ、 第Ⅱ局面の最終ステージとしての「現代」に広く固有の構成である。人々は〈生きることの目的〉を未来の中に求めるという、この文明の局面に固有の問いにとりつかれたままで、 この未来にある〈目的〉の確固とした自明性と根拠とを除かれてしまう。現在の生のリアリティの直接の充実を手放したままで、このリアリティを補充する未来の〈目的〉を失ってしまう。これが人間史の第Ⅱの変曲点としての「現代」だけに固有の、二重のリアリティ喪失である。

     加速に加速を重ねてきた走行の果てに、突然目的地に到達して急停車する高速バスの乗客のように、現代人は宙を舞う。


     この横浜市立大での最終講義に強い感銘を受けた学生たちが、講義の録音を起こして手づくりの冊子にしたものの一つを、わたしの所にも届けてくれた。この講義の核心は、〈福祉は衝動である〉ということであった。福祉というものの現場の現実の、きびしさ、みにくい部分までをも含めて、そのすみずみまで身体で知りぬいてきた野本三吉=加藤彰彦がそのうえでなお〈福祉は衝動である〉と言い切るとき、それは、きれいごとではないと思った。目の覚める認識であると思った。福祉という仕事は、正義とか善意とかいうことの前に、人間の深い欲望であると。これから福祉や介護の現場に巣立とうとする若い人たちにこの核心は、ストレートに届いて、共振したのだと思う。


     高橋さんの提起の趣旨は、農業ということのとくべつな意味にあったとおもう。自然との直接的な交感。「食」という最も基本的な部分で、人間の社会を支えていること。このことを正しいとして認めた上で、ここでは、もう少し一般的な論点として、高原期の人びとが楽しむことのできる幸福のリストの大きい項目として、「社会的な〈生きがい〉としての仕事」、共存の環としての仕事ということを、一つつけ加えておきたいと思う。
     経済競争の強迫から解放された人びとは、それぞれの個性と資質と志向に応じて、農業や漁業や林業やもの作りや建築や製造や運転や通信や情報や報道や医療や福祉や介護や保育や教育や研究の仕事を欲望し、感受して楽しむだろう。あらゆる種類の、国内、国外のボランティア活動を楽しむだろう。
     依拠されるべき核心は、解き放たれるべき本質は、人間という存在の核に充填されている、〈欲望の相乗性〉である。人によろこばれることが人のよろこびであるという、人間の欲望の構造である。


     二〇世紀の真剣な、そして壮大な試行錯誤の悲惨な成行の根底にあるものとしてわれわれが見出したのは、第一に「否定主義」negativism。実現されるべき肯定的なものの明確なヴィジョンよりも「とりあえず打倒!」という情念。第二に「全体主義」totalitarianism 社会の理想の実現のために特定の政党や指導組織に権力を集中し、思想言論の統制を行うことが必要であるというイデオロギー。第三に「手段主義」instrumentalism。未来にある 「目的」のために、現在生きている人々のそれぞれに一回限りの生を手段化する、という感覚である。
     初めは正しい願いからも出発していたこの回路をくりかえすことのないために、新しい世界を創造する時のわれわれの実践的な公準は、次の三つであるように思われる。
     第一に positive。肯定的であるということ。
     第二に diverse。多様であること。
     第三に consummatory。現在を楽しむ、ということ。

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    2025年12月27日
  • 現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと

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    述べられていることは一貫している。主張内容の論拠が妥当なものであるかは、この書籍の内容からだけでは判断が難しい。しかし、私的な過去の経験や感じてきたことを踏まえると納得感があった。
    人生の目標や目的の達成を求められるが、それらが本当に適切なものかは誰も保証できず、自身で決めるしかない。にも関わらず、周囲からの明示的・暗黙的な圧力による誘導がある。その圧力がどこから忍び寄っていたのかを気づくきっかけとなった。社会・経済などのマクロ的な流れに無自覚に流されてしまわないよう学んでいきたいと感じた。

