廣末登のレビュー一覧
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テキヤが暴力団と結びついた理由は主にこの3つです。
1.江戸時代の露店管理組織(香具師)がヤクザのルーツだった
2.屋台ビジネスは縄張り争いが多く、力の組織が必要だった
3.場所管理の仕組みがヤクザ組織と相性が良かった
廣末 登
(ひろすえ のぼる、1970年3月27日 - )は、日本の社会学者、ノンフィクション作家。元久留米大学文学部非常勤講師(社会病理学)、龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員(治療法学)、日本社会病理学会会員、青少年問題学会会員。専攻は犯罪社会学、刑事政策学。福岡市中央区生まれ。服飾系の専門学校中退後、2001年、北九州市立大学法学部法律学科卒業、2005年、同大学大学院法学研究科法律学専攻修士課程修了、2008年、同大学大学院社会システム研究科地域社会専攻博士後期課程修了、博士(学術)。2008年、参議院において民主党の国会議員政策担当秘書に就任、3年勤める。2018年~2019年度、福岡県更生保護就労支援事業所長、2019年~2020年度、公益財団法人清心内海塾主席研究員、2019年、龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員、2020年から、法務省・保護司(福岡市中央保護区)、2023年、西日本自分史文庫設立。2024年、立憲民主党の衆議院議員・藤原規眞の政策担当秘書に就任[1][2]。中道改革連合(旧立憲民主党)衆議院議員・藤原規眞が、第51回衆議院議員総選挙落選のため政策担当秘書を退任。
「注 8 テキヤは自らを神農と名乗るとともに、神農を崇める。テキヤの業界を神農会と呼ぶ。この神農とは「古代中国の伝説的な人とも神ともつかない存在で、『淮南子』などに出てくる。頭に角がある姿で描かれる。テキヤの間では、良薬になる植物を発見するために自らの命の危険を冒して、さまざまな植物を毒見した神とされている。現在でもテキヤの一部が神農を崇めるのは、彼らの系譜につながる古い時代のテキヤが薬草を商っていた名残とされている……テキヤはしばしば『神農道(しんのうどう)』という言葉を口にする。『神農道』とは神農のイメージを損なわないような生き方のことで、代目披露など彼らの社会での社会的地位の上昇を披露する儀礼では、『神農道に邁進する』という表現で決意が表明される。神農道に違わぬ態度とは、具体的には愚直なまでの勤勉さや、弱きを助け強きをくじく正義感あふれる態度をいうようである」(厚香苗『テキヤ稼業のフォークロア』青弓社、二〇一二年、二九頁)。注 9 テキヤ稼業経験者である北園忠治は、自著の中で、警察官による場所割りの弊害について以下のように述べている。「全国随所で散見するような、祭礼時の露店の場所割り(小間割り)が、餅は餅屋の諺に逆らい、餅屋でない素人の警察官の手によってなされ、祭りはさびれ、出店者は時間のロスや諸経費の高騰、売り上げの低下、その他諸々の弊害を被り、その損失は甚大なものとなる」(北園忠治『香具師はつらいよ』葦書房、一九九〇年、二〇頁)。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「注 11 赤字破門や絶縁は、ヤクザの社会では最も重い制裁。慣習的職業社会の懲戒免職に相当する。黒字破門は復縁可能性があるが、赤字破門と絶縁については、復縁の可能性は無い。注 12 一家を形成する理由につき、添田知道は次のように述べている。テキヤが「『行衛出所不定』の者は仲間とせず、が、第一義となったのは、掟の上での当然だった。なにぶんその業態が移動を主としているのだから、行衛と出所が不明であるのが目に見えるところのかたちである。これを、不明でなくするところに、仲間の緊密性が欠かされないものになる。移動はしても、その本来の住居(本拠)はもってもいれば、またもたなければならないものでもある。それをまだ持ち得ない若い者は、親分をもつことで、その資格を得ることになる。 ここに親分・子分の関係が生じ、一家が形成される」(添田知道『てきや(香具師)の生活』雄山閣、一九六四年、一一七頁)。