廣末登のレビュー一覧

  • テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    テキヤの掟
    祭りを狙った文化、組織、慣習

    著者:廣末登
    発行:2023年1月10日
    角川新書

    テキヤはヤクザか?違うなら、どう違う?誰しも持っている疑問。以前に読んだ本に、神棚や儀式の仕方が違うと書いてあった。この本によると、祀神(祭神)が違うのだという。テキヤの盃事(さかづきごと)の儀式では、中国神話の農業神である神農と、中国の伝統の帝王で異学の祖とされる黄帝、「神農黄帝」の軸を掲げる。一方、ヤクザは「天照大神」を中央に、「八幡神」「春日大社」を左右に掲げるという。(32)

    著者は社会学者(犯罪社会学)で、九州で大学の教職や研究員、保護司についているが、毎日新聞で「暴力団博士」と命名されたらしい。「ヤクザと介護~暴力団離職者たちの研究」(角川新書)なども執筆している。2003年から反社会勢力の研究を行っており、2011年12月下旬からは断続的にテキヤ組織にも加わって商売に従事した経験も持つ。非合法なことはなにもしていなかったという。

    テキヤを十把一絡げで暴力団扱いし、祭りの出店をコントロールする寺社や警察(機動隊や交通課)は許可を出し、四課(暴力団対策課)は締め付けるという図はおかしいと著者は主張している。(213)

    テキヤは商売人、暴力団は博徒だから基本的に稼業が違う。物を売るテキヤ、裏社会のサービス業のヤクザ。テキヤの圧倒的大多数は暴力団ではないとする著者。しかし、テキヤ系暴力団が存在することも事実で、それが極東会。桜井一家関口一門を中核とする全国で最大規模のテキヤ組織で、指定暴力団となっている。(7)

    テキヤ組織は庭場を持ち(極東会はなかった)、親分かその組織の幹部がテイタ割り(ショバ割り)を行う。その前に、チャクトウ(到着簿)をつけ、ネタ(商売で扱う品)の種別、業態、よその土地から商売に来る旅人の一家名と本人の名を記す。ネタと種別、旅人の持つ一家の看板の重さなどを検討し、上(神殿寄り)、中、下に店を割り当てる。旅人の顔を立て、商品バッティングを防ぐ。自分たちも他所へ行って商売するが、そこで世話になるのでテイタ割りは同業者の互助的なルールであり、配慮でもある。(28)

    テキヤへの規制が厳しくなり、庭主が減ってきている。不在の場所は警察がテイタ割りにあたる「ヒネ割り(ヒネは警察を意味)」を行うが、その後の保守点検までは手が回らない。挨拶回り、規則通りしているかのチェック、クレームが入った時の対応なども、当然、警察はしない。例えば、フライドポテトをする屋台がブランクフルトや唐揚げもすると、当然、他の競合店からクレームが親分のところにいくが、そういう場合の対処など。(36)

    テキヤの親分クラスだと、テキヤの庭場(ショバ)エリアをシマとするヤクザとの付き合いがある。テキヤの若い衆はカタギだが、本家の親分に限っては土地のヤクザの親分と盃をかわすケースもある。「オツキアイ」は俺1人でという気持ちで下部に及ぼさないため。(202)(216)

    ヤクザとテキヤの関係は、大まかに言うと以上のようだが、個別にもっと密着したり、疎遠だったり、一概には言えないことだろう。

    近来はテキヤ(的屋)、かつては香具師(ヤシ、ヤーサマ、ヤーコウ)と呼ばれたが、その名称については、ヤー的、つまりヤシ(香具師)の転倒から来たというが、はっきりとしない。(185)

    歴史の詳細記述はないが、平城京には東市と西市が官設されている、現在のような集団化の原型は主として徳川中期から徳川末期にできた、などと先人の著作から引用している。(189)

    1923(大正12)年に起きた関東大震災後はではテキヤが危機を迎えるが、東京や大阪で一致団結する。ところが、3年後に警視庁は失業者対策として「露店慣行指定地」を発令し、失業者や素人がにわか露天商となったため、テキヤは益々苦しくなった。しかし、これは若い人たちが露天商になってテキヤ文化を継承したメリットもあった。(190)

    昭和に入ると百貨店がテキヤを不安に陥れる。昭和6(1931)年には浅草に松屋が進出。
    第二次大戦は皮肉にも焦土においてテキヤに商機をもたらした。しかし、町が徐々に形を整えてくると露店のスペースはせばまったが、そこへGHQの露店禁止方針が出てしまった。転業資金3万円の交付を受けても焼け石に水。(197)