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    2024年01月01日
  • 社会学入門 人間と社会の未来

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    社会学とは何かを序章で簡潔に説いて、実証と思弁を行き来しながら、現代社会、自由とそのためのルールへと進めていく。

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    2023年12月02日
  • まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学

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    永山則夫事件をとおして、都市に流入する若者の在り方を洞察した本。
    とまとめておく。

    高度成長期に都市に流入した「金の卵」の若者たちは、他者からの自らを規定しようという「まなざし」と、自己解放のための上京の間で苦しむ。
    ましてや、その「まなざし」が否定的なものであれば、さらに苦しむ。

    また、「新しい望郷の歌」では、ふるさとが、「帰る」ものから「作る」ものへと変遷していくさまを分析している。


    この本の何がすごいのか、という解説がしっくりきた。

    ① 死刑囚の人生という極限値と、都市の若者の一般的意識の平均値を組み合わせることで一つの結論を導きだしていること。
      前読んだ小熊さんの本でも、調査の方法は様々あると学んだが、この本では質的調査と量的調査を組み合わせて社会を分析している。
      数値でしか見えない部分を、死刑囚の人生を負うことで、実はこの統計の背景にあるのはこういった思いではないかという分析が非常に面白い。
      「当時の若者は給料にはこだわらないのだな」という統計的結果から、まなざしの地獄から逃走しようとする青少年たちを捉えている。
      普通の人間ではこんな分析はできない。

    ② 現代社会の写し鏡のような分析であること。
      当時の若者は、まなざしの地獄からの逃走と戦ったが、2000年代の若者は誰のまなざしからも届かないところにいるところからスタートする。
      2000年代のの若者にとっては、まなざしの不在の方が地獄なのである。
      N・Nはまなざしの不在から逃れるために、何の関係のない他者を殺す。そこで自己を確信する。
      しかし、同じような事件を起こした現代のKは、まなざしの不在に苦しみ、自己をシニカルに顧みるが、何の関係のない他者を殺すことで自己を確信する。


    じゃあ、さらに2020年代になってみてはどうなんだろうか。
    今の若者は、他者の「まなざし」に対してどう生きているのか。
    逆に、「まなざし」を渇望しているような気はする。

    自己を規定するまなざしというよりかは、逆に今は頑張れば、他者から見られる自分を作ることができる。
    他者の「まなざし」をコントロールできるようになった今、その自由さに苦しんでいるような気もする。

    という安直な考察をしてみたが、多分、この本のように確固たる考察をしないと分からないものだとも思う。

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    2023年10月09日
  • 社会学入門 人間と社会の未来

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    近代以降の社会学についてリサーチするために読みました。歴史•文化的な考察も含まれていて納得度が高いものでした。

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    2023年09月27日
  • 現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと

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    経済や人口増加のグラフに見られる、急激な成長から鈍化し安定期の入ったあたりを、筆者は高原として喩え、高原の見晴らしを様々なデータから考察している。
    高度成長のような経済競争が完了し、成長が鈍化した社会では、人々の志向が、シンプル、エコ、に向いている。同じ服を着ていることが、むしろカッコいい。幸福感が高く、生活の中心が多様。
    若い世代の方がその傾向が強い、という。やるじゃん、Z世代。

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    2023年09月23日
  • 現代社会の理論 情報化・消費化社会の現在と未来

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    冷戦終結後に書かれた「情報/消費社会」についての本。