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「 私は勉強では理数系は苦手で、どちらかと言うと国語や歴史、いわゆる文系の方が好きでした。テキヤの頃にその歴史を自分なりに調べたりしましたが、小学校の頃からの歴史好きが幸いしたのでしょう。 そうそう、小学校の時は、月に一度開かれる西新井大師注 1の縁日(毎月二一日注 2)に行って、露店を見るのが楽しみでした。三寸(露店商の屋台)も結構出ていましたし、ボクヤ(植木屋)などもバイしてましたから、その縁日は賑わっていたことを覚えています。この時はまさか将来、テキヤを自分が生業にするなんて思ってもいませんでした。少ないお小遣いで、お好み焼きを買って食べたこともあります。初めて買ったお好み焼きは、おいしかったことを覚えています。その後の縁日、しかも同じ場所で買ったお好み焼きは、比べものにならない位まずかった。売る人が変わったり、粉やソースが変わると味も変わるんですね。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「野球部時代の成績ですが、中学三年生の時は、足立区で優勝し、都大会にも出ました。ただし、上には上がいて、慶應義塾中等部に一回戦で敗退しました。でも、この経験は、甲子園を目指す自信になりましたね。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「 その後、私も十二指腸潰瘍で吐血下血をし、梅島にあった佐々木病院というところに運ばれ、入院生活を余儀なくされたこともあります。その辺からですかね、変わった環境にも馴染めず、学校も面白くなくなり、家にもいづらくなり、渡部とつるんで、遊ぶ機会が多くなりました。高校二年に上がったばかりの頃でしたか、とうとう高校の数学教師を殴り退学。そこまでくると、坂を転がり落ちるように、不良の道へ傾倒していきました。 楽しいこともありました。夏、自分で新聞のチラシを見て、アルバイトを見つけて、綾瀬にあった「佐藤運輸」(仮名)というところで配送の助手をやりました。トラックの助手席に乗り、定期ルートで首都圏、特に横浜あたりを回るんですね。少ないお小遣いで洋服を買い、休憩時間はもの珍しくあちこち散策したこともあります。約一か月だけだったけど、楽しい思い出でした。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「私のいた「極悪」というチームは、昭和四八年頃、国士舘高校の OBが中心になって作られたそうです。築地、月島が発祥の地だと言われています。北千住、板橋、三ノ輪、千駄木、五反野、町屋、西新井と、どんどん勢力を拡大していきました。「硬派」「アンパンやシャブは御法度」「暴走族を潰すために存在する」みたいなことを謳い文句にしていました。 そういう先輩もいたにはいたけど、シンナー中毒やポン中(覚せい剤中毒)、軟派野郎も多かったですね。その反面、若くして侠道に身を投じ、現在も男を磨きながら第一線で活躍している人たちがいるのも事実です。 シノギはパー券(パーティー券)が多かったかな。ディスコやスナックを二時間くらい借り切って、客を集めて飲んだり、踊ったり。それを先輩が後輩に無理やりさばかせる。差額が懐に入る仕組みです。「オバケ」もたくさんありました。パー券買って店に行ったら、開催されていない。一種の詐欺ですね。オバケ専門の先輩もいました。分かっていても、先輩には逆らえないんです。パー券さばいて新車を買ったヤツもいました。後輩から恨まれて、買ったばかりの新車を傷だらけにされて、怒り狂って犯人捜しをしてたのが、滑稽でした。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「それにしても、暴走族のステッカーを貼っていたような奴らが警察に被害届を出すなんて思ってもいませんでした。これがいわゆる「日曜逮捕」です。 この時、警察は平気で嘘をつくんだ、ということを知りました。この逮捕前にも西新井警察署から「特攻服を見せて欲しい」と呼び出され、持って行くと「任意提出」という名目で取り上げられ、「ウチで焼却処分する」などとサツに騙されたこともありました。後の私の人生でも警察の対応に苦労することになります。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「私は「テキヤなんかダサイじゃん。