    テキヤ側も対策を立てた。300人の組合員が15万円ずつ出して移動しないですむビルを建てた。4階建の「サービスセンター」。共同出資による露店の集合体。夜店の感じもどこか漂わせた異色デパートで、警備もテキヤ界の名物男が引き受けた。1995年、京都発祥で全国展開していた百貨店・丸物(まるぶつ)に買収されて「マルブツ百貨店」となった。(198)
    (iadustika注:丸物は名古屋の丸栄の設立にも参加、最後は近鉄百貨店に買収される。サービスセンターは「新宿サービスセンター」で、マルブツから伊勢丹に渡り、現在は伊勢丹メンズ館)

    テキヤのみでの生活は苦しく、資金力のある者は中古車販売やスナック経営などしているが、若い衆は祭りがない時期、ヒラビ(平日:縁日以外の日)というスタイルで商売をしてきた。例えば、スーパーなどに通って出店をお願いし、駐車場などに出させてもらう。(203)

    コロナ禍で都市が麻痺した年から、キッチンカーやドライブスルーのバイ(商売)が散見されるように。(205)

    観光地のキッチンカー、商売のスペースは、イベント企画会社が管理しているが、管理会社は誰でも聞いたことがある人材派遣会社など。テキヤが管理している庭にしても、うかうかしていたらこの管理会社が入ってくる可能性がある。彼らはパソコンでテイタ割りをするが、寺とすれば使用料さえ取れれば誰がやっていてもいい。(208)

    この本は、以上の他に、2人のテキヤ関係者に対する詳細な取材記録を掲載している。ページの半分以上をさいていて、読み物としてはむしろこちらがメインであり、内容的にも面白く、読みやすかった。1人は若い頃にテキヤに入った叩き上げで、組織の3層構造の最上層である「連合会」の副会長をもした大和氏。もう1人は、人形師でテキヤの親分をしていた人の娘、宮田氏。

    ***(大和氏の話)***

    大和氏は1960年代前半に東京都足立区で生まれ、製造業を営む祖父、父のもと、比較的裕福に育った。千葉に別荘もあったが、専業主婦の母親が働きに出るなど父の商売も下降気味に。プロ野球選手になりたくて帝京高校に入ったが、教師を殴り中退。運送会社で配送助手に。中学時代の転校生・渡部の誘いで暴走族「極悪」に入る。

    ある朝、自宅で寝ていると「おはよう逮捕」される。傷害・暴力行為。保護観察処分となり喫茶店でバイトたが、先輩がトラブルでやめる。傷害容疑で「日曜逮捕」。今度は試験観察となり、保護施設に入って引っ越しセンターで働く。重労働だったが充実していた。保護施設が閉鎖になりアパート暮らし。しかし、会社の労働そぎに巻き込まれて辞めざるを得なくなる。

    失業中、暴走族仲間だった石田がよく来るようになる。ある日、埼玉で若い者を探している人間がいるので、義理があるから行ってみてくれ、嫌なら辞めればいいといわれた。それがテキヤだった。住み込みで入った宇山商事は、表向きは建設会社の下請けで人夫出しをしていたが、裏の顔は「関東神農連合会(後の関東神農会)に属する神農組織「武州睦(ぶしゅうむつみ)」系の親分だった。武州睦は東京の下町に庭場を持つ老舗のテキヤ。関東連合会―武州睦―宇山睦会という序列。(73)

    タバコ銭として3万円と寝るところが与えられたが(途中から飯場に寝かせられた)、親分の飼っている何頭もの土佐犬の散歩から始まり、手配師の仕事もさせられた。浅草でぶらぶらしている人に声をかけて人夫を確保する。バイは、5月と6月、7月、8月など、親分の趣味で出していたボク屋(植木)をさせられ、その合間に人夫探し。売上が悪いと怒られる。

    結婚し、ソースせんべいでテキヤ本格デビューする。以後、段々と商売を広げていく。平成の初め頃、酉の市で熊手をバイしていた親分の逝去にともない、本家の親分から言われて熊手もするようになった。酉の市は2回の年と3回の年があるが、3回の数日間で400-500万円の売上げ。大和氏の懐には100万円ぐらい入った。ただし、体にきつい。前夜祭は夕方から日付が変わるまで、翌日は朝9時~日付変わりまで営業。お客が買ってくれたら周りのテキヤも集まって三本締め。協力しあって盛り上げる(93)