    「情報/消費社会」を肯定的に捉えつつ、そのままでは資源、環境、貧困などの「限界問題」が解決されないことから、その「転回」を主張している。

    その主張は現代のSDGsに極めて近いことは、以下の引用から分かる。

    "転義としての「消費社会」についてはどうか? 転義としての消費社会(商品の大衆的な消費の社会)もまた、それが現在あるような形ではなく、その可能性について考えられるなら、「限界問題」をのりこえることがあるだろうという見とおしを、私はもっている。けれども、このためには「消費社会」が、原義としての<消費>というコンセプトを軸足として、転回されることが必要だろう。<消費>をその原義において豊かなものとしてゆくための、方法としての市場システムを、破綻なく活性化しつづけるための形式として、「方法としての消費社会」というべきものを、構想しなければならないだろう。このことは「消費社会」が、資源/環境の臨界問題、域外/域内の貧困問題を不可避の影として帰結する現在地の構造からの、解き放たれた展開を獲得するために、基底的に必要な条件であるように思われる。"

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    2023年06月08日
  • まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学

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    ひとりの人生の体験を中心として、社会からの視線、家郷、帰る場所の再考を提起する作品でした。
    少し読みづらい部分もありましたが、本編は120ページほどで分量としては読みやすかったです。
    社会学的なテーマで、地方と都市のどちらも嫌な部分が上手く抽出されている。
    社会の柵と言ってしまえば簡単だが、その社会を構成する人の集まり、その中で生まれる暗黙の了解、社会的望ましさなどが、アイデンティティを否定的に意味付け、若者の自由意志を潰し、逸脱を引き起こす。

    犯罪者という先入観無しに読めなかったわたしもまた、社会のまなざしの中でしか生きることのできない危うい人間だと思う。

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    2022年03月09日
  • まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学

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    この本はある方にお薦めしてもらった本だ。社会学というのは未開拓だったが、知識欲に駆られた私にとって良書だったと思う。
    死刑囚N.Nと都市について。タイトルにある、まなざしの逃げ場なき地獄について。そして、解説にあったKとAのN.Nとは対照的でありながら類似性を感じた事柄。透明を欲するか、まなざしのない自由を欲するか。だが、N.NもKもAも犯罪を冒したからこそ辿り着いた居場所があった。精神があった。私にとってそれが悲しい。

    この本は馬鹿な私にとって難解であったが、そのぶん読み返したいと思うし、社会学というものを真正面から見つめたい。そう思った。

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    2021年12月30日
  • 社会学入門 人間と社会の未来

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    「なにか深いことを言っているようで言ってないようで、実際は言っているな」というのが率直な感想。
    社会学という横断的な学問の特性を考えるとかなり具体化して書かれているように感じた。
    著者の前著を読んでいると、より理解が深まる。
    世界で起こっていることで、自分に関係ない事なんてないのだと気付かされた。

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    2021年06月01日
  • 超高層のバベル 見田宗介対話集

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    対談集だが、一部の記述はよく理解できないものもあったが、社会学者が広範に社会を見つめていることに驚いた.河合さんの発言で「現代社会の問題は、本来的祭りがものすごく少なくなったということではないでしょうか(p18).」そう思う.吉本隆明、廣松渉はよく理解できなかった.ラテンアメリカの国で「よい人生を生きた賞」(p193)がある由.瑞宝章のような公務員の賞より素晴らしいと思った.藤原帰一が第一次世界大戦、ロシア革命と第二次世界大戦と中国革命をセットにして考察しているのは面白かった.さらに1789年のフランス革命と200年後の1989年のベルリンの壁崩壊をリンクしているのも新たな視点だと感じた.新自由主義に関連して「競争しない自由」の提言も斬新だ.週2日、各5時間程度働けば、現代社会を回せるとの指摘は面白かった.