同じやるならヤクザのが、かっこいいんじゃないのか?」と言いましたが、彼は「いや、テキヤになりたいんです。絶対にテキヤになります」と頑として譲りませんでした。 佐々木の母親も病院に駆けつけ、亡くなった後、涙をこらえながら私たちに「お世話になりました。ありがとうございました。短い人生だったけど、この子は皆さんに巡り会えてきっと満足だったと思います」と言われました。佐々木のお母さんに、テキヤになりたいって夢があったことを伝えました。不思議な縁で、この亡くなった佐々木の将来の夢を、まさか私が引き継いだかのようにテキヤの道に入るなんて、この時は思いもよりませんでした。事故の当事者の堀田が、その後どうなったかは知る由もありません。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「正直、私はテキヤという稼業に誇りを持って歩んできました。暴力団や反社会的勢力などと思ったことは一度もない。何ら違法な手段で金銭を獲得したこともない。むしろ露店という空間を演出し、その一時ではあるが、祭りを盛り上げ、社会に貢献してきたと思っている。 しかし、国家権力(日本の社会)がテキヤ組織に所属する者を、反社会的勢力と位置付けるのであれば、愛する従業員とその家族、取引先を守るため、身を引くことも考えるようになってしまいます。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「ただ、これは父の口癖でしたが、「この商売、いつまでもやってんじゃねえぞ。どんどん辞めていけ。カネ貯めたら、すぐに辞めろ。二度と、こっちの世界に来るな」と言って、辞めた人間が訪ねてくることを禁じていました。もちろん、若い衆も辞めた人間を訪ねて行っちゃダメというように教えていました。自分がテキヤで生涯を終えたくせに、人には常々「露店という字を見てみな。露の店だぞ。こんな商売、五年やっても、一〇年やっても世の中で何の役にも立たねえんだ。生活の方策が立ったんなら、早いとこ辞めちまえ」と言っていました。 しかし、一方で、「世の中には、ここでしか生きれない人間もいる。そいつらは、おれみたく不器用な人間なんだよ。そのままほっといちゃ、悪さする。ここに括り付けときゃ何とかなるし、お上の世話にもなりゃしねえ」と、入りたい奴は仲間に入れ、その代わり(テキヤの稼業人に)仕立てたりはしないというスタイルを通していました。「ここに括り付けときゃ」というのは、テキヤの中には上下関係があるから、少々の悪ガキでも何とかできるという意味だったと思います。 テキヤ組織のようなところで、人間を纏める帳元という立場の人間は、そりゃあもう大変な苦労をすると思います。ちょっとしたことで、因縁のひとつも付けられかねません注 1。何といいますか、人間力が不可欠なのではないでしょうか。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「神社やお寺のショバに着くと、三寸を組み、商品を並べるのは私の仕事。販売は母の担当です。大酉(酉の市)など大きなお祭りの時は、父が座っています。お客が冷やかしで「この子可愛くない」などと言うと、「へっ、手前の面だったら、売りもんになんねえよ」などと、大きな声で悪態をついて、へいちゃらでした。でも、父からしたら、内心は裏腹なんだったと思います。だから、売り子はしなかった。「俺は、売っている人形のすべてに納得しているわけじゃあない。それでも図々しく金をとるんだから、恥を売っているんだ」って言っているのを聞いたことがあります。 お祭りのバイで、フランクや焼き鳥、電気(綿菓子)、ゴランネタ(金魚やお面)は、まず「まけて」なんて言われません。ですが、私らのように人形なんか扱っていると、まず「まけて」と交渉されます。すると母は、「まけらんないよ」など野暮なことは言わずに、「今度お願いしますね」と、受け流していました。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「浮浪人といえば、今日聞こえがわるいが、それは定着生活が一般となった、社会環境の転移発展にともなう感覚のずれである。流泊を生活とする習わしは原始の当然であって、洋の東西を問わぬところである。顕著な例でいえば、こちらに山窩の類注 1がのこるように、あちらにはジプシーのそれがある。