    1985年過ぎごろから、上部の武州睦の事務局次長もさせられるように。さらに、本家の親分から「世話人の補佐」も言われる。高市の主な流れは、事前に寺社に許可を取り、OKが出たら約1月前に受付を開き、ネタヅケ(出店申請)で、オトモダチの皆さんのネタ(商品)を確認。受付後の変更は認めない。警察、保健所、消防署に申請書類を提出、ごみの収集運搬業者も手配。前々日には店を割るための線引き、そしてショバ割りで出展者にバイする場所を割り振る。ネタ被りのないよう、また複数出店する同業者には公平に割るように、気をつけないといけない。バイ中は保健所や消防署の人と各店を回って安全確認。終わると清掃。あんず飴やジャガバタのバターはなかなか落ちない。翌朝も確認し、さらに掃除をして寺社に返す。これだけではない。交通整理、出店料集めも仕事。(99)

    宇山の親分は、事務局仕事に体を取られるのが気に入らなかったが、さらに最上部団体の関東神農連合会の事務局も任されることになった。親分他界後は会の仕事に専念し、最後は副会長・総本部室長、慶弔委員長に。(101)

    暴排条例が施行された2011年には、関東親王会・関東神農一家・武州睦四代目分家絵山下(仮名)三代目を継承した。名刺を使い分けるのが大変になった。(102)

    バイだけでは生活できず、2014年に有限会社大和工業を設立し、建設会社の下請けに。十分ではないが、なんとかやっていけた。しばらくするとコンプライアンスがきびしくなった、おたくはテキヤだから大丈夫だと思うが十分注意を、と取引先から言われる。そこで、2017年には関東神農会十代目総長の下へ出向き、除籍を申し出る。快く承諾してくれ「今までご苦労さん、しっかりやっていけよ」と送り出される。(109)

    2020年12月、自治体から呼び出しがあり聴取を受ける。アリバイ的にこちらの言い分を聞くだけで、納得したようなことを言いつつ、翌年の2月には建設業の許可取り消しが来る。(115)

    理不尽さに我慢ができず、「暴力団博士」の存在を知ったのでフェースブックで連絡を取る。その後、警察が取引先にプレッシャーを掛け、取引を打ち切らせる。妻が大病で旅立つ。

    ***(宮田氏の話)***

    娘は1947年、疎開先の長野県で生まれ、墨田区に戻ると焼けたところに父親が手作りした家で暮らす。父親は子供のころにわんぱくで、屋根から飛び降りて怪我をして壊疽を起こし隻脚(松葉杖も手作り)になった。人形の店をしていた家に生まれた父は人形師だったが、戦後の動乱期に食べられず、家族を養うためにテキヤに。好きで入ったのではなかった。1954(昭和29)年、父が加入していたテキヤ組織「江東三寸(こうとうさんずん)」の親方が他界し、まだ数年の経験しかない父が先輩からのすすめで跡目を取り、帳元(親分)に。(131)

    テキヤの親分は地元の顔なので、知らない人も飛び込んでくる。ある親子が「死ぬしかない」と来た。父親は学校の先生だったが体を壊して失職したとのこと。すると父は「おまえさん死ぬんだね。そうかい。じゃあ、何でもできらあな。明日、山に行って教えてやるから、カブトムシとクワガタを取って来いよ。売り方も教えてやっからさ」と言う。その親子はカブトムシとクワガタを集めて暮らした。その後、水チカ(水風船)の商売を教えた。(132)

    一家の暮らしは楽ではなかった。原因は父の「博打」。テキヤは小旅行をかねて温泉旅館などで花会(博打旅行)を開く。父は親分なので行かないわけにはいかない。負けが多かったが、勝った時はその分を物に換えて周りに配ってしまい、帰るころにはすっからかん。たまに使い切れないことがあると、「旨いものでも買ってこい」と母に渡す。汗水垂らして得たお金は綺麗に使う、博打の金はさっさと使ってしまう、という主義だった。(141)

    金に困ると家を売り、次の家を買う。借りずに必ず買う。古くても駅に近いところ。当時は、それでも倍とかで売れた。

    人形づくりにかける情熱は強かった。売るのは母。仕事は教えず、見て覚えろというタイプ。娘も見ていた。父が死に、残した人形を売り切ると、見様見真似で娘もつくる。うまくできない。髪をつけると禿げていく。ある日、通りかかったお客さんが「この子は寂し気で、薄毛でどうしたの」といい、さらに「この子売れないわよ」と。恥ずかしい思いをしていると「かわいそうね、私が連れて帰ります」とお代を払ってくれた。(169)