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    2020年10月13日
  • 戦後思想の到達点 柄谷行人、自身を語る 見田宗介、自身を語る

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    「戦後思想のエッセンス」というシリーズを創刊するに当たり、第0号として、柄谷行人、見田宗介を取り上げたのが本書である。同シリーズは、一冊につき一人の戦後の思想家を取り上げて、後続の世代の書き手たちがその思想家について論じるというスタイルを取る予定だが、ここでは編者である大澤真幸が戦後思想の代表者としての二人にインタビューをする形を取っている。

    インタビュー形式は、ことに聞き手が、対象の思考圏に嵌っていて(決して悪いことではない)、対抗的な異論を差し挟む余地が少ないときには、ことさら当たり障りのないものになりがちだ。至極、当たり前のことを言ったような気がするが、本書もそういった状況でのインタビューであり、せっかく本人を前にしながらその紹介を浅くするにとどまってしまっているように感じられた。明らかに日本の戦後思想史を代表する二人(少なくとも柄谷行人がそうであることに異論を挟む人は少ないだろう)なのだから、シリーズの主旨としても一冊を使って腰を落ち着けて論じてほしいところである。何とすれば大澤氏自身が改めて取り組んでもよいかと思うがどうだろうか。

    柄谷行人は日本においては特異でなおかつ息の長い思想家である。本書でも紹介されている通り、『意味という病』や『日本近代文学の起源』といった文芸批評からそのキャリアを始め、『隠喩としての建築』や『マルクスその可能性の中心』といった理論的な仕事に移行し、そして思索家としてのひとつの頂点である『探求I』『探求II』を世に問い、自らの関心の重心を常に移動させてきた。そして今また、『世界史の構造』などの近年の著作において、より現実にも寄り添いかつ歴史に紐づけられる交換様式論を世に問うている。

    大澤真幸の柄谷行人への過度の寄り添い方が少し鼻につくところもあるが、柄谷行人の仕事の紹介としては、ノーマルでわかりやすい。一方で、しびれるような言葉のやりとりは少ないように思う。

    見田宗介の方は、一冊も読んだことがないので、評価をしかねるところがある。少なくとも自分には柄谷と双璧をなす戦後思想家の巨人という認識はなかった。日本の社会学の文脈においては、ひとつの頂なのかもしれない。いつか読んでみたいと思うが、どうも食指が伸びないのはなぜなのだろうか。

    「戦後思想のエッセンス」のシリーズとしては、中島岳志による石原慎太郎、安藤礼二による吉本隆明、と続いている。その次以降はどうなるのだろうか。

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    2020年02月12日
  • 現代社会の理論 情報化・消費化社会の現在と未来

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    「貧困」の定義について考えさせられた。貧困とは文字通り貧乏ということではあるが、けれどもそれは、GNPが低いイコール貧困という単純な図式ではないということだ。

    GNPを必要とするシステムの内に投げ込まれてしまった上で、GNPが低いから貧困になってしまうのである。実際、お金を必要としない村で幸せに暮らしている人々はたくさんいる。人の幸不幸がGNPでは決められないこと、その人が生活している社会のありかたと、各々の社会に敬意を払うべきなのではないだろうか。

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    2019年12月27日
  • 現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと

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    見田さん流石にかっこいいこと言うなあ、ポジティブで漸進的だなあという本。
    福祉は衝動である、とか欲望の相乗性とか。
    存在することの祝福にたいする感動能力の解放とか。

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    2019年04月07日
  • 現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くこと

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    日本人の意識の大きな変化として,①近代家父長制家族の解体,②生活満足度の増大,結社闘争性の鎮静,③魔術的なるものの再生 を挙げている.地球という限られた空間に住む現代人は,未来を失っているとも述べている.これらの事象はp122-123に上手く集約されていると感じた.曰く「日本の青年たちの価値の感覚が,シンプル化,素朴化,ナチュラル化という方向に動いていること,フランスの急速に増大している"非常に幸福"な青年たちの幸福の内容を充たしているのが,他社との交歓と自然との交感とを基調とする,"幸福の原層"の素直な解放であるということは,環境容量のこれ以上の拡大を必要としない方向で,無数の"単純な至福"たちの一斉に開花する高原として実現するという方向で,生きはじめているように思われる.」これからの生き方の指針として,肯定的であること,多様であること,現在を楽しむということ の3つ,それぞれ英語ではpositive, diverse, consummatory.考えさせられた.

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    2018年12月21日