これを軽蔑的に見たり、異端視する者があるとすれば、それは一所定着の習いを性とした者の偏見、または思いあがりといっていい。浮浪人をいやしむいわれはない。早い話が、私たちは旅にさそわれる。ほとんどの人が旅を好む。これこそ浮浪本能のよきあらわれ、魂の郷愁のなせるわざといってよいのではないか(中略)。 香具師は、実はこの浮浪人を原流としているのである。 海人・山人はそれ自身が生産者であるが、浮浪人はそれ自らの生産物をもたない。初期は物資移動・交換のための運搬者ともいえるし、今日語の便利屋ともいえる。これが通貨が行なわれるようになってから「商い」と変じたのである。(中略)」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「もともと、テキヤは大きく儲かる業態ではない。創意工夫を凝らしたところで、三寸(売台)ひとつあたり、息つく暇もなく大いに売れたとしても日に一五万円程度。それも祭りの期間に限られる。場所代など、出ていくカネもバカにならない。祭りの時に出店するテキヤ稼業だけでは、到底食っていけそうにない。 筆者と共にバイした元若中頭いわく、親分クラスになると、他にも商売をしているとのこと。たとえば、中古車屋や飲み屋などの副業を持っているから、縁日のバイ以外からも収入がある。親分クラスには、テキヤの庭場(ショバ)の地域をシマとするヤクザとの付き合いがある注 10。だから、出費も多いのだと言う。ちなみに、テキヤの若い衆はカタギだが、本家の親分に限っては土地のヤクザの親分と、兄弟分の盃を交わすケースもある。その理由は、「みな組長や一家の代表者が『オツキアイ』は俺一人でという気持で、類を下部に及ぼさないよう防波堤の役を一身に引き受けている」からである(北園忠治『香具師はつらいよ』葦書房、一九九〇年、二七頁)。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「テキヤと稼業違いのヤクザでも、チャッカリした者は、現役時代から二足の草鞋を履き、引退後の生活に備えてカタギの商売をしている(細君にさせているケースが多い)。一方、「宵越しのカネは持たない」オラオラ系の生き方をしたヤクザは、組織が解散したり、破門で籍を失ったりすると、途端に困窮するのである。縁日以外の営業努力がものを言う テキヤは祭りが無い期間、何をしているのか疑問に思われる人も多いだろう。資金力がある者は、先述したように中古車を売ったり、スナックの経営などはできるが、若い者にそうした器量はない。 そこは、親分や兄貴分の顔がものを言う。元若中頭の言によると、祭りが無い時期は、専らヒラビ(平日)というスタイルで商売をしていたという。神社の境内などで、祭りでもないのにポツンとたこ焼きなど売っているのもテキヤのヒラビだが、彼の場合は、スーパーなどに営業をして、店頭(駐車場の片隅など)に三寸を組んで焼き鳥などを売っていたという。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「コンビニは外国人技能実習生などを受け入れて何とか回せるかもしれませんが、テキヤは無理だと思う。とりわけ、まともに日本に来ている人は難しい。テキヤは個人事業主ですから、労災や保険という問題がある。だから、外国人は難しいんです。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「土日にするバイは生活費を稼ぐため。タカマチはボーナスとして考えれば、テキヤは食っていけるんです。土日にバイやって稼ぐ。ネタブ(ネタの仕入れ値)と寺社に納めるショバ代、テッカリ(電灯代)引いて四万 ~五万の現金残れば一週間食えます。月に土日が四回あれば、約二〇万円の収入になります。サラリーマンとして、手取り二〇万円は少ないですが、テキヤはそれで食っていけるんです。もっとも、ネタモトに借金なんかしなくちゃいけない時もあるでしょうから、それはタカマチの上がりから支払えるようにする。これができれば、一番いいと思います。 あと、露天商組合ですが、ここに所属するテキヤが互助会費を支払うのは仕方ないと思います。組合では、町内会費や祭りの実行委員会への寄付などがあります。ほかに義理のカネが出てゆく(冠婚葬祭費)。事務所費は、家賃のほかに、電話番を一人は雇わないといけない。光熱水道費も出てきます。これらは必要経費として発生しますから、互助会費は仕方がない。これを、組織への上納だと言われたら心外です。なぜなら、私の所属していた組織では、自ら役職別に毎月会費を払っていました。一番高いのは月五万五〇〇〇円、委員長クラスで五万円、幹事で五〇〇〇円だったと記憶しています。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