    三年目ぐらいからやっと自分なりに納得ができるように。浅草や亀戸では、「あなた、腕を上げたわね」と声を掛けてくれるお客さんが。すると、「昔売った人形を返してください。新しい人形と交換しますから」というと、「いえ、あの子は私の家に置いておきます」と言われる。(170)

    客のなかにある製薬会社の管理職がいた。専務が退職するので社員からの記念の品として人形の注文をもらった。専務は大のテニス好きだから、人形にテニスの格好をさせてくれないか、と頼まれた。和の人形に洋装させるのは申し訳なさそうだった。彼女は二つ返事で引き受けた。社内で評判となり、追加で3組の注文が来た。

    ベルギーの人からは「三社祭風のいなせな格好にして欲しい」との注文も。気が付くと23年間も人形を作っていた。(172)

    こないだまでスーパーのごみ箱あさりをしていた、というオジサンが来た。通りがかりの奥さんが「うちに来て働かないか」と言ってくれて、材木屋の仕事をしてごみ箱あさりしなくていいようになった。昔からお姉さんの売っている人形見てたんだ、欲しいなって思って。そういってピン札だして買ってくれた。2年後、また来た。孫夫婦が見つけてくれて一緒に住もうといってくれたのでもう来ない、だから今日は大きいのをもらっていくよ、とまたピン札を出して買ってくれた。(173)

    0
    2023年05月10日
  • テキヤの掟 祭りを担った文化、組織、慣習

    Posted by ブクログ

    正月や縁日などで見かける出店や屋台は、子供の頃など、お参り自体より楽しみなものだった。こうして、誰もが知ってるのに、実態をよく知らないテキヤ。何となく不良っぽい人もいるし、裏稼業的なイメージもある。本書は、そんなテキヤが、様々な例外はあれど、本来は一種の商売人であると指摘する。屋台(三寸と言うらしい)一つで商売しているわけで、相互扶助や親分子分の一家的なつながりなどヤクザ・暴力団と似た感じもするが、基本は真っ当な商売らしい。中には前科者もいるだろうが、更生して、あるいは更生するためにテキヤをやっている者もいるだろう。そんなテキヤも時代の変化とともに変わりつつある。今後、どうなっていくのだろうか。

    0
    2023年04月15日
  • だからヤクザを辞められない―裏社会メルトダウン―(新潮新書)

    Posted by ブクログ

    やはり、どんなことをするにもニッチな分野を自分が探し出すべき。ブルーオーシャンなら第一人者になれる。

    0
    2023年02月25日
  • だからヤクザを辞められない―裏社会メルトダウン―(新潮新書)

    Posted by ブクログ

    暴排条例で暴力団は壊滅的な状況に陥っているが、その分、元組員は人間的な生活を行うことが出来ず、再犯率が高くなる。
    また、暴力団の力が弱くなったので、半グレが幅を利かせるようになり、警察も組織の全容が把握できず、対応に苦慮。
    暴力団、半グレになるのは幼少時代の貧困、ネグレクトなど、家庭環境に依るところが大きいのもよくわかった。

    0
    2022年04月09日
  • だからヤクザを辞められない―裏社会メルトダウン―(新潮新書)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    暴力団を離脱しカタギに戻ろうにも、あまりに厳しい暴排条例により、結局生活のため一般人を巻き込むような犯罪に手を染めていく実態を明らかにしている。また実態を掴みにくい半グレに関してもできる限りの取材をしていて彼らのヤクザに対する視線が興味深い。

    0
    2021年10月25日
  • だからヤクザを辞められない―裏社会メルトダウン―(新潮新書)

    Posted by ブクログ

    三日やったらやめられない、ではなくって、辞めたくても辞めれない方だった。

    暴対法はいいが、その魔女狩り的な内容とか、マル暴以外のルール無用の無法者たちの増加が気になっていんたんだが、まさにそれを憂える内容。

    社会復帰どうする。

    もちろん効果を考えても、社会全体で考えることだとは思うが、正直、日々の生活の中でそんな奴らに関わってる暇も体力も気力もないのが現実。
    やはり、システマチックに、「校正」してもらう仕組みを考える必要はあると思う。

    誰かが。

    0
    2021年07月20日
  • だからヤクザを辞められない―裏社会メルトダウン―(新潮新書)

    購入済み

    ちょっと薄い

    もう少し内容がほしかった。法律や制度の構造の説明が知りたかった。ケーススタディばかりで内部へ突っ込んでほしい

    0
    2021年06月10日
  • 組長の妻、はじめます。―女ギャング亜弓姐さんの超ワル人生懺悔録―(新潮文庫)

