松井優征のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
宇宙ステーションで殺せんせーを助ける方法を探そう計画。
満点の結果を持って帰ってきた渚&カルマ。しかし、人類の最先端で体張っている人帯の肝の太さときたら。仕事人のかっこよさです。
中学3年の3学期を迎えているE組の面々。進路に季節イベントにてんやわんやです。ただ暗殺期限が近づいてきてる中、今の状況は貴重な日常の時間なんでしょうね。
バレンタイン甘酸っぱいなぁ。クールなプロポーズもかっこいいなぁ。あんなに真剣に進路に向き合ってこなかったなぁ。やりたいことを見つけるより、やりたくないこと列挙して進路決めている気になってたなぁ。
一方、日常の裏側で静かに進行している大人の思惑。殺せんせーの暗殺期限まで1か月切ってます。 -
Posted by ブクログ
殺せんせーの過去。初代死神が人体実験で触手生物になるまで。
ただtだ、非人道的実験のなれの果てが殺せんせーになったのでなくて、人間同士のふれあいがあったからこそ、自分自身の失敗があったからこそ、今の殺せんせーがあると気づいてしまいます。
暗殺のターゲットが、血肉を持った存在であるということ。超生物という人知を超えた存在だったから、ゲームクリアの感覚で挑んでこれた暗殺教室。
ターゲットとの間に、人と人との感情があふれたとき。その絆を自らの手で断ち切ることが、この暗殺教室のエンディングと実感させられたとき。
「殺す」という言葉の重みと、殺せんせーの思い出が、二重の鎖となって渚たちE組を縛ります。
そして、3学期へ。
表紙のうきうきXmas仕様がむかつく。カバー裏の語録が笑えるのもむかつく。テンションの差が。 -
Posted by ブクログ
やっと全巻読み終えました。映画版の感想の時に、私は概ね以下のようなことを思いました。
「(略)これを書いているマクドナルドの隣の席で、やはりここに出てくるような落ちこぼれな学生が会話の中に「死ねよ」とか「殺す」とかの単語を使っていた。年寄りにはにわかに信じられないかもしれないが、いまや子供たちは日常的にそういう「言葉」に囲まれて生活しているのである。「保育園落ちた、政府死ね」と言葉に「刺激的な言葉」と感想を漏らす若者と年寄りとの間には実は大きな隔たりがあるのである。正にそういう世相だからこそ、こういう作品が成立したのである。
(略)しかし、1番フィーチャーされている主役の山田涼介のクライマックスの場面が、あまりにもベタベタで、どうしようもない。
おそらく監督も俳優も「殺す」ということの意味が、全くわかっていないからなのだと思う。ゲームの世界でしか殺すことがない。だから、ラストはファンタジーとして演出した。だから渚くんも、まるで決勝戦で負けたような表情しかしなかった。でも、あそこはリアルに描かないとホントの「教育」にはならない。」
以上映画感想より。
マンガは映画とほぼ同じ内容で進行するものの、ラストを流石に丁寧に描いていて、映画のような違和感を感じなかった。また、マンガはやはりコマとコマの間を想像力で埋めるために、渚くんの覚悟と悲しみがストレートに伝わったと思う。
先生の最後の授業は「社会に出た時の困難の対処の仕方」でした。以下のように教え諭します。
君達はこの先の人生で、
強大な社会の流れに邪魔されて、望んだ結果が出せないことがあります。
その時、社会に対して原因を求めてはいけません。社会を否定してはいけません。
それは率直に言って、時間の無駄です。
そういう時は、
「世の中そんなもんだ」と‥
悔しい気持ちをなんとかやり過ごしてください。
やり過ごしたあとで考えるんです。
社会の激流が自分を翻弄するならば‥
その中で自分はどうやって泳いで行くべきかを。
やり方は学んだはずです。
このE組で。この暗殺教室で。(20巻、第170話)
著者はおそらく超氷河期が続き、ブラック企業が跋扈する社会の中で、自分の体験に即して、ともかく学生時代に「心と身体」を鍛えよ、と励ましたつもりなのだろう。でも、私はこの教えは先生としては「失格」だと思う。
もちろん「やり過ごす」逞しさを持つようになることは大切だ。しかし「時間の無駄」だから、はなから「社会に原因を求めるな」社会を肯定して「上手く泳げ」と教えてはいけない。
学問とは、社会を含めた世界を批判的に見る視点を養うことである。「原因」がわからなければ、やがては無批判に社会の中で同様に次世代の若者を苦しめるようになるだろう。殺センセーはそんな生徒たちが生まれることを良しとするだろうか。
学生の時こそ、無駄を承知で、世界を広く、そして深く批判的に学ぶべきです。実際、20巻で生徒たちが殺センセーに再会できたのも、殺センセーを殺す社会を否定したからです。
と、殺センセーよりもおそらく二世代も上のモノからのアドバイスでした。