「いつの時代も管理されて生きることを忌避する者や、清く正しく生きられない者は一定数存在する。現在社会は、清く正しく生きてきても、ある日、誰しも落ち込みうる暗くて深い穴が至るところに開いている。「誰一人取り残さない社会」を実現するためには、大和氏が話した初代親分のような柔軟な発想が必要だろう。生まれた環境から大人になるまで、非合法なサブカルチャーにドップリ漬かって生きてきた結果、前科を持つようになった人、たまたま犯罪に巻き込まれて前科が付いた人、各人各様である。 彼らを受け入れる社会の寛容さには、残念ながら限界がある。何より、現代社会はワンストライクでバッターアウトの時代である。一回の過ちで人生を棒に振り、所属する社会集団も失ってしまう。いい大人が仕事にも就けず、食うために再犯に至るなど、勿体ない話である。彼らを排除するより、納税者にした方が、よっぽど国のためになる。」
—『テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習 (角川新書)』廣末 登著
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テキヤさんを世界を詳しく知ることができる一冊。知らないことだらけでした。
親の幼馴染にマルBの方がいて、夏祭りになるとテキヤさんをやっていた。
そのせいもあって、テキヤ専業の方が、同一視されてしまうのかなと思った。
でもその人は、いつも明るくてとても良い人だった。
いい人すぎて、その世界ではあまり出世できなかったと、親は言っていた。
でも、私はお祭りでその方に会うのが楽しかった。サービスしてくれるし。
以前、その人から聞いたことがあります。
販売するのもにも食べ物系からおもちゃ、金魚掬いなどがあって、下っ端は焼きそばや焼きとうもろこしなど熱い(暑い) -
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■暴力団対策の二つの問題。
・若者の暴力団加入問題
・暴力団離脱者の社会復帰問題
■社会科家庭の中心点は子供が自己の生れついた社会の文化を内在化すること。
■下層階級の家庭の経済状況は不安定であり,その日暮らしであり,まじめに働いても獲得できる報酬は少ないので,常に金を稼ぐことにあくせくしている。彼らには芸術を鑑賞する感覚もなく,怒りや悲しみを直接的に言動に表出し,感情の表現が洗練されていない。そのような家庭で育った子供は親自身の教養が低く自分の子供を社会的に躾けていくのに自信がなく,場当たり的な矛盾した教育を行うか,あるいは全く放任している。その結果,子供は社会的個人として十分な躾を受けることはない。彼らの日常行う行動は中流階級の倫理価値からすれば,そのまま非行につながり日常生活そのものが飛行文化的な生活になっている。そして家庭の躾が十分になされず日常生活が不安定な下層階級の人たちは犯罪や非行的文化に接触する機会が多く犯罪や非行的文化に慣れてしまっていることが多いので犯罪や非行に対する態度は寛容,容認的となっている。
■暴力団加入経験者の家庭
・単親家庭
・疑似単親家庭:共働き家庭や長期出稼ぎ
・葛藤家庭:家庭内暴力が絶えない
・放置家庭:学童期に門限がない,躾や勉強の面倒を見ない
・意思疎通上の機能不全家庭:親子の会話が極めて少ない
■グレるという言葉の由来
・ハマグリを逆にしたグリハマという語をグレハマと訛り,それが動詞化されたもの。ハマグリは対でない他の貝と合わせると食い違うところからきた。
・まぐれる(紛れる)=迷うから転じたという説もある
■暴力団に加入する青少年の学校との関わり
①教育歴が短く義務教育修了者か高校中退者が多い
②学業成績が不振であり怠学歴も顕著で教育的アチーブメントの水準(学歴)が極めて低い
③学校内に親しい友人がなく学校生活への全体的な不適応が認められる(筆者は違和感)