    Posted by ブクログ

    犯罪社会学を専門とする廣末登さんが
    関西の女ギャングと言われていた亜弓姐さんの話を
    聞き書きした人生ルポ

    いや~まあ…なんというか…
    この亜弓姐さんという方…ワルイってものじゃない
    クスリに窃盗に泥棒さんの片棒かつぎに
    …とまあなかなかの犯罪歴
    でもこれが事実だからこそ
    すごい嫌悪感と恐ろしさを感じる

    私が一番衝撃的だったのが裁判の話
    重い犯罪が事実でも
    すご腕の弁護士やら人権を振りかざす弁護士によって
    刑なんてとんでもなく軽くなる、時には無罪になるってこと
    おいおい…注射器なんてヤク中に返すなよ…
    など…つっこみどころ満載…

    そうか…こんなに甘い感じなんだな…
    とまあ日本の刑法と裁判制度に絶望を感じるわ~
    お金でいい弁護士を雇えば全てチャラになる…
    生活保護費で犯罪のアジトを作る…
    なんだろな~この善良に生きている人たちへの冒涜と言うか、侮辱と言うか…

    で、ラストの関係者のインタビュー
    「姐さんを尊敬しています!」
    「今も憧れる人がいっぱいいます!」
    って…
    おいおい…自分たちが迷惑かけてる人やら
    犯罪に巻き込まれた人にそれ言えるか?

    読み終わったあとは絶望でしかなかったかな…
    まあそれが今の日本のリアルな姿なんだろな…
    って、やっぱり絶望しかないじゃん!!

    0
    2020年11月21日
  • ヤクザと介護 暴力団離脱者たちの研究

    Posted by ブクログ

    ヤクザだった人が、やはり人と出会いながら、非合法かもしれないが、自分の才覚で、金を稼ぐ道を見つけて、たくましく生き抜いてきた自伝部分は面白い。

    0
    2018年10月12日
  • ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。―極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記―

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    タイトルだけ一見すると流行りの異世界転生ライトノベル?とも思いますがあながち外れてもいない異世界である「ヤクザ」の世界から「カタギ」の世界にやってきた「ナカモト」さんの奮闘記。昨年NHKで放送されたドキュメンタリーが早くも1冊の本になりました。

    幼少期からの悲惨な暮らし、ヤクザとなってからの理不尽な教え。それすらカラリと笑い飛ばすナカモトさんにはこの先の成功しか見えていないかのようだ。

    「懲役行ってると大河ドラマに詳しくなる」そんな刑務所あるあるを挟みながら北九州ヤクザ事情も歴史年表として挿入

    先に本を読んだ後にオンデマンドで放送も見てみました。
    ちょいちょい気になった点
    ①本当に出てきたばっかりなんだ・・・
    ②修行って・・・
    ③目がやっぱ違う
    ④料理を選んだ根拠が「部屋住み時代にやっているから」
    ⑤なんにしてもタバコ吸い過ぎ

    所作に現れるダークな部分
    それらもひっくるめてこの先のナカモトさんの成功を「見守りたい」と思いました。
    食べに行きます。

    1
    2018年07月23日
  • ヤクザになる理由

    Posted by ブクログ

    筆者も昔グレてて、統計上の研究だけでなく実際に、当事者偽色を取りながら論を展開する。判りやすいし納得しやすい。
    他社の論にも触れているし、論の展開も淡々としている。
    最も面白いのは、元やっちゃんのインタービュー部分だったりするのがだが、入門書的であり網羅的。

    0
    2017年06月21日
  • ヤクザになる理由

    Posted by ブクログ

    犯罪社会学者であり、自らも若い頃にグレていた経験を有する著者が、元暴力団員へのインタビューを通じて、人が暴力団員になることに家庭、学校、仲間が及ぼす影響を分析している。その考察結果は、諸外国の先行研究とも一致している面が多々あり、国や文化に関わらず、一定の傾向が見られるとしている。
    同時に、暴力団を脱退した者が社会復帰できる環境の重要性と、それがない場合に、暴力団員でない犯罪者であるアウトローを生み出すことの危険性も説く。実践的には中々大変かと思うが、その主張には首肯できる部分も多いように思われる。

    0
    2016年08月14日
  • 組長の妻、はじめます。―女ギャング亜弓姐さんの超ワル人生懺悔録―(新潮文庫)

    購入済み

    なんだか。

    反省してるとか言いながら、昔は悪かった的な自慢本

    0
    2020年11月02日