・暴力団経験者学校不適応者であったか否かを検討する際,フォーマルな教師文化の視点に立つかインフォーマルな生徒文化の視点に立つかによりその結果は異なったものとなる
・筆者の調査では暴力団経験者の多くが学校における生徒文化に適応しそこで肯定的な評価を受け高い地位を得ていた
■「グレる分かれ道」は中学時代
■非行の第一段階は,家財の持ち出しや万引き自転車泥棒,学校・学級内窃盗など児童期の狭い活動範囲内における単純な非行
■非行の第二段階は,深夜徘徊,万引き,カツアゲ(路上強盗),オートバイ使用窃盗,暴走行為,シンナーや薬物の乱用,性非行等
・特徴的なこととして挙げられるのが「集団化」
■暴走族構成員やグレン隊の成員の意識の基盤には落伍者意識が常にあり,その結果自分と同じレベルにある社会的落伍者としての仲間との連帯を大切にし「仲間を極端に大事にする」。
■暴力団は典型的な「非合法的な機会構造」。
■覚せい剤のことを「骨までしゃぶる」から「シャブ」と言うようになった。
■シャブをやらないといけない場面
・住み込みで雑用をやる時期(部屋住み)には寝る時間がなく,親分を車の中で待たなければならない
・兄貴分から勧められる
■人がグレ続けて暴力団に加入する社会的な要因
①機能不全家庭による社会化
②学校内の教師を評価主体とする学校文化における否定的評価
③学校内生徒文化における肯定的評価や支持
④非行集団による地位の付与
⑤近隣地域における暴力団組織の存在
■暴力団加入における個人的要因
①学業成績不振者である
②中卒や高校中退者が多く教育的アチーブメントの水準(学歴)が低い
③非行集団加入歴がみられる
④早い時期から非行の傾向がみられる
⑤帰属する集団内において地位への主着がみられる
■「地位的な欲求」の存在こそが暴力団加入における最も重要な個人的要因であり個人的な特性である
■暴力団経験者たちの人生過程には様々な負の要因がかくも有機的に関連し負の連鎖を形成していることが見て取れる。
・家庭の放置は非行化の始点
・近隣の環境は非行や非行集団に加入する促進剤
■人は自分の生れてくる環境を選択できないという意味で家庭環境は制御不可能な状況とみなせる。即ち父母の教育水準,職業はどうであるかとか,そして家庭の所得レベルについても子供からすれば既に決められた環境である。そしてこれら制御不可能な家庭環境が子供の将来の人生経路を決める確率が高いことは,広く一般に認識されている。やさしく言えば,親が恵まれた状況にいれば子供も恵まれる可能性が高い。
■暴力団加入メカニズムの仮設
・社会的・文化的資本が撤収された家庭で発達した者が非合法的な機械構造内で地位を求めるとき暴力団に加入する傾向がある
・一般社会において自尊心の低下を経験したものが新たな帰属集団において自尊心の回復を希求するとき暴力団に加入する傾向がある
■トビラス・ハーシの「社会的ボンド理論」(「なぜ人は犯罪を止めるのか」という理論)
①「愛着のボンド」:両親や教師,雇用者に対する愛情や尊敬の念を指し,彼らに迷惑を掛けたくないという気持ちが非行や犯罪を抑制するというもの。
②「努力のボンド」:これまで努力して手に入れた社会的な信用や地位を犯罪に伴う利益喪失と比較し衡量した上で非行や犯罪が抑制されるというもの。
③「多忙のボンド」合法的な活動に関わり非行や犯罪に陥る時間がないこと。
④「規範意識のボンド」社会のルールに従わないといけないという意識であり,非行や犯罪に罪の意識が強い場合は抑止されるということ。
■暴力団からの離脱に関する仮定。
・成員のボンドが強い家庭や安定した仕事,近隣社会関係といった社会関係資本から生じるインフォーマルな社会コントロールが,従来の犯罪傾向の差異とは関係なく,暴力団からの離脱を説明する。
■暴力団離脱に作用する二つの力
①プッシュ要因:暴力団に居続けることへの魅力の低下(暴力団における内的な要因)
②プル要因:暴力団以外のルート,新たな(合法的)活動と道筋に引き付ける環境と状況(代替性)(暴力団における外的な要因) -
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初詣やお祭りに欠かせないと言えば、屋台だ。美味しそうな食べ物を作っているのは、「テキヤ」と呼ばれる人たちだ。
テキヤは怖い組の方と同じと見られがちだが、テキヤは売る商品を持っている。そして1つひとつの商品を対面で売って、細々と商売しているので、暴力団や博徒とは違うと著者は指摘している。
著者は2011年12月下旬から地元のテキヤ組織に入り、断続的に商売に従事したことがあるそうだ。
実体験を交えながら、テキヤ組織の事務局長だった人物、さらにテキヤの帳元(親分)の娘だった人物からテキヤ業界にまつわる話を聞いている。
テキヤの世界は教科書には載らないが、この本は貴重な資料だ。
最後にテキヤ用語も載っている。テキヤの場合、「口伝
」形式なので、文字が残っていないから厄介だと感想を述べている。
テキヤの隠語は少なくとも8種類のカテゴリーがあると著者は述べている。転倒、省略、変音、分解、借用、添加、形容、連想。
もう1つ「裏社会用語一覧」も載っている。著者が2003年以降に、関わった調査で取材対象者から聞いた範囲の裏社会用語。
「大学」とあるので、どこかの国公立か私立の大学かと思ったら刑務所を意味する。
○○大学薬学部といえば、薬物関係で○○刑務所に服役していたという意味になる。
そうなるとあの有名人たち(浮かんで来る名前は3人)は何度も薬学部に通っていたことになるなあ。とてもではないが勉強熱心だなとはとても思えない。
それにしても今年の初詣は、屋台が多く出ていてにぎわっていたなあ。
初詣やお祭りには欠かせない屋台だけに担い手のテキヤの世界がどうなっていくのか気になる。 -
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暴排条例の「元暴5年条項」が暴力団を離脱した人の社会復帰を拒んでいる。一大決心をして暴力団の足抜けをしても、一定期間(おおよそ5年)は銀行口座の開設、住む家の賃貸契約、携帯電話の契約ができない。中には、10年経っても銀行口座が開設できない人もいるという。暴力団を離脱しても生活の手段を奪われた人は、生きるために犯罪に走らざるを得ないことは容易に想像がつく。こういった、生きるすべを失った「元暴」(元暴力団員)の受け皿として「半グレ」がある。暴力団対策法、暴力団排除条例の規制で取り締まることができない「半グレ」に「元暴」が含まれるという事実は衝撃的だ。「半グレ」根絶の一つの方策は、暴力団離脱支援、社会復帰支援であるという(もちろんそれがすべてではないが)。
反社会的勢力の弱体化は取り締まりではなく、彼らを迎え入れる社会の許容性にかかっているのだ。 -
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ネタバレカテゴリはルポとはちょっと違うかもしれない。
著者が、悪の道を生きてきた女性にその人生を聞き書きしたもの。女性の語り口調で書かれ、研究者目線でページの隅に細かく注釈が入れられている。人がいかにして悪の道へ走って行くのか、ギャングの世界ってどういう価値観で動いているのか、まぁ、興味深いと言えば興味深い。でもちょっと、やっぱり悪すぎるね…社会の迷惑すぎるね…うんざり…こんな人達とは絶対に一生、一ミリたりとも関わりたくないな…としか思えなかった。「関西で知らない人はいない」とか、裏社会で顔が広い、みたいな書き方されてたけど、多くの真面目な一般市民は、よほどのことがない限りこんな人達とは関わらないので、彼らが「顔が広い」とかいうのはあくまでも「狭い裏社会の中で顔が広い」だけなのだと思う。
若いころ一度、車で後ろから追突されて、追突だから100%向こうが悪いのに、降りてくるなり罵声を浴びせかけてきて、「あぁ、世の中にはこういう人種がいるんだな。日本語ではあるけど言葉が通じないし、絶対に関わっちゃダメだ」という教訓を得たことがある。この本の主人公もその手の人で、悪いことをするのになんのためらいもなく、何度警察のお世話になっても反省もなく、麻薬や自動車窃盗を繰り返して生きていく。それでも手下の面倒をよく見て、卑怯なことはせず、プライドを持っていたかのような描き方はやはり許せない。大切な車を盗まれた何百人という被害者がいるのだから、そういうのプライドでもなんでもないし、悪は悪でしかない、私に言わせれば。
そういう意見もあることを百も承知で、裏社会を取材して研究し、本を書く意義は…、それはやはりあるのかな、と思う。私のように、悪は悪だ、自分は関わらない、と決めつけるだけでは社会的に問題の解決に至らないし、悪の側の事情(っていうか)を理解しようと試み、人がなぜ犯罪に走るのか解明し、寄り添おうとする人も必要なのだろう。頑張ってください。